第三百三十話 若いっていいな~
『えへへ~、追いかけっこしてたんだよ!』
俺の腕の中でブルブル震えながら嬉しそうにそう伝えてくるスイ。
追いかけっこって……、スイは遊んでいるつもりだったんだね。
「あー、君たち、このスライムは俺の従魔だからね」
いきり立ってる少年たちにそう伝える。
「は? 従魔? どこにそんな証拠があるんだよ!」
「そうだそうだ!」
「早くそのスライムをよこせ!」
……頭に血が上ってて人の話を聞きゃしないんだから、まったくもう。
『スイ、この少年たちと会った時のこと教えてくれる?』
『んとね、スイが遊んでたらこの人たちが来て、スイのこと蹴ろうとしたの。だからスイ、ヒョイッとよけたの。そしたら、みんなで蹴ろうとしたり剣で切ろうとしたりしたからヒョイヒョイッてぜーんぶよけたんだよ』
ふむふむ。
偶然かち合って、3人の中の1人が普通の雑魚スライムだと思って蹴ろうとしたのか。
だけど避けられて、今度は全員で攻撃。
でも、全部スイは避けたってわけだな。
そりゃヒュージスライムにまで進化して俊敏性も高いスイに君らの攻撃が当たるわけないわなぁ。
『でね、あるじが攻撃しちゃダメーって言ってたから、この人たちをよけて進んだの。そしたら、この人たちが追いかけてきたんだよー。追いかけっこなら、スイ負けないもんね~』
あはは、そうだね、スイちゃん。
なるほど、そういういきさつがあったんだ。
「よこせっていうけどね、うちのスライム、スイっていうんだけど、君たちより強いよ。本気で戦ったら瞬殺だからね」
ビュッビュッて酸弾食らって終わりだから。
ホントだぞ。
「何言ってんだおっさん! 俺たちが雑魚スライムより弱いっていうのか?!」
「そうだぞ、おっさん! 雑魚のスライムが俺たちより強いわけねぇだろ!」
「そうだそうだ! 俺たちが雑魚スライムより弱いなんて、おっさん俺たちにケンカ売ってんのか? ケンカなら買ってやるぞ!」
俺のスイの方が君たちより強いって言葉を聞いて、完全に頭に血が上っているようだ。
本当のことしか言ってないんだけど。
スライム=雑魚ってイメージでいるようだけど、うちのスイに限っては当てはまらないんだけどなぁ。
というか、君たち、おっさん呼ばわりは止めなさい。
俺だってまだ20代なんだから、断じておっさんではない。
…………よな?
まぁ、その話は置いておいて、どうしたもんかと思っていると、3人の少年のうちの1人が「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。
「おい、ちょっと待て。確か、この街にSランクのテイマーが来てるって噂になってなかったか?」
「そういやそんな話聞いたな。でも、そのテイマーは狼系のデカい魔獣を連れてるって話じゃなかったか?」
「ああ。でも、それ以外にも小さいドラゴンとスライムを連れてるって俺は聞いたぞ」
3人がコソコソと話している。
君たち、全部聞こえてるよ。
レベルが上がって身体能力も上がったからなのか、耳もよく聞こえるようになってるんだから。
ちなみにだけど、多分それ俺だと思うぞ。
3人の視線が俺の胸元にいるスイに集まる。
「「「スライム……」」」
うん、スライムだ。
今はここにいないけど、デカい狼と小さいドラゴンもいるぞ。
『あるじ~、ごはんまだぁ?』
この微妙な空気の中でも、どこ吹く風の平常運転のスイだ。
『うーん、まだかな。フェルたちが戻ってきてからみんなで一緒にね』
『はーい。スイ、お腹すいたけど、フェルおじちゃんとドラちゃんが戻るまで待つよー』
はぁ、うちのスイはかわええなぁ。
スイを撫でてほっこりしていると、3人の少年が再びコソコソ話しているのが聞こえてきた。
「た、たしかにスライムはそうかもしんないけど、狼とドラゴンはどうしたんだよ? 連れてないじゃんか」
「そうだよ。それにあのおっさんどう見たってSランク冒険者には見えないしよ」
「確かに。Sランクの強者には見えないな」
おいおい、君たち、ちょっと失礼だぞ。
聞こえてないと思ってるからそんなこと言ってんだろうけど、バッチリ聞こえてるからな。
それと、Sランク冒険者には見えないかもしれないけど、間違いなくSランクだからね。
そろそろ種明かししておくか。
「あー、君たち、俺には他にも従魔がいてな……」
『おい、この小童どもは何なのだ?』
「ああ、フェル、お帰り。ドラちゃんもお帰り」
『おう、戻ってきたぜ~』
フェルとドラちゃんが戻ってきた。
ちょうどいいから3人の少年に説明を続けようとすると……。
「あれ、3人とも固まってら」
目と口を限界まで開けて微動だにしない。
瞬きもしてないようなんだけど、大丈夫か?
「おーい」
3人それぞれ目の前で手を振ると、ようやく目をパチパチ瞬かせた。
「デカい狼……」
「小さいドラゴン……」
「スライム……」
「「「Sランク冒険者?」」」
俺を見ながら3人が同時にそう聞いてきた。
君たち息が合ってるね。
「まぁ、一応」
俺がそう答えると、3人が3人ともどんどん顔色が悪くなっていく。
そして……。
「「「す、すんませんでしたっ!」」」
そう言うなり深々と頭を下げた。
「生意気言ってすんません!」
「冒険者になったばっかで意気がってました!」
「失礼なことばっか言ってすんません!」
「「「すんませんでした!」」」
あら~、すっかりしおらしくなっちゃって。
まぁでも、おっさん呼ばわりはあれだけど、直接なんかされたわけでもないしね。
スイも遊んでもらって(?)楽しかったようだし。
「まぁ、直接手を出されたわけでもないから大丈夫だよ。でも、次からは気を付けた方がいいぞ。俺みたいな冒険者ばっかりじゃないだろうからな」
俺がそう言うと、3人の少年はホッと息を吐いた。
『おい、そんな小童どうでもいい。腹が減ったぞ』
『俺もだ』
『スイもお腹減ったよ~』
「あー、ごめんごめん。もう出来てはいるよ。ちょっと待ってな」
アイテムボックスに入れていたドラゴンステーキサンドとオークジェネラルのゆで豚サンドをみんなに出してやった。
『うむ。久々のドラゴンの肉だな』
『待ってました!』
『おいしそ~』
フェルとドラちゃんとスイが、楽しみにしていたドラゴンステーキサンドにかぶりついた。
やっぱそっちからか。
ゆで豚サンドも美味いからそっちもちゃんと食えよな。
さてさて、何を獲ってきたのかな?
フェルに渡していたマジックバッグの中を確認した。
出てきたのは……。
「スッゲー! コカトリスが5羽もいる!」
「コカトリスの卵もあるぜ! あれってなかなか採れないんだろ?」
「ああ。卵を産んだあとのコカトリスは気性が荒くなるって言うからな」
俺がマジックバッグの中身を出して確認していると、ちゃっかり3人の少年もそれを見ていた。
あれ、君たちまだいたの。
次に出てきたのは茶色い大きくて立派な角を持った巨体だ。
「ジャ、ジャイアントディアーだ!」
「Bランクの魔物だぜっ」
「スゲェ~」
最後は細長い黒い巨体が出てきた。
「……ブ、ブラックサーペントだ。図鑑で見たから間違いない」
「ブラックサーペントって言ったら、Aランクじゃないか……」
「これがブラックサーペント。俺、初めて見た……」
3人ともブラックサーペントに目が釘付けだ。
これ、美味いからフェルがけっこう獲ってくるし、うちでは普通に食ってるよって言ったら驚くんだろうなぁ。
「触ってみる?」
初めて見るAランクの魔物をキラキラした眼差しで見つめる少年たちにそう提案してみると……。
「「「いいんですかっ?!」」」
「あ、ああ」
なんかすごい勢いでこっち見たよ。
まぁ、冒険者になりたてみたいだし、Aランクの魔物に触れる機会なんてそうそうないか。
少年たちが恐る恐るブラックサーペントに触っている。
「おお~、ツルツルした鱗なんだな」
「俺知ってる。これで作った革製品ってめちゃめちゃ高いんだぞ」
「これ1匹で、どれくらいの報酬になるのかな?」
3人の少年が顔を見合わせる。
「いつか俺らもブラックサーペントを狩れるようになりたいな」
「ああ。ランク上げて、いっぱい稼げるようになりたい」
「高ランク冒険者目指してがんばろうぜ!」
盛り上がってるところ悪いんだけど、君たち依頼の途中だったんじゃないの?
高ランク目指すなら依頼は達成しないとな。
「君たち依頼は大丈夫なのか?」
「そうだ、依頼!」
「ホーンラビットだ」
「あと2匹狩らないといけないんだった!」
俺に依頼のことを言われて思い出したようだ。
「いいもの見せてもらって、ありがとうございました!」
「「ありがとうございましたっ」」
そう言って3人が去ろうとしたのを止めた。
「ちょっと待ってね……」
ドラゴンステーキサンドは君たちにはまだちょっと早いだろうから、こっちだな。
「はい。これでも食ってがんばんな」
俺は3人にゆで豚サンドを差し出した。
「いいんですか?」
「若者が遠慮すんな。食え食え」
「「「ゴチんなります!」」」
3人がゆで豚サンドを手に去っていった。
すぐさまかぶりついたのか「ウメェ!」という声が聞こえてくる。
「Sランクってこんな美味いもん食ってんだな!」
「絶対に高ランク冒険者になるぞ!」
「ああ。高ランク冒険者になって稼ぎまくって毎日美味いもん食うぞ!」
「「「おうっ!」」」
若いっていいね~。
『おい、おかわりだ。ドラゴンの方をたっぷりだぞ』
フェルがドラゴンステーキサンドの追加をご所望だ。
『俺もドラゴン追加だ!』
『スイもー』
ドラちゃんとスイもだ。
ドラゴンステーキサンド、美味いもんなぁ。
みんなに追加で出してやった。
でも俺はあえてゆで豚サンドを。
そしてネットスーパーで、これを……。
プシュッ、ゴクゴクゴク。
「あ~、うまぁ」
そして、ゆで豚サンドを一口。
またビールをゴクリ。
「やっぱり合うわぁ。このゆで豚サンド、このビールに合いそうだと思ったんだよね~」
K社の昔から親しまれている苦みが利いたキレのある口当たりのビール。
それと辛みと酸味の利いたソースのかかったゆで豚サンドが絶妙に合う。
真昼間からビールってのもアレだけど、我慢できないわこんなの。
ピクニック日和の青空の下、爽やかな風そよぐ草原で美味い食事にビール。
「最高だね」
俺たちは青空の下での食事を存分に楽しんだ。
フェルたちにはドラゴンステーキサンドの方が人気だったけど、ゆで豚サンドも作った分はちゃんと食ってくれたぞ。
そして、たらふく食って腹いっぱいになるとポカポカ陽気も相まって眠気が……。
それはフェルたちも同じだったようで、横になって眠るフェルに寄りかかってドラちゃんとスイも昼寝していた。
「ヤバいくらいの眠気が……。フェルもいるし、ちょっとだけ」
そう思いつつ、フェルを枕に俺も眠った。
………………
…………
……
「ん……」
真っ先に感じたのは草の匂い。
目を開けるとボンヤリと辺りの風景が目に入った。
「はっ、草原に来てたんだった!」
薄暗くなった草原には人っ子一人いなくなっていた。
「フェルっ、起きろっ!」
フェルをペシペシ叩いて急いで起こした。
『ぬう、何だ?』
「ドラちゃんもスイも起きろ」
ドラちゃんとスイも起こしにかかる。
「早く帰らないと街の門が閉まっちゃうぞ!」
『む、もうそんな時間か』
『ふぁ~、良く寝た』
『zzz』
あまりにも気持ちよかったもんだから、みんなして寝すぎてしまった。
「早く早く!」
まだ起きないスイは革鞄に入れて、フェルに飛び乗った。
『よし、飛ばすぞ』
『おうっ』
その言葉どおりフェルはすごい速さで街まで駆け抜けていった。
俺は振り落とされないように必死にしがみついてたけど。
そのおかげでなんとか間に合った。
せっかく家を買ったのに野宿なんてハメにならなくて良かったよ。




