第三百八十一話 白菜とダンジョン豚の重ね鍋
活動報告でもお知らせしましたが、3巻・4巻の重版決定しました!
お買い上げいただいた皆様、本当にありがとうございます!
そして、嬉しいことにシリーズ累計20万部突破いたしました!
これも読んでくださっている皆様のおかげです。
4月発売予定の「とんでもスキルで異世界放浪メシ5」ではドラマCD付き特装版も出ますので、これからも本作を是非ともよろしくお願いいたします!
「これがあるなら作るのはあの鍋だな」
俺の目の前にあるのは、外側の葉が鮮やかな緑色でずっしりと重そうな見事な出来栄えの白菜だった。
これはアルバンが母屋の裏にある畑で育てた物だ。
アルバンが「ムコーダさんにいただいた種から作ったこの葉物野菜がすごく美味しくてみんなにも好評なんですよ」と言うから、キャベツかレタスと思いきや、詳しく聞いていくとどうも違う。
ちょうど畑にあるというので、採ってきてもらったのがこれだった。
ローセンダールの街へ向かう前にアルバンに渡した種の中に白菜があったようなのだ。
何の種を渡したのかよく覚えてないんだけど、白菜の種、渡したかもしれないな。
種はあのとき蒔いた残りと、あとは適当にネットスーパーにあったものを買って袋ごと渡してあったからなぁ。
まぁ、それで出来たのがこの白菜というわけだ。
今日の宴会用にダンジョン豚かダンジョン牛の肉を使って、みんなでつまめるものを何か1品作ろうと思っていたからちょうど良かった。
この見事な出来栄えの白菜と肉でピンときた料理が、白菜とダンジョン豚のバラ肉で作る重ね鍋だ。
前にも鍋はみんなに振舞ったことがあるし、大勢で食うのにピッタリだよな。
ということで、女性陣に手伝ってもらって用意することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ムコーダのお兄ちゃん、こう?」
「そうそう、上手上手」
俺がそう褒めるとニッコリと笑うロッテちゃん。
自分も手伝うとはりきるロッテちゃんに、白菜と豚バラの重ね鍋なら簡単だしと手伝ってもらうことにしたのだ。
やることは簡単。
1枚ずつはがした白菜の上にダンジョン豚の薄切りを重ねていくだけだ。
俺の手を動かしながらの説明にロッテちゃんとテレーザ、アイヤとセリヤちゃんが見様見真似で同じように白菜と肉を重ねていった。
白菜と肉を重ねてを3回ほど繰り返したあとは、5センチくらいの幅に切って鍋に隙間なく敷き詰めていく。
あとは顆粒だしを振り入れて白菜の表面にヒタヒタになるくらいの水を入れて煮えれば出来上がりだ。
食うときにはお好みのタレにつけていただく。
おすすめはポン酢とゴマダレ。
ポン酢はさっぱりといただけるし、ゴマダレは濃厚なゴマの風味があっさりした白菜と肉によく合う。
どちらもぜひ試してもらいたい美味さだ。
あとは、同じ白菜と豚バラの重ね鍋でも味噌味で。
これ、絶対味噌でも美味いだろと思って、だしで煮る代わりに味噌味の鍋つゆで作ってみたらめっちゃ美味くてなぁ。
俺がいつも使うのはピリ辛の味噌鍋つゆだ。
ピリ辛の味噌味が白菜に染みて肉にも絡んでたまらなく美味いんだな、これが。
いかん、思い出したら涎が……。
とにかくだ、材料が少なくて済むし簡単だから両方作ってみた。
お土産の屋台で買った串焼きやらを盛った皿と出来上がった鍋を、女性陣と一緒に我が家の優に20人くらい座れる長いテーブルの上に並べていく。
もちろん、フェルとドラちゃんとスイの前にも同じものを。
「出来たぞー」
「よっ、待ってました!」
お調子者のアホの双子、ルークとアーヴィンが真っ先に席に座った。
そんな2人を見て頭を抱えるタバサ。
「あんたたちはいつんなっても落ち着きがなくって、姉として恥ずかしいったりゃありゃしないよ。見てみなよ、あの3人を。あんたたちなんかよりよっぽど落ちついてるってのに」
そう言いながらタバサがトニ家のコスティ君とアルバン家のオリバー君とエーリク君を見やる。
しかしながら、双子はどこ吹く風だ。
「あー、また姉貴のお小言が始まったぜ~」
「ハハ、そんなんいつものことじゃん。無視無視」
「だな」
またそんなこと言ってると……。
「口答えするんじゃないよっ」
バコンッ、バコンッ―――。
「イテッ」
「アタッ」
タバサの拳骨が双子の脳天に。
バルテルが「いつになっても懲りないな、お前らは……」と呆れ顔。
ペーターも言葉にはしないがウンウンと頷いていた。
俺も変わりない双子に苦笑いしつつ、みんなを席に着かせたところで、背後から不穏なオーラが。
振り返ると、白菜と豚バラの重ね鍋を睨み不機嫌に鼻にしわを寄せるフェルの姿があった。
「ど、どうした、フェル?」
『どうしただと? 何度も言っているだろう、我は葉は嫌いだとっ』
「ああ、何だそれか」
『何だそれかとは何だっ!』
「ちょっ、顔近いってば」
迫ってくるフェルの顔を押し退ける。
「でもさぁ、フェルって野菜嫌い嫌いって言うけど、食えないわけじゃないじゃん」
ちょいちょい野菜嫌いだって言うわりに、フェルってば出すといつもけっこうペロッと食っちゃうんだよね。
『それはそうだが、やはり肉がいいのだ! 分かったか?!』
「はいはい、分かりました」
『まぁまぁまぁまぁ。フェルもそんなに怒るなって。俺も肉少ねぇなって思ったけど、これはこれで美味いもんだぜ。こっちのちょっと酸っぱいタレに付けて食うとなかなかイケるぞ』
『スイはねー、こっちの香ばしいタレのが好きー』
肉好きではあるけど野菜も嫌いではないドラちゃんとスイは白菜と豚バラの重ね鍋をバクバク食っている。
「なぁ、フェル。串焼きのほうは肉尽くしなんだし、今日のところは我慢してくれよ」
『フンッ。…………明日は肉だからな。肉だけの飯だぞ』
そう言い捨てると、ガツガツとピリ辛味噌の白菜と豚バラの重ね鍋を食い始めた。
何だよ、結局食うんじゃないかよ。
そう思うものの、ここは口には出さない。
出すとフェルがまた拗ねるからな。
「じゃ、俺たちもいただきましょう」
子どもたちにも「みんな遠慮しないで好きなのとってな」と言うと、やっぱり1番に動くのはロッテちゃんだった。
「ロッテ、これ食べるー!」
そう言って手を出したのは、ロッテちゃんが手伝って作ったダシで煮た白菜と豚バラの重ね鍋だ。
「それはね、これかこっちのタレにつけて食べるんだ」
「へー。じゃあ最初はこっちで食べてみる!」
そう言ってポン酢につけて口いっぱいに頬張った。
ロッテちゃんが小さい口をモグモグと動かしてゴクリと飲み込む。
「美味しー! ちょっと酸っぱいのがね、すっごくいいの!」
「それね、ポン酢っていうんだ。この鍋にすっごく合うだろ」
「うんっ」
「ほらほら、みんなも食ってよ」
そう言ってようやく手を出しあぐねていたみんなが鍋をつつきだした。
トニ一家とアルバン一家は家族で和気あいあいという感じで美味そうに食ってるし、警備担当のタバサたちは無言でガツガツ食っている。
って、お前らそんな飢えてたの?
「そうだ、これがまだだったな」
大人たちには缶ビールを、子供たちにはペットボトルのオレンジジュースを出してやった。
みんなには前にも出したことがあるから偽装する必要もない。
缶ビールを見て嬉しそうに反応したのはドワーフであるバルテルだ。
「さすがムコーダさんじゃ。分かってるのう」
そう言いながら慣れた手つきで缶ビールのプルタブを開けてゴクゴクと缶ビールを飲みほしていく。
「ク~、美味い!」
実感のこもったその言葉に、ほかの面々も缶ビールを次々と開けていく。
もちろん俺も缶ビールのプルタブを開けてゴクリゴクリとビールを飲んだ。
「ハ~、美味い。やっぱ鍋にはビールだわ」
しみじみとそう言うと、なぜかビールを手にしたほかの面々も頷いている。
この世界の人間も鍋とビールの組み合わせには納得ってことなんだろう。
「しかし、この肉もきっといい肉なんだろうねぇ」
タバサがそんなことを口にした。
「ん? そうでもないぞ。肉ダンジョンのダンジョン豚だし」
俺のアイテムボックスにダンジョン豚の肉がしこたま入ってるぞ。
それはダンジョン牛もだけど。
「ダンジョン豚? あの肉ってこんな美味かったっけ?」
「俺の記憶ではもうちょっと肉がパサパサしてたような……。もちろんマズいってわけじゃなかったけど」
そう言ってルークとアーヴィンが首をひねっている。
「そうだろうな。ダンジョン豚つっても上位種の肉だし」
ポロっとそう言うと、元冒険者の面々が「上位種?!」と驚いている。
そう言えば、前にみんなに鍋をふるまったときもロックバードの肉だと言ったら驚いていたっけ。
「ムコーダさん、そんな上等な肉出しちゃダメだよ。アタシら一応奴隷なんだよ」
「俺らは美味いもの食えて嬉しいけど、普通はないわな」
「だよな。あり得ねぇ」
「というか、儂ら冒険者時代よりも確実に良いもの食っとるぞ」
「ウン」
タバサもルークもアーヴィンも、ついでにバルテルとペーターもちょっと呆れ顔だ。
肉ダンジョン産の肉は見るのも食うのも初めてそうなトニ一家とアルバン一家は、何の話かわからずにポカンとしていた。
「まぁさ、いいんだよ。みんなの想像以上に大量に持ってるからさ」
そう言いながら俺の後ろにいるフェルとドラちゃんとスイをチラリと見ると、元冒険者の5人は察したようだ。
「うん、なんかフェル様たちが嬉々として狩ってる姿が目に浮かんだ……」
「だな……」
うちのみんなと一緒にオーク狩りへ行った仲のルークとアーヴィンが遠い目をしてつぶやいた。
「ドロップ品が肉だったからな。みんな張り切ってくれたよ……。張り切り過ぎてダンジョン豚の上位種もダンジョン牛の上位種も狩り尽くしてた…………」
あれはドロップ品の肉を拾うのがすさまじく大変だった……。
「ダンジョン豚の上位種……」
「ダンジョン牛の上位種……」
「それを狩り尽くす……」
元冒険者の5人が俺の話を聞いて顔をヒクつかせていた。
「ねぇねぇ、ムコーダのお兄ちゃんたち食べないのー?」
ロッテちゃんが不思議そうに俺たちを見てそう言った。
「ん? 食べるよ。ほら、そういうことだから心配無用だ。みんな食え食え」
「ハァ~。ムコーダさんとフェル様たちを普通の冒険者と一緒に考えるのが間違いだったよ」
「え、何? フェルたちだけだろ。タバサ、俺をそこに入れるの間違ってるから。俺はいたって普通だし」
「いやいや、入るだろ」
「そうだよな」
「何といってもムコーダさんは、フェル様たちの主だしのう」
「だよね」
1対1なら多分みんなに負けちゃうよ、俺。
『おい、おかわりだ』
『俺もー』
『スイもー!』
「はぁ、早いな。ってか、誰かさんなんて散々文句言ってたのにおかわりするんだ」
『何か言ったか?』
「何でもありませんよ。おかわり用意するからちょっと待ってて」
そそくさとフェルたちへのおかわりを用意する俺を見て、タバサとルークとアーヴィン、バルテルとペーターが何故かしたり顔で頷いている。
「やっぱムコーダさんも入るよ。フェル様に向かってそんな軽口たたける猛者はムコーダさんだけだからね」
「違いねぇ」
いやいや、絶対に猛者とかそういうんじゃないからね。
何だか不本意だぞ。