第四百二話 ブリクストの街
「あれがブリクストの街か。ダンジョン都市だからさすがにデカいな」
『やっと着いたか。もっと早く来ることもできたというのに』
「そんなこと言ったってしょうがないだろ。お前の上に乗ってる俺の身にもなってくれよ」
これ以上のスピードで走られたら、お前の上で〇〇する自信あるぞ。
それにやっとって言うけど、カレーリナの街から通常なら馬車で2か月くらいかかるらしいところを3週間ちょいで着いたんだから上等だろう。
『んなこといいから、早く行こうぜ! ダンジョンが俺たちを待ってるぜ!』
『む、そうだな。しかし、いよいよダンジョンか。人間の間では難関と言われているらしいが、実に楽しみだ』
そう言って目を爛々とさせながら今にも街に突入しそうなフェルとドラちゃんに待ったをかける。
「待て待て待てっ!」
待ったをかけた俺に不服そうな顔をするフェルとドラちゃん。
『何だ?』
『そうだよ、いよいよダンジョンだっつうのによ』
「いや、フェルもドラちゃんも行列を無視してそのまま街に突っ込もうとしてるだろ。そんなのダメに決まってるだろうが」
『ぐぬぅ……』
『チェッ、やっぱり並ぶのか?』
「分かってるじゃないか」
『いつもいつも街に入るときは並ばされて時間がかかる。お主がそう言うから仕方なく並んでやっているが、いいか、我はフェンリルなのだぞ』
「だから何? フェンリルだから正面突っ切って街に入るっていうのか?」
『そうだ。我ならば簡単なこと。あの門の前にいる人間たちも何もできまい』
鼻息荒く何当然だって顔してんのさ。
ハァ~と思わずため息を吐いた。
「フェル、この国と戦争するつもり? 門の兵士を振り切って突っ込んで行くなんて悪手も悪手だぞ。大事にしかならないだろうが。そうしたらダンジョンどころじゃなくなるからね」
『むむぅ』
むむぅじゃないよ。
そりゃあフェルなら造作もなくできるだろうけど、それをやったらダンジョンなんて入ってる場合じゃなくなるよ。
『門の兵士を振り切ってってのがマズいんだろ? それならやっぱり塀を飛び越えた方がいいじゃん。今までの街でもやろうとしたら散々お前に止められたけど、門からちょっと離れたところからこっそり塀を飛び越えたら誰もわかんないだろ』
ドラちゃんの言い分にも溜息を吐いてしまう。
あのねドラちゃん、君も短絡的だよ。
「フェルとドラちゃんってさ、ものすごく目立つんだぞ。いつ街に入ったんだってなったとき、勝手に街に入ったなんてバレてみろ、フェルの案と同じく大事になるぞ。最悪街から追放だ。そうなったらダンジョンには入れないってことだからな」
『グッ……』
「結局一番いいのはな、ちょっと時間はかかるけどちゃんと並んで正規の手続きを取って街に入るってことだよ。そうすればなんの問題もないんだから、ダンジョンだって思う存分探索できる」
俺がそう言うとフェルとドラちゃんは渋々ながらも街に入る行列の最後尾に並んだ。
フェルとドラちゃんの姿を見てちょっとした騒ぎが起きたけど「俺の従魔です!」って言い回ってなんとか鎮静化。
俺たちの列の前後だけ妙に間が空いていたけどしょうがないね。
しばらく並んでようやくブリクストの街の中へ。
ここでもちょっと上の位の兵士の人が出て来て緊張気味に「ブリクストの街へようこそ。ごゆるりとお過ごしください」って挨拶されたよ。
この街にも王宮から指令が来てるってことだろうね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『あるじー、ダンジョン行かないのー?』
ようやく起きてきたスイが楽しみにしていたダンジョンに行きたそうにうずうずしている。
「うーん、今日はもう遅いし明日はダンジョン用の飯作りに充てるから……、明後日からかな」
『なぬ?! 今日はもう仕方がないとしても、明後日というのは聞いてないぞっ』
『そうだそうだ! やっと着いたんだから明日から入るぞ!』
スイへダンジョンは明後日からだと返事をした途端にフェルとドラちゃんからダメ出しだ。
みんな相当楽しみにしてたから気持ちは分かるけど、家選びにけっこう時間かかっちゃったしダンジョンに入る前の準備もあるしなぁ……。
いつものようにこの街に着いてからまずは商人ギルドへ行って一軒家を借りることにしたんだけど、これがなかなか時間がかかった。
というのも、ここブリクストのダンジョンは難関ダンジョンと言われているが、その分そこから得られるドロップ品やお宝は高額なものも多い。
そうなると自ずと冒険者も多く集まってくる。
難関と言われるだけあって高ランクの冒険者も多く集まっていて、資金のある高ランク冒険者のパーティーが長期滞在する場合、俺たちと同じく一軒家を借り上げて拠点にしているそうだ。
そのせいか、いつも借りているくらいの一軒家の物件に空きがなくてな。
見せてもらった物件が小さ過ぎたり、古過ぎたりして、俺やフェルたちがなかなか気に入る物件がなかった。
そして、ようやっと決めたのがこの家だ。
15LDKのお屋敷で、庭も広い。
そのうえ街中の商店街に行くにも冒険者ギルドや商人ギルドに行くのにも便利な住宅街の一等地にあるという大豪邸だ。
家賃が高すぎて誰も借り手がいなかった物件を俺たちが借りた。
1週間の家賃が金貨100枚超えというから、今の今までなかなか借り手が現れなかったようだ。
家賃金貨100枚と聞いて俺もさすがに躊躇したけど、フェルとドラちゃんが気に入ったこともあって(スイは寝ていたから意見は聞けなかったけど)思い切ってここに決めた。
2週間借りることにして、端数切り捨ての〆て金貨200枚。
経済活性化のお手伝いとセレブ気分が味わえるということでいいかと思うことにした。
というのは置いておいて、ダンジョンだよダンジョン。
フェルもドラちゃんもスイもここのダンジョンはすごく楽しみにしていたから、明日には入りたいと騒いでいた。
『明日だぞ明日! 我はずっと楽しみにしていたのだからな! これ以上待てん!』
『俺だってそうだぞ! 難関ダンジョンって聞いてからずーっと楽しみに待ってたんだからな。ようやくダンジョンの街に着いたんだから、とにかく早く入りたいぜ!』
『スイもダンジョンに早く行きたいなぁ~』
「んー、でもさ、ダンジョンに入るとすぐに帰って来れるわけじゃないし、飯は大事だろ。ましてやここのダンジョンは難関っていうんだから、ダンジョンの中でも美味いもの食いたいだろ? それじゃなくてもみんな味にはうるさいんだからさ」
『ぐっ、それはそうだが……。そ、そうだ、飯はダンジョンの中で作ればいい。肉はたっぷりとあるのだろう?』
『そうだそうだ! 料理を作るのに必要な、えーっと、魔道コンロ! あれも持ってるんだからダンジョンの中で飯を作れるだろっ』
「あのねぇ、ダンジョンの中で飯を作るとなると、ネットスーパーが使えないだろ。他の冒険者たちの前であんなの使ってみろ、大変なことになるぞ。まぁ、格段に味は落ちるけどネットスーパーを使わない料理でもいいっていうなら別だけど」
味の決め手でもある調味料はほぼネットスーパーで取り寄せてるからね。
『そ、それはダメだぞ! ダンジョンでも俺は美味いものが食いたい!』
『スイもダンジョンで美味しいもの食べたいなぁ』
『ドラとスイの言うとおりだ! 味が落ちるのは絶対にいかんぞ。そうだ、他の冒険者に見られるのがまずいのであれば、人目につかないところを探せばよかろう。難関ダンジョンというくらいだ、それなりの広さはあるのだろうからそのような場所いくらでも見つかるだろう』
『フェルの言うとおりだ! 何なら俺がひとっ飛びしてそういう場所見つけてもいいぜ』
グイグイとどんどん顔を近付けて来るフェルとドラちゃん。
いつの間にかフェルの頭の上に乗ったスイからは『あるじー、早くダンジョン行きたいよー』と念話が入って来ているし。
「あーもう分かったよ。明日からダンジョン! これでいいでしょ」
『うむ、当然だな』
『やったぜ!』
『ダンジョン、ダンジョン! わ~い』
フェルは盛大に尻尾をパタパタと動かしているし、ドラちゃんは広い室内をアクロバティックに飛び回り、スイはポンポンと高速で飛び跳ねて喜びを表していた。
『よし、そうと決まれば今日の夕飯は精の付くものを食わせるのだ。そうだ、異世界のものを食わせろ。異世界の食材を食うと強くなれるのだから持って来いではないか』
「はい却下」
『な、何故だ?』
「みんなが食うと強くなり過ぎるからね。特にフェルはいつかみたいに活力が漲るーとか言って1人でダンジョンに突撃しそうだし」
『アハハ、確かにフェルならしそうだな!』
『笑うな、ドラだってしそうだろうに! それに最近とみに好戦的なスイだってしそうだぞ』
『違いねぇ。何せ俺ら戦うの好きだもんな!』
『んー? よくわかんないけど、スイいっぱい戦うよー!』
『ククク、ほらな』
ドラちゃん、ほらなじゃないよ。
ったくもー、みんな好戦的なんだから。
まぁ、でも明日からダンジョンであれば精の付くものってのはあながち間違ってないしな。
難関ダンジョンに挑む前にスタミナをつけておくとしますか。
「まぁ、全部を異世界の食材でってわけにはいかないけど精の付く料理を作るよ」
幸い肉ダンジョンで材料も手に入ったしね。




