第四百三十四話 ムコーダ一行、荒野に立つ
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転移石で40階層に転移した俺たち一行は、移動に2日をかけて森を抜けた。
前回よりも早く移動したけど、それでも少なくない数のドロップ品を手にすることになったのはもうしょうがないと諦めた。
そして、再びあいまみえたズラトロク。
そこで待ってましたとばかりに飛び出したのは、まだズラトロクと対戦していなかったドラちゃんだ。
ドラちゃんが軽く氷魔法をぶつけると「キャーアアアアアア!!」と絶叫をあげて怒り出したズラトロク。
すぐさま頭上の2本の金色の角の間に電撃が走る。
そして、その角から雷魔法を放とうとドラちゃんを睨みロックオンするズラトロク。
しかし、その隙は素早い動きが得意のドラちゃんにとっては攻撃するチャンスでしかなかったようだ。
巨体のズラトロクはドラちゃんにとってはいい的だったのだろう。
火魔法をまとったドラちゃんがものすごいスピードで二度三度と突っ込んで胴体に風穴を開けると、ズラトロクは反撃もできないままに沈んでいった。
そして……。
『毛皮と蹄と魔石か。肉が出りゃあいいのに、シケてんなぁ』
ドロップ品を見たドラちゃんはそんなことを言ってるけど、その毛皮、一国の王様にも献上されるような代物だからね。
俺たちは何故か3枚も持ってるけどさ。
とりあえずそういう代物なので、ズラトロクのドロップ品はもちろん回収させてもらう。
『あるじー、紫の実美味しいから採っていこーよー』
目の前にある低木に実った瑞々しい張りのある紫色の実を見てスイがそう言う。
さすがダンジョン。
不思議がいっぱいだ。
数日前に採り尽したはずの紫色のヴィオレットベリーが、以前と同じようにたわわに実っていた。
「ヴィオレットベリーか。そうだなぁ、このまま食っても美味いし、これならたくさんあっても困らないもんな。よし、採っていこう。フェルとドラちゃんも手伝って」
『むぅ、面倒ではあるが、この間の肉にかけたこれのソースはまぁまぁ美味かったからな。仕方ない手伝ってやろう』
『確かにあれは美味かったよな。それにぷるぷるのゼリーってやつにかけたソース、あれも良かった。しょうがない、俺も手伝ってやるよ』
前と同じくフェルは見張り役を、そして俺とドラちゃんとスイがヴィオレットベリー摘みをすることにした。
何と言っても2回目の作業。
再びズラトロクが湧いてくる前になんとか作業を終えることができた。
今回も採り尽くす勢いで収穫して、前と同量の大きい麻袋5つほどを収穫した。
そして、いよいよ41階層へ。
洞窟を進み階段を下りる。
その先で俺たちの前に広がっていたのは……。
「森の次でこうくるとはね」
『フハハ、ダンジョンってホント面白ぇな!』
『うむ。これだから止められぬ』
『うわ~、あるじー、何にもないよー』
俺たち一行の前に広がっていたのは、西部劇の舞台にでもなりそうなどこまでも続く荒野だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
41階層の荒野を進むこと2日目。
何もない荒野で一晩を過ごして、俺たち一行は再び荒野を進んでいた。
『しっかしホントに何にもないな。魔物も出やしねぇしよー』
荒野を疾走するフェルの横を飛んでいるドラちゃんが念話でそうボヤく。
俺はいつものごとくフェルの背に乗って、スイは定位置の肩掛け鞄の中で熟睡中だ。
『出てるじゃん』
俺はドラちゃんのボヤきに念話でそう返しながら目を上に向けた。
昨日、41階層に来てすぐに空から襲ってきたポイズンヴァルチャーという魔物。
翼も含めたら3メートルくらいはありそうなハゲワシに似た魔物だ。
羽は黒紫色でさ、体全体に近付いたら絶対にヤバいとわかる紫色のモヤッとした霧を纏ってるんだ。
フェルが言うには毒の霧で体全体を包んでいるらしい。
ハゲワシらしく腐肉食らいで、捕食対象を毒を使って殺したあと安全な保管場所に運んで腐らせてから食らうって話だ。
『あんなのは距離を保って魔法で撃ち落としたらいいだけだろうが。それに、数が少な過ぎて相手になんねぇよ』
『そう言われるとそうなのかもしれないけどさ』
ポイズンヴァルチャーは個体数が少ないのかわからないけど、襲ってくる数は少ない。
『でも、少ないからこそ忘れたころに襲ってくるんだから気は抜くなよ』
そこがまたポイズンヴァルチャーのイヤらしいところなんだよね。
『わぁってるって。しっかし、あいつ等倒しても魔石しか落としやしねぇのがなぁ……。なぁ、フェル、本当にあれ以外の魔物はいないのか?』
『うむ。我が察知できる範囲ではな。ところどころにあれの気配があるが、それ以外は皆無だ』
『我が察知できる範囲って、フェルの気配察知でも把握できないほどこの階層は広大なのか?』
『上の森よりも広いのは間違いないだろうな』
『げぇ、39階層の森も40階層の森も広いと思って辟易してたのに、それよりも広いのかよこの階……』
フェルの背中の上から見えるどこまでも続く荒野に目を向けながら、俺は思わず顔を顰めた。
『もしかしたらこの階はそういう造りなのかもしれぬな』
前方に広がる荒野を厳しい目で見つめながらそう言うフェル。
『そういう造りって?』
『下の階に進むには、移動速度には自信のある我等でもまだ時間がかかる。それが普通の冒険者だったらどうなる?』
『あっ……、下手したら2か月も3か月も、いやもっとかかるかもしれないな』
『うむ。しかもここには水も食料もまったくない』
フェルに言われて確かにと思う。
39階層と40階層の森では泉のようなものも見かけたし、かろうじてだけど肉をドロップする魔物もいた。
究極の話、食い物を現地調達っていうのもできなくはなかったけど、ここ41階層ではそうもいかない。
魔物が毒持ちで魔石しかドロップしないポイズンヴァルチャーしか出てこないのだから。
『そもそもの話、食料を十分持ってないと進めやしないってことか』
しかもここを進むのに時間がかかるとすれば、それだけ食料も必要になってくるわけで……。
『進めど進めど下の階への入口にたどり着けないうえに食料は減っていく……。さらに夜になると凍えるような寒さに晒されるわけか。地獄だな』
相当な精神力がなきゃあ途中で心が折れるわな、これ。
荒野をひたすら進むだけでも精神的に参ってくるだろうところに、日が暮れれば凍えるような寒さが襲ってくるんだもんなぁ。
どういう仕掛けなのかは分からないけど、こういうフィールドダンジョンの階層は昼間はちゃんと明るくなって夜は暗くなる。
一晩過ごして分かったことだけど、ここの階層は夜めちゃくちゃ寒い。
昼間はそれほどでもないのに、夜になると体感だけど零下になっているはずだ。
想定外の寒さに昨日の夕飯は体を温めるために急遽キムチ鍋にして、寝るときはみんな布団を寄せ合って寝たくらいだ。
『なるほどな、精神的にジワジワと追い詰める階層ってわけか。ダンジョンならありそうではあるなぁ』
そう言うドラちゃんの言葉に頷く。
『だな。悪辣極まりないけど、ダンジョンならあってもおかしくはない階層だ』
よく考えると、この階層って精神的に追い詰めるってだけじゃなく餓死する可能性も大いにあるんだから悪辣なんてもんじゃないよな。
『まぁ、食料の心配がない我等にとっては移動が面倒なだけだがな』
『ハハッ、確かに』
そう言い合うフェルとドラちゃんの話に苦笑いしながらも、心底アイテムボックスがあって良かったと、そしてネットスーパーのスキルがあって良かったと思う俺だった。
それから荒野を進むこと6日。
ようやく下の階へと進む洞窟の入口へとたどり着いた。
通常なら階層主が待ち構えているはずだが、そこにはその影も形もなかった。
まぁ、ここの階層は魔物と戦わせるというよりは精神的に追い詰めるような階層だったからね。
そういうこともありえるんだろう。
この階層を移動している道中を思い出す。
忘れたころに出てきてちょっかいをかけてくるのはポイズンヴァルチャーばかりだったこと。
途中、ドラちゃんが見つけた宝箱は開けてみると毒ガスが。
まぁそれは鑑定で分かっていたからいいけど、慎重に開けた中身がたったの金貨1枚だったのにはさすがにガッカリしたこと。
延々と続く荒野に、みんながだんだんと無口になっていったこと。
ようやくこの何もない荒野から抜けられるんだと思うとホッとした。
フェル、ドラちゃん、スイも心なしか嬉しそうだ。
「さぁ、行こうぜ。こんな階とはさっさとおさらばだ」
『うむ』
『だな』
『あるじー、今度は魔物いっぱい出てくるかなぁ。そうならいいなぁ。そしたらスイいーっぱいやっつけるんだー』
「ハハ、いっぱい魔物が出てくるのも困りものだけどな」
そして階段を降りた先の42階層には……。
「エェー…………」
俺の目の前には41階層と同じような荒野が広がっていた。
『グルルルルルルル』
忌々しそうに歯をむき出しにして唸るフェル。
『ハハッ、またかよ……』
乾いた笑い声で笑うドラちゃん。
『むー、また何にもなぁい』
再びの荒野に相当不満げなスイ。
『こんなところはさっさと抜けるぞッ。乗れっ』
「さっさとって」
『いいから乗れっ』
フェルに強く促されて、俺は再びフェルの背中によじ登った。
『ドラもスイも準備はいいな?』
『おうよっ。俺の飛行速度を舐めんなよ、ちゃんと付いて行くぜ!』
『大丈夫ー。ちゃんとあるじの鞄に入ったよー』
「え、え、ちょっと待て、何する気だ?」
『よし、行くぞ!』
「え、ちょっ……」
止める間もなく走り出したフェルが一気に加速する。
「ノォォォォォォッ」
空しくも俺の叫び声だけが荒野に響いたのだった。