第四百七話 ごめんなさぁい
20階層を駆け巡っていたフェルの足が止まる。
「どうした?」
『おかしい……』
「何が?」
『この階層はくまなく回った。……本当に神がこの階だと言ったのか?』
「もちろんだ。20階をよく探してみろって言ってたんだから」
デミウルゴス様は間違いなく20階って言ってたぞ。
『あー、俺分かっちゃった~。フェル、お前何が隠されてるかわかんなかったんだろ。自信満々に“我くらいになると、その辺のことも敏感に分かるものだ”(キリッ)なんて言ってたくせによー』
「ブッ……、こ、こらっ、ドラちゃん」
ドラちゃんが披露したフェルのモノマネに思わず噴き出してしまった。
『ぐぬぅ、わ、わからないということではないっ。そう、たまたま、たまたま見逃してしまっただけだ!』
そう言いながらフェルが顔を顰めている。
自信満々に言った手前、見つけられなかったことを苦々しく思っているのだろう。
気持ちは分かるぞ。
『ねぇねぇ、フェルおじちゃん、もうお終いなのー? スイ、もっと石の魔物やっつけたーい』
何とも微妙な空気感の中、フェルの頭上にいたスイが呑気にそんな念話を飛ばしてきた。
あ~、スイに空気読めっていうのは難しすぎるか。
『クッ……、飯だ飯っ! 飯にしろ! 腹が減っていては感覚も鈍るっ』
「ハハッ、ま、まぁ、確かに腹は減ったな。飯にするか」
『そ、そうだな。確かに腹減ったわ』
『ご飯ー? スイもお腹減ったー! ご飯食べるー』
「そういうことだから、セーフエリアへ行こう。えーと……」
トリスタンさんからもらったこのダンジョンの地図をアイテムボックスから取り出して確認しようとすると、フェルが『それならここから少し先にある』と教えてくれた。
『んじゃそこで飯だな』
俺たち一行は、このダンジョン初のセーフエリアへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湧き水チョロチョロと湧き出した水場が中央に配置されたセーフエリアには、既に3つの冒険者パーティーが休んでいた。
見事にどこも男ばかりのパーティーだった。
俺たち一行も空いているスペースに陣取る。
ホッと一息ついたところで、スイにこっちに来るように念話を送った。
さっきは走ってるフェルに乗ってることもあって、落ちついて話せなかったけど、スイにはちゃんと言い聞かせておかないといけないだろうと思ってね。
今後のこともあるしさ。
『なぁに、あるじー』
『さっきさ、冒険者さんが魔物と戦っているときは手を出しちゃダメだよって言ったのになんで手を出しちゃったの?』
『だって、悪い魔物だもん。やっつけていいんでしょー?』
ちんまりと俺の前に鎮座したスイがプルプルと左右に揺れながらそう言う。
『それはそうなんだけどね、そうだなぁ……、例えばスイが悪い魔物をやっつけようと一生懸命戦っているときにさ、急にやって来た知らない冒険者さんにその魔物を倒されちゃったらどう思う?』
『うーんと……、嫌な気持ちかなぁ』
『そうだよな。一生懸命戦ってたのに急にやって来て横取りされちゃったんだから』
『うん……』
『思い出してごらん。さっきスイがやったことはどうかな?』
そう言うとさすがにスイも分かったらしく、ちょっとしぼんでシュンとなった。
『……やったらダメなこと。ごめんなさぁい』
『分かってくれたならいいんだ。次からは気をつけようね。スイはいい子だからできるよね?』
『うんっ! スイ、次からはきをつける!』
きちんと分かるように説明すれば分かる子。
スイもこれで大丈夫だろう。
『おい、終わったなら早く飯にしろ』
『腹減ったぞ』
フェルもドラちゃんも空気を読んでスイへの説明が終わるまで見守っていてくれたようだ。
『はいはい。でも、他の冒険者がいるから作り置きのものだからな』
『肉ならなんでもいい』
『だな』
分かってるって。
というか、作り置きの料理も肉使ったものばっかりだから。
作り置きの残りを思い出しながら何しようかと考えていると、後ろから声が掛かった。
「あの、ちょっといいか?」
「はぁ」
声を掛けてきたのは30前後のがっしりした体格の厳つい冒険者だ。
その横には同じような体躯の犬耳と尻尾が付いた獣人の冒険者2人(どことなく顔が似ているからおそらく兄弟だろう)とヒョロっとした細めの体格でローブを羽織った魔法使いだろう冒険者がいた。
「さっきは本当に助かった。ありがとうよ」
代表して最初に声を掛けてきた厳つい冒険者がそう言うと、獣人冒険者2人と魔法使いも続いて礼を言う。
「礼を言う暇もなく走り去っていっちまったから気になってたんだ」
「そうそう。ドロップ品にも見向きもせず走り去っちまうんだもんな」
獣人冒険者2人がそう言って、ようやくあの時のと思い出した。
通路の前後からガーゴイルに挟み撃ちにされていた冒険者たちだ。
「あの時は本当にヤバかったから、助けてもらって命拾いしたよ」
ヒョロっとした魔法使いがしみじみとそう言うと、他の3人も頷いていた。
「そうだ、ドロップ品は譲るって話だったけど返すわ。さすがによ、命助けてもらっておいてドロップ品ももらい受けるっつうのは厚かましいだろ」
そう言いながら差し出した厳つい冒険者の手の平の上には、ちょっとくすんだ青い色の小さな宝石が載っていた。
「いえいえ、それは取って置いてください」
「しかし……」
困り顔の4人。
確かに4人から「助けてくれ」と言われたものの、この階の経緯を考えるとこの4人からだけドロップ品を返してもらうってのもどうかと思うし。
「いや、実はですね……」
この階層で、スイが所かまわず介入しまくってしまったことを話した。
「みなさんのところは別としても、横取りしたと言われかねない状況ばかりで、なんか申し訳なくて……。そういう経緯もあって、この階でのドロップ品はすべて放棄することにしました」
「むぅ、そうなのか? そういうことならこちらもありがたくちょうだいするが」
「是非そうしてください」
俺たちの話を聞いていたのか、セーフエリアにいた残りの2つの冒険者パーティーのメンバーがあからさまにホッとしたような顔をしていた。
「あの、もしかして……」
「ああ。そのスライムに手柄を取られた」
「うちもだ」
うあぁぁぁ、やっぱり。
スイってばガーゴイルを見つけたら冒険者がいるいないに関わらずビュッビュッて酸弾撃ちまくってたもんなぁ。
とりあえず2つの冒険者パーティーには「すんません、すんません」と謝り倒した。
そのうえでもちろんドロップ品はお譲りするという話に。
幸いどちらも話の分かる方たちで、怒り出すこともなかった。
「しかし、今回はこれで済んだが、場合によっちゃ諍いになるから気をつけるんだな」
「はい、それは重々承知してます。スイ、従魔のスライムにもよ~く言い聞かせたので次からは大丈夫です」
俺のすぐ隣にいたスイを撫でながら念話で『もう次からはしないもんな』と言うと、ポンポン飛び跳ねるスイから『うん。スイ、次からはしないよ』と返ってきた。
うん、これなら大丈夫だろう。
と信じたい。
そうこうしていると、『おい』という念話とともに左肩にズッシリと重みがかかった。
振り返ると目の据わったフェルとドラちゃんがいた。
『飯はどうなった?』
『いい加減腹減ったんだけど』
「あぁぁ、ゴメンゴメン。至急用意するからっ」
俺はいそいそとアイテムボックスから寸胴鍋とコッペパンが入ったバスケットを取り出した。
「どうしたんだ?」
「いえ、飯にするはずが、なかなか出て来なくてうちの従魔が痺れを切らしたみたいで……」
そう言うと、俺の後方にいたフェルとドラちゃんに冒険者たちの視線が集まる。
「従魔って、それ、フェンリルだよな?」
ズバリ聞かれて「え? えーと」などと濁していると、そこここから「やっぱりか」と聞こえてきた。
「隠す必要ねぇよ。この国にもフェンリルを従魔にした冒険者がいるって話は入ってきてるしな」
「そうそう。しかも、その冒険者がこのダンジョンに来るって少し前から話題になってたし」
「ああ。それにフェンリルの他にもちっこいドラゴンと何か特殊なスライムも引き連れてるって話も有名だよな」
こっちの国でも噂になってたんだな。
ドラちゃんやスイのこともしっかり知られてるし。
しかし、フェルのことはやっぱりバレてるか。
このダンジョンの20階層以上で活動する冒険者は主にCランク以上だってのは聞いてたからバレてんだろうなとは思ってたけど。
「なぁなぁ、フェンリルの飯ってやっぱ生肉なのか?」
冒険者たちは伝説の魔獣フェンリルの飯に興味津々な様子。
「いや、違うけ『生肉などいまさら食えるか』……」
フェルがしゃべると「うおっ、しゃべった!」とか「フェンリルってやっぱ人語しゃべれるんだな」などの声が上がる。
「ええと、うちはみんな同じ食事なんです。今日の飯はこれを……」
いろいろと使えてアレンジが利くからと寸胴鍋にたっぷり作ったボロネーゼ。
実はもう一鍋あったりするのだが。
ボロネーゼを孤児院特製のコッペパンにたっぷり挟めばボロネーゼドッグの出来上がり。
それを次々と作ってフェルたちの皿に並べていく。
「はい」
フェルとドラちゃんとスイの前に出してやると、勢いよくガツガツと頬張っていった。
『うむ、美味いぞ』
「「「「「「…………」」」」」」
冒険者たちが無言でフェルたちを凝視している。
『あるじー、おかわりー』
『俺も!』
『当然我もだ』
「はいはい、ちょっと待ってね」
おかわりをみんなの前に出したところで、冒険者たちが始動。
「俺の普段の食事より美味そうなもん食ってやがる……」
その言葉に頷くもの多数。
「俺の食事って、スライム以下やったんやな……」
そのつぶやきにお通夜のような雰囲気になる冒険者たち。
いや、うちは特別だからね。
というか、あなたたちCランク以上なんだよね?
それなりに稼いでるはずなのに、何でひもじい食生活送ってるのさ。
『おい、お前ら。これはやらんぞ』
美味そうにボロネーゼドッグを頬張るフェルたちを涎を垂らしそうな勢いで凝視する冒険者たちにフェルが一喝。
「ちょ、フェル……」
『フン、我らの食い扶持が減るだろう』
「いや、まだあるから大丈夫だから。な」
ガックリと項垂れる冒険者たちがなんだか哀れだったから、少しだけお裾分けした。
お礼を言われたのがムサい男ばっかりでちょっと暑苦しかったよ……。




