第四百二十八話 テナント3
「やっぱ先に確認しておいた方がいいよなぁ、テナント」
某女神様に騒がれる前に確認だけはしておきたい。
意を決して固有スキルのネットスーパー(+1)のところの(+1)とある部分に触れた。
【固有スキル「ネットスーパー」のテナントが開放されました。次の中からお選びください。……ノスバーガー / クリーニング山田 / マツムラキヨミ / 鮮魚さとう】
『来たわーーー!』
頭に響く甲高い女性の声。
…………キシャール様、しっかりと覗いてらしたんですね。
というか、声が駄々洩れです。
『ウフッ、それはごめんなさい』
ウキウキした声で言うのやめてください。
マツムラキヨミ。
誰でも知ってるドラッグストアの有名店。
ドラッグストア、来てしまったよ……。
ドラッグストアを熱望していたキシャール様がウキウキになるのも無理はないか。
ハァ、俺的にはクリーニング山田か鮮魚さとうがいいんだけど。
だってさ、服洗うの結構面倒なんだぜ。
こっちに来てからは長めに服は着ているけど、さすがにずっとというわけにはいかないし自分でも嫌だ。
汚れてくるし汗臭くなってくるしさ。
カレーリナの家にいるときには女性陣に任せちゃうからいいけど、旅先ではそうもいかないから手が空いたときに自分でやらないといけないわけだ。
ネットスーパーで買ったプラスチック製の洗濯板と液体洗剤を使ってゴシゴシゴシゴシとさ。
正直面倒なことこの上ないぞ。
それがクリーニングなら全部お任せ。
きっとアイロンまでかかってキレイに仕上げてくれるんだぞ。
クリーニング店を選べば清潔ライフが送れるというのに……。
それから鮮魚さとうは言わずもがなだ。
やっぱ日本人は魚なんだよね。
新鮮な刺身食いたい。
こっちの魚はヤバい寄生虫がついてるから生でなんてもってのほかで、熱を通したものしか食えないからさ。
そりゃあネットスーパーの鮮魚コーナーにも刺身は売ってるよ。
でもさ、どうせ食うなら専門店の新鮮で豪華なやつが食いたいじゃん。
専門店だとスーパーには置いてない魚も売っていそうだしさ。
でもなぁ……。
ここで自分の思うままクリーニング山田か鮮魚さとうを選んだりなんかしたら……。
ブルリ―――。
うう、急に寒気が。
それと同時にキシャール様の声が頭に中に響いた。
『もちろん優しいアナタならドラッグストアを選んでくれるわよねぇ。アナタのこと信じてるわよ(ドラッグストアにしなさい。それ以外なんて選んだらどうなるか分かっているんでしょうね)』
口調は柔らかいけど絶対に反論は許さないといった雰囲気。
頭上からもの凄いプレッシャーを感じるのですが。
「も、もちろんドラッグストアを選ばせていただきますです。はい」
俺は、キシャール様のプレッシャーに押されるようにマツムラキヨミの文字に触れた。
【 テナントはマツムラキヨミと契約しますか? YES / NO 】
もちろんYES、この一択しかない。
【 マツムラキヨミと契約いたしました。次にテナントが解放されるのはレベル160となります。またのご利用をお待ちしております。】
『ウフフフフフフ、ついに、ついに待ちに待ったドラッグストアが来たわ! あれもこれも手に入れて見せるわぁ! ウフフフフフフフ』
…………キシャール様が壊れたよ。
『失礼ねぇ。壊れてなんてないわよ。ただちょっとだけ興奮しちゃっただけじゃない。いずれにせよこれでいろいろな美容製品が手に入るわぁ。私もいろいろと勉強したのよ。アナタの母国の日本を覗いてね。あ~、あれも、それからあれも欲しいわぁ。ホント、楽しみだわぁ~、ウフフフフフフ。本当は今からと言いたいところだけど、今日は勘弁してあげる。でも、明日はとことん付き合ってね』
「…………ハィ」
このハイな状態のキシャール様に否と言える勇気は俺にはなかったぜ、ハハッ。
『なんじゃ、キシャールだけズルいぞ! おい、妾たちもリクエストを出すのじゃっ』
この声はニンリル様だな。
ニンリル様の声にホッとすることがあるなんて思いもしなかったぜ。
『何じゃ、妾の美声に聞きほれたか? フフン、いくらでもきかせてやるぞ』
「全然違いますから。それより、リクエストですね。お聞きしますよ」
どのみち神様たちへのお供えはしないといけないしね。
『妾はもちろん甘味なのじゃ! どら焼きは外せないぞ。それからケーキもじゃな! 限定のものがあればそれがいいぞ』
ニンリル様はどら焼きに限定ケーキね。
リクエストを聞き軽くメモを取っていく。
『キシャールはあれだから、次はオレだな』
ハイ、キシャール様には明日とことん付き合わされそうですからね、次はアグニ様で。
『ま、いつも通りにビールだな』
アグニ様のリクエストは、お気に入りの青い缶のプレミアムなビールと金色の缶のYビスビールを箱で、あとは地ビールのセットだ。
お気に入りを楽しみつつ、いろんな味が試せる地ビールのセットの組み合わせがいいんだよと力説していた。
今回はつまみはなしで全部ビールでということだ。
つまみは従者に頼めばいくらでも作ってくれるけど、美味いビールは俺からじゃないと手に入らないからなって笑ってた。
アグニ様は楽しみにしてくれてるようなので、いくつか地ビールセットを見繕ってみようと思う。
もちろん予算内でね。
『次は私。私はアイスいろいろ。それからケーキ。私も限定ものがいい』
ルカ様のリクエストもいつもと同じくアイスとケーキだ。
ただアイスは前と同じく不三家とネットスーパーからいろんな種類が欲しいとのことだ。
同じバニラアイスでも不三家とネットスーパーで売っている各社のではそれぞれ微妙に味が違うらしく、そこら辺を食べ比べするのが楽しいみたい。
ケーキはニンリル様と同じく限定もので。
不三家、今は何のフェアを開催しているのかね。
限定ものがいくつかあればいいけど。
『次は我らじゃな。もちろんウイスキーじゃぞ!』
『当然のことだな』
ヘファイストス様とヴァハグン様の酒好きコンビは当然ウイスキー。
いつもの世界一のウイスキーをそれぞれ1本ずつに、あとはお任せで今までに飲んだことがないものをということだった。
何でもこの酒好きコンビは、飲み終わった瓶をコレクションしてこれの味はどうだったとか話に花を咲かせながらウイスキーを嗜むのが毎日の楽しみになっているらしいぞ。
それぞれのリクエストを聞き終わり「それではまた明日お呼びしますから」と伝えると、約1名(1柱?)からテンションの高い声が。
『ウフフ、楽しみにしてるわ~』
…………ハァ、どうなることやら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とうとう、この時が来てしまったか……。
昨日ダンジョンから戻ってきたばっかりってこともあって今日は神様たちへのお供え物を用意するほかは比較的ゆっくり過ごさせてもらったけど、最後の最後に難関が待ち受けている。
フェルたちに早めの夕飯を食わせたあと、食休みもそこそこにみんなに声を掛けて俺1人で空いている部屋へと移動した。
キシャール様についてはおそらくというか間違いなく時間がかかるだろうし。
昨日の様子だと落ち着いてきちんとお相手しないとさ、後が怖いからね。
というわけで、早速神様たちにお声を掛ける。
「ゴホン、みなさん、いらっしゃいますか~」
そう声を掛けた途端にいつものようにドタドタと騒々しい足音が聞こえてくる。
『待ってたのじゃーって、コラァ!』
『待ってたわっ、待ちに待ってたわよーっ』
『キシャール、お主、妾を突き飛ばしたなー!』
『そんなことしてないわよ。ニンリルちゃんが1人でコケただけでしょ。さ、そんなことより早く早く、は・や・くー!』
『ぐぬぬぬぬぬ、キシャールめ~』
キ、キシャール様、テンション高過ぎです。
『おいおい、キシャールは後にしろよなぁー』
『ちょっとアグニちゃん、何でよ?!』
『だってよー、お前時間かかるだろうが』
『そう。どうせなら私たちを先にしてあとでゆっくりとリクエストするといい』
『確かに。ルカちゃんの言うことももっともね。その方が時間をかけてじっくり選べそうだし』
『そういうことだからキシャールは退くのじゃ! まったく妾を突き飛ばしてからに。こうなるなら最初から大人しくしてればいいのじゃ』
『まぁまぁ、気を静めろって。そんなことよりニンリルが1番だろ。受け取らなくていいのか?』
『おおー、そうじゃったな。どら焼きじゃ! ケーキじゃ! 妾の甘味をよこすのじゃー!』
ええ、ええ、分かってますよ。
俺はニンリル様の分の段ボールをアイテムボックスから取り出して並べた。
「それでは、こちらがニンリル様の分です。お受け取りください」
『うむ!』
段ボールが消えると、ニンリル様の歓喜の声が聞こえてきた。
どら焼きはこしあんとつぶあん、それから栗入りに生クリームとあんこの組み合わせなんてのもあったから、それを各種数を揃えて入れたし、ケーキは限定のプレミアムチョコレートケーキにイチゴのレアチーズケーキ、あまおうをたっぷり使ったイチゴのショートケーキ等々限定ケーキをはじめカットケーキを各種とホールケーキもいくつか入れたからね。
これで不満言われちゃ敵わないよ。
『よし、次はオレだ。ビール、ビール~』
はいはい、アグニ様のビールもちゃんと揃ってますよ。
プレミアムなビールとYビスビールを箱でと日本全国地ビールの飲み比べセット、そのほかギフト限定の特別な麦芽と天然水仕込みのビールなんてのもあったからこれも、あとはドイツビールとベルギービールの飲み比べセット、あとは各種メーカーの黒ビールを揃えた黒ビール飲み比べセットなんてものもあったのでこれも選んでみた。
あとの残りは6本パックを数種。
『うっひょ~、いろいろ選んでくれたみたいだな! 飲むのが楽しみだぜ!』
アグニ様の嬉しそうな声が聞こえてくる。
満足してもらえたようで何よりだ。
『次は私』
ルカ様にもちゃんと用意させていただきました。
バニラアイスが好きだということで、不三家のカップアイスのほかネットスーパーで購入できる各種メーカーのバニラアイスとちょっとお高いプレミアムアイスのバニラをご用意。
それ以外にもストロベリー、チョコ、抹茶、ラムレーズン等々いろんなフレーバーアイスも。
そしてケーキはニンリル様と同じく限定ものを中心に選んである。
段ボールが消えたあと『フフッ』と小さな笑い声が聞こえたからルカ様も満足してもらえたみたい。
『よし、儂たちの番じゃ!』
『カーッ、次はどんなウイスキーと出会えるのかね~』
もちろんいろいろと選ばせていただきました。
当然いつもの世界一のウイスキーをそれぞれ1本ずつ、それからあとはリカーショップタナカのランキングを駆使して目ぼしいものをチョイスさせていただきました。
爽やかなスモーキーフレーバーでスモーキーなウイスキーをこれから楽しんでみたいという人におすすめだというシングルモルトウイスキーだそう。
強烈なやつもイケちゃう酒好きコンビにはパンチに欠けるかもしれないけど、これは確か初見のウイスキーなので選んでみた。
それからアイリッシュウイスキーの異端児とか言われているウイスキーだ。
もうこの異端児って言葉で選んじゃったよ。
あとは“ウイスキー通”に熱心な支持者が多いという味わいにこだわったアイリッシュウイスキー。
ほかにもランキングからいろいろと初見のものを選んであるから、楽しんでもらえるんじゃないかと思うよ。
思った通り『ほっほー、初めて見るウイスキーばかりじゃわい!』『ホントだぜ! 早速今から飲むぜい』と野太い声が聞こえてきた。
一応これで一段落ではあるんだけど、最後に最大の難関が……。
『ウフフ、やっと私の番ねー。創造神様にはアナタに迷惑かけちゃいけないって言われてるけど……。待ちに待ったドラッグストアが入ったんだもの今日くらいは付き合ってもらってもいいわよね~』
無言のまま頭に響く声に対して何度も頷く俺。
有無を言わさぬ雰囲気のキシャール様に俺が反論できるわけないでしょ。
『それじゃあドラッグストアを開いて見せて』
「ハィ……」
言われるまま素直にドラッグストアのメニューを開いた。
どう考えたってそれしかできないでしょうが。
俺、これからどうなるんだろ?
不安。
テナント編というかキシャール様の話がもう少し続きます(汗)




