第四百八話 一触即発
セーフエリアを出たあと、フェルが言うには『まだ探索していないのはあと1か所のみ』だという。
そこになければ、またこの階を回ってみるしかない。
そういうことならと、とりあえずその場所へ。
残っていたのはボス部屋。
フェル曰く『特に異変は感じられない』とのことだったが、フェルが自信満々だったわりには見逃していることもあるのでとにかく入ってみようという話になった。
ボス部屋の前には既に冒険者パーティーが1組待っていた。
そこで問題になったのが「時間」だ。
ボス部屋が撃破された場合に次に魔物が湧くまでのクールタイム。
地図に記載されていた情報によると、このダンジョンではそれが階層によってまちまちなうえにけっこう長めのようなのだ。
ここ20階は、クールタイムは2時間前後かかるらしい。
それからこれも地図に載っていた情報だけど、基本的にここのダンジョンはボス部屋は入り口に扉などはなく、自由に中を見たりすることはできるものの、戦闘が開始されると中に入ることはできなくなるという。
ボス部屋の中では既に戦闘中の冒険者パーティーが。
そして、待っている冒険者パーティーが1組。
ボス部屋での戦闘がもうすぐ終わると考えても、そこからクールタイムが2時間。
その後に待っていた冒険者パーティーが戦闘をすぐに終わらせたとしても、その後にまたクールタイムが2時間。
戦闘の時間を考慮しなくても、クールタイムだけで少なくとも4時間は待つことになるということだ。
そう説明すると、途端に不満顔になるフェルとドラちゃん。
スイはすぐには戦えないのだと分かるとちょっとションボリしてしまった。
「どうする? ボス部屋は止めてもう一度この階を回ってみるか?」
『長い時間を待つくらいならば、その方が良かろう。この部屋にも異変は感じられぬしな』
フェルがそう言うと、ドラちゃんが待ったをかけた。
『ちょっと待てよ、異変は感じられないって言うがホントなのか? ここでまたもう一度回って、また見つけられないってなったら、無駄足になるんだぞ。その挙句にまたここで並ばなきゃならないんだからな』
『おいドラ、我の言うことが信じられぬのか?』
ドラちゃんの言葉にフェルの目つきも鋭くなっていく。
『だってそうだろ。お前、あんなに自信満々だった癖に見逃したんだからよ』
『それはたまたまだと言っただろう。そういうときだってある。フンッ、だいたい自分の実力を棚に上げて何を言うか』
『何だとっ!』
ドラちゃんもフェルの言葉にいきり立つ。
『事実だろうが。探索は我に任せきりではないか。できるなら自分でやってみろ』
『クッ、俺は攻撃の方が得意なんだよ!』
『攻撃とて我の足元にも及ばぬではないか』
『テメェッ、足元にも及ばないかどうか試してみるか? 俺はいつでも相手になるぜっ』
売り言葉に買い言葉てな感じでフェルとドラちゃんも徐々にヒートアップしていく。
フェルとドラちゃんの一触即発とも言える雰囲気に、スイはフェルの方へ行ったりドラちゃんの方へ行ったりしてオロオロしていた。
『フェルもドラちゃんも落ち着けって。仲間割れしてる場合じゃないだろうが』
念話でフェルとドラちゃんを諭した。
『だってこいつが自分の実力を棚に上げてーとか言い出すからよー』
『それを言うならドラだって我を疑ってかかっただろう』
『疑ってって、ホントのことだろうが』
『フン、それなら自分の実力を棚に上げてという我の発言も本当のことだろう』
再びフェルとドラちゃんの間が険悪な空気に。
『コラッ、止めろってば。仲間だろうが。フェルもドラちゃんも言い過ぎだぞ。ここはお互い謝って貸し借りなしのちゃらだ。いいな』
そう言うと、フェルもドラちゃんも『なんで我が』とか『なんで俺が』とブツブツ文句垂れてる。
『あ、そう。フェルもドラちゃんもそういうこと言うんだ。それなら俺にも考えがあるよ。次の飯はフェルとドラちゃんには食わせないから』
『なぬっ?!』
『なんでそうなるんだよっ!』
飯抜きを宣言すると、フェルもドラちゃんも焦り始めた。
『スイ、次の飯は2人で美味いもん食おうなぁ~』
オロオロしていたスイを腕に抱きよせてそう言うと、スイも現金なもので『美味しいものー? 食べる~』とご機嫌になった。
『おいっ、美味いものをお前たちだけでなんて許さんぞ!』
『そうだそうだ! お前たちだけ美味いもん食うなんてズルだろ!!』
『そう思うんならお互い謝ればいいだけだろ』
そう突き放すと、フェルもドラちゃんも『ぐぬぬ』と唸っている。
でも、さすがに飯抜きになるのは嫌なのか渋々ながらもお互いに謝った。
やっぱり食いしん坊には飯抜きっていうのが効果抜群だな。
『よし、お互いこれでちゃらだからな。いいな』
『うむ』
『ああ』
『よし、それじゃあ前に並んでる冒険者たちと交渉してくる』
『交渉だと?』
『そう。フェルも中へ入った方が異変がないかどうかはっきりとわかるだろ?』
『そりゃあ中に入って近くで確認した方がはっきりするのは間違いないが……』
『ドラちゃんだって中に入ったうえでフェルにはっきり断言してもらった方が納得するだろ?』
『そりゃあもちろんそうだけど……』
『まぁ、ここで待ってろって。成功すれば半分の時間で済むはずだからな。交渉が成功するよう祈っててくれ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
俺たちの前で待っていた冒険者たちに声をかけた。
「なんだ? 見ての通りもうすぐ中の戦闘も終わりそうだから、手短に頼むぞ」
「はい。ええと、不躾で申し訳ありませんが、中へ入るときにですね……」
戦闘は責任をもって受け持ちボス部屋のガーゴイルはすべてこちらで倒す旨とガーゴイルを倒したのちに出たドロップ品も全て譲るので、どうか一緒にボス部屋の中へいれてもらえないかと相談を持ち掛けてみた。
「戦闘はそっちで引き受けると?」
「はい」
「で、ドロップ品は全部こっちのもん」
「はい」
「おいおいおいおい、そんな虫のいい話あるわけないだろ」
「いえ、実は中でちょっと確認したいことがありまして。中に一緒に入れていただけるのであればうちはこの条件で全く問題ないので」
「マジか……。ちょっと待て、みんなと相談する」
おそらく俺と話していたのがリーダーなのだろう。
パーティーメンバー(獣人の男性と女性が1人ずつに人族の男性と女性が1人ずつ。それからエルフの男性が1人)を呼び寄せてコソコソと話しだした。
レベルが上がって良くなった耳で聴き耳をたてると……、「いいんじゃないの。俺たちにとって得しかないし」「あれって噂の従魔を連れたSランク冒険者だよね。名前が売れてる分変なことはしないだろうし、大丈夫じゃないの」「Bランクの俺たちならやってやれないことはないけど、ガーゴイル相手は骨が折れるからな。体力温存にもなって俺たちにとってはいいことずくめだし、断る理由がない」等々聞こえてきた。
この調子なら断られることはないかな。
少しして話がまとまったのか、リーダーが俺の下へ戻ってきた。
「戦闘はそっちでドロップ品はこっちっていうその条件なら、一緒に中へ入ってもいいぞ」
「ありがとうございます!」
その後、ちょうどボス部屋での戦闘が終わりクールタイムに突入。
約2時間後―――。
「お、ガーゴイルのお出ましだ。一緒に中へ入るならついて来い」
「はいっ。フェル、ドラちゃん、スイ、こちらの冒険者さんたちと中へ一緒に入れることになったから準備して」
そう声をかけると、寝そべっていたフェルたちがスタッと立ち上がった。
『戦闘はこっちで受け持つことになったから、中のガーゴイルは全部倒してね』
念話で戦闘はこっち持ちだということを伝える。
『ハイハイハーイ! スイが全部やっつけるよー!』
俄然元気の出たスイがポーンと跳び上がってフェルの頭の上にシュタッと着地。
『それじゃあスイに任せるから討ち漏らしがないようにな』
『分かった~』
『心配すんな。俺が見てるから万が一討ち漏らしても大丈夫だ』
『ドラちゃん、頼むな』
『我もいざというときは対応する』
『ああ。フェルも頼むぞ。それと部屋の中の異変についてもな』
『もちろんだ』
まぁガーゴイルに後れは取らないと思うし大丈夫だとは思うけど、今回は見ず知らずの冒険者たちと一緒だからね。
ケガさせるわけにはいかないから、念には念を入れて。
「よし、行くぞ」
リーダーの掛け声でメンバーが一斉に中へと入っていった。
俺たちもすぐ後を追って中へと入る。
「それじゃあ頼むぜ」
「はい」
俺たち一行が前へと出る。
ボス部屋には30体近いガーゴイルがひしめいていて、部屋の中へと進入した俺たちに気づいたガーゴイルが一斉に向かってきていた。
『スイッ』
『ハーイ! エイッ!』
ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ―――。
スイが触手を2本伸ばして2丁拳銃のように双方から酸弾を連射した。
30体近くいたガーゴイルは瞬殺。
顔面に穴を開けながらドミノ倒しのように次々と倒れていった。
それを目撃した冒険者たちは、口をあんぐり開けて唖然としていた。
俺もびっくりしたけど。
「スイ、いつの間にそんなこと覚えたんだ……」
『エヘヘ~、すごいでしょー』
そう言ってちょっと自慢気にプルプル揺れるスイ。
スイの戦闘面での成長が著しいのはなんでだろうね……。
『おい、はっきりと分かったぞ。この部屋には異変はない』
『そうフェルが断言すんならそうなんだろうな。そんじゃ、もう一度回るとするか』
『そうだな』
部屋を出ようと踵を返すと、未だ呆然として動かない冒険者たちが。
「ええと、用件は済んだので、これで。ありがとうございました」
「あ、ああ……」
声をかけてようやく起動したリーダーに見送られ、俺たち一行はボス部屋を後にした。




