第四百四十六話 しっかりしてください、トリスタンさーんっ!
外伝の「スイの大冒険」の最新話がコミックガルドにて更新されていますので、よろしかったら見てみてください。
『よし、早く帰ってから揚げを作るのだ』
『いやはや楽しみだのう』
『久しぶりだからめっちゃ楽しみだぜ』
『かっらあげ、かっらあげ~♪』
「ちょっと、ゴン爺もフェルもドラちゃんもスイも、から揚げから揚げ言ってるけど、この後やることいっぱいあるんだからね」
一瞬の浮遊感の後に、石壁に囲まれた小部屋へと転移した俺たち一行。
みんなは早速から揚げと騒いでいるが、いろいろとやらなきゃいけないことがある。
まずは、新しく従魔に加わったゴン爺の登録を冒険者ギルドでしなきゃならないし、宿泊場所も見つけなきゃならない。
以前にも増して大所帯になったから、以前と同じくらいかもう少し大きい一軒家が借りられればいいんだけど……。
「とにかくだ、まずは冒険者ギルドへ行かないとな」
『む、何故だ?』
「何故だってフェル、ダンジョンを踏破したことを報告しないとだろ。それにゴン爺の従魔登録をしないとさ」
そう言いながらゴン爺を見ると、当のゴン爺は『む、儂か?』とかまったく分かっていない様子だ。
『ああ、そうか。それをしないと我のときと同様に騒ぎになるか』
「そういうこと。というかさ、フェルのときよりも騒ぎになる気がしてならないんだけど……」
『まぁ、腐ってもドラゴンだからのう』
ゴン爺がムッとして『おい、フェル、腐ってもとはどういうことじゃ?!』と騒いでいるけど、フェルの言うことも分かる。
『ドラゴンってだけで、俺の大きさでも一瞬硬直されるときがあるからなぁ』
俺とフェルの話を聞いていたドラちゃんが横からそう付け加えた。
それに「あるある」と頷きながらゴン爺を見つめる。
どこからどう見ても可愛さの欠片もない威圧感満点のドラゴンだ。
フェンリルはモフモフだから見方によっては可愛げもあるけど、ドラゴンはねぇ。
ドラゴンって見た目からして威圧感がハンパないのよ。
それでもドラちゃんみたいに小さくてピンクみがかった色合いだと可愛いけど、ゴン爺は黒に近いダークグレーの色合いで正にドラゴンって感じの見た目だから余計にね。
実サイズは20階建のビルくらいあるから、小さくなってまだマシにはなってるとは思うんだけど。
「まぁ、ここでモタモタしててもしょうがないし行くしかないよな。ゴン爺、大人しくしててよ。それじゃなくても見た目がドラゴンで怖いんだから。それと、街中で話すときは念話でな」
『分かっておるわ。儂もそこまで馬鹿ではないぞ』
ゴン爺のその言葉を信じて、俺たち一行は転移した部屋の外へと足を進めた。
「は?! お前どっから……」
俺を先頭に部屋から出ると、出合頭にゴツイ身体をした30代半ばくらいのいかにもベテランといった感じの冒険者5人組とかち合った。
「あ、すみません。みんな、この方たちが通り過ぎるまでちょっと待っててね。どうぞお先に」
先を譲ったのだが、冒険者たちは一向に動かない。
「あの……」
不審に思って見ると、冒険者たちが汗をダラダラ垂らしながら固まっていた。
その目線は俺の背後にいるゴン爺へと固定されている。
「あちゃー、やっぱりこうなるんだね」
フェルの時も同じだったけど、やっぱりある程度の冒険者になると、ゴン爺のことも一発で分かってしまうようだ。
ここはどうするかと言えば、そりゃあ逃げるに限るでしょ。
というわけで……。
うん、最下層からの転移部屋だけあって出入口にも近い。
「みんな、行くよ。すみません、通りますね~」
固まった冒険者を無視して通路を通り抜け、ダンジョンの外へと向かった。
「うーん、久しぶりの自然光」
久々の自然光を浴びてホッとしたのも束の間。
「動くなっ!!! 何てものを連れて来たんだっ!!」
「お前の従魔はフェンリルだけではなかったのかっ?!」
……はい、ダンジョンの出入り口にいる兵士さんに絶賛槍を突き付けられ中です。
ダンジョンに入るべく待っていた冒険者たちも、低級冒険者たちは固まって微動だにしないけど、中級以上になると俺たちから一切目を離していないし、武器に手をかけていつでも抜けるようにしている者までいて、シンと静まった一帯は物々しい雰囲気をかもしだしていた。
というか、兵士さんフェンリルってはっきり言わないでよ。
公然の秘密だけど、一応は秘密にしといて。
「ええっと、新しい従魔が増えましたんです、はい」
俺は両手を挙げて反抗する意思はないことを見せながらそう言った。
「馬鹿を言うな! フェンリルを従魔にしておいてドラゴンもだと?! そんな話があるか!」
そんなこと言われても実際そうなんだからしょうがないでしょうが。
『おい、そこの人間ども。儂が主殿の従魔になったというのは本当の話じゃぞ』
静まり返ったこの場にゴン爺の重低音ボイスが響き渡った。
ゴン爺の声を聴いたその場にいた者は、誰もかれもが目を見開いて口をあんぐり開けた。
『馬鹿者が。ゴン爺、しゃべってはいかん』
フェルが、右前足で頭をかかえたあとにゴン爺を睨みながらそう言う。
『何故だ? まだ街中ではないぞ』
『街中ではなくともだ。人間の言葉をしゃべるなど我とゴン爺の種族くらいしか居るまいて。それが人の街の近くに現れたとなっては、人間どもも驚くだろう』
『おお、それもそうか。よし、これからは念話というやつを使うとしよう』
ゴン爺~、『使うとしよう』じゃないよ~。
確かにここ街中じゃないけどさ、城壁の外だけどさ、そこは分かるでしょうよ。
というか、注意してるフェルも声出てるし。
普通にしゃべってるからね!
フェルとゴン爺のコントみたいなやり取りに俺は頭を抱えた。
周りを見れば、みんな可哀そうなくらいに固まっちゃってるし。
『ハァ、こいつらほんとバカだね……』
ドラちゃんからそんな念話が聞こえてくる始末。
『ねぇねぇあるじー、行かないのー?』
俺の足元にいたスイがちょいちょいと触手で俺の足をつつきながらそう聞いてきた。
それにハッとして、俺は行動を開始した。
こういうときは逃げるに限ると再びの逃げの一手を敢行。
「そういうわけで、ここにいるのはみんな俺の従魔なので」
そう宣言して華麗にその場を立ち去った。
立ち去る寸前に誰かの「エンシェント、ドラゴン……」なんていうつぶやきが聞こえてきたけど、きっと空耳だろうと思うことにした。
城門でも俺たち一行を前にして固まる兵士に向かって「従魔ですから! 大丈夫ですから!」の宣言のもとに、無事? に街に入ることができた。
それからがさぁ大変。
街中には一般市民がいるわけで……。
そういう人たちを混乱させないために冒険者ギルドまでの道のりを「俺の従魔ですから! 大丈夫ですから!」と声を張り上げて練り歩いたよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー疲れた。喉がカラカラだよ」
ようやく冒険者ギルドへとたどり着いて、そんな愚痴を言いながら中へと入ると、ざわついていたギルド内が一瞬で静まり返る。
またかと思いながら「俺の従魔ですから!」と再び声を張り上げた。
それでも張り詰めた雰囲気のギルド内。
高ランクの冒険者だろう者たちは厳しい目つきで見張るようにこちらを見ながら、すぐに対応できるよう自分の得物に手をかけている者も多々見受けられる。
何だかなぁと思いつつ、「ギルドマスターをお願いします」と職員に声をかけた。
列に並ばず横入りのような形になって悪いなとは思ったけど、今回ばかりは緊急措置だ。
『人間どもは分かっとらんのう。あのような武器で儂をどうにかできると思っておること自体、問題だぞ』
高ランク冒険者が手をかけたそれぞれの得物を見ながら、何だか哀れむようにボソリとつぶやいたゴン爺。
『そう言ってやるな。あれでも、それぞれの人間があつらえられる精一杯の武器なのだから』
ボソリとつぶやいたゴン爺に対してそうフェルが答えた。
『そうなのか?』
『うむ。我も此奴と旅をするうちに知ったのだがな、ここにいる冒険者という職業の者たちにとっては、それぞれの得物が一番金のかかるものらしいぞ。武器の良し悪しが命に直結することもあって、その時に己であつらえられる最高の武器を持つようにしているらしい』
『ほ~、そうなのか。しかし、あれでは全員でかかられても儂に傷一つ付けること叶わんぞ。儂に対峙するつもりなら魔剣くらいは用意してもらわんといかんわい。フェル、お主だってそうじゃろ?』
『まあな。少なくともヒヒイロカネ、いやアダマンタイト製の武器でないと話にもならん。しかしだ、ゴン爺のような極悪面のドラゴンが現れれば、敵わぬと分かっていても街を守ろうとするのがそこの冒険者という職業の者たちの矜持なのではないか』
『おい、ちょっと待て。極悪面とは何だ、極悪面とは。儂よりもお主のが余程極悪面じゃろうが』
『は? いやいや、どう考えてもゴン爺だろう』
『何だ? 儂とやるのか?』
『やるというなら、やるぞ』
額をゴチンとぶつけてガンを付け合うフェルとゴン爺。
一連のフェルとゴン爺のやり取りにフツフツと怒り心頭なのは、俺。
だってさ……。
「フェル、ゴン爺、声出てるから」
『む?』
『あ』
俺の声に額を離してこちらを向くフェルとゴン爺。
「それに会話の内容! 思ってることポンポン言わないでよ!」
冒険者さんたちを見てみなよ。
めっちゃ悔しそうだし悲しそうじゃんか。
聞いてる俺がいたたまれないったらありゃしないよ!
『いやぁ、ついついな。まだまだ念話というものに慣れなくてのう』
『我はゴン爺がしゃべるからついつい釣られてな』
『おい、フェル、儂のせいにするな』
『ゴン爺がしゃべるのが悪いのだろう』
再びバチバチと睨み合うフェルとゴン爺。
「だまらっしゃい! 大人しくするって約束したでしょ! ドラちゃんとスイを見てみなよ! フェルとゴン爺よりもよっぽど大人じゃないかっ」
年長のフェルとゴン爺が手を焼かせるってどういうことだよ、まったくもう。
『フェルもゴン爺も大人げねぇなぁ……』
『スイ、大人しくしていい子にしてるよ、あるじー』
俺の頭につかまりながら肩車しているみたいに羽を休めているドラちゃんは呆れているし、鞄にいたスイも触手で鞄のふたをペラリと捲っていい子にしていること主張する。
「ホント、黙っててよね。大人しくしないならフェルもゴン爺も、夕飯なしだからね」
『なっ?!』
『からあげがっ』
フェルもゴン爺もショックを受けたような顔してるけど、今回はマジだから。
「本気だからね。ちゃんと大人しくしててよ」
睨みを利かせてそう言うと、フェルもゴン爺もうんうんと何度も何度も頷いた。
ゴン爺連れで、ギルド内を緊張させたところまではまだしょうがないと思えたけど、その後のフェルとゴン爺の会話については、ホント申し訳ないわ、いたたまれないわで、今すぐここから逃げたい気分だよ。
冒険者さんたちは日々がんばってるんだよ、たとえ手持ちの武器が君等に通用しなくったって、戦わなきゃあいけなくなればそうするんだよ。
それなのに、まったくもう。
ホントもういたたまれないよ。
あー、早く、早く来て下さい、トリスタンさん。
そんな祈りにも似た願いをこめて待っていると、ようやくトリスタンさんが現れた。
「おお~、よくぞお戻りになられました、ムコーダ様。お待たせしました、ささ、こちら…………」
「トリスタンさんっ?!」
満面の笑みを浮かべて俺を迎えてくれたトリスタンさんが、俺の背後を目にした途端に白目をむいてぶっ倒れてしまった。
とっさに抱えて、頭を打つことだけは回避したけど……。
「しっかりしてください、トリスタンさんっ! トリスタンさーんっ!」
これ、どうすりゃいいのさ。




