第三百二十四話 テレーザのリクエスト
フェニックスの面々と再会した翌日は、家でゆっくりした。
そして今日は、テレーザのリクエストで使用人用の家の傍に石窯を作ることになった。
遠慮がちに「できれば……」とテレーザにお願いされたのだ。
何でも、テレーザはパン作りが得意で、家にいたときにも度々パンを焼いていたそうだ。
俺も石窯には興味があるし、テレーザが作る焼きたてのパンも食ってみたいから大賛成。
そして石窯を作ることになったわけだが……。
テレーザの話ではアルバン家にあった石窯は、先代から引き継いだものとの話。
アルバンにも話を聞いてみたが作り方はわからないとのことだった。
業者に頼むのもありだけど、俺の土魔法でなんとかなりそうな気がした。
そんなわけで、自分で石窯作りに挑戦したわけだが……。
アルバンとテレーザからいろいろと話を聞きながら、試行錯誤した。
下の薪なんかを保存する台座の部分は割と簡単に形作れるんだけど、上のドーム状になっているパンなどを焼く窯の部分がなかなかに難しい。
作っては壊し、作っては壊し。
「うーん、上手くいかないなぁ。ドーム状になるイメージはしているつもりなんだけど……」
どうしても上の窯が歪んでしまって上手い具合にきれいなドーム状にならない。
魔力も大分使ったし、もうそろそろ飯ってみんな騒ぎ出す頃合いだ。
昼飯がてら休憩して、それからまた作業することにしよう。
庭で思い思いに寝っころがったり遊んだりしていたフェルとドラちゃんとスイに声をかける。
「おーい、そろそろ飯にしようぜ」
飯と聞いてみんなが駆け寄ってくる。
母屋のリビングで昼飯だ。
今日のメニューは作り置きしておいたワイバーンの肉で作った牛丼温玉載せ。
みんな美味そうにガツガツ食っている。
何度かおかわりして、ようやくフェルとスイも腹いっぱいになったようだ。
ドラちゃんは既に腹いっぱいで、腹を上に向けて絨毯の上で寝っころがっている。
腹を上に向けて仰向けに寝るドラゴンって、シュールだなぁ……。
って、そんなことよりも、石窯だよ石窯。
あのドーム状の丸みがどうも上手くいかないんだよな。
丸み丸み丸み…………、ん?
俺の目に映ったのは丸みのあるプルンとした体のスイだ。
んんん?
もしかしたら、スイに協力してもらったら上手くいきそうじゃね?
「なぁ、スイ。今作ってるものがあるんだけど、ちょっと協力してくれないかな?」
『んー、いいよー』
スイを連れて石窯を作る場所に移動すると、何故かフェルとドラちゃんも付いてきた。
まぁ、暇なんだろうな。
とりあえず土魔法で下の台座の部分、そして問題の上のドーム状の窯だな。
『朝からお主は何を作っているのだ?』
『ほんとだぜ。土魔法で何か作っちゃ壊しって繰り返してたよな。何やってんだか』
「別に遊んでるわけじゃないんだぞ。今作ってるのは石窯だよ石窯。パンを焼いたり、他にもいろいろ料理に使えるんだから」
『ほぅ、それを使うと美味いものができるのか?』
「上手く石窯が作れたらね」
フェルとドラちゃんの質問に答えながらも、石窯を作っていく。
土台の部分は問題なく作れた。
上のドーム状の釜はこのあとのことを考えて、少し大きめに大雑把に作っていった。
「よしと、こんなもんでいいかな。スイ、ちょっとこの中に入って、このくらいの大きさに中の空洞を整えてくれるかな。石を突き破らないように気をつけてね」
『分かった。やってみるねー』
台座に合わせてこれくらいの大きさと指し示すと、俺が大まかに作った空洞の中にスイが入っていく。
そして、スイが中で大きくなって、石の表面を酸で整えていった。
『あるじー、こんな感じでいいかなぁ~?』
小さくなったスイが空洞の中から出てきた。
どれどれ。
中を覗くと、ガランとしたドーム状で石の表面も滑らかに整えられていた。
「うんうん、いい感じ。バッチリだよ!」
『えへへ』
スイを撫でてやると嬉しそうにプルプル震えた。
「スイ、もう1つお願いしたいんだけど、ここの外側の部分もこう丸く整えてもらえるかな」
手で半円を描きながらこんな感じでとスイにお願いした。
『分かった~』
スイが少し歪な半円状のドームの外側に張り付いて、表面を滑らかにしながらどんどんと形を整えていった。
『こんな感じでいーい?』
おおっ、すごい。
俺1人であんなに手間取ってたことがこんなすぐに出来ちゃうなんて。
「ああ、大丈夫だぞ。それにしてもスイはすごいな~。何でも出来ちゃうんだから」
『うふふ~。スイ、すごいー?』
「うん、すごいすごい」
スイを褒めてやると嬉しそうにポンポン飛び跳ねた。
それにしても、スイはホントに万能だね。
優秀で頼りになるよ。
『よし、出来たのだな? 早速美味いものを作るのだ』
いやいや、フェルさん『作るのだ』じゃないからね。
まずは依頼主のテレーザに見てもらわなくちゃ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「テレーザ」
母屋の地下で、石鹸やらシャンプーの詰め替え作業をしていたテレーザに声を掛けた。
この家には地下に物置のような部屋があって、その部屋で石鹸やらシャンプーやらの詰め替え作業と保管をしてもらっていた。
「ムコーダさん、どうしたんですか?」
「頼まれてた石窯が出来たから見てもらいたくってさ」
「え? もうですか?」
それから、ある程度作業が一段落したという、家の中のことをお願いしている女性陣を連れて出来上がった石窯のところまで戻る。
「こんな感じだけど、どうかな?」
そう聞くと、石窯を見たテレーザが目を見開いて固まっていた。
「あれ? ダメだった?」
「いえいえいえ、ダメなわけないですよ! こんな上等なものを作っていただいて、びっくりしていたんです。本当にこれを使ってもいいんですか?」
「もちろんだよ。テレーザの希望で作ったんだから。あ、でも、俺もたまに使わせてもらうかも」
「これはムコーダさんのものですから、いつでも使ってください。私は、空いたときに使わせていただくだけで十分ですっ」
「ハハハ、それじゃあ早速パンを作ってもらおうかな。焼きたてのパン食ってみたいし」
「ええと、それがすぐというわけには……」
テレーザの話だと、パンの素を作らないとダメなのだそうだ。
パンの素って何ぞや?と思ったらどうやら酵母菌のことみたいだった。
「ドライフルーツを水に浸けておくと、何日間かすると、泡が出てくるんです。それがパンの素で、それを小麦粉に混ぜてパンを作るんですよ」
テレーザはパンの素についてそう言っていたからな。
そう言えば、天然酵母の作り方としてレーズンを水に浸けてっていうの聞いたことあるわ。
テレーザの話では、パンの素を今日仕込んで、パンに混ぜて使えるようになるには3、4日かかるとのこと。
残念。
「テレーザ、パン焼いたときには俺にも食わせてくれよ」
「もちろんですとも。私の自慢のパンをたらふく食べてください」
笑顔を見せながらテレーザがそう言った。
ロッテちゃんも「お母さんのパンが食べられるんだぁ」と喜んでいる。
焼き立てのパン、実に楽しみだな。
とは言っても、せっかく作った石窯なのに、使わないのはちょっとね……。
一度使って具合を確かめておきたいし。
石窯か石窯…………、あっ、石窯と言えばあれがあるじゃん。
「よしっ、今日は俺がこの石窯を使って夕飯を作るよ。とりあえず用意してくるから、テレーザたちは石窯を温めておいてもらえるかな?」
薪になる木は、庭の手入れをしている男性陣が刈った枝がけっこうあるので大丈夫だろう。
俺は早速母屋で準備だ。
いやぁ、石窯でなんて本格的だな。
めっちゃ楽しみ。