第三百四十六話 肉ダンジョンに行こう
遅くなって申し訳ありません……(汗)
『いい加減にダンジョンに行くぞ』
みんなでBBQをした翌日、フェルが業を煮やして言った一言。
その言葉にドラちゃんもスイも当然反応して押し切られるようにダンジョン行きが決まった。
3対1じゃ圧倒的に俺のほうが不利だし。
みんなダンジョン好きだからねぇ。
フェルたちにとっては面白いアトラクションのようなもんなのだろう。
冒険者にとっちゃ命がけなんだけどもさ。
そんなわけでダンジョン行きが決定したわけだけど、どこのダンジョンにってなったときにフェルが真っ先に行きたがったのがブリクストのダンジョンだ。
ここレオンハルト王国の隣国エルマン王国にある難関と言われるダンジョン。
『前に会った冒険者が言っていた隣国にあると言う難関のダンジョンがいいぞ。彼奴らから転移石なるものをもらっていただろう』
フェルはいろいろと忘れずに覚えてくれてやがったよ。
エイヴリングのダンジョンで出会ったAランク冒険者パーティーの“アーク”の面々からいただいた30階層の転移石。
これは繰り返し使えるタイプで、30階まではどこの階層でも自由に行き来できるという貴重な代物だった。
そんなこともあって、フェルは真っ先にブリクストのダンジョンの名前を挙げた。
難関だというのもフェルのヤル気を刺激したのは間違いないだろう。
だが、断る!
難関ダンジョンなんてわざわざ行きたくないよ。
聞くところによると、ドランのダンジョンやエイヴリングのダンジョンよりさらに難関だって話なんだぞ。
そんなところは俺としては当然避けたいところ。
ということで、俺としてはもう1つのダンジョンを猛烈に勧めた。
ローセンダールのダンジョン。
通称“肉ダンジョン”。
12階層からなり、難易度も低いが、ドロップ品がほぼ肉のみという俺たちにとっては非常においしいダンジョン。
聞いた話では、ローセンダールの街はこのダンジョンのおかげで非常に賑わっているそうだし、ドロップ品が肉ということもあって美味い飯屋も多いということだった。
それに、何でもこのダンジョンでしか採れない肉もあるらしいのだ。
肉大好きな面子ばかりそろってるうちにはこれ以上ないくらいピッタリなダンジョンだと思うんだ。
その辺のところを懇切丁寧にプレゼンしたら、ドラちゃんとスイが興味津々で肉ダンジョンの方へと気持ちが傾いてきた。
そして、フェルも『難易度が低いのは面白くないが、そのダンジョンでしか食えない肉というのは1度食ってみたいな』とのことで、なんとか次のダンジョンは肉ダンジョンに決定した。
ここカレーリナの街からはけっこう離れているらしいが、うちの場合はフェルたちもいるし普通に馬車を使うよりは大分早く着けるだろう。
そうとなれば、まずは、うちで働いているみんなへの説明だな。
みんなに集まってもらって、肉ダンジョンへ行く旨を説明した。
トニ一家とアルバン一家が少し不安そうではあったけど、食料や日用生活品などは多めに支給することと報酬は前払いで3か月分を渡すことを話したら少しは安心したようだ。
それと、トニの息子コスティ君に1つ仕事を任せた。
コスティ君は以前、教会でやっていた無料学校に通っていて、読み書きはもちろん簡単な算術ならばできるとのことだった。
そこで、せっけんやらシャンプーやらの在庫管理や、ランベルトさんの店へ卸した数の管理やらをお願いした。
最初はびっくりしてたけど「大変だろうけど、君が適任だから頼むんだ。がんばるんだぞ」と声を掛けると、大きく頷いていた。
在庫管理のためにも筆記用具は必要だろうと、使い方を教えてから鉛筆や消しゴムにノートなどの筆記用具一式をコスティ君に渡したらすごく喜んでたな。
それを見てたセリヤちゃんやアルバン一家の子どもたちが羨ましそうにしてたんで、あることを思いついた。
「タバサは確か読み書きと簡単な計算はできたんだよな?」
「まぁ、一応はね。でも、なんだいいきなりムコーダさん」
「いやさ、子どもたちに読み書きと算術を教えてほしいなぁなんて思ってさ」
「エエッ、あ、アタシがかい?」
「ああ。タバサって面倒見がいいし、先生にピッタリだと思うんだけど」
「あ、アタシが、先生……」
「報酬は別に払うし、是非お願いしたいな。読み書き算術ができるようになれば、子どもたちの将来のためになるしさ」
「子どもたちの将来のためか……。そういうことなら受けるよ。上手く教えられるか分からないけど」
補佐をコスティ君にお願いした。
在庫管理もお願いしてるからいろいろ大変かもしれないけど、在庫管理の仕事の分も含めて報酬として出すと言ったらさらにヤル気になってたな。
「あ、あの、お願いがあるんだ……」
普段物静かなペーターが声を上げた。
話を聞くと、自分も読み書き算術を習いたいとのことだった。
「読み書き算術なんて習わないまま冒険者になっちゃったし……。でも、読み書き算術ができないと、不便なことも多くて……」
依頼書なんかも読んでもらったり、何か書くときも代筆を頼まなきゃいけないし、特に困るのが買い物でおつりを誤魔化されることだという。
自分ではすぐに気付かないし、後になって気付いて文句を言っても、店は知らぬ存ぜぬをとおすだけ。
そのときには既に時間も経っているし、証拠もないから、結局うやむやで終わってしまうそう。
そんな店あるのか?と思ったら、聞いてみるとこれがけっこうあるんだそうだ。
「人の顔見て学がなさそうだと思うと、平気で誤魔化す奴いるんだよなぁ」
ルークが顔を顰めてそう言った。
「そうそう。その場で気付いて間違ってるぞって言うと、あっちは「間違えました。すみませんねぇ」で終わりだもんな。あくまでも故意じゃありませんよって言い分だぜ」
アーヴィンがルークと同じように顔を顰めて続けてそう言った。
「ああ、あんたたちは算術のときはコスティと一緒に助手をしてもらうからね。そんで、読み書きのときはみんなと一緒に勉強だよ」
「ハァッ?!」
「何でだよッ?!」
タバサの爆弾発言にルークとアーヴィンが動揺している。
「だってあんたたち金勘定はできても読み書きはあやふやだろ。特にあんたたちの書いた字! 汚くって誰も読めやしないよ。大人になってからも勉強する機会が与えられたんだよ、文句言うんじゃなく幸せに思いな」
ルークもアーヴィンも字が汚いという自覚はあったらしく、タバサに「字が汚い」と言われて「グゥゥ」と呻いてたよ。
「あっ、あのっ……」
声を上げたのはトニだった。
「わ、私たちも、その、読み書き算術は教えてもらえるのでしょうか?」
「ん? トニたちも?」
「はい、私たちは読み書きも算術もできないので、習えるならば是非習いたいんです」
話を聞くと、トニとアイヤは、自分たちの名前くらいは書けるけど、それ以外は読み書きも算術もできないそうだ。
そもそも読み書き算術自体習ったことがないそうで……。
ちゃんとした学校は貴族や金のある商人の子どもが行くところだし、今でこそ教会の無料学校が都市部にはポツポツと出来ているが、トニやアイヤの子どものころはそんなものはなかったっていうしね。
それに、教会の無料学校というのも、話を聞くと週に数時間読み書き算術を教えるところというから、塾に近い感じみたいだし。
こんな感じで、識字率も高くないし、トニとアイヤが読み書き算術ができないというのも珍しくもないか。
トニとアイヤは読み書き算術ができなくて、困ったことや損したことも多々あったから、息子のコスティ君を無料学校に行かせたそうだ。
本当ならセリヤちゃんも無料学校に行かせたかったけど、アイヤが病気になってそれどころではなくなってしまったようだ。
「あのっ、私たちも是非!」
そう声を上げたのは、今度はアルバンとテレーザだった。
村生まれで村育ちの2人に学ぶ機会などなく、読み書きも算術もできない。
村で読み書き算術が出来たのは、村長と村長の息子だけだったそうだ。
金のやり取りや大きな契約で書面が必要なときなどは、村の者はみんな村長と村長の息子を頼っていた。
でも、アルバンやテレーザの中には、これで本当に合っているのかという思いがいつもあったそうだ。
村長や村長の息子を信じていないわけではなかったが、どうしてもその思いは消えなかったという。
そりゃやっぱり自分で確認したわけじゃないからねぇ。
そんなわけで、アルバンとテレーザも学ぶ機会があるのなら是非読み書き算術を学びたいとのことだった。
「年齢関係なく、学びたい人はみんな習うといいよ。タバサ、人数多くて大変かもしれないけど、よろしく頼むよ」
「もちろんだよ。トニ夫婦にもアルバン夫婦にも世話になってんだから」
読み書き算術が学べることが分かって、トニもアイヤもアルバンもテレーザも嬉しそうだ。
「そこで知らんふりしてるバルテル。あんたにも手伝ってもらうよ! 年の功で読み書き算術はあんたもバッチリできるの知ってるんだからね!」
「な、何で儂がっ。 儂は人に教えたことなんぞないわい!」
急にお鉢が回っきたバルテルが慌てている。
「アタシだってそんなのないよ。でも、やるんだよ!」
「無理じゃって!」
……対ドワーフにはこれが抜群に効くだろう。
そう思って、ネットスーパーでパパっとそれを購入。
「バルテル、これを」
バルテルに茶色い液体の入ったコップを渡した。
「酒か。何じゃ急に酒など。出された酒は当然飲むがな」
コップに入った酒を一気にあおるバルテル。
そして……、カッと目を見開いた
「な、何じゃ、この酒はッ?!」
フハハハハハ、それは、対ドワーフ用秘密兵器です。
BBQコンロを作ってもらうときにも一役買った、ネットスーパーで買ったお手ごろ価格の日本のメーカーの四角い瓶のウイスキー。
「バルテルへの報酬は、金よりこれの方がいいだろう?」
俺がそう言うと、バルテルが目の色を変えた。
「こ、この美味い酒がもらえるのかっ? やるっ、そんなら助手でもなんでもやるぞい!」
はい、ドワーフ落ちました。
「なぁ、その酒ってそんなに美味いのか?」
ルークとアーヴィンが興味津々だ。
「2人も飲んでみるか?」
そう聞くとコクコクと何度も頷いた。
コップにウイスキーを注いで2人に渡した。
ゴクリ―――。
「ウェーッ、な、何だこれっ、喉が焼けるーっ」
「グーッ、こ、こりゃ酒精強すぎだろっ」
ルークもアーヴィンもアルコールの強さに顔を顰めている。
「へッ、この酒は酒精が強いのがいいんじゃろうが。それに独特の香りと味わいもある。儂が今まで飲んできた酒の中じゃ1番じゃぞっ」
「こんなのはドワーフしか飲めねぇってんだよ」
「そうだそうだ」
「ハッ、それでいいんじゃわい。こんな美味い酒は儂だけが飲むんじゃっ」
言い合いをし始めた3人を宥める。
「まぁまぁ。で、バルテルへの報酬はこの酒でいいんだよね?」
「うむ。この酒がいいぞい」
「1か月2本でどうかな?」
「もう一声っ」
「じゃあ、3本」
「ムコーダさん、後生じゃからっ」
「もうダメだよ。1か月3本。他のみんなの報酬との兼ね合いもあるしね」
そう言うとバルテルはちょっとガッカリしていたが、その後は美味い酒が飲めるのは確定したので二ヤついていた。
「あっ、ムコーダさん、今気付いたけど、みんなで勉強してるときは警備の方どうしたらいいんだい? 結局これには、みんな参加ってことになるだろう? 週2、3回とは言え、その間は誰も見回りがいないってことになるけど」
「ああ、それについては大丈夫だよ」
実を言うと、前々から警備強化のための魔道具を設置することは考えていたんだ。
ギルドマスターからその魔道具の情報も得てるし、俺たちが旅に出る前に設置しておこうと思う。
その旨言うと、タバサも安心したようだ。
「じゃ、そういうことだから。旅の準備なんかもあるし、多分3日後くらいにローセンダールに向かうことになると思うから、よろしくね」
最後に、コスティ君に渡したのと同じ筆記用具一式をみんなにそれぞれ渡したらすっごい喜んでたよ。




