第四百四十四話 従魔(仮)
食欲をそそるニンニクの香り、かつトリオが大好きな肉でと言ったらこれしかないでしょ。
「ガーリックステーキだよねぇ、やっぱり」
シンプルイズベスト。
調理も簡単だし、なによりガッツリ肉が食えるから満足度も高くて豪華。
肉は何を使おうかな?
そんなことを考えながらフェルとドラちゃんとスイを見る。
ニンニクの香りで肉好きトリオの食欲がMAXになりそうな予感。
しかも、古竜も控えているし。
というか、あの巨体の古竜にお裾分けってどれくらいあげればいいんだろうか?
なんか、今俺のアイテムボックスに入っている大量の肉の在庫もペロッといかれそうではあるんだけど……。
ま、まぁ、さすがに全部は勘弁してもらうにしても、在庫の量が多い肉を使っておいた方がいいだろう。
豪華で美味い肉ってことで、ドラゴンの肉も考えなくもなかったけど、さすがに量がね。
量やら味やらを考慮すると、やっぱりギガントミノタウロスの肉あたりかな。
それからダンジョン牛、それも上位種の方。
豪華にっていうフェルからのリクエストだから、両方使うのもありだな。
よし、ギガントミノタウロスの肉とダンジョン牛の上位種の肉を使ってガーリックステーキだ。
ついでにガーリックライスも作ろう。
これは俺が食いたいからだけど。
そうと決まれば魔道コンロを出して、調理開始だ。
まずはギガントミノタウロスの肉とダンジョン牛の上位種の肉を出して筋切りしていく。
ギガントミノタウロスの方はほぼ必要ないけど、ダンジョン牛の方にはやっておく必要がある。
そうしたら、肉の表面に塩胡椒を満遍なく振る。
この塩胡椒は、前にネットスーパーで買ったミネラルたっぷりの天日塩とミル付きブラックペッパーだ。
肉の用意が出来たら、ニンニクを薄くスライスして、フライパンにサラダ油とスライスしたニンニクを入れて弱火で炒めていく。
ニンニクの香りが十分に出て薄く色付いてカリカリになったところで、ニンニクを取り出す。
あとはニンニクを取り出したフライパンを強火にかけて肉を焼いていく。
最初に焼いていくのはギガントミノタウロスの肉だ。
焦げ付かないようにフライパンを揺すりながら肉を焼き、軽く焼き色が付いたところで中火にしてこんがりと焼き色が付くまで焼いていく。
肉を裏返して同様にフライパンを揺すりながら好みの加減に焼いていったら出来上がり。
フライパンから立ち昇るニンニクの香りと肉の焼ける香りに食欲が刺激されて、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
『お、おい、まだか?』
そう声を掛けられて振り返ると、涎をダラダラ垂らしたフェルとドラちゃん、そしてブルブル震えてそわそわした感じのスイがいた。
肉を取り出したあとのフライパンでガーリックライスを作ろうと思ってたけど、その余裕はなさそうだ。
とりあえず焼き上がったギガントミノタウロスのガーリックステーキにニンニクチップを載せて出してやった。
「はい。ギガントミノタウロスのガーリックステーキだ」
待ってましたとばかりにかぶりつくトリオの面々。
というか、フェルさんや、一口でいくな一口で。
『美味い! どんどん焼くのだ、どんどんと』
『カーッ、うめぇなあ! このニンニクっていうのか?それの風味が肉と抜群に合うな! フェルの言うとおりじゃんじゃん焼けじゃんじゃん』
『お肉美味しいー! スイ、もっと食べるー!』
ダンジョンの中で動いた後だったのもあるだろう、ニンニクの香りにまんまと食欲を刺激された食いしん坊トリオに急かされて、次々とガーリックステーキを焼いていった。
ダンジョン牛の上位種の肉も焼いて、味付けも塩胡椒だけじゃあ飽きてくるかなと思って、バターで焼いてニンニクバター風味、ニンニク風味のステーキ醤油をかけたものなんかも出していく。
次々と出しても、食いしん坊トリオはペロリと平らげてしまうので忙しいことこの上ない。
ニンニクの香りに食欲を刺激されたのはフェルたちだけではない。
俺も辛抱たまらんってことで、ガーリックステーキをつまみながら、フェルたちの分を焼いていった。
「ほい、焼けたよ。ニンニクバター風味だ」
『うむ、これも美味い』
『このニンニクバター風味ってのコクがあって美味いよな』
『スイ、これ好きー!』
食欲が収まらない食いしん坊トリオは相も変わらずガーリックステーキをバクバク食っている。
『よし、次だ次』
「ったく食うのが早いんだよ、もー」
『……コラーッ!!!』
突如響いた重低音ボイスでのご立腹の声。
忙しくてすっかり忘れてたけど、古竜がいたんだった。
恐る恐る古竜を見ると、滝のように涎を垂らしながら歯をむき出しにして激オコでいらっしゃいましたよ。
そんな古竜の様子にも、どこ吹く風で『何だ? うるさいのう』などと答えるフェル。
『うるさいではないわっ! フシュュュッ、フゴォォォッ、フシュュュッ、フゴォォォッ……、こんな美味そうな匂いのするものをお主たちだけで食いおってからに、ズルいではないかっ! 儂にも食わせろ!』
荒い鼻息でめいいっぱいガーリックステーキの匂いを嗅いだ古竜が喚いた。
『フン、何がズルいだ。ズルくも何ともないわっ。此奴の従魔である我らが此奴の作った飯を食うのに何の問題があるというのだ。そもそもだ、此奴の従魔でも何でもない爺が此奴の作った飯を食わせろと言う方が間違っているのだ。そんな権利などないわ!』
バクリと古竜に見せ付けるようにガーリックステーキを食ったあとに、ドヤ顔で古竜に言い返すフェル。
『ンギギギギギギギギッ』
そんなフェルに歯軋りして悔しがる古竜。
見たくないわぁ……。
そんな姿の古竜。
古竜と言ったら、漠然とだけど何かすごい伝説のドラゴンだって幻想を持ってたのに、実際に会ったら飯食わせろ食わせないで争うし、歯軋りして悔しがってるし……。
幻想がボロボロと崩れていくよ。
とは言っても、何だかかわいそうな気もするし。
このガーリックステーキの匂いを嗅がされて食えないっていうのもねぇ。
「なぁ、フェル、そんな頑なに食わせないって言い張らなくてもいいんじゃないか? ちょっとだけお裾分けしてやろうよ」
『人間っ、よく言った! お主、なかなか話の分かるやつではないか!』
俺の言葉に一気に機嫌を直す古竜。
『何を言うか、お主は甘すぎるぞっ! だいたいな、爺のあの巨体でちょっとだけで済むはずがないだろうが。我らが調達した肉が全部なくなるなんてことになったら許さんぞ』
『それは俺もちょっと嫌だなぁ』
『えー、お肉、ドラゴンのおじちゃんが全部食べちゃうのー?』
フェルの話で古竜に肉が全部食われるかもしれないとなると、さすがにドラちゃんもスイも不満顔になる。
「いやぁ、それを言われるとね……」
確かにあの巨体だからなぁ。
フェルたちと同じくらいなら何とかなるけど、それで済むかどうか。
『むぅ、この体が問題なのか? 確かにこの体だと食う量は多い。だが、それが問題なのであれば解決策はあるぞ。見ていろ』
古竜がそう言ったあと、体全体が一瞬ピカンと光ってシュルシュルとその巨体が縮んでいった。
そして、最終的にはちょうどフェルくらいの大きさに。
「お、大きさを変えられるのか?」
小さくなった古竜に俺は思わず目を丸くする。
フィールド型の階層ならいざ知らず、そこまでの階層をこの巨体でどうやって通って来たんだろうと不思議には思っていたんだ。
ここのダンジョンは広いとは言え、フィールド型の階層に出るまでの階層の通路なんかはあの巨体ではとても通るのは無理そうだったしさ。
なるほど、この大きさになってここまで来たというわけか。
『爺、そんな芸当ができたのか……』
古竜が小さくなれることはフェルも知らなかったのか、口をあんぐり開けて驚いている。
『古竜ってそんなこともできるのかよ……』
同じドラゴン種であるドラちゃんも驚きの事実のようだ。
『フフン、どうだ? これで問題なかろう?』
フェルと同じくらいの大きさになった当の古竜は得意げにそう言う。
『わぁ~、ドラゴンのおじちゃん、スイと同じー! スイもねぇ、大きくなったり小さくなったりできるんだよー! 見せたげるー』
そう言ってスイがブルブル震えて大きくなろうとするのを慌てて止めた。
「わわわわっ、スイっ、分かってるから! スイが大きくなったり小さくなったり出来るのは十分わかってるから、今は止めとこうね!」
それで『あるじがそう言うなら分かったのー』となんとか思いとどまってくれるスイ。
スイが素直な子で本当に良かったよ。
今は古竜のことでわちゃわちゃしてるのに、スイが巨大化して元に戻るときに分裂体を出されたらさらに収拾がつかなくなっちゃうからね。
『よし、人間。小さくなったのだから、儂にもそれを食わせろ』
『偉そうに。爺はお主の従魔でも何でもないんだから本来食わせてやる必要はないんだぞ』
『フン、それは人間が決めることよ。人間よ、儂にも食わせてくれるよな? んん?』
「わ、分かりましたから。ちょっと待っててください」
小さくなったとはいえ、その迫力あるドラゴンの顔で迫ってこないでほしいよ。
追加で古竜の分のガーリックステーキを焼いていると、フェルが『お主は甘すぎる、激アマだ』とかなんとかブツブツ文句を垂れていたけど、聞こえないふりだ。
「どうぞ」
焼き上がったガーリックステーキを古竜へと出してやった。
もちろんフェルとドラちゃんとスイにも追加のガーリックステーキを出してやる。
嬉々としてガーリックステーキに食らいつく古竜。
肉を噛み締めてゴクリと飲み込んだあと、古竜がワナワナと震えだした。
「え? どうした? 不味かった?」
古竜の味覚には合わなかったのかと焦る。
『うまぁぁぁぁぁぁぁい!!!』
重低音ボイスでいきなり叫ぶ古竜。
『なっ、なんじゃこれはっ! こんな美味いものがこの世にあったのか?!』
カッと目を見開いてそう言う古竜に、フェルがフフンと不敵に笑う。
『だから言っただろう。此奴の作る飯は美味いのだと。だが、爺が此奴の飯を食えるのもこれが最初で最後だ。よーく味わっておくがいい』
『最初で最後? 何故じゃ?!』
『何故って当然だろうが。何度も言っているが、爺は此奴の従魔でも何でもないのだから此奴の飯が食えるわけないだろう』
『何ぃぃ?! それならばなるぞっ、儂は此奴の従魔になるぞ!』
へ? 何言ってるの?
従魔は食いしん坊トリオだけで十分だよ!
古竜の従魔なんてとんでもない。
ノーサンキューだからね。
『何を言っている、ダメに決まっているだろう! 第一、爺は気まぐれ過ぎて従魔として相応しくない。以前我とやり合った時も、少し寝て起きたばかりだとか言っていたが、聞いてみればその少しが20年だったではないか。ここにいた目的も寝ることだったのだろう? しかも、少しではなさそうだ。そうなるとここにいたのは50年か? 60年か?』
えー、何十年単位で寝るって……、フェルの言うとおり従魔なんて無理無理。
『クッ……、ここに来たのは、お主と戦ってからしばらくしてからだ。……別の大陸へ行ってそれからこっちに戻ってブラブラして…………、100、いや200年弱くらいか』
律儀にボソリとそう答える古竜。
『呆れたわ。200年近くも寝ていたとはな』
『ぐっ……、ま、まぁ、そうなるのう。し、しかしだ、今回は十分過ぎるほど寝た。だから、しばらくは寝る必要がないくらいなのだぞっ』
『それがどうした。言っておくが此奴はな、創造神様の加護持ちで寿命が1500年くらいあるんだぞ。気まぐれな爺ではその間、従魔として務めあげられんだろう』
『ぐぬ~、1500年か、まぁまぁの長さがあるな。確かにその期間全て付き従うとなると……。しかし、人間の作る美味い飯も捨てがたい』
うんうん唸りながら悩む古竜。
『爺には無理なのだから諦めろ』
『いやっ、諦めきれん! 人間よっ、300年、とりあえず300年だけ仮の従魔としてくれないかのう?』
古竜がそう言いながら、ずいと俺に顔を寄せてくる。
「ちょちょちょっと、顔、近いですから!」
『おい爺、此奴を困らせるな!』
『お主は黙っとれ! 儂は人間に聞いているのだ! 300年、300年だ、いいだろう?』
どんどんと近くなってくる古竜の顔を手でガードしながら、どう答えていいやらしどろもどろになる俺。
「いや、あの、そのですね……」
『300年、仮の従魔とはいえ古竜の儂が従魔となるんだぞ。嫌と言えるはずがなかろうが。どうなんだ?』
ちょっと、その聞き方ズルいだろ。
ってか勘弁してくれよ~。
そうこうしているうちに……。
『よしっ! よーし、よしよしよしよしっ! フハハハハハ、人間よ、感謝するぞ。これで儂もお主の従魔じゃのう』
「は? え? どういうこと?」
『馬鹿者がっ、何故承諾してしまったのだ!』
フェルにどやされても目が点の俺。
『ハァ、分かっておらんのか? 爺がお主の仮の従魔になってしまったということだ』
「は? え? どうして?!」
『お主、もういいやとかそんな風に考えただろう。だからこの結果だ。確固たる気持ちできっぱりと否定していれば良かったものを……。まったく、このヘタレが』
ガックリと項垂れてそう言うフェル。
ヘタレという言葉には反論したいものの、困ることにフェルが言うとおりだから返す言葉がない。
『まぁまぁまぁまぁ、これからは儂も仲間になるんだから仲良くしようではないか。ま、儂は仮の従魔ではあるけどな。グワッハハハハハ』
何がグワッハハだよう。
こうして仮の従魔とは言え300年間、俺たち一行に古竜が加わることとなったのだった。
古竜回というか最下層での話としてもうちょい続きますのでお付き合い願います。




