第四百三十六話 死の使い
『誰でもいいってんなら俺がやるぜ!』
そう言ったドラちゃんから巨大フンコロガシに向かって直径2メートルはあろうかという火球が放たれた。
俺の放つファイヤーボールとは比較するのもおこがましいほどのものだ。
『あー、ドラちゃんズルーい。スイもやりたかったのにー』
『スイよ、獲物は他にもいるのだから焦るでない』
『フェルおじちゃん、ホントー? なら次はスイの番だからね!』
『ハハ、分かった分かった』
フェルとスイのそんな会話をよそに、ドラちゃんの放ったファイヤーボールが巨大フンコロガシに直撃。
糞球もろとも爆散した。
まさに“汚い花火”を地でいくような様相だ。
「うへぇ……」
『へへ、どんなもんだい』
どんなもんだもなにも、ねぇ……。
『おい、ドロップ品どうすんだ? 拾ってくるか?』
ドラちゃんがそう聞いてきたけど、俺は引き攣った顔で「いや、いい」とだけ返事をしておいた。
あの巨大フンコロガシ、鑑定したらタイラントスカラベというAランクの魔物だったから少なくとも魔石はドロップしているはずなんだ。
だけど、元がフンコロガシだし、汚いことにう〇こと一緒に爆散しちゃってるし。
ドラちゃんのファイヤーボールで消毒はされてるだろうけど、バッチすぎていらんわ。
ということで、俺たち一行はそのまま進むことに。
その道中も砂漠特有の魔物たちが次々と現れるが、フェルとドラちゃんとスイのトリオによって一網打尽に。
特にスイが張り切って倒していたよ。
そんな感じで魔物を倒しつつ、ドロップ品も適度に拾いながら延々と続きそうな広大な砂漠地帯を再び進んで行った。
そして、新たな魔物と遭遇する。
ちょうど砂の中から飛び出してきたサンドワームをスイが大きめの酸弾をぶつけて始末したところだった。
サンドワームが消えて、砂の上に残った魔石を拾い上げ、ふと先を見ると……。
「なぁ、俺の目おかしくなったのかな? あれ、大分距離がありそうなのにラクダがいるのがはっきり見えるんだけど……」
この炎天下で幻でも見ているのかと、目を擦る。
それから何度か瞬きして再び先を見るが、やっぱりそこには二つのこぶが特徴的なラクダがいた。
『お主の目がおかしくなったわけではない。あれが巨大なだけだ』
フェルが言うには、あのラクダは魔物で大きさだけなら古竜にも匹敵するほどの巨大さなのだそうだ。
この距離であれだけはっきり見えるんだからそりゃあ巨大も巨大だわな。
『魔物ー、スイが倒すよー!』
魔物と聞いてスイがポンポンと飛び跳ねながらヤル気を見せる。
『スイ、あれは倒さなくともよい。放っておけ』
ちょっと困ったような顔でフェルがそう答えた。
『何でー?』
『あれの肉はな、長い年月を生きてきた我の中でも特に記憶に残っているほどの不味さなのよ……』
あのラクダの肉の味を思い出したのかフェルの鼻にしわが寄っている。
『ハハッ、フェルがそんな顔をするってこたぁ、相当マズかったんだな』
『うむ。もう二度と食いたくはない』
『でもよ、ここはダンジョンなんだし巨体がそのまま手に入るわけじゃないだろ。ドロップ品に肉があるかもしれないけどさ』
ドラちゃんの言うとおりだ。
ダンジョンなんだからドロップ品という形で手に入るんだから。
まぁ、フェルが二度と食いたくないなんていう激マズ肉の巨大な塊が手に入っても、それはそれで困るけど。
『あれを倒しても価値がありそうなのは魔石くらいなものだぞ。それでも行くというのなら止めはしないがな』
フェルがそう言うので、確かめるためにもラクダを鑑定してみた。
レベルが上がったおかげで、鑑定もけっこう詳しく出てくるようになっている。
【 山駱駝 】
Aランクの魔物。その名の通り山のように巨大であり、陸生の魔物の中でも十指に入る大きさを誇る。性格はいたって温厚だが、その巨体故に足元に目が届かず、意図せずに近くにいる生物を踏み潰すことも多々ある。肉は食べても問題はないが臭みが強く食用には適さない。皮は革鎧の素材にするには強度が弱く、革製品にするには匂いが強いために向かない。
ふむふむ。
フェルの言うとおりかもしれないな。
肉も食用には向かないし、皮も使えなさそう。
Aランクの魔物だから魔石はあるだろうけど、それより気になるのが“性格はいたって温厚だが、その巨体故に足元に目が届かず、意図せずに近くにいた生物を踏み潰すことも多々ある”って一文だよ。
踏み潰されるって、何それ。
絶対にお近づきになりたくないわぁ。
ってことで、山駱駝を狩るのは却下。
ドラちゃんとスイには、鑑定してみた結果フェルの言うとおり山駱駝を倒しても得られるのは魔石くらいだろうからと言い含め、俺たち一行は砂漠の中を先へ先へと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェル、ドラちゃん、スイの鬱憤を晴らすように魔物を狩りまくりつつ砂漠を進むこと5日。
終にここ43階層の階層主の下へとたどり着いた。
44階層へと続く階段があるであろう石を積み上げて出来た四角い箱型の建物、それに体を巻き付けるようにとぐろを巻く漆黒の巨大なヘビ。
早速鑑定してみた。
【 アペプ 】
Sランクの魔物。砂漠地帯の街では死の使いと恐れられている。超強力な毒を持ち、出会った者は髪の毛1本も残さずにこの世から消え失せると言われている。
えーと、鑑定結果がヤバいんですが。
というか……。
「俺たちに気付いてるよな、あれ……」
『当然だ。この場に隠れる場所などないのだからな』
『来れるもんなら来てみろってことかぁ?』
『スイがやっつけちゃうもんねー!』
俺たちがそんな話をしていると、漆黒の巨大ヘビ、アペプが急にエリマキトカゲのように襟状の皮膚を広げて「シャーッ」と大きな口を開け牙を見せながら俺たちを威嚇してきた。
『いかん、我のそばから離れるなよ!』
フェルの焦った声が響いた。
「ど、どうしたんだよ?」
『大分前になるが彼奴とは戦ったことがあってな……。強力な毒を持っているのだ彼奴は』
フェルの話では、フェルがニンリル様からの加護をもらい受ける前、しかも結界魔法も今ほどの強力ではなかったころにアペプと遭遇して戦い、勝ちはしたけどかなり苦戦したのだという。
アペプはああやって毒を放出しているらしく、その毒を受けると脆く崩れ去っていくんだそうだ。
崩れ去っていくってどういうことだと聞くと、当時フェルが戦ったのもこういう感じの砂漠地帯だったらしいのだが、周りに砂漠特有の植物(トゲトゲした植物と言っていたからサボテンぽいものだろう)が少し生えていて、それがあのヘビの毒を受けた瞬間に砂のように脆く崩れ去ってしまったそうなのだ。
「砂のように脆く崩れ去るって、何だよそれ……。というか、それって毒? 毒なのか? よくわからんけど、これだけは言える。お前、よく生きてたな……」
フェルの話を聞いて、思わずしみじみとそう声を掛けてしまった。
『フン、我を見くびるな。瞬時に危険を察知して距離を置いたわ』
なんてフェルは言ったけど、異世界の毒が怖すぎる。
そしてアペプから距離を置いたフェルは遠距離からの魔法攻撃に切り替えたそうだけど、その時は若かったこともあって威力も精度も今とは程遠く何発も魔法を放つハメになったのだという。
『まぁ、ニンリル様の加護がある今ならば、毒を浴びても死ぬということはありえぬだろうがな。それは神の加護があるお主たちもだが』
「それなら、フェルもそんな焦る必要なかったんじゃないのか?」
とは言っても、フェルの話からすると相当強い毒みたいだから俺としてはフェルの結界もあった方が安心できるけどさ。
『あれを浴びたときの有様を知っているからな、念のためだ。それに、我等は大丈夫だが、我の結界がなければお主には損害がでると思うぞ』
「損害? 俺だけ?」
『うむ。お主の着ている服や持ち物はダメになるだろうからな』
「あ……」
フェルに言われて、そうかと思った。
神の加護で俺自身は死ぬことはないだろうけど、衣服や鞄なんかの持ち物にまで加護が及ぶわけはない。
そうなると毒で服や鞄がボロボロ崩れてしまうってことか。
ダンジョンの中の砂漠でマッパになるって何の罰だよ……。
「フェル、本当に助かった。ありがとう」
『そうだろう。感謝の印に今夜の飯を豪華にしても良いのだぞ』
「いや、それはねぇ」
そんな会話をする俺とフェルの間に割って入る2つの小さな影が。
『おーい、くっちゃべってないで早く戦おうぜ!』
『あるじー、スイ早く戦ってみたーい!』
いかにも強敵そうなアペプと戦いたくてウズウズしているドラちゃんとスイ。
『フェルの話を聞いてたら、あいつの毒は神様の加護がある俺たちには効かないんだろ? ならさっさと行こうぜ!』
「まぁ、そうだろうけどさ、あの魔物アペプっていうのすごい強そうだからさ、みんなで戦った方がいいと思うぞ」
『戦っていいのー? なら、スイが行くー!』
そう言って飛び出したスイ。
『あー! 抜け駆けはズリィぞスイー!』
そう言いながら慌ててスイの後を追うドラちゃん。
「あっ、スイもドラちゃんも、戦うのはみんなでだよみんなでーっ!」
俺が叫ぶのも聞かずにアペプの下に行ってしまったドラちゃんとスイ。
「フェル~」
『情けない声を出すな。ドラもスイも強い。むざむざとやられる訳がなかろう』
「そうかもしれないけどー」
『ほれ、見てみろ。もう終わるぞ』
フェルにそう言われてアペプがいる方を見ると……。
ドラちゃんの特大ファイヤーボールとスイの酸弾を食らったアペプの頭部が跡形もなく消えたところを目撃した。
頭を失った胴体が砂煙を上げながら力なく砂地に倒れていった。
「エェ……」
『だから何度も言っているだろう、ドラとスイは強いのだと』
「いや、それは分かってる。分かっているんだけどさ……」
こんなヤバそうな魔物もドラちゃんとスイだけで倒せちゃうのかよ……。
ドラちゃんとスイへと歩み寄っていくと、アペプを倒したことにドラちゃんもスイもはしゃいでいた。
『へっへー、どんなもんだい!』
『わーい、わーい、倒したよー!』
「ハハ、倒しちゃったね……」
乾いた笑いしかでないよ。
『この魔物って、フェルでも苦戦したんだろ?』
『む、若いころの話だぞ』
『それでも苦戦したのは間違いないってことだろ。その魔物を俺とスイで瞬殺してやったぜ。はっはー、俺たちも強くなったなぁ、スイー』
『うんっ。スイは強いもんねー!』
『ぐぬぬぬぬぬ、苦戦したというのは本当の本当に若いころの話だというのに』
「まぁまぁ」
『フンッ、さっさと次に行くぞ!』
そう言ってスタスタと石積みの建物の中に入っていくフェル。
「あーもう、そんな拗ねるなよー。ドラちゃん、スイ、行くよ」
先に行ったフェルを追って俺たちも建物の中へと入って行った。
ちなみにだけど、アペプのドロップ品は魔石と皮、そして激ヤバなのが瓶に入った時々ブクブクと泡を立てるどす黒い毒液だった。
何で瓶が溶けないんだろうとは思ったけど、不思議いっぱいのダンジョン産だからねと思うことにして、二度と日の目を見ない品だろうとアイテムボックスにそっとしまったよ。