第四百十六話 フェルのえげつない作戦
ギガントミノタウロス狩りに精を出す俺たちというかフェルとドラちゃんとスイ。
見つけたギガントミノタウロスは即狩っていくということを繰り返し、ドロップ品の肉塊も大分数が集まってきていた。
とは言っても、フェルとドラちゃんとスイにとってはまだまだ満足する量には達していないらしいが。
フェル曰く『次はいつ手に入るかわからんからな』だそうで、とにかく狩れるだけ狩っていくつもりのようだ。
ドラちゃんとスイもそれには同意らしく、みんなでせっせとギガントミノタウロス狩りに勤しんでいた。
『え~、また肉なしかよぉ……』
倒したギガントミノタウロスのドロップ品が皮とメイスと魔石だったことにガックリするドラちゃん。
『スイもお肉出なかったのー』
スイが倒したギガントミノタウロスのドロップ品にも肉はなく、角と皮と魔石でショボンとしている。
『クッ……、我もだ』
フェルに至っては皮と魔石がドロップされただけで渋い顔をしていた。
「さっき倒したときは肉が出たんだからいいじゃないの」
ドロップ品を拾いつつそう声をかけるが、やはり全部に肉が出てこないことがもどかしいようだ。
『チッ、倒したら全部肉が出てくりゃあいいのにな』
『スイもそう思うなぁ。全部美味しいお肉が出てきたらいいのにねー』
『我もそう思うが、これもダンジョンの理だ。仕方がない。次に行くぞ』
俺を置いて次のギガントミノタウロス狩りに向かおうとするフェルに慌てて声をあげた。
「あっ、待て待て! 俺を乗せて行けよー!」
『ああもう、早く乗れっ』
こんなところに置いていかれてはたまらないと急いでフェルの背中によじ登った。
「ったく、肉を確保したい気持ちは分かるけど俺を置いていくなよなぁ。ここに置いていかれたら、俺、確実に死ぬからな!」
あんなデカブツ相手にするなんて無理無理、アッハッハ。
死ぬ未来しか見えないわ。
『ハァ……。お主という奴は……』
『それ威張って言うことじゃあないよなー』
クッ、フェルとドラちゃんが呆れてる感じなのは何故だ。
俺は本当のことを言っただけだぞ。
『あるじのことはスイが守るから大丈夫だよー』
スイちゃん……。
俺の癒しはスイちゃんだけだよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まるで流れ作業のごとく次々とギガントミノタウロスを屠るフェルとドラちゃんとスイの無敵トリオとそのドロップ品回収係に徹している俺。
そして、肉を求めてギガントミノタウロスを狩りまくる無敵トリオの前に次なる獲物が。
長い通路の先をうろつき回っているギガントミノタウロスは、まだこちらには気付いていないようだ。
『4匹か。肉が出るといいがな』
『だな』
『お肉でろ~』
余裕でそんなことを言い合う無敵トリオ。
『む……。気付いているか、ドラよ』
『ああ。後ろから来てるやつらだろ? 殺気漏れ過ぎだぜ』
『彼奴ら、我らが狩りをしている間に此奴を亡き者にでもしようと思っているのだろう。小賢しい阿呆の極みよ』
『ま、どうせ狩りなんて一瞬で終わるんだからその後にガツンとやりゃあいいんじゃないの。どうせ何かあってもフェルの結界があるから大丈夫なんだろ?』
『うむ。此奴の結界は特に頑丈にしてある。ドラゴンブレスさえも防ぐほどの強度があるぞ』
『ハハッ、心配性だなぁ』
『難関と言われておるダンジョンらしいからな。念には念を入れたまでだ。美味い飯が食えなくなるのは嫌だからな』
『違いねえ』
『しかしドラよ、小賢しい阿呆どもにわざわざ我らが直接手をかける必要はないぞ。人間のそういう輩には、圧倒的な力の差を見せつけるに限る。魔物と違い人間は多少なりとも知恵を持っているからな。絶対に敵わぬ相手の見極めくらいはできるのが救いだ』
『圧倒的な力の差を見せ付けてヤツ等の心を折るって寸法か。言っちゃなんだけどエゲツねぇな。フハハ。まぁ、面白そうではあるけどよ』
『ククク、自業自得というものよ』
なんだか分からないけど、フェルとドラちゃんがものすごい悪い顔してるんだけど……。
「ちょっと、フェルもドラちゃんもなんか悪い顔になってんだけど。時々やってるみたいだけど、俺抜きで直接念話か? 俺も混ぜろよな。お前らだけで話してると、何話し合ってんのかって不安になるよ、まったく」
『気にするな。他愛もない話だ』
『そうそう』
そんなやりとりをしていると、俺たち一行にようやく気付いたギガントミノタウロスのうちの1匹が雄叫びをあげた。
「ブモォォォォォォッ」
その雄叫びで他のギガントミノタウロスも俺たち一行をロックオン。
ドスドスと音を立てて4匹のギガントミノタウロスがこちらへと向かって来た。
「お、おいっ、向かって来たぞ!」
4匹のギガントミノタウロスが迫り来る迫力に押され気味の俺が声をあげるが、フェルとドラちゃんとスイの無敵トリオは焦る様子など微塵も見せずにそれを余裕で待ち構えていた。
『……そういうわけだ。ドラ、スイ、あの肉どもは一撃で倒せ。圧倒的な力の差というものを見せ付けてやるのだ』
『フハハッ、了解!』
『よくわかんないけど、ビュッてやって倒せばいいんだよね? スイ、やるよー!』
「グモォォォォォォッ」
威勢のいいギガントミノタウロスの雄叫びとともにぶつかり合う両陣営。
ビュッ―――。
スイは大砲かと見紛うばかりの酸弾をギガントミノタウロスの胸にぶち当てて風穴を開ける。
ゴスッ―――。
ドラちゃんは極太の先の尖った氷の柱を脳天から突き刺してギガントミノタウロスを串刺しにした。
ヒュンッ―――。
フェルの目線の先にいた2匹のギガントミノタウロスを包むように一陣の風が吹く。
次の瞬間、輪切り状になったギガントミノタウロスがドチャッと崩れ落ちた。
ほんの数秒のうちに決着はついていた。
「本当にデタラメな強さだよなぁ、お前らって」
トリオの一撃必殺の攻撃を見て、改めてしみじみとそう感じる俺だった。
~side 冒険者パーティー~
青い顔をしながら必死に走る6人の冒険者。
途中遭遇したギガントミノタウロスも構わず避けるようにしてとにかく逃げた。
Sランクのテイマー、いや、その従魔たちから逃げるように。
走りに走って相当の距離を稼げたと確信したとき、ようやく近場のセーフエリアへと逃げ込んだ。
「な、なんなのよっ、アレはっ!」
この国屈指の実力派冒険者パーティーのメンバーの1人であるキツイ顔立ちの女性冒険者がヒステリックに叫んだ。
「ギガントミノタウロスを一撃で……。化け物だわ……」
エルフの女冒険者が青い顔のままそうつぶやいた。
「あんなのに敵うわけがないっ! フェンリルが大したことないなんて大嘘じゃないの!」
キツイ顔立ちの女性冒険者がフェンリルの実力を訝しんでいた片手剣の細身の冒険者に対し、ヒステリックに叫びながら食って掛かった。
「俺は大したことないなんて言ってないだろっ! 買いかぶり過ぎだって言っただけだ!」
青い顔をしながらも細身の冒険者はそう言い返した。
キツイ顔立ちの女性冒険者は、魔法職なだけにフェンリルの凄まじさを実感していた。
「……あのフェンリル、まったく動かなかったわ」
そう言ったキツイ顔立ちの女性冒険者は震えていた。
「だから何だっていうんだよ?」
眉根を寄せた大斧を持った大柄な獣人冒険者がそう聞く。
「微動だにしないままあれだけの威力の魔法を撃てるってことよ! あの小さいドラゴンにしても同じよ! あんな威力の氷魔法なんて見たことないわよっ!」
恐怖の表情を浮かべながら、キツイ顔立ちの女性冒険者が再びヒステリックに叫んだ。
「フェンリルとドラゴンだけではない。あのスライムも只者ではなかった」
青い顔をしたテイマーが神妙な面持ちでそう言った。
そのテイマーの従魔である赤い毛並みのトラは、圧倒的な力を放つフェンリルとドラゴンとスライムに当てられたのか所在無さげに不安そうな様子でセーフエリアの中をウロウロと動き回っている。
「そうよ、あのスライムもおかしい。スライムなんて雑魚中の雑魚のはずじゃないの……」
スライムの攻撃を思い出したのか、エルフの女冒険者が震えながらそう続けた。
「向こうからは見えていなかったはずなのに、攻撃が終わった後、フェンリルの奴は俺たちの方を見ていた……」
今の今まで黙っていたこのパーティーのリーダーである大柄な冒険者が眉間に皺を寄せながらボソリとそう言った。
確かにリーダーの言うとおりだった。
探索中に再びかち合うことになったSランクテイマー。
先に気づいたのはこちらで、あちらは気付いていないはずだった。
それならばと、みんなで覚悟を決めてSランクテイマーを亡き者とするはずが……。
しかし、リーダーの「フェンリルの奴は俺たちの方を見ていた」という言葉でメンバー全員が悟った。
あの壮絶な、そして圧倒的な力は、自分たちに見せ付けるためだったのだと。
「あ、あんな化け物を相手にして死ぬのはゴメンよ!」
「私もあんなのを相手にしたくないわっ」
女性陣の必死な言葉に、他のメンバーもあの圧倒的な力が自分に向いたときのことを想像して苦悶の表情を浮かべた。
あの力が自分たちに向けられたら……。
考えるだけでもゾッとする事態だった。
そして、リーダーである大柄な冒険者は目を閉じて熟考し結論を出した。
「予定変更だ。あいつ等には関わらない。そして、とにかく早期にこの階層を離脱して下の階層へと向かう。……何としても俺たちがこのダンジョンを最初に踏破するんだ」
リーダーの言葉に未だ顔色の悪いメンバー全員が頷く。
この冒険者たちには、ここまで圧倒的な力を見せつけられてもダンジョン踏破を諦めるという選択はなかった。
ダンジョン踏破者……。
名誉も金も思うがままに手に入れられるその称号にこの冒険者たちは魅入られていたのだった。




