第四百話 お布施
男気のあるいい爺さんだったな。
爺さんも子どもたちも孤児院を出てからのことを考えていろいろとやっているようだし、その辺のことは大丈夫そうだ。
まずはあのボロい孤児院の建物を建て替えてもらって、清潔に安心して暮らせるようになればいいけど。
俺にはそれくらいのことしかできないけど、子どもたちにはしっかりと生きていってほしいな。
フェルたちの世話になりっぱなしの俺が言うことでもないけどさ。
『これで帰るんだろ? 帰ったら肉食わせろよな』
『うむ。今日はたらふく肉を食ってゆっくり休むぞ』
俺の隣を歩くフェルといつもの俺の指定席であるフェルの背中に乗ったドラちゃんからの念話。
『フェルとドラちゃんには悪いけど、まだ帰らないよ。女神様たちの教会にもお布施するって話しただろ』
『ぬ、そう言えばそうだったな。ニンリル様のところにはやらんといかんな』
『えー、まだなのかよー。早く帰って肉が食いたいぜ』
『ドラ、そう言うな。我に加護を下さったニンリル様のところへは行かないといかん。よし、行くぞ』
そう言ってフェルがスタスタと足早に歩いていく。
『ったくしゃーねぇなぁ。とっとと終わらせて帰って肉食うぞ』
ドラちゃんもフェルに続いて飛んでいく。
『ちょっと! 行くぞって、フェルはニンリル様の教会どこにあるか分かってるのか? ドラちゃんも待ちなさいって。だいたい行くのはニンリル様のところだけじゃないからなー!』
俺は先走るフェルとドラちゃんの後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェルの主張によって1番に訪れた風の女神ニンリル様の教会。
「ここがニンリル様の教会か……?」
『おいおいおいおい、ずいぶんとショボいんじゃねぇの?』
ドラちゃん、確かにそう思うけど、こういうときは空気読んで黙ってようね。
『お、おい、本当にここなのか?』
俺たちの前にあったのは、教会というには何ともこぢんまりした木造の古びた建物だった。
その様相にはさすがのフェルも困惑気味の様子。
「そのはずだけど……」
イサクさんから聞いた話ではここのはずなんだけどな。
教会とは思えない建物を前に、どうしたものかと回りをうろうろしていると、中から白っぽい修道服のようなものを纏った20代後半くらいのシスターが出てきた。
「あの、なにかご用ですか?」
「いや、ええと、ここって風の女神様の教会なんでしょうか?」
「もしや、信徒の方ですか?!」
期待の込められた視線。
「い、いや、信徒ではないんですけど……」
俺がそう言うと「そうですか」とあからさまにガッカリした様子のシスター。
「えっと、信徒ではないですが、少しばかりですが寄付をと思いまして」
そう言うや否やシスターがガシッと俺の両手を握った。
「本当ですか?! ありがとうございますっ! あなた様に風の女神様の加護がありますように。ささっ、中へどうぞ」
えーとシスター、既に風の女神様の加護はあります。
それと手を放してほしいかな。
絶対に逃さないと気合が入っているのか、けっこうな力が入ってますからね。
「キャーッ」
俺の後ろにいたフェルとドラちゃんに気付いたシスターが悲鳴をあげた。
「あ、このデカい狼と小さいドラゴンは俺の従魔ですから」
「そ、そうなのですか。ど、どうぞ」
シスターどうぞと言った顔が引き攣っている。
それなのに俺の手は離さないところは、このシスターも根性入ってるよね。
フェルとドラちゃんがそれぞれ『おい、我は狼ではないぞ』とか『俺を小さいって言うな!』と念話で文句を言ってきたけど、
華麗にスルー。
君たちは少し黙ってようね。
そしてシスターに案内されて入ったのは、小さな礼拝堂だった。
中央にはニンリル様と思しき木像が。
女神様だけあって慈愛に満ちた表情ではあるが、美人かどうかと問われると微妙。
ニンリル様は自分は美しいって言い張っていたけど……。
そもそもこれがニンリル様の姿そっくりかどうかもわからないしね。
「ゴホンッ、それでは当教会について説明させていただきたいと思います。ご存知かもしれませんが、風の女神様の信徒数は、他の火・土・水の女神の信徒に比べて少ないです。しかし、しかしですよ、その分熱心な方が多いのです! ここに来てくださる方も……」
シスターの熱心なアピールが続いた。
そんなにアピールしなくても大丈夫なのに。
この街の各教会については、ある程度イサクさんからは聞いてるし。
エルマン王国とレオンハルト王国、それからマルベール王国もそうらしいけど、信仰については自由だ。
その信仰は1つとは限らず、火と土の女神様を信仰しているという人もいれば、水と風の女神様を信仰してるという人もいるくらいなのだ。
新しく信仰するのも辞めるのも自由というわけだ。
まぁ、それもこの3か国に限られる話ではあるけれど。
そういう自由な風潮の中で、私利私欲に走った司祭やシスターがいたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
とは言ってもバカはどこにでもいるもので、実際にそういう司祭がいたらしいのだが、街全体から総スカンを食らってその街では信者数がゼロになる結果を招いたという。
そういうこともあって司祭やシスターになる者にはあらかじめその辺が厳しく指導されるのだそうだ。
上層部の集まっている各国の王都の教会でも、信徒が祈りをささげる礼拝堂やらの建物には意匠を凝らすが、それ以外のことについては例えば上層部の指導者たちであっても立場上上質なものを身に着けはするが華美なものは避ける徹底ぶりなのだという。
そのため近年では宗教関連の不正事案はほとんどないと聞いている。
人族至上主義のルバノフ教という例外はあるが。
俺の耳にも入ってきていた話やイサクさんの話を総合するとこんな感じだ。
この街の教会のことについても、役職柄それぞれの教会の責任者たちとも会ったことがあるというイサクさんの話では特に問題ないということだったからね。
「あの……」
遠慮がちに声をかけてくるシスター。
すんません、話聞いてなかったよ。
でも、お布施の金額は決まってるから。
各教会どこも同じ額でと思ってる。
ここで差をつけると、あとでうるさいだろうからね。
女神様たちから何言われるか分からないし。
だから差は付けないで一律金貨30枚だ。
そういうことだからさっさと渡して次の教会へ行こう。
フェルとドラちゃんも焦れてきているみたいだしね。
俺は、シスターに金貨30枚が入った麻袋を渡した。
それなりの重量がある麻袋を受け取ったシスターは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
シスターが「あなた様に風の女神様の加護がありますように」と祈ってくれた。
そして教会をお暇させてもらった。
去り際に振り返ったら、麻袋の中を見たシスターが「ヤッタ! これで念願だった礼拝堂の改修ができるわー!」と小躍りしているのを目撃してちょっと笑ってしまった。
その後は近場から土・水・火の教会を順に巡ってお布施をしていった。
どこもお布施は大歓迎で喜んでくれて丁寧にお礼もしてくれたので気分は上々だ。
ちなみにだけど、信徒数が1番多くいるのは土の女神キシャール様のところ。
次が水の女神ルカ様でその次が火の女神アグニ様のところだ。
キシャール様のとこの教会は、信徒数が1番多いということもあってなかなか立派な教会だった。
ニンリル様は甘味にかまけてないで、もう少しがんばった方がいいかもしれないね。




