第四百四話 ダンジョン前のお供えとダンジョン最下層の謎
「ええと、みなさん、いらっしゃいますか~」
そう声を掛けたとたんに聞こえる騒がしい足音。
『もちろんいるのじゃー! ケーキッ、どら焼きっ、とにかく甘味を妾にーっ』
『あら? 少し早い気がするのだけど』
『1か月にはちと早いな。でもま、いいんじゃねぇの』
『……アイス』
『ウイスキーッ、ウイスキーじゃー! ヒャッホウ!』
『待ってたぜ! ウイスキーの残りがヤバかったから助かった!』
いつものことではあるけど、一声かけてすぐのこの集まり具合。
というか、一部ものすごいテンションの上がり方してる神様がいるし。
神様って案外暇なのか?
『いやね、他はどうかしらないけど、私は案外忙しいのよ』
『嘘吐け。キシャールも暇だろうが』
『ウフフフフ、口を慎みなさい。アグニちゃん』
『おー、コワコワ』
キシャール様、口調は優しいけど声色がなんとも怖いです。
「そういえば、女神様たちの教会に少しだけ寄付させていただきましたよ」
『見てたわよー。いい心がけだわ』
『うむ、よくやったのじゃ!』
『ありがとな!』
『……これからもよろしく』
「でも、女神様たちの教会はありましたけど……」
ヘファイストス様とヴァハグン様の教会はなかったな。
『ヘファイストスとヴァハグンのとこは弱小だからのう~。信者も少なくて細々と信仰されているのじゃ』
『グッ……。わ、儂はドワーフどもからは熱狂的に信仰されとるわいっ』
『お、俺の信者はその大陸じゃなく向こうの大陸に多いんだっ』
『強がりおって。ムハハハハ』
ニンリル様、ヘファイストス様とヴァハグン様のこと馬鹿にしてるけど、そんな場合じゃないと思いますよ。
なにせニンリル様のとこの教会ボロボロでひどい有様でしたから。
『お、お主っ』
あらら、思考を読まれちゃったか。
でも本当のことだし。
『ガハハハハハ、そうじゃ此奴の思っとるとおりじゃ! 教会があってもあんな悲惨なボロ教会じゃあなぁ~』
『アッハッハッ、言えてるな。あんなボロ教会じゃないほうがマシだぜ』
『ぐぬぬぬぬぬぬ、おーぬーしーらぁー』
『ハイハイ、そこまでよ。話が進まないじゃない』
『しかし此奴らがっ』
『先にニンリルちゃんがからかったのが悪いんじゃない』
『うぬぬぬぬぬ』
『うぬぬじゃないの。そんなことより、あなたが少し早めに私たちに声を掛けてきたってことは理由があるんでしょ?』
おお、さすがキシャール様。
分かってらっしゃる。
「えーと、実はですね……」
こちらの事情ではあるが、神様たちに2週間分のお供えについての説明をしていった。
『なるほどね。私はいいわよ。私たちの損にはならないもの』
『妾もそれでいい! それより早く妾に甘味を! ケーキとどら焼きなのじゃー!』
『ニンリル、お前うるさいぞ。オレもそれでいいぜ。最長でもお前らがダンジョンにいるのは2週間ってことだろ。それより前に戻ってくりゃ、その分は丸々オレらの得になるだけなんだから、断る理由もないしな』
『……私もそれでいい』
『儂はウイスキーが手に入りさえすれば文句ないぞい』
『だな。アグニの言うとおり、俺たちに損はないしよ』
よしと、みなさんの承諾は得られた。
「それじゃあリクエストを聞いていきますね。手早くお願いしますね。明日からダンジョンなので、それに備えて早めに休みたいので」
『そうね。ダンジョンではがんばってもらわないといけないんだから。次のテナントがかかってるんですもの。そういうことだから、ニンリルちゃんからさっさと伝えなさい』
『何がさっさとじゃ。勝手に仕切るでない』
『じゃあニンリルちゃんは後回しでいいのかしら?』
『な、なんでそうなるのじゃっ。伝えないとは言ってないぞ! 妾が最初じゃ!』
『もう、ならさっさと伝えなさいよ』
『ぐぬぬぬぬぬ』
何がぐぬぬぬですか。
手早くって言ってるのに。
「ニンリル様、早くお願いします。それともお供えはいらないですか?」
『ぬぉぉぉぉっ、いるに決まってるのじゃ! 妾が欲しいのはもちろん甘味っ、ケーキとどら焼きじゃ! 1週間前に最後のどら焼きを食べてから異世界の甘味を口にしてないのじゃー。早くっ、早く妾にケーキとどら焼きをぉぉぉぉっ』
ニンリル様、1週間前に最後のどら焼きって……。
あんなにたくさんケーキもどら焼きも渡したじゃないよ。
ニンリル様はやっぱりニンリル様だね。
不三家のページを開いて、手早くケーキとどら焼きをカートに入れていく。
ニンリル様にケーキについては限定ものがあればそれをと強い希望があったので、それを中心に選んだ。
ちょうど国産フルーツフェアをやっていたので、そのフェア限定のケーキを。
メロンのプレミアムロールケーキにショートケーキ、パイナップルのシフォン、甘夏のタルト等々。
いつものように段ボールに入ったそれをお渡しした途端、ニンリル様が奇声を上げるとドタドタと足音を立ててどこかに行ってしまった。
ニンリル様ェ……。
『ニンリルちゃん……』
キシャール様のちょっと呆れた感じの声。
「えーと、ニンリル様は?」
『あなたからのお供えを抱えて自分の宮に帰ったわ。まったく、しょうがないわね。気を取り直して、次は私よ。私のリクエストは……』
キシャール様のリクエストは、当然美容製品でよく使う化粧水とクリームを。
他は入浴剤とボディーソープとシャンプー&トリートメントを数種類。
前に俺がその日の気分によって使い分けるのもいいとすすめたんだけど、やってみると異世界製のシャンプーやらはどれも香りがいいから、その日の気分によってどれを使おうかって考えるだけでテンション上がるんだって。
だから、もう少し種類が欲しいらしい。
今はボディーソープとシャンプー&トリートメントも3種類ずつ置いてるらしいけど、5種類くらいに増やしたいそうだ。
確かにその日の気分によっての使い分けをすすめたのは俺だけど、5種類ずつ置くのは多いと思うよキシャール様。
とは言っても、リクエストはリクエスト。
最近はボタニカルが流行りらしく、その新商品を購入。
今まではローズやフローラル系の香りが多かったから、ボタニカルなハーブ系の香りのものもたまにはいいだろう。
キシャール様のリクエストの品をお渡しすると、『ありがとね。テナント期待してるわよ』と一言添えて去っていった。
そんなに期待されてもドラッグストアのテナントが出るとは限らないって伝えてますよね……。
キシャール様の美へのあくなき執念がそこはかとなく伝わってきてちょっと怖いです。
『次はオレだな。もちろんビールを頼む』
アグニ様はブレずにいつものとおりビールだ。
アグニ様の定番とも言っていいS社のプレミアムなビールとYビスビール、S社の黒いラベルのビールを箱買いする。
残りは6本パックをいくつか適当にみつくろってお渡しする。
『ありがとよ! さぁて帰って冷えたビール飲むぜー! おっと、ダンジョンがんばれよ~』
フェルたちの足手まといにならないくらいにはがんばりたいです。
『……アイス。それとニンリルと同じ限定ケーキ』
ルカ様ですね、はい。
バニラアイスが好みのようなので、バニラアイスを中心にカートへ。
不三家の小さいカップのものからネットスーパーで売ってるファミリーサイズの大きいものまで各種取り揃える。
あとはニンリル様と同じ不三家の限定ケーキを添えてお送りすると、『……ありがと』と小さな声が聞こえた。
基本無口なルカ様からお礼を言われるとほんわかするね。
『よし、最後は儂らじゃ』
『俺たちのは合わせて頼むぜ』
ヘファイストス様とヴァハグン様のお二人は、共同でリクエストをとのことだった。
いつもの国産の世界一にもなったウイスキーはとりあえず今回は1本、その他はなるべく今までに飲んだことがないウイスキーで、かつ量を多めにということだった。
なので、リカーショップタナカのランキングにあった手ごろな値段のウイスキーを片っ端からカートに入れていく。
まず最初に目についたのは、世界市場でシェアの約4割を占めるバーボンウイスキーだ。
それだけのシェアがあるというだけあって、お安めな値段。
味の方も評判上々で、コーン由来のまろやかな口当たりが特徴で非常に飲みやすく毎日の晩酌にはもってこいとのことだ。
そして次が、代々受け継がれてきたこだわりの製法で造られているのに低価格なアイリッシュウイスキー。
香りも良く滑らかな口当たりで、こちらも飲みやすいウイスキーとのこと。
お次は国産ウイスキー第1号だというウイスキー。
古くからあるというだけあって根強いファンがいるが、すっきりした飲み口で新たなファンも獲得しているという。
他にも金貨2枚以内を目安にどんどん選んでいった。
前に渡したのとダブっているものも何本かあるけど、なるべくという話だったから大丈夫だろう。
選んだウイスキーをお渡しすると、ヘファイストス様とヴァハグン様は礼を言うと早々に『今日は飲み明かすぞ!』と意気揚々と去っていった。
「ふ~、なんとか終わったな。最後はデミウルゴス様へのお供え物だ」
デミウルゴス様へは旅の途中も忘れずにお供えしていたぞ。
何せこの世界の創造神様だからね。
それにうるさいことも言わないし、俺が贈ったものはなんでも喜んでくれるから贈りがいがあるというかね。
ちょっと前にお供えした梅酒を相当気に入ってくれたらしくて、遠慮がちに『できれば梅酒を』という話があって、最近はいつもの日本酒とつまみに加えて梅酒も何本か贈るようにしている。
実のところは、デミウルゴス様が気に入ったのもあるけど、従者にお裾分けでちょっと飲ませたらえらくハマって、梅酒をエサにするとものすごい働きをしてくれるってお茶目な感じで話してくれたけどね。
そして今日選んだのは、日本酒の方は日本酒コンテスト金賞受賞酒の飲み比べ3本セットと、梅酒の方は欠かせないのが従者さんが特に気に入っているという国産青梅のほかブランデー、蜂蜜、黒糖を使った重厚な味わいでとろりとした喉越しの梅酒だ。
そのほかの梅酒は、梅酒のランキング上位にあった梅の実のほかに梅ジャムを使った濃厚な味わいが特徴の梅酒と芋焼酎がベースの梅酒で梅の酸味と芋焼酎の旨味が見事に調和した梅酒を選んでみた。
あとはいつものおつまみ、プレミアムな缶つま各種。
準備ができたところで……。
「デミウルゴス様、どうぞお納めください」
『おお~、いつもすまんのう。……むむ、梅酒をもらっているから日本酒はいいとこの前も言ったではないか』
「いえいえ、デミウルゴス様には何だかんだでお世話になってますし、これくらいのことはお気になさらず」
『そうか、悪いのう』
「フフ、それに梅酒があれば従者さんもよく働いてくれるんですよね?」
『それは間違いないのう。彼奴、普段ならブチブチ文句を垂れる仕事もこの梅酒をチラつかせると途端にいい働きをしよる。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ』
「そうだ、明日からダンジョンに潜ることになるので、次回のお供えが遅れてしまったらすみません。なるだけ遅れないようにはしますので」
『そんなこと気にするでない、気にするでない。それよりもじゃな、お主が潜るダンジョンはブリクストのダンジョンじゃったな?』
「はい、そうですけど」
『やはりそうじゃったか……』
「ん? 何かあるんですか?」
『いやなぁ、大人しくしとるものだからすっかり忘れておったんじゃが、そこのダンジョンの最下層にいつの間にか住んでいたというか寝床にしてるやつがおってのう』
「え? ダンジョンの最下層をですか?」
『まぁ、お主らなら大丈夫じゃと思うが、ダメなときは儂に一声かけてくれたらいいぞい。それじゃあな』
「え? え? ダメなときって、デミウルゴス様に声かけなきゃいけない相手がいるってことですか? それダメなやつですよね? いったい何がいるんですか? ………………ちょっと、デミウルゴス様ぁぁぁぁっ」




