第三百九十二話 気苦労の多い同志(?)
翌朝、俺たちはこの街の冒険者ギルドへと足を運んだ。
カレーリナの冒険者ギルドと比べると多少こぢんまりしている建物の中は朝から騒然としていた。
近くにいた冒険者に声をかけてみる。
「何かあったんですか?」
「ん? この街に来たばっかなのか、お前。……うおっ、デカいの連れてんな。ちっこいドラゴンまでいるし」
そう言って俺の方を振り返った冒険者がフェルとドラちゃんを見て驚いている。
「両方とも私の従魔です」
「テイマーか。珍しいな。って、そうそう、この騒ぎはな南の森が進入禁止になったせいだ」
話によると、南の森に入った冒険者パーティーのいくつかが街に帰還していないことを受けて、冒険者ギルドがちょうど街にいたBランク冒険者パーティーを森の調査へ出したそうだ。
そして、今朝方街の門が開くと同時にその冒険者パーティーが冒険者ギルドに駆け込んできて報告されたのが、
南の森にタイラントフォレストパイソンというヘビの魔物が出たということらしい。
このタイラントフォレストパイソンという魔物は、ヘビ系の魔物でも毒はないがとにかくデカいことと大食漢なのが特徴で、この魔物が出た森からは魔物だろうが何だろうが生き物はすべて消え去るとさえ言われているそうだ。
そのことから考えると、南の森に入り未だ帰還していないといういくつかの冒険者パーティーの面々は十中八九食われたのだろうという話だった。
「しかし、その調査に出た冒険者たち、よく帰ってこれましたね」
話を聞く限り、そのタイラントフォレストパイソンに出くわしたら食われる可能性が大いにあったと思うんだけど。
「ああ。そこは運が良かった。見たのは尾の方だったらしいからな。それを見てヤバいと思って一目散に街に帰って来たって話だ」
なるほど。
しかし、デカいヘビの魔物か。
縁があってというか、フェルが獲ってきたりダンジョンで出くわしたりで、デカいヘビの魔物はいくつか見ているけど、そのタイラントフォレストパイソンとやらはどれくらいの大きさなんだろう?
こんなときは最年長のフェルに聞くのが1番早いと、念話でフェルに聞いてみた。
『フェル、そのタイラントフォレストパイソンって知ってるか?』
『うむ。もちろん知っているぞ。あれはな、図体ばかりデカい頭が弱いヘビだ』
あれ呼ばわりのうえに頭が弱いってひどい言われようだな。
『我との力の差もわからずに我を見たとたんに食おうとした阿呆だ』
『その魔物、俺も前に会ったことがあるぜ。俺のことも食おうとしたな。頭にきたから雷魔法をまとってどてっ腹に風穴を開けてやったけど、あいつ死にやしねぇの。血をぶちまけながら逃げていったから見逃してやったけどよ』
タイラントフォレストパイソンとやらは、フェルだけでなくドラちゃんも知っているようだ。
しかし、ドラちゃんの魔法をまとった体当たりを食らって胴体に風穴を開けられたってのに生きてるって、とんでもない生命力だな。
『む、ドラも知っているのか。確かに彼奴はしぶとかった』
フェルも食われそうになって当然というか速攻で倒したそうだけど、首を切断したにもかかわらず、しばらくの間ビチビチ動いていたらしい。
『あれは狩るだけ無駄だぞ。肉は硬いうえに臭みもあってとても食えたものではないからな』
フェルがそう言って顔を顰めた。
『フェルはあれ食ったのか。見逃したあと、どうせならぶっ倒して肉食えば良かったって失敗したーって思ってたけど、そんなマズそうな肉なら食わなくて正解だったわ』
『うむ。あんなに不味い肉はそうそうないぞ。食わなくて正解だったな』
しかしフェルよ、不味いと知っているということは一応味は確かめたってことなんだな。
毒を食ったりと意外とチャレンジャーだよな、フェルって。
ま、そんなことはさておき、ギルドの中もザワザワしているし出直した方がいいかもしれないな。
そう考えていると……。
「あー!!!」
そう声をあげて俺を指差す疲れたサラリーマンを彷彿とさせる猫背のバーコード頭のおっさんがいた。
「キミキミキミキミキミーッ、ムコーダさんだよねっ?!」
そう言って小走りに駆け寄ってきたバーコード頭のおっさん。
「え? は、はぁ、ムコーダですけど……」
「ヤッタ! 助かったー! 神は僕を見捨ててはいなかったーーーっ」
そう叫んだバーコード頭のおっさんになぜか俺は腕をガッチリと掴まれて連行された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バーコード頭のおっさんに連れて来られたのは個室。
すすめられて座ったイスやらの調度品から察するにどうやらギルドマスターの部屋のようだった。
ということは……。
「改めて自己紹介を。僕はここヒルシュフェルトの冒険者ギルドでギルドマスターをやっておりますイサク・シェルヴェンです。よろしくお願いします」
このバーコード頭のおっさんは、ここの冒険者ギルドのギルドマスターみたいだ。
今までの冒険者ギルドのギルドマスターたちみたいに冒険者上がりって雰囲気ではないから、全然そんな風には見えないけども。
「はぁどうも、ムコーダです」
俺がそう言うと、ニコニコ笑顔のバーコード頭のおっさんことイサクさん。
「Sランク冒険者のムコーダさんですよね。分かってます。後ろにいるのが従魔のフェンリルとピクシードラゴンですか、それとスライムは……」
「スライムのスイならここにいますけど」
革鞄を軽く叩くと、寝ていたスイがのそりと起き出してきた。
『あるじー、ご飯ー?』
『違う違う。まだ寝てていいよ』
『んーん、起きるー』
そう言ってスイが俺の膝うえにちょこんと乗った。
「うんうん、従魔もお元気そうですね。ということで、早速依頼をお願いします。緊急の案件なのですが、南の森に出たタイラントフォレストパイソンの討伐を是非とも!」
やっぱりそう来たか。
でも、フェルが嫌がってたからなぁ。
チラリとフェルの方を見ると、思ったとおり実に嫌そうな顔をしていた。
『却下だ』
「おお、フェンリルは本当にしゃべるのですね。というか、却下ですって? 何でですか?!」
『不味いからだ』
「不味いからって、タイラントフォレストパイソンの肉なんて食べられるものではないでしょっ。肉は食べられませんけど、皮や牙は素材としても高額取引対象なのですよ! どうですか、興味あるでしょ?」
『まったくないな。食えないうえにあんな阿呆を相手にするのは面倒なだけだ』
何とか興味を持たせようと必死なイサクさんにもまったく動じず、フェルはそう言ってツーンとそっぽを向く。
ドラちゃんはドラちゃんで、必死な様子のイサクさんを見て触らぬ神に祟りなしという感じで最初から我関せずを貫いてるし。
「そ、そんなっ! ムコーダさん、お願いしますよ~! このままでは僕が責められるんですー!」
説得のターゲットをフェルから俺に変更したイサクさんが、間にあるテーブルをものともせずに俺の肩をすがるように掴む。
「お願いしますー! 是非とも依頼をーっ!」
「ちょーっ、あのっ、顔近いですからっ。ちょっと落ちつきましょうよ、ね!」
イサクさんを何とか押し戻して落ちつかせた。
それで、話を聞いていくと、イサクさんが何で必死になるのかも分かった。
このままだとこの街を拠点にしている冒険者からも突き上げられるし、それ以外の冒険者だって稼ぎ場所が少ないならと他の街に移ってしまう。
冒険者が少なくなれば、今度は冒険者に護衛などの依頼をする商人からの突き上げも出てくるうえに、街の防衛やらにも関わることだから街の住人たちから不安の声もあがってくる。
その声が大きくなれば、最悪領主が出張ってくることもあるというわけだ。
そんな話をしながら項垂れるイサクさんは、みんなに責められて疲れ果てて哀愁漂う中間管理職サラリーマンの姿とダブって見えたよ。
「だいたい、何で僕だけ責められるんですかね? 理不尽ですよね。僕はギルドマスターなんてなりたくなかったっていうのに……」
「はぁ」
日本人の性なのか曖昧にそんな返事をしたのがいけなかったのか、その後はイサクさんの愚痴が炸裂。
「聞いてくれますか? 僕はですね、名前からも分かる通り一応貴族出身なんです。しがない男爵家ですけどね。でも、僕は四男ですから家督を継げるはずもなくて、家から出て自分で稼いで生活していかなきゃいけなかったわけです。それでですね……」
イサクさんの愚痴交じりの長い話を要約すると、こうだ。
男爵家の四男ということもあって、イサクさんは貴族やら豪商の子弟が通う学校を出ていた。
その中でもちろん魔法の授業や剣術の授業もあって、それに特化した生徒は早くから就職先も決まることも多かった。
しかしながら、イサクさんは魔法も得意ではないし剣術などの荒事はもっと不得手。
当然就学中に就職先が決まるはずもなかった。
そうなると文官はどうかと考えたが、中の中とパッとしない自分の成績では文官に就職できるかも怪しい。
そしてイサクさんは考えた。
自分でも確実に就職できて、そこそこの給料がもらえるのはどこかと。
いろいろとリサーチした結果が、冒険者ギルドだった。
当時からギルド職員の人材不足が叫ばれていたそうで(今もそうらしいけど)、成績は中の中ではあるが、学校を卒業して読み書き計算ができる自分ならば重宝されるのではなかろうかと思ったそうだ。
イサクさんのその目論見は見事的中して、この国の冒険者ギルドの上層部からも重宝がられてあれよあれよという間に出世していった。
イサクさん自身には特に出世欲というものはなかったにもかかわらずだ。
そして28歳という若さでついにギルドマスターに就任。
しかし、イサクさんの苦悩はそこから始まった。
イサクさんは、学校を出ているだけあって他の職員よりも仕事ができた。
言ってみれば書類仕事や物事の管理などは、完璧にこなすことができるのだ。
その辺はギルドマスターにありがちな冒険者あがりのギルドマスターなどと比べるまでもなく。
それに目をつけた上層部は、イサクさんをいろいろと問題のある冒険者ギルドのギルドマスターへと着任させるようになった。
28歳でギルドマスターになり、その街でずっとギルドマスターをやっていくものだと思っていたら、3年ほどでよその街へ行けと辞令が下った。
移った街の冒険者ギルドはそれこそ何でもどんぶり勘定のひどい有り様で、そこの冒険者ギルドを2年かけて必死に立て直したところで、再びよその街へ行けと辞令が。
そんなことが繰り返されて、ここヒルシュフェルトはイサクさんがギルドマスターになってから4つめの街になるのだという。
「ムコーダさん、僕ね、37歳なんですよ」
「えっ?」
マジで?
37歳にしてはちょっと、特に頭の部分がなんとも……。
思わずイサクさんのバーコード頭に目がいった。
「もっと年上だと思ったんですよね。分かってます。この頭ですから……。でもね、数年前まではまだフサフサだったんですよ。それが、気苦労が多くて気付けばこんな風に……。ううっ」
冒険者ギルドって、職員にとっては真っ黒けのブラック企業だったんか……。
というか、イサクさん限定のような気もするけど。
有能な駒が手に入ったからって使い倒し過ぎじゃないですかね。
「……ねぇ、ムコーダさん、僕、ここ辞めてもいいですよね?」
イサクさん疲れた顔で俺にそんなこと聞かないでくれますかね。
「確かに、確かに、それなりの給与はいただいてますよっ、曲がりなりにもギルドマスターですから。でも、でもですね、使う暇がちっともないんですっ。おかげで女性と知り合う余裕もなくて、未だに独身なんですよ! 僕の知り合いでこの年齢で結婚してない人なんて、教会に身も心もささげた神官くらいですよっ」
37歳、独身。
それだけで同志のような感覚が。
俺の方が若いけど、この世界の結婚適齢期を考えると37歳で独身というだけで妙に親近感がわいてくる。
イサクさんのためにもなんとかならないかな。
『なぁ、フェル、ドラちゃん、スイ』
『……む、何だ? 話は終わったのか?』
『むにゃ……んん、終わったか?』
…………君たち話まったく聞いてなかったよね。
というか完全に寝てただろ。
スイは俺の膝の上で微動だにしないし、こりゃ完全寝落ちしてるよ。
『いやさ、さっきのタイラントフォレストパイソンの討伐の話、受けてあげてほしいなって』
『何? お主、我の話を聞いてなかったのか? あれの肉は不味いのだぞ』
『話はちゃんと聞いてたよ。たださ、この人、イサクさんもいろいろと大変なんだよ』
『フン、そんなの我は知らん』
『知らんってね……、よし、それならさ、討伐依頼をこなしたあとの夕飯にドラゴンの肉なんてのはどうだ?』
俺も男だ、イサクさんのためにひと肌脱ぐことにした。
とは言っても、ドラゴンを獲ってきたのももともとはフェルたちなんだけどね。
『なぬ?』
『ドラゴンの肉だって?』
ドラゴンの肉というワードにフェルもドラちゃんも見事に食いついた。
『そう。ドラゴンの肉。それでどうだ?』
『ふむ、そういうことなら受けてやらなくもないぞ』
『俺もそれなら受けてもいいかな』
『それじゃ依頼を受けるって返事しちゃうぞ』
『まぁ待て。受けてやらなくもないと言っただろう。そのドラゴンの肉は細切れではなく、分厚く切った肉だぞ。分かったか?』
『はいはい、分かりました。分厚く切ったドラゴンステーキね』
『うむ。分かっているならそれでいい。その依頼、受けてやろう』
フェルとドラちゃんが満足そうにニヤついている。
分厚く切ったドラゴンステーキか。
高くついた気もしないでもないけど、気苦労の多い同志(?)のためだと思えば安いものか。
この後、イサクさんに依頼を受けると伝えたら、嬉し泣きしていたよ。
本当に苦労してるんだねぇ。
あとで手持ちで3本ほど残してある【神薬 毛髪パワー】をこっそり分けてあげてもいいかもしれない。
ランベルト商会から仕入れたものだと言えば、そもそもここは国も違うし、伯爵様にしてもランベルトさんにしてもそんなに目くじら立てることにはならないだろうしね。




