第四百四十話 油断しちゃった
遭遇する確率の高いスノージャイアントホーンラビットとスノーコッコを倒しつつ、時たま出てくるスノーカリブーというゾウ並みの巨体を持つトナカイの魔物やスノーパンサーという真っ白で素早い動きのヒョウの魔物、そしてジャイアントスノータイガーという白地に黒のトラ模様でフェルより一回り大きなトラの魔物等々、AランクやSランクの魔物も倒しながら雪原を進むこと2日。
ようやく階層主の下へとたどり着いた。
雪の中に埋もれるように建った石を積み上げた四角い箱型の建物の前に仁王立ちするボス。
「ゆ、雪男?」
白い毛に覆われた二足歩行の類人猿。
伝え聞く未確認動物そのままの姿の魔物がいた。
ある程度離れた距離にいる俺からもしっかりと視認できることから、かなりの大きさだろうということが分かる。
すぐさま鑑定してみると……。
【 イエティ 】
極寒の地に棲むSランクの魔物。捕らえた獲物を引き千切るほどの強い腕力を持つ。縄張り意識が強く、縄張りに入ってきた者には容赦なく攻撃する。
お、おう、確かヒマラヤの雪男もイエティっていう名前だったな。
そのままやんけ。
そこはいいとして、捕らえた獲物を引き千切るほどの強い腕力って……。
その場面を想像してゾッとした。
「フェル、あれ……」
『うむ。1度だけ見たことがあるな。だが、戦ったことはない』
フェルの話ではここと同じく極寒にある冬山で1度見かけたことがあるが、二足歩行の魔物は基本的に肉が不味いこともあって興味をそそられずに素通りしたのだという。
フェル曰く『その時は寝床を探す方が重要だったからな』とのことだ。
まぁ、そう言われると二足歩行で美味い魔物と言ったらオークとミノタウロスくらいしか思いつかないもんな。
ギガントミノタウロスは別として、そのオークとミノタウロスだって、フェルにしてみたら極上の肉とまでは言い難いらしいから、今回みたいな極寒の地だったら寝床を探す方が重要だと言われるとなんとなく納得するものがある。
「捕らえた獲物を引き千切るほどの強い腕力があって縄張り意識が強いって鑑定に出たぞ」
『うむ。我の鑑定にも出ているな。彼奴、威嚇はしてきているが、打って出てはこないな。明確な攻撃に出る縄張りにはまだ入っていないということか』
「どうすんだ?」
『どうするって、いつもと同じように倒すだけだ。当然だろう』
当然って、いやまぁ、進むとなるとそうなんだろうけどさ。
『ハイハイハイ、スイがあれ倒したーい!』
『む、いけるのか?』
『うん、大丈夫!』
『よし、それならばスイに任せよう。行ってこい』
フェルとスイの間で進む会話にストップをかける。
「いやいやいやいや、ちょっと待ったー! 何が行ってこいだよ、スイだけってのはダメでしょ! 捕らえた獲物を引き千切るほどの強い腕力を持つんだよ! スイがプチッと握りつぶされちゃったりしたらどうすんだよ!」
『うるさいな。スイが彼奴程度に後れを取るわけなかろう。そうだな?』
「そうだな?って、それフェルも戦ったことないから、どれくらい強いのかわかってないんじゃないの?」
『そ、そんなことはないぞ。スイなら大丈夫だ。……多分』
「多分ってなんだよ、多分って!」
俺もスイが強いことは分かっているんだけど、強い魔物を相手に一人で立ち向かうとなるとどうしても心配でたまらないのだ。
だからスイが戦うときにはできるだけ共闘してほしいというのが本音だ。
「フェルも一緒に行って戦ってくれよ。そうすれば俺も安心なんだし」
『あるじー、大丈夫だよ! 倒してくるねー!』
「ちょっ、待ってスイ!」
止めるのも間に合わずに素早い動きでイエティの下に向かって行ってしまうスイ。
「あぁ~、スイちゃ~ん」
『情けない声を出すな。いざという時は我が助けに出るから心配するな』
そうは言ってもまだまだ子供スライムなスイが俺は心配でたまらない。
『む、スイに気付いたな』
フェルがそう言うのと同時に、イエティの太い腕が雪の中にめり込んだ。
『お前なんかにスイは捕まらないんだぞー』
素早い動きのスイを捕まえようとイエティが「ウボォアァァァッ」と奇声を上げて雪の上に何度も何度も手を突っ込んでいる。
そして、雪の中に潜っていたらしいスイが雪を押しのけて跳び上がった。
『エーイッ』
ビュッ―――。
「ウギャァァァァッ」
スイの放った酸弾が腹の右側に命中。
たまらずといった感じでイエティが腹を押さえて膝をついた。
『ヤッター!』
仕留めたと思ったスイが喜びでポンポン跳び跳ねているのが見えた。
しかし、次の瞬間―――。
「ウゴァアアアアアアアッ」
最後の反撃とばかりに残った力を振り絞って立ち上がったイエティが、素早い動きでスイをその手に掴んだ。
「スイッ?!」
プニプニのスイの体がギュウッと握りしめられて今にも2つに分かれそうになっているのが見えた。
「スッ、スイー!!! フェルッ、頼む!!」
俺の叫び声と同時にフェルが走り出す。
『うわぁぁぁっ。放せーっ、エイッ』
フェルがスイの下に着くより先に、スイがイエティの顔面に向けてビシャッと酸をひっかけた。
「ウガァァァァァァァアアアアアアアアッ」
耳に残る絶叫とともにスイを放り出して顔を手で覆うイエティ。
そして、数歩歩いたところでバタリと倒れた。
『スイの方が強いんだからねー!』
フンスという荒い鼻息が聞こえてきそうなスイの念話が届いてきたと同時に、俺はスイの下へと駆け出した。
「スイーッ」
そして…………。
一目散にスイの下へ駆け寄った俺は、そのプニプニなボディをギュッと抱きしめた。
「スイ~、大丈夫か? 痛いところとかないか?」
『大丈夫だよー』
「ホント? 大丈夫なの?」
『うん、どこも痛くないよ。大丈夫ー』
スイがそう言って元気な様子を見せたことで、俺はようやく安心した。
「も~、心配させないでくれよ、スイー」
『えへへ、ごめんね、あるじー』
そう言ったスイを撫で繰りまわす俺。
『スイ、お主、仕留めたと思い油断しただろう』
『うん、スイちょっと油断しちゃった。相手につかまれちゃってびっくりしたー』
『今回のことは教訓にするのだ。どのような相手にも油断は禁物だぞ。仕留めるときはきっちりと仕留めねばならん。分かったな』
『はーい』
スイが無事でいたことにホッと胸をなでおろした俺だった。
落ちついたところで気になることが。
イエティが落としたドロップ品だ。
さすがSランクということで、特大の魔石と……。
「宝箱だな」
『うむ。けっこう大きいな』
宝石などの飾りはないが、雪の結晶のような模様が彫られた白い宝箱だ。
すぐに開けてみたい衝動に駆られるが、罠がある宝箱も多いから最初はこれをしないとね。
「鑑定」
【 階層主の宝箱 】
階層主を倒すことにより稀にドロップされる宝箱。仕掛けはない。
「宝箱、罠はないみたいだから開けてみるな」
白い宝箱をドキドキしながら開ける。
中身に興味津々な俺、フェル、スイが宝箱の中を覗いた。
『何だこれは?』
『なんだかもこもこしてる~』
宝箱の中には白いモコモコしたボアっぽい素材の生地がたたまれて入っていた。
その生地を持ち上げて広げてみる。
「これは、マントだな」
広げてみたモコモコの生地は、俺のワイバーンのマントと同じような形をしていた。
『ほぅ、なかなかいいものではないか』
「そうなの?」
『お主も鑑定してみろ』
フェルに促されて俺もマントを鑑定してみる。
【 イエティのマント 】
イエティの毛皮で作られたマント。保温効果大。寒冷地でも温かく快適に過ごせる。
「おお~、これはいいな。この下の階層もここと同じ極寒だったらかなり使えるぞ」
『うむ、ドラもこれで少しは楽になるだろう』
「そうだな」
いつもは活動的なドラちゃんがこの階層では、寒さに耐えて鞄の中でジッとしてるか寝てるかしかないっていうのが可哀想だったんだ。
でも、このマントがあればその中でならなんとか快適に過ごせるようになるだろう。
「それじゃあ行くか」
俺たち一行は45階層を後にして、46階層へと階段を下りて行ったのだった。