第三百五十九話 肉ダンジョン祭り前夜
いよいよ明日から肉ダンジョン祭りが始まる。
参加の申し込みも、メイナードとエンゾに話を聞いた翌日に済ませてある。
アイアンランクとはいえ商人ギルドのギルドカードを持っていたから、参加費用の銀貨3枚を払うだけで簡単に申し込みは済んだ。
商人ギルドのギルドカードを持っていない場合は、申請書にいろいろと書き込む必要があるらしいからな。
申し込みを済ませたあとは特にやることもなかったから肉ダンジョンに潜ったりしていた。
フェルとドラちゃんとスイが暇だっていうから、せがまれて3回も肉ダンジョンへ行く羽目になったよ。
しかも、潜るたびに大量の肉塊をゲット。
とんでもない量に、どうしようと思ったもののそのまま捨ておくのはさすがに忍びなくてなぁ。
結局拾い集めたさ。
そんなもんだから、今はものすごい量の肉が俺のアイテムボックスの中へストックされている。
一応冒険者ギルドにもダンジョン豚とダンジョン牛の上位種の肉塊を多めに買い取りに出したんだけど、ギルドマスターのジャンニーノさんにものすごい喜ばれた。
何でも肉ダンジョン祭りを前にして、観光客が増えたこともあって上位種の肉も需要が倍増しているとのことでな。
それでも、コカトリス、ダンジョン豚とダンジョン牛の上位種、ダンジョン豚とダンジョン牛の上位種の特殊個体の肉(当然モツもだけど)は、これでもかってほど大量にあるから大食いがそろい踏みのうちでもしばらくの間肉の心配はいらないだろう。
フェルたちはもう1回くらい潜ってもいいんじゃないかって言ってたけど、アイテムボックスの中が肉ダンジョン産の肉だらけだってのにそれをまた増やすのはさすがに止めてもらったよ。
3日前には、屋台で出す料理の仕込みも済ませてある。
約束どおりメイナードとエンゾの手伝いもあって十分な量を用意することができた。
とは言っても、俺が屋台を出すのは初日の1日だけと考えてるんだけどな。
商人ギルドで話を聞くと、肉ダンジョン祭りは3日間開催されるけど、その期間続けて屋台を出すかどうかは参加者の任意ということだったし。
祭りの話を聞いたフェルとドラちゃんとスイは屋台巡りする気満々だし、せっかくのお祭りだから俺としても屋台めぐりしたいしね。
でだ、俺の屋台で出そうと思っているのは、ズバリ……、ホットドッグ!
なるべくこの世界にある材料で作ろうと思って、ケチャップの代わりにフレッシュトマトソースをかけたホットドッグを出そうと考えた。
屋台で出すものとしてはなかなかいいと思うんだよね。
ソーセージを焼いたものを出す屋台はけっこうあるけど、それをパンに挟んだ店は見かけなかったから、珍しさもあってそこそこ受けると思う。
何より美味いし。
前にも何度か作った手作りソーセージを、メイナードとエンゾの手伝いで大量に作り上げた。
このソーセージはダンジョン豚とダンジョン牛の上位種の肉を使ったぞ。
ミスリルミンサーとか、ソーセージ用の口金とかを見た2人がかなり驚いていたけど、特製だからで通したよ。
ルイスに俺がSランク冒険者だって聞いていたようで、2人とも「Sランク冒険者は金持ってんなぁ」なんて言ってたよ。
ケチャップの代わりのトマトソースは前もって作っておいた。
フライパンに油をひいてみじん切りのニンニクを入れて弱火で炒めて香りを出したら、みじん切りのタマネギを入れて透きとおるまで炒める。
その後はざく切りの生のトマトと固形コンソメを入れて煮詰めて水分がある程度なくなったところで塩胡椒で味を調えて出来上がり。
シンプルだけどいろいろ使えるトマトソースの出来上がりだ。
焼いた手作りソーセージをパンに挟んでトマトソースをかけたらムコーダ特製ホットドッグの出来上がりだ。
メイナードとエンゾにも試食させたけど、絶賛してたよ。
今までは肉は肉、パンはパンで食うものだと固定観念があったようで、パンにソーセージを挟むホットドッグは目から鱗だったみたいだ。
確かにパンに何かを挟んだ料理って、自分で作った物以外では見た覚えがなかったな。
メイナードとエンゾはホットドッグにかぶりつきながら「僕たちも師匠に負けないよう精進します!」なんて言ってたよ。
で、このときのパンは、俺がこの街のパン屋で買ってきたものだったんだけど、2人の話では孤児院で領主様からの援助の小麦の余剰品を使ってパンを作っているって聞いて、これは好都合だと2人に紹介してもらって孤児院にパンの作製を依頼した。
ちゃんとコッペパンの形でお願いしたぞ。
そのときに、院長先生やらシスターたちともお会いしたんだけど、優しそうなお婆ちゃんとおばちゃんだった。
わ、若いシスターなんて期待してなかったんだからな。
人手不足なこともあって忙しそうだったから用件だけ伝えて長居せずに帰ってきたけど、俺のパンの注文にはずいぶん感謝されたよ。
現金収入に繋がる仕事は何でもありがたいって話だった。
そういうこと聞くと俺もね……。
普段の取引ではパン1個が鉄貨2枚とのことだったから、俺の注文ではコッペパン1個高めの鉄貨5枚として500個注文させてもらったよ。
そんで前払いでその場で金貨2枚銀貨5枚を支払ったら、院長先生は感謝しきりで「土の女神キシャール様のご加護があなたさまにありますように」ってわざわざ祈ってくれた。
既にキシャール様の加護はあるんだけどね。
そんなわけで、孤児院で注文したコッペパンは明日の朝のうちにこの家に届く予定だ。
あとは明日に備えてスタミナのつくものでも食って早めに寝るだけ。
そうなると、タイムリーな食材はモツだよな。
ということで、栄養満点なモツを使って今日の夕飯はモツ鍋にするぞ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グツグツと煮たつ土鍋。
俺の魔道コンロとキッチンの魔道コンロを駆使して、8つの土鍋が火にかかっている。
中にはキャベツとモヤシとニラ、そして要のダンジョン牛の白モツが。
スライスしたニンニクはたっぷりと、鷹の爪はスイがいるからちょっぴり少なめに。
スープは面倒だから市販のものをチョイス。
本場博多の味とある評判の良さそうなものの醤油味と味噌味を購入。
両方のスープを一から作るとなると面倒だけど、市販のものなら入れるだけだからこういう欲張りなことができていいよな。
かつおと昆布のダシと醤油の香りそして味噌の香りがふんわりと漂う。
「美味そう……」
『おい、まだか?』
『もぅいいだろ? 腹減ったぜ』
『あるじー、お腹減ったよぅ』
フェルもドラちゃんもスイもモツ鍋の香りにもう待ち切れない様子。
「よし、もういいな。よっと……」
フェルとドラちゃんとスイの前に土鍋ごと置いていく。
「こっちが醤油味のモツ鍋で、こっちが味噌味のモツ鍋な。熱いから気をつけろよ。それと、中の具を食ったらそのままにな。鍋は〆が美味いんだから」
そう言うも耳に入っちゃいない様子で、フェルとドラちゃんは風魔法で冷ますことに夢中だし、スイは熱いのなんかへっちゃらで土鍋に覆いかぶさっている。
『うわぁ、これおいしーねー』
『グッ、我も早く食いたいぞ。早く冷めるのだ』
『こういうとき俺らは弱いよな。熱いまま食えるスイが羨ましいぜ』
「ハハッ、そんなガッツかなくてもモツ鍋は逃げないから冷ましてゆっくり食えよ」
さてと、俺は追加のモツ鍋を仕込んでおくか。
フェルたちが、これだけで腹いっぱいになるはずないからな。
土鍋でスープを一煮たちさせて、キャベツとモヤシとニラそしてモツにスライスニンニクと鷹の爪を入れてあとは煮えるのを待つだけ。
その間に俺もモツ鍋をいただこう。
まずはスタンダードな醤油味。
ズズッ―――。
スープをゴクリ。
「はぁ~、美味い。カツオと昆布のダシの利いたスープに野菜とモツの旨味が溶け込んでいい味出してるよ」
次は主役のモツだ。
プリプリの食感とあふれ出る旨味。
「文句なしに美味い」
野菜にもスープの味が染みていてまた美味し。
「おっと醤油味ばかりじゃなく味噌味も食わないとな」
ということで、味噌味の方もスープから。
ズズッ―――。
「味噌味も美味いなぁ~」
コクのある味噌味にモツの旨味が加わって、こちらも醤油味のモツ鍋に負けない美味さだ。
「どっちも美味い。こりゃ甲乙つけがたいな……っと、そんなことよりビールだビール」
モツ鍋にはビールだろうと、ネットスーパーで買っておいたんだった。
プシュッ、ゴクゴクゴクゴク。
「クー、美味い!」
そしてすかさずモツ鍋を……。
再びビールをゴクリ。
「あ~、最高」
なんてやっていると、フェルたちからおかわりの声が。
おかわり用に仕込んであったモツ鍋をフェルたちに出してやった。
自分でもモツ鍋を楽しみつつ、フェルたちが数回おかわりを繰り返したところで……。
「よし、もうそろそろ〆に入っていいかな」
醤油味のモツ鍋の〆に用意したのは、中華麺だ。
麺に極上のスープが絡んで正に絶品。
味噌味のモツ鍋の〆は、うどんにしようか雑炊にしようか迷ったけど、雑炊にしてみた。
残ったスープに飯を加えて溶き卵を回し入れて卵雑炊に。
これまたコクのある味噌味のスープが米に絡んで絶品だった。
この鍋の〆はフェルもドラちゃんもスイも気に入ったようで、スープの一滴も残さずすべて完食して満足そうな顔してたよ。