第三百二十八話 貴族怖い、貴族怖いよ。
『とんでもスキルで異世界放浪メシ 2 羽根つき餃子×幻の竜』の重版が決まりました!
お買い上げいただいた皆様、本当にありがとうございます!
そして、何と1巻も同時に重版が決まりました!
これも読んでいただいている皆様のおかげです。
これからも『とんでもスキルで異世界放浪メシ』よろしくお願いします!
いよいよラングリッジ伯爵様がやってくる。
今日は朝早くから冒険者ギルドに詰めていた。
「今日は伯爵様がいらっしゃる。しかしだ、視察ということでいらっしゃるわけだから、みな普段通りにするようにな」
ギルドマスターが職員や冒険者たちにそう声をかけていた。
そうこうしているうちに、伯爵様ご一行が到着。
さすがに伯爵様が冒険者ギルドに入ってきたときは、一瞬シーンとなったものの伯爵様の「今日は視察である。通常通りにするように」とのお声掛けをいただいてぎこちなくも通常通りに戻っていった。
その伯爵様だが、40代半ばのなかなかの偉丈夫。
顔の方も渋いイケメンで5代目007の俳優に似ている。
ここまでなら誰もが羨むめちゃめちゃカッコいい中年なのだ。
だけど視線を移して、頭に目がいくと…………。
見事に禿ていた。
髪色が茶色いだけで、某お笑い芸人の斎〇さんの髪型にそっくり。
素がめちゃくちゃいいだけに残念感がハンパない。
これはギルドマスターの変わりようを目の当りにしたら、そらすぐにでもって気持ちにもなるわ。
申し訳ないけど、伯爵様を見てなんか納得してしまったよ。
それから、一応は視察名目で来ていることもあって、伯爵様はギルドマスターに案内されて冒険者ギルド内を一通り見て回っていた。
それが終わったところで2階のギルドマスターの部屋へ。
もちろん俺もフェルたちを連れて中へと入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ラングリッジ伯爵、彼がSランク冒険者のムコーダです」
ギルドマスターの紹介を受けて、俺も挨拶をする。
「ラングリッジ伯爵様、お会いできて光栄です。ムコーダと申します」
「うむ。噂はかねがね聞いているぞ。して、そっちにいるのがフェンリルか」
フェルとドラちゃんとスイは伯爵様がいてもどこ吹く風で、俺たちが座っているイスの裏で固まって寝っ転がっていた。
「おいっ、伯爵様に対して失礼ではないかっ。早く起こせっ」
フェルたちを見て、伯爵様の従者が失礼だといきり立った。
『黙れ人間。人間風情がフェンリルの我に命令するのか? お主こそ何様のつもりだ?』
フェルが威嚇しながら低い声でそう言った。
はいはい、歯をむき出しにしない。
って、フェルこそ何様のつもりだよ。
「ひっ……」
あぁ~、従者さん青くなってブルブル震えて今にも倒れそうになってるじゃないか。
「フェル、落ちついて」
『フンッ、人間風情がフェンリルたる我に命令するとは付け上がっているからだ。今、我が言うことを聞いてやってもいいと思っているのは此奴だけだぞ。それ以外の人間に指図されるのは業腹だ。あまり付け上がって無礼なことをするようなら、この街ごと、いや国ごと亡ぼしてくれるわ』
…………。
フェルさんや、ちょっと黙ろうか。
そして、そういう怖いこと言わないでくれるかな?
街とか国を亡ぼすとかさ。
シーンとなっちゃったじゃないか。
従者さんなんて気絶して倒れちゃってるじゃんか。
伯爵様もお付の騎士さんもギルドマスターも、みんな顔色悪くなってるし。
この場、どうしてくれよう。
「えーと、あの、一応フェンリルなので、言葉には気を付けていただけますと……。もちろん私も全力で止めますが、頭に血が上ってついついということがないとも言えないので。本当に申し訳ないのですが……」
フェルに限ってそんなことはないと思うけどさ。
でも、実際に街も国も消し飛ばす力があるからねぇ。
「う、うむ、分かったぞ。皆も分かったな」
伯爵様がそう言うと、みんな一様に頷いた。
倒れた従者さんは、いつの間にか連れ出されていなくなっていた。
「ムコーダもそんなに畏まらなくてよい。王宮からの通達の通り、お前たち一行については我が国内では自由に過ごしてもらうのが基本。そして、こちらから無理強いするようなことは絶対にせん。フェンリルが我が国にいることが国益となるからな」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、安心してこの国にいることができます」
「そして、その滞在拠点が我が領となれば、こちらとしてもありがたい」
そう言って伯爵様がニヤリと笑った。
伯爵様の話しぶりからすると、フェルがこの国にいるってことが大事なんだろうけど、その拠点がここと決まれば政争でも有利に働くっていうことなんだろう。
ま、俺たちに直接手出しさえしなけりゃ政争の道具でも何でもしてもらっていいんだけどね。
「して、話は変わるが、例の物は……」
あ、そうだった。
伯爵様への贈り物だよ。
「こちらをご用意させていただきました。是非ともお受け取りください」
俺はアイテムボックスから昨日用意したものを取り出した。
ダンジョン産の宝箱に詰めた贈り物セットだ。
何に入れたら見栄えがいいかといろいろ考えた結果、これがいいかなと思ってね。
使ったのはドランのダンジョンで出たミミックの宝箱(大)だ。
これなら宝飾もそれなりにあって見栄えもいい。
「中は石鹸、シャンプー、トリートメント、ヘアパックをご用意させていただきました」
あまり少なくてもショボいかなと思い、ぎっしり詰めてやった。
「ランベルト商会で売っているものだな。妻と娘たちが愛用している。ありがたく受け取ろう」
伯爵様の奥様とお嬢さん方にも使っていただいているようだ。
ランベルトさんのところとは懇意にしているみたいだし、当然と言えば当然か。
「そしてこれが……」
伯爵様の前に小さな宝箱を出した。
これもドランのダンジョンで出た宝箱だ。
特別感を出すために、伯爵様が喉から手が出るほど欲しいだろう【神薬 毛髪パワー】を入れてある。
もちろん、共に使うことで効果を発揮するシャンプーも一緒だ。
それぞれ2本ずつ進呈することにした。
「おおっ、これが例の物かっ」
宝箱を開けて、【神薬 毛髪パワー】の入った瓶を手にしてしげしげと見つめる伯爵様。
「これを使えば、ヴィレムのようになるのだな?」
真剣な目をした伯爵様がそう聞いてきた。
伯爵様、目がマジだよ。
「ギルドマスターの話ですと、多少個人差はあるようですが、間違いなく生えます」
俺はそう言って力強く頷いてみせた。
何せスイ特製エリクサー入りの神薬だからね。
鑑定でも“育毛・発毛に抜群の効果をもたらす。薄毛・抜け毛の特効薬”ってなってたし。
効果もギルドマスターの変わりようを見れば一目瞭然だ。
「うむ。今日から使ってみるぞ」
それから伯爵様に使い方を伝授した。
「もう少しすれば社交界シーズンに入る。その前にこれを手に入れることができた私は運が良かったな」
そう言って伯爵様がニヤリと笑った。
貴族も見た目が勝負みたいなところがありそうだもんね。
イケメンだけど、今は残念感がハンパない伯爵様も、素がいいから【神薬 毛髪パワー】を使ったら渋いイケメン親父になるんだろうなぁ。
渋いイケメン親父って、大人の魅力ムンムンで何だかめちゃくちゃモテそうなんだけど。
あれ、【神薬 毛髪パワー】渡さないほうが良かったか?
なんて心の中で思っていると、伯爵様からお声が。
「ところでだ、ヴィレムから多少は聞いているが、良からぬところからちょっかいを受けているということだな?」
伯爵様にはギルドマスターから話はある程度通っているようだ。
「はい。石鹸やらシャンプーやらの件で、そのようです。まだ直接手は出されたわけではないのですが……」
「安心するが良い。ムコーダたちには一切手出しせぬよう取り計らう。この際、王宮とも連携して潰してしまった方が良いだろう。彼奴らの悪評は予てから目に余る物があるからな、喜んで手を貸してくれることだろう」
何だかにこやかにサラッと怖いことを言われた気がするんだが……。
これ、クルベツ男爵もスタース商会も潰すってことだよね?
貴族怖い、貴族怖いよ。
「そうだ、これは定期的に手に入るんだろうな?」
伯爵様が【神薬 毛髪パワー】の入った宝箱(小)を大事そうに持ちながらそう聞いてきた。
エェェ、さっき潰すとか言ってたのに、今度はそっちの話?
伯爵様、サラッと流しすぎだよ。
「は、はい。売りに出すときは、ランベルト商会にお願いしようと思っております」
「ふむ、これほどのものは売りに出すとしても万人にというわけにもいくまい。ランベルトとよく相談するようにな」
漠然と売るならランベルトさんのところからとしか考えてなかったけど、伯爵様の言うとおりかも。
ちょびっととは言えエリクサー入りだから、値段も高めの設定にせざるをえないし。
「分かっているとは思うが、私には優先的に頼むぞ」
「はい、それはもちろんです」
伯爵様、その辺は分かってますって。
それから伯爵様は席を立ったんだけど、冒険者ギルドを出るときに一芝居打ってくれたよ。
もちろん俺もギルドマスターもお見送りしたんだけど、そのときにこれ見よがしに……。
「Sランク冒険者が我が領を拠点としてくれるのは大変喜ばしいことだ。ムコーダ、どんな小さなことでもいい、何か困ったことがあった場合は、私に言うといい。迅速に対処するゆえな」
にこやかな顔で伯爵様はそう言いながら俺の肩をポンポンと叩いた。
「はい、何かあれば頼らせていただきます」
俺も伯爵様に対して、笑顔でそう答えた。
これを見たギャラリーは、きっと俺と伯爵様が懇意だと思うだろうな。
そして、ラングリッジ伯爵様は馬車に乗って帰っていった。
伯爵様の馬車が見えなくなるまでお見送りしたあとに、ギルドマスターに聞いてみた。
「ギルドマスター」
「何だ?」
「さっき伯爵様が言ってた潰すって話、本気なんですかね?」
「あそこまで口に出すってこたぁ本気だろ」
「……クルベツ男爵とスタース商会、両方ってことですよね?」
「だろうな。王宮と連携してって言ってたからな、どっちももう逃げらんねぇよ。特にクルベツ男爵は今までは貴族ということもあって見逃されてきた部分もあったろうが、今度はそうもいかねぇだろう。お国が本気で調べるってことは、逃す気はねぇってことさ。男爵家は取り潰し、スタース商会は会頭以下主要な役職の者は犯罪奴隷として鉱山送りになるんじゃねぇかな」
うぇぇ…………。
俺がドン引きしていると、ギルドマスターは「あいつ等はやり過ぎたんだよ。自業自得ってもんだ」とこともなげに言った。
いや、いろいろ悪いことやってるとは聞いてるから、自業自得なんだろうけどさ。
お家取り潰しに犯罪奴隷って、ねぇ。
「フェンリル込みのお前たちとクルベツ男爵とスタース商会を比べたら、どっちが国益に繋がるかなんて分かりきったことだろうが」
えー、俺たちのせいなの?
別に俺ら何にもしてないからね。
「まぁ、気にすんなって。どっちにしろクルベツ男爵とスタース商会も終わりだ。お前が何かされることもないだろうよ。ってことで、安心してこの街を拠点に活躍してくれよ。期待してるからな!」
期待してるからなって、ハァ。
まぁ、心配事がなくなったのは嬉しいけどさ。
家に居座る理由もなくなっちゃったってことじゃないか。
「フェルたちがダンジョンって騒ぎそう……」
俺はフェルたちがいる2階を見上げて独りごちた。
ちなみにフェルたちは、伯爵様の見送りに出てきた俺たちをよそにギルドマスターの部屋で昼寝の真っ最中。
どこまでもゴーイングマイウェイな奴らだよ。