第三百六話 【悲報】ムコーダの夢がことごとく潰えた件
「というわけで、備えは万全にしておいた方がと思いまして。ムコーダさんたちがいれば、何の問題もないのでしょうが、ムコーダさんは冒険者ですから、家を空けることも多々あることでしょうし……」
ランベルトさんから聞いた話は、ちょっと厄介な話だった。
石鹸やらシャンプーやらの評判を聞きつけて、ランベルトさんの店の周辺を嗅ぎまわっているものがいるそうなのだ。
相手の見当はついているものの、明らかに違法なことをしたわけではないので、騎士団に突き出すこともできずにランベルトさんも処置に困っているそうだ。
その相手というのが、他の領ではあるがあまり評判の良くない商会らしいのだ。
その商会は、あくどいことも平気でやって一代で成り上がってきた商会で、商人ギルドでも度々問題になっているというが、狡猾で中々尻尾をつかませない。
商人ギルドでもその商会は潰せるものなら潰したいのが本音なのだが、その決め手になる証拠もないほか何やら後ろ盾になっている貴族もいるとかで、手を焼いているそうだ。
ランベルトさんも「何か手を出してくれば、喜んでとっ捕まえて騎士団に突き出してやるんですがねぇ」と案外武闘派なことを言っていた。
「今はまだ私の周辺を探っているだけですが、私がムコーダさんと懇意にしていることは少し調べれば分かることですからね。ムコーダさんが仕入れ先だとバレない保証はありません」
確かにランベルトさんの言うとおりだ。
俺はこの店に度々訪れているわけだし、その辺のことを少し調べれば石鹸やシャンプーの仕入れ先だとバレる可能性は大いにあるな。
「幸い私の店はこの地の領主ラングリッジ伯爵様に大変ご贔屓にしてもらっていることもあって、直接手は出されていませんが、ムコーダさんの方は何があるかわかりませんからな。Sランク冒険者のムコーダさんに手を出すことはないにしても、ムコーダさんの留守を狙って屋敷に侵入する可能性はあるんじゃないかと思うのです」
俺が石鹸やシャンプーの仕入れ先だとバレたら、当然屋敷に物があるって思うもんなぁ。
実際、そうしようと思ってたわけだし。
空き部屋にネットスーパーで大量に買った石鹸やらシャンプーを置いておいて、それを詰め替えしてもらって定期的にランベルトさんの店に卸してもらう仕事も頼もうとしてたんだから。
うーん、これは真剣にセキュリティの面を考えないとヤバいな。
人を雇い入れる以上は安全面確保は最重要事項だと思うし。
とりあえずは、ランベルトさんのアドバイスに従って、戦闘のできる奴隷を購入だな。
「ランベルトさんのおっしゃる通り、奴隷を買うときには戦闘のできる奴隷も買うことにします」
「それがいいでしょう。私がいつも奴隷を買う店をご紹介しますよ。今、紹介状も書きますのでちょっとお待ちくださいね」
紹介状を受け取ると、ランベルトさんの店を後にした。
紹介状も書いてもらったし、ランベルトさんお墨付きの店だから安心だ。
早速、紹介してもらった店に行ってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『なぁ、またどっか行くのか? 俺、狩りに行きたいぞ』
『うむ。我も狩りに行くのに賛成だ』
フェルとドラちゃんが狩りに行きたいと言い出した。
ちなみにスイはいつものように革鞄の中で大人しく眠っている。
「いや、今日は行かないよ。今から奴隷商のところへ行くんだし」
『エエ~』
『何だ、行かんのか。つまらんな』
つまらんってね……。
「何言ってんだよ。大事なことだぞ。旅に出なくていいのか? 今から行くところは、俺たちが旅に出ている間にあの家の管理をしてくれる人を探しに行くんだぞ。旅に出ないで、この街にずーっといるっていうなら、今から狩りに行っても良いけど」
『ぬ、旅には出るぞ。この間だって面白そうなダンジョンの話を聞いたのだ。絶対にダンジョンへは行くぞ』
『ああ。ダンジョンは絶対行きたいよな』
くっ、フェルもドラちゃんもダンジョンのこと忘れてなかったか。
俺としては、旅に出るとしてもダンジョン都市以外がいいぞ。
何とかここにいるうちに忘れてくれるといいんだけど。
「とにかくだ、今は家を買ったばっかりでバタバタしてるけど、落ち着いたら狩りにも連れていくから、ちょっとだけ我慢してよ」
そう言うと、フェルもドラちゃんも渋々ながら承諾した。
ランベルトさんに教わったとおりに進んでいくと、店には見えない建物の前に来た。
「ホントにここなのか?……って、看板があるな」
見落としそうな小さな看板があった。
看板には‟ラドスラフ商会”と書いてある。
「ここで間違いなさそうだな」
ランベルトさんに紹介された店の名前だ。
俺は、固く閉ざされたドアのドアノッカーを鳴らした。
ドアが開くと、その隙間からスキンヘッドのゴツイ男が顔を覗かせた。
「あの、ランベルトさんの紹介で……」
紹介状を見せると、スキンヘッドの男はそれを受け取り、無言のままドアを閉めた。
少し待つと、再びドアが開いた。
出てきたのは50前後の目つきの鋭い細身の男だった。
「この商会の主、ラドスラフと申します。お待たせしてすみません」
「ムコーダと申します。よろしくお願いします」
「ランベルト様の紹介状拝見いたしました。さ、中へどうぞ」
俺たちは、ラドスラフさんの後に付いて店の中へ入っていった。
入口の脇には、さっき見たスキンヘッドの男が立っている。
この男は警備担当というわけか。
入り口からは廊下が続いていて、いくつかドアがあった。
商談はすべて個室でということのようだ。
俺たちが向かうのは奥の部屋ということで、廊下を歩きながら話を聞くと、この店は紹介状のない客は入れないことになっているそうだ。
売っているのが奴隷ということと、どうしても取引金額が高額になることもあって、安全面から一見さんお断りということにしているらしい。
人様を売り買いするんだから、動く金額もハンパじゃないか。
部屋に入るとイスをすすめられる。
部屋の中は落ち着いた色合いの家具で統一され、派手さはないがどれも高級感が漂っていた。
すすめられた革張りのイスに座ると、どこからかメイドがやってきて紅茶を出してくれた。
出された紅茶を一口。
うん、美味いな。
「ランベルト様の紹介状では、ムコーダ様は家の管理をする者と戦闘のできる者を探していらっしゃるということでしたが」
「はい。それでですね……」
家の管理、ぶっちゃけリアルメイドはカワイイ女の子がいいのだと伝えた。
それで、えーっと、できれば契約上アッチの方がOKの子がいれば……。
そう伝えると、ラドスラフさんが可哀想な目で俺を見た。
え、何?
めっちゃ恥ずかしかったけど、どうせ買うならと思って勇気をもって伝えたんだぞ。
「ムコーダ様は、もしや他国の出身で?」
「はい」
他国というか、そもそもこの世界の出身じゃないですが。
「ムコーダ様がおっしゃっているのは、いわゆる性奴隷というものでしょうが、そもそもその類の奴隷はこの国にはおりません。契約で、肉体関係も可能だという契約を結ぶことはできますが、それを承諾する奴隷はまずいませんね。需要がありませんから」
「え? 需要がない?」
そんなことあるわけないでしょうがっ。
男は女を求めるもんでしょっ。
需要がないわけがないっ。
「同じ大金を払うなら、1人の奴隷を買うより、色街に行った方がいろんな女性と遊べますからな」
………………ごもっとも。
「そういうこともあって、肉体関係を承諾する奴隷はいないのです。それを承諾する女性は奴隷になどならずに色街に流れていきますから」
確かに。
それがOKな女性はその方が稼げるだろうし、あえて奴隷になることもない。
色街か……。
そういうのがあるのは分かってたけど、行ったことはなかったな。
今度、行ってみようかな。
そう思ったところで、部屋の隅っこで昼寝しているフェルとドラちゃんの姿が目に入る。
俺が動けば、フェルたちが必ず付いてくる。
何とかかんとか言いくるめて……。
ダメだな。
あまり時間が経つと、フェルが俺の匂いを追ってきそうだ。
それならフェルたちを引き連れて色街へ…………、無理。
悲報。
俺の夢はことごとく潰えました。
ガックリ。




