第三百四十二話 キマイラ実食
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『それでは行くか』
『俺は今日も大物狙いだ。大物獲ってくるぜー!』
『あるじー、ビュッビュッってして美味しいのいっぱいとってくるからね~』
「おう、期待して待ってるよ」
『それよりも、お前の方も分かっているな?』
「分かってるって。用意しておくよ」
そう言うと、フェルが満足そうに頷いてドラちゃんとスイを引き連れて森の中へと入って行った。
「用意しておくとは言ったもののねぇ……」
冒険者ギルドをあとに森に狩りへとやって来た俺たち。
ちょっと早い昼飯を済ませて、フェルたちは狩りへと繰り出すことになった。
そのちょっと早い昼飯の最中にフェルが思い出したように話題に出したのが……。
『そういえばキマイラの肉を食ってないが、あれはどうなったのだ?』
正直ギクっとした。
意図的に出してなかったからさ。
だってあの見てくれだぞ。
ライオンと山羊とドラゴンというかワニっぽい頭に毒蛇の尻尾。
あの凶悪な姿を見ている者としては、ちょっと食材として使うのにも躊躇しちゃってさ。
鑑定では食用可ってあったし、極上の赤身肉で焼いても煮ても美味であるともあったから、美味いんだろうなとは思うんだけど。
キマイラの肉を使わなくても、他の肉が豊富にあったことも手伝って今までどうも手が出なかった。
しかし、フェルに催促されたとなるとな……。
違う肉を出したところで、キマイラの肉の味を知ってるフェルにはすぐにバレるだろうし。
ここは腹を決めて、キマイラの肉を使うしかないか。
俺はアイテムボックスからキマイラの肉を取り出した。
「肉だけ見れば、本当にキレイな赤身肉なんだよなぁ……」
多分これがキマイラの肉と知らされなければ、俺は喜んで食材にしていただろう。
「とりあえず、食ってみないと何も始まらないな」
味を確かめるために、ほんの少し切り分けて塩胡椒を振って焼いてみた。
「オークの肉だって今じゃ普通に食ってるんだ。キマイラだって大丈夫、うん大丈夫だ」
最初は忌避感があったオークの肉も今では普通に食材として使って美味しくいただいている。
大丈夫だと思いながら焼いた肉の端っこをちょっと齧った。
…………美味い、かも。
今度は焼いた肉の半分くらいまで齧ってみた。
ゆっくりと噛み締めていく。
…………。
「うまぁぁぁい」
鑑定さんに嘘偽りなし。
噛むごとにジュワっと肉の旨味が口の中に広がる。
その味は牛に近い感じだ。
一度、ニューヨークスタイルのドライエイジングビーフを出している店で食ったことがあるんだけど、そこで食った赤身肉の味に似ている。
あの時は、赤身肉ってこんなに美味かったんだって感動したもんだ。
噛み締めるごとにあふれ出る濃い肉の旨味は肉好きならば絶対に魅了される味わいだ。
「これは明らかに食わず嫌いだったな。こんなに美味いなら、キマイラとか関係ないわ。ハハッ」
問題は、こんなに美味い肉どう料理するかだな。
これだけ美味い肉を細切れにするのはもったいないし、どうせならガツンとある程度の塊で食いたいところだ。
この肉の旨味を味わうなら、当然ステーキだよな。
しかも塩胡椒のみの味付けで。
しかし、ステーキだけというのも能がない。
もう1品何か……。
煮込んでも美味いっていうからシチューという手もあるけど、これを軟らかく煮るとなるとちょっと時間が足りない気がするしな。
うーん……、あ、揚げてみるのはどうだ?
味も牛に近いし、牛カツみたいに揚げてみるのいいかもしれない。
キマイラカツ(?)だな。
よし、そうしよう。
そうと決まればネットスーパーで材料調達だ。
キマイラカツの衣に使う小麦粉と卵とパン粉だな。
カツをいただくときは、肉がいいからシンプルにワサビ醤油がいいだろう。
そのためにワサビと醤油のちょっといいやつが欲しい。
「お、これいいかも」
天然醸造の生搾醤油とある。
ちょっと高めの値段だけど、このいい肉に合わせるならこれくらいのものを選びたい。
ワサビは生ワサビが1本丸々売っていたのでそれをおろして使うことにした。
それと、カツに合いそうな藻塩も見つけたので急きょそれも購入。
前に使ったことがあるけど、普通の塩よりもカドのとれたまろやかな塩味でなかなかに美味かったからな。
「さて、まずはステーキだな」
ステーキはいつものアルミホイルを使う赤身肉の焼き方で焼いた。
胡椒は前に買ったミル付きのもので、塩はエイヴリングで影の戦士のみなさんからもらったエルモライ山の岩塩を使ってみた。
ピンク色の岩塩をおろし金で削って使ってみたんだけど、これがなかなか。
削ったのを少しなめてみるとカドがないマイルドな味わいで美味い塩だった。
この岩塩と挽きたての黒胡椒のみの味付けのキマイラ肉のステーキ。
ゴクリ……。
「味見は作り手の特権だよな」
ということで、いざ実食。
「あ~、美味い」
噛み締めるごとにあふれ出す旨味を含んだ肉汁が、俺は今美味い肉を食ってるんだって実感がハンパないな。
ついつい次に手が出そうなのを、何とか抑えてもう1品のキマイラカツを作り始める。
厚めに切ったキマイラの肉の両面に先ほどステーキにも使った黒胡椒と岩塩を振る。
肉に小麦粉を薄く全体にまぶしたら溶き卵につけたあと、パン粉をしっかりつけていく。
あとは熱した油できつね色になるまで揚げれば出来上がりだ。
こんがりと揚がったキマイラ肉のカツを火傷に注意しながら切り分けていく。
サクッ、サクッ、サクッ。
切り分けるごとに、サクッといい音が奏でられる。
「よし、いい感じに揚がってるな」
中はミディアムレアのベストな状態だ。
「フフフ、これも味見を……」
切り分けたキマイラカツにおろし金でおろしたワサビをちょいとつけて、生搾醤油をちょんとつけてパクリ。
「これもまたうまぁぁぁい」
パン粉のついた表面はカリッと香ばしく、中の肉は柔らかくジューシー。
サクッ、ジュワーな食感とあふれ出る肉の旨味がワサビ醤油と抜群に合うな。
「これはたまらん」
ついつい二切れ三切れと食ってしまった。
「って、ワサビ醤油ばっかり食ってちゃダメだな。藻塩も試してみないと」
次は藻塩をちょいとつけて食ってみた。
「おお~、これもなかなか」
藻塩の方も、まろやかな塩味が肉の味を引き立ててこれもまた美味。
ついついこれも一切れ追加で食ってしまった。
「いかんいかん。美味いからついつい手を出しちゃったぜ。それにしても、これはドラゴンにも匹敵する美味さなんじゃないのか?」
キマイラの美味さに誰へともなく独り言ちる。
キマイラはドラゴンほど大きくないから肉も少ない。
今回使うと、せいぜいあと2食分あるかどうかってところかな。
そのドラゴンだって地竜の肉はもうほとんどないし……。
使いどころを考えながら使わないとな。
美味い肉は無くなるのも早い。
まぁ、この世界には美味い肉は他にもまだまだありそうだし、これからも手に入るのを期待したいところだね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『戻ったぞ』
「お、お帰り」
フェルとドラちゃんとスイが狩りから戻ってきた。
『腹減ったぁ~』
『スイもお腹減った~』
「飯は用意してあるぞ。それより、今日はどうだった?」
『それがなぁ、なぁ、フェル』
『うむ。今日は運が悪かった』
『今日はあんまりビュッビュッってできなかったのー』
フェルが持っていたマジックバッグの中身を確認してみる。
レッドボア×3、コカトリス×4と……。
「これは随分とデカいが、ヤギか?」
普通のヤギよりも二回りくらいデカい黒いヤギが出てきた。
カーブした太い角に筋肉質な体つきをしている。
『それはブラックゴートという魔物だ。肉は少しクセがあって我はあまり好きではないのだがな。見かけたから狩ってきたのだ』
鑑定してみると、Bランクの魔物で、食肉可だがクセのある肉質と書いてあった。
フェルの言うとおりクセがあるみたいだ。
そういやヤギって食ったことはないけど、クセがある味だっていうのは聞いたことがあるな。
これはそのまま買取に出してもいいかもしれないな。
『今日はそんだけだ』
ドラちゃんが残念そうにそう言った。
「まぁ、そういう日もあるよ。これだけあれば立派なもんさ。それにレッドボアとコカトリスなら、いざとなれば俺でも解体できる魔物だからあって損はないし」
『そうは言うがよぉ』
『スイ、もっとビュッビュッってして倒したかったなぁ』
『仕方ない。今日は我が察知できる大きな獲物の気配が近くになかったのだからな』
「まぁまぁ、次があるさ。それよりみんな腹減ってんだろ? 飯にしようぜ」
『うむ。肉の方は……』
「もちろんご所望通りキマイラの肉だ」
みんなの前にまずはステーキを盛った皿を出した。
「肉が抜群に美味いから、シンプルに塩胡椒のみの味付けにしてみたぞ」
フェルとドラちゃんとスイが早速肉にかぶりつく。
『うむ。うまいっ』
『キマイラは初めて食ったけど、美味い肉じゃねぇか!』
『おいしー!』
「あの見てくれなのに、美味いよなぁキマイラって」
みんなキマイラ肉の美味さに夢中でバクバク食っている。
味見でけっこう食ったはずの俺もついつい手が出てしまう。
「塩胡椒が美味いけど、ステーキ醤油もいけるだろう。かける?」
ステーキ醤油好きのフェルに聞いてみると、当然だという風に『うむ』と頷いた。
フェルが1番好きなにんにく風味のステーキ醤油をかけて出してやる。
『美味いぞ。塩胡椒も悪くはないが、我はやはりこれだな。この風味が肉の旨味をさらに引き立てるのだ』
そう言って満足そうにバクバク食っていく。
『あ、俺にもそれかけたのくれよ』
『スイもー』
フェルが美味そうに食っているのに当てられたのか、ドラちゃんもスイもステーキ醤油をご所望だ。
ドラちゃんとスイにも出してやると『これも美味いな』『これもおいしーね』と実に美味そうに食っている。
みんなに釣られて俺もステーキ醤油をかけてみる。
にんにく風味が食を進めるというか、パクパクイケちゃう。
「おう、もうない。にんにく風味ヤバいな」
食いすぎ注意だ。
と言っても、もう1品あるんだけど。
「もう1品作ったんだ。キマイラの肉を油で揚げてみた。これはワサビ醤油か藻塩でな。で、このワサビっていうのがちょっと辛いんだけど、スイはない方がいいか?」
『うーん、辛いのは苦手だけど、ちょっと食べてみるー』
みんなにワサビを溶いた醤油をかけたものと藻塩をかけたものを出してやる。
スイのワサビ醤油の分はお試しということで、カツを半分にしたものを出してやった。
『これは美味いな。特にこちらの方が美味い』
フェルは断然ワサビ醤油が気に入ったみたいだ。
藻塩も悪くないが、ワサビ醤油のツーンとした辛さが肉と合っているとのこと。
『俺はこっちの藻塩ってヤツの方が気に入ったぞ』
ドラちゃんは藻塩を振った方が好みみたいだ。
ワサビ醤油もツーンとした辛みが肉の旨味を引き立ててくれて悪くはないけど、藻塩の方が肉の旨味をガツンと感じさせてくれるからこっちの方がいいらしい。
「スイはどうだ?」
『うーん、このツーンと辛いヤツはおいしくなぁい。こっちのお塩のはおいしいよー』
子供舌のスイにはやっぱりワサビは早かったようだ。
藻塩は美味しいって言ってるけど、カツなら子供舌のスイがもっと喜びそうな味があるな。
「スイが好きそうな味があるから、これ食ってちょっと待っててな」
スイに藻塩のかかったキマイラカツを出して、早速作り始める。
ネットスーパーでデミグラスソース缶を購入したら、それをフライパンで温めてそこにケチャップとソース、それから砂糖少々とバターを入れて味を確認。
「うん、いい感じ」
キマイラカツに出来上がったデミグラスソースをかけて……。
「はい、スイどうぞ」
『わぁ~、いい匂い』
キマイラカツのデミグラスソース掛けをスイが取り込んでいく。
『おいし~。スイ、この味好きー』
子供舌のスイにはデミグラスソースがバッチリ合ったみたいだ。
デミグラスソース掛けがよほど気に入ったのかモリモリ食っている。
『ぬ、それは何だ? 美味そうだな。我にも食わせろ』
『俺も食いたい』
目ざとく見ていたフェルとドラちゃんが食いたいと言い出した。
「何だフェルとドラちゃんもか、ちょっと待って」
フェルとドラちゃんにもキマイラカツのデミグラスソース掛けを出してやった。
『む、これはこれで美味いな』
『ああ。なかなか美味い』
フェルもドラちゃんもデミグラスソースを案外気に入ったみたいだ。
『おかわりー』
「もうか。ちょっと待っててな」
『我もおかわりだ。ステーキとこのカツというの両方だぞ』
『俺もおかわり。藻塩かけたのな』
「お前らもか」
俺はみんなのおかわりを用意していった。
こんな感じで俺たちは、周りが薄暗くなるまでキマイラの肉を心ゆくまで堪能した。




