閑話 謹慎中の神様ズ(前編)
謹慎中の神様ズの話です。
ちょっと長いので前後編に分けました。
この世界の主神でもある創造神デミウルゴスは、豪奢な部屋でここ最近の1番の楽しみである異世界の酒とつまみを楽しんでいた。
「彼奴ら、ちゃんと反省しておるのかのう」
そう言って、軽く腕を振ると、デミウルゴスの眼前に半透明のウィンドウのようなものが現れた。
そして、そこには謹慎中の風の女神ニンリルが映し出されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
風の女神ニンリルの宮―――。
まるでお通夜のような、沈んだ雰囲気がただよっていた。
「ハァ……。異世界の甘味…………」
ベッドに横たわったニンリルがポツリと呟いた。
その姿は以前とは違いゲッソリとしている。
ついにムコーダとの繋がりが創造神様にバレてしまい、創造神様からキツ~いお叱りを受けたのだ。
ムコーダからのお供えものはすべて没収のうえ1か月間の謹慎というニンリルにとっては重い処分。
もちろんその間はムコーダへの連絡も禁止だ。
「ケーキ……、プリン……、どら焼き…………」
今までに食した異世界の甘味の数々。
それが味覚とともに頭をよぎる。
「どら焼きが食べたいのう……。ジュルリ」
好物のどら焼きの味を思い出して、思わず涎が垂れそうになるニンリル。
「1か月……。いくら創造神様でも、この罰はひどいのじゃ」
1か月もの間の異世界の甘味絶ち。
ニンリルにとっては拷問に等しい。
異世界の甘味を味わったからには、この世界のハチミツやらドライフルーツなんてものでは満足できないのだから。
「1か月は長すぎるのじゃ……」
創造神様から1か月の謹慎を言い渡されて1週間、すでにニンリルの心は挫けそうになっていた。
「ハァ~……。何で妾は甘味を残しておかなかったんじゃ。少しでも残っていれば違ったものを……」
ニンリルはあれほどたくさんムコーダから甘味をもらっていたのに、少しも残さずにあればあるだけ食べてしまっていた。
「妾の馬鹿…………」
過去の自分に後悔していると、悪魔が囁いた。
『こっそり彼奴に神託を授けて甘味を献上させればいいのじゃ』
「いやいやいや、ダメじゃダメじゃっ。そんなことをして創造神様にバレたら、今度は1か月の謹慎では済まされないのじゃっ」
ニンリルの中の悪魔がまた囁いた。
『バレなければ大丈夫なのじゃ』
「バレないわけがないじゃろっ! 相手は創造神様じゃぞ! フ~、落ち着くのじゃ。そして、邪な考えは捨てるのじゃ。じゃないと、大変なことになる……。下手すると、1か月の謹慎どころかもう2度と異世界の甘味を味わえないということもあり得るのじゃ」
ニンリルはそのことに思い至ってブルリと震えて、心の中の悪魔を消し去った。
「辛いが、ここは耐えるしかないのじゃ……」
謹慎明けを心の拠り所にグッと堪えるニンリルだった。
「まったく、ニンリルは堪え性がないのう。まぁ、耐えきったのじゃから良しとするか」
異世界の酒とつまみを楽しみながら、デミウルゴスは「異世界のものは美味いからのう。ニンリルの気持ちも分からないではないがな」とつぶやく。
「まぁ、儂の言い付けを守らなかったら、本当に二度と異世界の甘味は味わえなかっただろうがのう。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。さぁて、次はキシャールを見てみるかのう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
土の女神キシャールの宮―――。
キシャールの宮では、張り詰めた空気がただよっていた。
自室にいたキシャールは、イラ付いた様子でベッドの前を行ったり来たりしていた。
「1か月よ、1か月……」
キシャールは謹慎期間の1か月をどう乗り切るか頭を痛めていた。
異世界の素晴らしい美容製品を使い始めた今、それなしでの生活など到底考えられなかった。
「シャンプーとトリートメントは大丈夫」
キシャールはムコーダのアドバイスもあって、2種類のシャンプーとトリートメントをその日の気分によって使い分けていた。
今使っている2種類のシャンプーとトリートメントは、半分くらいまだ残っている。
「まだどちらも半分あるし、まだ手を付けていないシャンプーとトリートメントも1本づつあるから、これは大丈夫」
キシャールの手元には、シャンプーとトリートメントのストック分として未使用のものが1セット残っていた。
「ボディーソープも大丈夫ね。いざとなれば、石鹸も残ってるし」
ボディーソープもムコーダのアドバイスで、2種類をその日の気分によって使い分けていた。
1本は3分の1くらい残っているし、もう1本はまだ使い始めたばかりだった。
キシャールの言うとおり、ボディーソープがなくなっても石鹸は3個入りなので、まだだいぶ余裕があり心配はなかった。
「問題は顔のお手入れよ。そして、これが1番重要でもあるの……」
異世界のスキンケア製品は、キシャールの肌に見違えるほどの変化をもたらしていた。
スベスベでプルンとしたキメ細やかな張りのある玉子肌。
キシャールは、異世界のスキンケア製品によって女性なら誰でも羨むような美肌を手に入れていた。
「今使っているちょっと高めの化粧水と美容液とクリーム。効果も高いし私の肌にも合ってるから切らしたくないのに……」
キシャールが使用中の化粧水と美容液とクリームだが、美容液は半分以上残っているのだが、化粧水とクリームが大分少なくなっていた。
「化粧水とクリームがもう1週間分もないのよっ!」
あのときは次回で十分間に合うと思っていたので、化粧水とクリームは次回頼もうと考えていたのだ。
「それに、前から狙ってたクリーム……。あれは絶対にいいものなのよ。あれがあったら、私の肌はまた一段とキレイになっていたのに……」
キシャールは創造神様に没収されてしまった高級ナイトクリームに思いをはせた。
「とにかくよ、なくなったらもうどうしようもないわね。そのときは前にもらった化粧水とクリームで対応するしかないわ……。使用感は今使っているものより一段劣るけど、こればっかりは仕方ないわね。これで乗り切るしかないわ」
前にもらった手ごろな値段の化粧水とクリームが未使用で残っているため、それを使うようだ。
「もしよ、もしも、これがなくなったら…………、イヤァァァァァッ、そんなの考えたくもないわ! もう以前のオリーブオイルを塗りたくるだけの原始的なお手入れに戻れるわけないじゃない! 化粧水と美容液とクリーム! この完璧なお手入れで誰もが羨む美肌を手に入れたのよ! このお肌が、自慢の美肌がっ……」
キシャールはかなり異世界の美容製品に依存している様子だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……。これがなくなったときのことなんて考えちゃダメよ、私。何が何でもこれで1か月を乗り切るの。そうすれば私の美肌も安泰よ。がんばるのよ、キシャールっ」
キシャールは自分にカツを入れた。
「…………神であっても女は女か。女の美への執着は恐ろしいものがあるのう」
デミウルゴスがしみじみとつぶやいた。
「まぁ、これだけ美に執着していれば、キシャールにとっては良い罰になったじゃろうて。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。次はアグニを見てみるかのう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
火の女神アグニの宮―――。
アグニの宮では、ピリピリした空気がただよっていた。
アグニは自分の宮の中をイラついた気持ちを抑えるようにノッシノッシと歩き回っていた。
「ビールが飲みてぇ…………」
アグニは大好きなビールが飲めずにイラついていた。
酒は飲んでいるのだ。
しかし、飲んでいるのはビールを知る前に飲んでいたエール。
「ぬるいエールじゃダメなんだよ。あのキンキンに冷えたビールじゃないとよぉ」
キンキンに冷えたビールの味とのど越しを思い出してゴクリとつばを飲み込んだ。
「クッソ、1か月かよ…………」
1か月もあの素晴らしいビールを味わえないことにガックリと肩を落とすアグニ。
「創造神様もヒデェよなぁ。あれを味わって1か月も我慢しろだなんてさ」
鍛錬で汗を流した後に飲むビール。
風呂に入った後に飲むビール。
夕飯とともに飲むビール。
どれも美味い。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁッ、ビール飲みてぇっ!!!」
ムコーダから提供されたビールを毎日たっぷり好きなだけ飲んでいたアグニ。
それが今では1滴も飲めないのだ。
ビールへの渇望が止まらない。
「歯がゆいけど、どうにもなんねぇよなぁ。創造神様の言いつけを破るわけにもいかないしよぉ」
その事実に再びアグニはガックリと肩を落とす。
「何でオレは残しておかなかったんかなぁ……。ビール、けっこうあったのにな…………」
箱入りのビールも含めて、アグニに献上されていたビールはけっこうな本数だった。
それなのに、1本も残さずに飲み切ってしまっていたアグニ。
「美味いから仕方がないとはいえ、ちったぁ残しておけば良かったぜ……」
その一言に尽きる。
「こうなっちまったもんはしょうがねぇ。1か月間ぬるいエールで耐え忍ぶしかないな」
そう思いつつも、ビールへの渇望が止まらないアグニだった。
「異世界の酒は美味いからのう」
そう言って手元のグラスに入った日本酒をクイッと飲み干すデミウルゴス。
「うむ、美味い」
次にお気に入りの缶つまをポイッと口に放り込んだ。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、異世界の酒ビールに魅せられたアグニにとっては効き目抜群の罰になったのう。どれ、次はルサールカじゃ。どうしてるかのう?」