第三百二十七話 お客さん
ここ数日間は特にやることもないから、家でのんびり過ごしていた。
フェルたちは狩りって騒いでいたけどね。
「ギルドマスターがラングリッジ伯爵様に会いに行ったみたいだからさ、帰ってきたときに結果を聞かなきゃいけないの。いつ帰ってくるかわからないから遠出はできないよ」
結果待ちを理由に家に居座り続けた。
家でゆっくりのんびり過ごすのはいいもんだよ。
フェルはムスっとしてたけどね。
そして『このあとは絶対にダンジョンに行くからな』と不穏な言葉を残したけれど、聞かなかったことにした。
この日も、リビングでゆっくりコーヒーを飲んでいると……。
「ムコーダのお兄ちゃん、お客さんだよー」
ロッテちゃんがリビングにやって来て、そう知らせてくれた。
「誰かな?」
「うーんとね、ぎるどますたー? って言ってた」
ギルドマスターか。
わざわざ来てくれたんだ。
「それじゃ、ここに案内してくれるかな」
「分かったー」
そう言ってロッテちゃんがリビングから出ていった。
そして少しすると、ロッテちゃんがギルドマスターを連れてリビングに。
「いらっしゃい、ギルドマスター」
「おう、邪魔するぜ」
椅子をすすめると、ギルドマスターがどっかりと腰を下ろした。
「ロッテちゃん、お母さんたちに紅茶を持ってくるように伝えてくれるか」
「うん、分かった」
ここの世界の人にコーヒーはちょっと苦すぎるかと思い紅茶を頼んだ。
来客用の紅茶はネットスーパーで仕入れた缶入りの高級なやつで、俺も飲んでみたけど渋みも少なかったから大丈夫だろう。
「それにしても、ずいぶん豪勢な家を買ったもんだな」
「まぁ、俺もここまでのものをとは思ってなかったんですが、なんか成り行きで……」
「奴隷も買ったとは聞いていたが、ここに来てみたら、門のとこに‟タイガーファング”のタバサがいて驚いちまったぜ。いや、依頼失敗して奴隷落ちしたとは聞いてたけど、お前に買われているとはな」
なんかその言い方だと俺がものすごく非情なことしてる感じが……。
というか、タバサたちのパーティーって‟タイガーファング”って名前だったんだな。
それにギルドマスターに名前を憶えてもらってるってことは、やっぱりそれなりの実力者だってことだろう。
「Bランクの元冒険者の奴隷を買うとは、ずいぶんと奮発したな。スタース商会のことは聞いていたが、さすがにあそこだって現役Sランクの冒険者の家にはそう簡単に手は出さないと思うんだがな」
「俺たちがいればそうなんでしょうが、家を空けているときは分かりませんからね。それに、ここには他にも戦闘のできない奴隷もいますし」
どこにでも馬鹿はいるからねぇ。
まさかと思うことも平気でしでかす輩もいるし。
スタース商会だって足が付かないよう襲ってくる可能性も捨てきれない状態なら、やっぱり警備は必要だよね。
今のところは俺たちというか、フェルという一国の軍隊をも打ち負かす戦力がいてくれるから、それなりに安心していられるけども。
「まぁ、ダンジョンを2つも踏破して稼いでるお前なら、懐も傷まないだろうがな。ガッハッハッ」
「ハハハ、フェルたちのおかげでそれなりには」
とりあえず金で困ることはないくらいには稼がせてもらったよ。
「タバサに話を聞いたら『冒険者時代よりもいい暮らしさせてもらってる』って感謝してたぞ」
「いやまぁ、うちはブラックじゃないですから」
「ん? ブラック?」
「いや、何でもないですこっちのことですから」
そうこうしているちに、アイヤが紅茶を運んできてくれた。
俺の分もあるようで、ちょうどコーヒーが冷めてきたところだったのでありがたくいただいた。
「どうぞ」
アイヤの淹れてくれた紅茶をすすめると、「いただく」と言ってギルドマスターがゴクリと飲んだ。
「美味い茶だな」
うん、確かに美味い。
紅茶の美味しい淹れ方は知ってたから教えたんだけど、ちゃんと実践しているようだ。
「まぁ察してるとは思うが、ラングリッジ伯爵と会ってきたんだがな……」
ギルドマスターが伯爵に会いに行ったときのことを話してくれた。
伯爵様は、ギルドマスターを見るなり目を剥いたそう。
そして、一も二もなく「どうしたんだっ?! 何をしたんだっ?!」って聞いてきたそうだよ。
そりゃあそうだよなぁ。
いきなりフッサフサになって髪色も若いころに戻ってるんだもん。
髪のことを気にしてた人ならなおさらだよ。
「まぁ、それでお前からもらったシャンプーと育毛剤のことを話したわけだが、それはそれはすごい食いつきだったぞ」
いろいろと詳しく聞かれたらしい。
すぐに効くのか?とかその髪色もその育毛剤のおかげか?とかさ。
「儂の場合は3日間朝晩つけてこの状態になったと言ったら、すぐにそのシャンプーと育毛剤をよこせと言ってきたわ。ガハハハッ」
「そういや、ギルドマスターはあれから毎日育毛剤つけてるんですか?」
「いや、あれは効き目がすごいからな。毎日つけると、髪が伸び過ぎて毎日散髪しなきゃならなくなる」
おう、効き目ありすぎ。
確かに毎日散髪は面倒くさいな。
「だから儂はな、抜け毛が気になり始める3日目くらいにシャンプーをしてしっかり育毛剤をつけるようにしてるぞ。それで今の状態を維持している」
3日以上開けても薄毛が気になるほどではないけど、根元が白くなってくるそうだ。
今の元気な髪と色を維持するにはギルドマスターの場合は、3日ごとにつけるのが最適だとのこと。
ギルドマスターの話を聞いていると、個人差があるようだな。
「っと、儂のことは置いておいて、伯爵様のことだ。それでなぁ、伯爵様、この街に来ることになった」
「……は?」
「いや、それがなぁ……」
ギルドマスターの話によると、シャンプーと育毛剤の効果を目の当たりにした伯爵様は、ギルドマスターが帰るときに一緒にこの街に向かおうとしたそうだ。
でも、さすがにそれは家臣たちに止められてなんとかその場は収まったけど、この街に近々に来るってことは伯爵様の中では決定事項になっていた。
それで、冒険者ギルドを視察するって名目で伯爵様がこの街を訪れることがその場で決まったらしい。
「Sランク冒険者が拠点にした冒険者ギルドを視察ってことらしいぜ。そういう名目にしておいた方が、お前とも話しやすいしな」
おぅい、伯爵様自ら来ちゃうのかよ。
こっちからお伺いするもんだとばっかり思ってたのに。
「でだ、その伯爵様は明後日にはこの街に着くだろう」
「え? それはまた早いですね」
「そう言ってくれるな。この効果を見たら、そりゃ気持ちも逸るってもんよ。ということでだ、明後日は朝早めに冒険者ギルドに来てくれよ」
「はい、分かりました」
俺は、話を終えたギルドマスターを見送った。
明後日か。
伯爵様に贈るものは決まっているけど、まだ用意はしてなかったな。
ただ瓶に詰め替えただけで渡すわけにもいかないし、明日はちょっとその辺考えながら用意しないとな。