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第三百五十八話 トリッパ風モツのトマト煮込み

今回はちょっと長めです。

「師匠、よろしくお願いします!」

「約束どおり臓物の調理の仕方を教えてください、師匠!」

「あのね、2人とも来るの早いから。それとね、その師匠っての止めてくれないかな。だいたい君たちとは昨日会ったばっかりでしょ」

「いえ、師匠は師匠ですから」

「そうですよ、師匠」

「いやね、ハァ~……」

 何を言っても“師匠”呼びを直しそうにないメイナードとエンゾに、俺は諦めてため息を吐いた。

 昨日勢いに押されてメイナードとエンゾにモツ料理を教えることにしたものの、約束よりも大分早い時間に2人の突撃を受けていた。

 朝飯を食って人心地ついたところだったってのに。

「師匠、早く臓物の調理の仕方を教えてくださいよー」

「そうですよ。俺たちにとっては重要なことなんですから」

「はぁ、分かった分かった。とりあえずついて来て」

 俺は仕方なしにメイナードとエンゾをキッチンに案内した。

「モツ、臓物の調理の仕方って言っても、そんな特別なもんじゃないぞ。一番重要なのは、昨日2人にもやってもらった下処理だからな。あの下処理さえきちんとやりさえすれば、臭みもなく焼いても煮ても美味い」

「「なるほど」」

「特にモツの中でも量が多かった白モツ……、これだな」

 そう言いながら俺は昨日下処理してもらった白モツをアイテムボックスから取り出して2人に見せる。

「これなんかはブツ切りにして普通に塩胡椒して焼いても美味いし、タレに漬け込んでから焼いても美味いぞ。要はこの街の屋台で売ってるダンジョン豚やダンジョン牛の肉と同じだよ。あれがダンジョン豚やダンジョン牛の臓物に変わっただけだ」

「なるほど。ということは、串焼きにしてもいけると」

「もちろん」

 そう言うと、何故かメイナードとエンゾが顔を見合わせてニンマリしている。

「おいエンゾ、これはいけるぞ!」

「ああ。俺たちには2人で試行錯誤して作った究極のタレがある」

 食のメッカとも言われるローセンダールで料理人を目指しているだけあって、2人は既に独自のタレを開発していたようだ。

「焼きはそんな感じで分かったと思うけど、煮る方はどうする? こっちは作ってみた方がいいか?」

「是非!」

「是非とも!」

 2人ともまずは屋台から始める予定らしく、煮物でも屋台で出せそうな物なら考える余地はあるから知りたいとのことだった。

「ま、こっちもいろいろとあるにはあるんだけど……」

 モツ鍋は屋台には不向きだろうし、モツ煮だと醤油や味噌が必要になってくるからなぁ。

 醤油や味噌が手に入らない以上は教えることはできないだろう。

 そうなると、トリッパ風にトマト煮込みが1番無難かな。

 これならここで手に入るものでもなんとかいけそうだし。

「よし、トマト煮込みを作るぞ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「よし、下処理はこんな感じでいいかな」

 ハチノスと白モツを適当な大きさに切って、水から煮ていくゆでこぼしの作業を2回ほど行ったうえ水洗い。

 ダンジョン豚の白モツでも美味いとは思うけど、トリッパ風ということで、今日はダンジョン牛のモツ、ハチノス(トリッパ)と白モツを使うことにした。

「すぐ使えるもんだと思ってましたけど、臓物の料理は手間がかかるんですねぇ」

 俺の指示の下、ゆでこぼしの作業をしていたメイナードがそう言った。

「わざわざ小麦粉や塩を使って作業したんだから、それですぐに使えるものだと思ってました」

 メイナードに続いてエンゾもそう言う。

「まあな。焼くなら昨日の下処理だけでも問題ないけど、煮込みにするならこの“ゆでこぼし”の作業はやったほうがいいぞ。アクやぬめりやらが取れて断然美味くなるからな」

「「なるほど~」」

 メイナードもエンゾも調理の仕方をしっかり覚えようと目は真剣だ。

「材料も用意してあるから、さっそく作っていこう」

 2人がモツのゆでこぼしの作業をしている間にネットスーパーで材料を購入済みだ。

「じゃ、こっからはそれぞれ手分けして作業してもらうぞ。メイナードにはトマトの水煮を作ってもらうことにして……」

 本当なら缶詰を使うのが簡単なんだけど、そうもいかないから一から作ることにした。

 まぁ、トマトの水煮なら皮を湯剥きして水と塩を入れてアクをとりながら煮詰めれば出来るし。

「エンゾには野菜類を切ってもらう」

 タマネギ、ニンジン、セロリを5ミリくらいの角切りにして、ニンニクはみじん切りに。

 グツグツグツ―――。

 トントントン―――。

 メイナードもエンゾも料理人を目指しているだけあってなかなかの手際だ。

「よし、トマトの水煮も出来たし、野菜も切り終わったな。そうしたら次行くぞ。まずは鍋にオリーブオイルをひいてニンニクのみじん切りを入れたら弱火で炒めていく」

 黄金色のオリーブオイルの中でニンニクのみじん切りがゆっくりとローストされていく。

「こんな感じでニンニク、俺の故郷ではガーリケのことニンニクって言うんだけどな、その香りが出てきたところで、さっきエンゾに切ってもらった野菜と……、これ、ローリエの葉を1枚入れて炒めていく」

 こちらの世界には乾燥ハーブ類はそれなりにあって、ローリエも割と手に入りやすいものだから大丈夫だろう。

「こんな感じでタマネ……じゃなかったオネオンが半透明になったら、モツを入れてさっと炒める。あとはメイナードに作ってもらったトマトの水煮と干し肉のもどし汁、それからヒヨ豆の水煮を加えてコトコト煮込んでく」

 本当ならコンソメの素を使いたいところだけど、さすがに2人の前ではそうもいかないから前に買ってアイテムボックスの中にあった干し肉を水でもどして、そのもどし汁を使うことにした。

 ヒヨ豆の水煮っていうのは、ネットスーパーで買ったヒヨコ豆の水煮だ。

 ヒヨコ豆の水煮缶を買って、それをあらかじめ皿に移しておいた。

 こっちの世界にもヒヨ豆っていうヒヨコ豆にそっくりな豆があるから問題ないだろう。

 白いんげんか大豆の水煮でもいいんだけど、こっちの世界で豆と言えばこのヒヨ豆だからそれに似たヒヨコ豆にしてみた。

「あとはモツが柔らかくなったら、最後に塩胡椒で味を調えて出来上がりだ。割と簡単だろ」

 真剣に手順を見ていた2人に話を振ると、2人とも頷いた。

「この臓物の料理というのは、いかにきちんと臓物の下処理をしたかにかかってくるということですね、師匠」

「そういうことだ、メイナード」

「正直、小麦粉と塩がもったいないと思いましたけど、美味しく食べるためのことなんですね」

「ああ。とは言っても、小麦粉も塩もそれほど大量に使うわけでもないと思うんだけど。エンゾも昨日の作業で大体の量は覚えただろ?」

「ええ」

 エンゾは俺の言葉に何か考え込むように「あの大量にあるドロップ品1つに対して小麦粉が中コップに……」などとボソボソとつぶやいている。

「確かに考えてみると大量というほどでもないですね」

「そうだぞエンゾ。それにほらうちは……」

 メイナードの話では、孤児院の援助として小麦粉と塩は現物支給らしく、十分以上の量が支給されているらしい。

 それというのもこの地方は小麦の一大産地でもあり、岩塩の産出地でもあるためだ。

 実際、この街に関しては肉ダンジョンがあるおかげで肉で有名だけど、周りの農村では小麦がさかんに栽培されているそう。

 言われて見ればこの街にくるまでに小麦畑をけっこう見たような気がするな。

 そうこうするうちに……。

「お、もうそろそろいい感じ。あとは塩胡椒で味を調えて……、はい、出来上がり」

「ゴクリ……。これは具沢山で美味そうですね」

「匂いも美味しそうです」

「あ、胡椒は高いから、ないようだったらなくても大丈夫だと思う。あとな、乾燥バジルを入れてもけっこう美味いぞ。ま、その辺は臨機応変に、いろいろ試してみたらいい。とりあえず試食だ」

 メイナードとエンゾ、それから俺の分を皿に取り分けていると……。

 いつの間にかいたよ、うちの食いしん坊たちが。

「あー、フェルたちもってことね」

『当然だ』

 フェルとドラちゃんとスイのいきなりの登場にメイナードとエンゾはかなりビビッていた。

 俺の従魔だから大丈夫だって説明したら腰は引けているがなんとか落ち着きを取り戻したけど。

「フェルたちが腹いっぱいになるほどは作ってないから、本当に味見程度だぞ」

 そう言ってフェルたちにも取り分けた。

『なんだ、本当に少しなのだな』

『味見程度ってんだから仕方ないさ。美味かったら作ってもらおうぜ』

『ちょびっとだねぇ』

 やっぱりフェルたちにとっては少な過ぎるようだ。

「だから味見程度って言っただろうが……」

 文句を言いながらもフェルたちがトリッパ風モツのトマト煮込みを食っていく。

「ほら、メイナードとエンゾも食ってみろよ」

 2人は頷くとモツのトマト煮込みをスプーンですくって口の中へ。

 そしてじっくりと味わう2人。

「美味しい……。臭みが多少あるんじゃないかと思ってましたけど、そういうのは全然なくてとても食べやすいです! それに、柔らかく味の染みた内臓肉がたまらない美味しさです!」

「内臓というと、独特な味わいなのではと思ってましたが、これはさっぱりといただけますね。すごく美味しいです! トマトの酸味と相まって食が進みます。それにこの料理は具沢山で食べ出があるし、パンにもすごく合うと思います」

 美味い美味いと皿に盛ったトリッパ風モツのトマト煮込みを2人はペロリとたいらげた。

「フフフフフフ、エンゾよ、これで俺たちは勝てるぞ」

「フフフフフフ、そうだな、メイナード。これで俺たちは勝てる」

「「フフフフフフフ」」

 え、何?

 いきなりメイナードとエンゾが壊れた。

「俺たちの究極のタレを使った焼き物とこの煮込み……、完璧だ!」

「ああ。これならば上位を狙えるぞ!」

 …………何の話?

「なぁ、さっきから何の話してるんだ?」

「あ、すみません師匠。俺たちだけで盛り上がってしまって」

「でも、師匠のおかげで俺たちも希望が持てました。肉ダンジョン祭りで上位を狙えそうです!」

「肉ダンジョン祭り?」

 メイナードとエンゾから話を聞くと、肉ダンジョン祭りというのはこの街の活性化を目的に8年ほど前から年に一度開催されるようになった祭りで、肉ダンジョン産の肉をみんなに味わってもらおうという趣旨らしい。

 開催は3日間で、その期間は肉ダンジョン産の肉を使った料理を出す屋台が通りを埋め尽くすそうだ。

 今年の肉ダンジョン祭りは10日後からで、店を構える有名店もこのときばかりは屋台を出すという。

「年々増えて、去年なんて100近い屋台が出店したんですよ!」

「そうそう。そして、この祭りのおかげで俺たちや、出来たばっかりの新しい店にもチャンスができたんですよ!」

 この2人にとって肉ダンジョン祭りは大きなイベントらしく、話しているうちにだんだんヒートアップしていく。

 何でもこの祭りの期間に限っては、商人ギルドに申請さえすれば誰でも出店できるらしく、2人も屋台を出店するとのこと。

「本当なら商人ギルドに登録してないと商売なんてできないけど、肉ダンジョン祭りの期間だけは特別だから。料理人を目指して修行中の俺らくらいの子たちも腕試しとしてけっこう参加してるんですよ」 

 そういう子たちは金を出し合って出店するそうな。

「肉ダンジョン祭りのメインイベントは、最終日にある表彰式です。お客さんの投票で決まった美味しい屋台の5位までが発表されるんですよ!」

 エンゾが興奮気味にそう言った。

「そうなんです。それでその上位5位に入った店は翌日からは人気店になるんです! 一昨年の4位に入ったマークスさんの屋台なんて、独立して間もなかったのに瞬く間に人気店になったんですから!」

 メイナードも興奮気味にそう語った。

 なるほど。

 有名店の直営とか、店舗がない屋台だけの店とか、独立したばかりの屋台とか、そういうこと関係なしで上位5位までに入ればワンチャンあるってことか。

 なかなか夢があるじゃないの。

「俺たちはまだ独立とかそんなんじゃないですけど、ここでもし上位に入ることができれば、有名店で雇ってもらうことも可能になりますんで。それに場合によっては店を任せてもらえる可能性だってあるって聞いてますから」

 確かに箔がつけば選り取り見取りかもしれないな。

 それにしても……。

「面白いことを聞いたな。なぁ、それってまだ申請受け付けてるのか?」

「「えっ?」」

「し、師匠、もしかして、出店するつもりですか?」

「何だよ、ダメとでも言うつもりか?」

「い、いや、そんなことはないですけど……」

 何故かメイナードもエンゾも困り顔だ。

「肉ダンジョン祭りのこと黙っておけばよかった……」

「強力なライバルが……」

 2人がボソボソとそんなことを口走っている。

「何だよ、そんなことを心配してるのか? モツ料理は出すつもりないから、お前らの方が目を引くんじゃないかな。だってモツなんて出す店ないだろ」

「「確かに……」」

「あ! エンゾ、それに場所だよ場所。申請は祭りの1週間前まで受け付けてるけど、場所は申請順に割り振られていくから今申請したとしてもいい場所は残ってないよ」

「あっ、そうか。もう残ってるのは端っこのあんまりいい場所じゃないよな。そうなると、いくら師匠でも苦戦するかも」

「まぁさ、面白そうってだけで出店する俺への警戒よりも自分たちのやるべきことをしっかりやった方がいいぞ。上位狙うんだろ? モツ料理を出すつもりなら、そのモツをどうやって入手するのかとかさ、そういうのしっかり考えなよ」

 俺にそう言われて初めて「そうだ!」と気付く2人。

 モツの調理法を知ることで頭がいっぱいで、入手先までは考えていなかったみたいだ。

 しかし、すぐにハッとすると2人して俺の顔をまじまじと見る。

 そして揉み手に猫なで声で……。

「「師匠~」」

「な、なんだよ?」

「「臓物くださいっ!」」

 こいつらだんだん遠慮がなくなってきたな。

 別にやってもいいけど、どうせならまたちょこっと仕事を。

「やってもいいけど、俺が肉ダンジョン祭りに出す料理の仕込みを手伝え。そしたら、ドロップ品の臓物をそうだな、4つやるぞ」

 俺がそう言うと、メイナードとエンゾの2人が協議しだす。

「師匠、そこは5つでお願いします!」

「それと、手伝うのは肉ダンジョン祭り開催の3日前の1日のみで。前日と前々日は自分たちの仕込があるんで、ここは譲れませんよ」

 モツのドロップ品5つはまぁいいとして、手伝いが3日前の1日のみか。

 俺は時間停止のアイテムボックス持ちだから、仕込んだものを腐らせる心配もないし……、うん、まったく問題ないね。

「よし、契約成立だ」

 俺はメイナードとエンゾと固く握手を交わした。

『おい、話は済んだか?』

「ん? 何だフェル」

『これ、なかなか美味かったぞ。もっと食うから作れ』

『俺も食いたいな』

『スイもこれもっと食べたいなぁ~』

 …………はいよ。

 フェルとドラちゃんとスイのリクエストにより、メイナードとエンゾが帰ったあとトリッパ風モツのトマト煮込みを大量に作ったよ。






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難しい状況下で夢を持って頑張ってるこの子たちは純粋にすごいし偉いと思う。 ただ、人にものを教わる(しかも無料)のだから、気持ちを込めて「師匠」と呼びさえすればいい、とはならないと思う。少なくとも相手の…
まだ10代前半?だろうに孤児院というあまり恵まれてない所で情報や知識を得ようと必死に頑張っているのが伝わってきました ムコーダさんには迷惑で面倒だったかも知れませんがムコーダさんに教えてもらった事を生…
図々しい奴ってのはガキから老人まで全て不快だな
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