第百五十九話 10歳の決意表明
「お待たせー」
『おっそいぞー』
『ぬ、やっと来たか』
あらら、ダリルもイーリスも疲れてたのかフェルにもたれかかって眠っていた。
ドラちゃんはその上を旋回している。
そりゃ疲れもするか、ここまで歩いてきて、しかもオークに追われたんだからなぁ。
「それじゃ、帰るか」
『うむ』
『ああ』
「スイはこん中ね」
『うんっ』
革鞄を開けるとスルッとスイが中に収まる。
2人を起こすのは忍びないが、もうそろそろドランの街に帰らないと暗くなってしまう。
「ダリル、イーリス、起こしてごめんな。もうそろそろ街に帰るぞ」
そっと2人の肩を揺らして起こしていく。
出来上がったスイ特製エリクサーと卵がゆも渡さないといけないしな。
「んん……」
「ん~……」
ダリルもイーリスもまだ眠そうに目をこすっている。
「ダリル、イーリス、お母さんが元気になる薬があるぞ」
俺がそういうと2人ともパッと目を開いた。
「おじさんっ、それ本当っ?!」
「おじちゃん、お母さん元気になるのっ?」
2人とも必死に俺にしがみついてきた。
ダリルもイーリスもお母さんが大好きなんだな。
「ああ、確か病気を治す薬があったような気がして、アイテムボックスの中をくまなく探してみたんだ。そしたら病気を治す薬あったよ」
そう言うと2人とも飛び跳ねて喜んだ。
「でも、タダではあげられないよ」
俺がそう言うと、2人ともビクッとして動きを止めた。
イーリスに至ってはションボリして泣きそうだ。
「ダリルは今、オークを1体持ってるよね?」
「……あっ、うん」
さっき話を聞くためにオーク1体をダリルにあげたわけだから、ダリルは今オーク1体所有していることになる。
「それと交換っていうのはどうかな?」
「オークとお薬を?」
「そうだよ。どうかな?」
俺がそう言うと、途端にパァっと笑顔になったダリルが「うんっ、もちろんいいよ」と返事した。
「それじゃ、これがお薬だよ。お母さんの病気にも効くと思う。おうちに帰ったらすぐに飲ませてね。それからこれはサービス。病み上がりのお母さんにも食べやすいと思うから。ダリルとイーリスの分もあるからみんなで食べてな」
俺はそう言ってダリルにスイ特製エリクサーの入った瓶と卵がゆが入った鍋を差し出した。
「これで、お母さん治るんだね」
「ああ。もう大丈夫だよ」
そう言うと、ダリルの目に涙が浮かんでいた。
母親の病気が治ると分かって嬉しいのと、今までの辛かったことが思い出されているのかもしれない。
「ダリルはアイテムボックス持ちなんだよな? それならアイテムボックスにちゃんとしまっときな」
ダリルは泣きそうな顔で頷くと、スイ特製エリクサーと卵がゆを自分のアイテムボックスにしまっていく。
「あの鍋の中身は冷めたら少し温めて食べてな」
「アイテムボックスに入れたら、そんなに冷めないから大丈夫」
俺が「そうか」と言うと、ダリルが袖で目元をぬぐった後に小さい声で「おじさん、ありがとう」と言った。
照れ隠しに俺はダリルの頭をクシャクシャッとなでた。
「お兄ちゃん、お母さんは元気になるの?」
俺とダリルのやり取りをよくわからない顔で不安そうに見ていたイーリスがダリルにそう聞く。
「ああ、助かるよ。おじさんから病気を治す薬ももらったよ」
「ホントっ?! ヤッター、これでお母さん前みたいに元気になるんだね! おじちゃん、ありがとう!」
イーリスが本当に嬉しそうにヤッタヤッタと飛び跳ねている。
「じゃあ2人とも、ドランの街に帰ろうか。フェル、俺の他にダリルとイーリスを乗せても大丈夫か?」
『フンッ、お主の他にそのような小童2人乗せたところで何も変わらんわ』
はいはい、そうですか。
それじゃ、お願いしますよ。
フェルの背中にまず俺が乗り、俺の前にイーリスが、後ろにダリルが乗る。
ダリルもイーリスもフェルに乗れることに興奮気味だ。
「イーリス、ちゃんとフェルにつかまってるんだぞ。ダリルも落ちないように俺の腰にちゃんとつかまってろよ」
そう言うと、2人とも分かったと答えた。
「フェル、いつもより速度落として進んでくれよ」
『分かっておるわ』
それからフェルはいつもよりだいぶゆっくりした速度でドランの街へと歩を進めた。
それでも徒歩で帰るのとは段違いに早くドランの街に着いた。
俺は冒険者ギルドのギルドカードを、ダリルとイーリスはドランの街の住民カードを提示して街の中へと入った。
「ダリルとイーリスの家はどこなんだ?」
「ここからそんなに遠くない、壁の近く」
壁の近くというと、貧しい家が多いところか。
「送っていくか?」
「ううん、近いから大丈夫」
「そうか」
少し間が空いた後、しっかりと俺を見据えてダリルが話し出した。
「おじさん、僕は冒険者にはならないよ。稼ぎが不安定な冒険者なんかより、しっかりと稼げる商人になるんだ。13歳になったら商人ギルドに行って、この街の商人の見習いになるよ。僕はアイテムボックス持ちだからどこでも入れると思う。それでね、いつか絶対に自分の店を持つよ。それで、お母さんとイーリスを絶対に絶対に幸せにするんだ。…………おじさん、このご恩はいつかきっと返します。それまで、待っててもらえますか?」
わずか10歳のダリルの決意表明だ。
オークに追われてわんわん泣いていたのに、今は少し男らしく見える。
「スンッ……あ、ああ、いつまでも、待ってるぞ」
10歳の男の子が母親と妹を絶対に幸せにするんだって宣言しとるんだぞ。
ダメだ、こういうのに俺は弱いんだって。
「おじさん、本当にありがとう」
ダリルがそう言った。
「ありがとう、おじちゃん!」
イーリスもそう言った。
それから2人は手をつないで家へと帰って行った。
「ダリル、がんばるんだぞ。イーリスもだ」
2人の小さな背中に向けてそうつぶやいた。
「グスッ……ウッ…………」
『ハァ、お主、何を泣いておるのだ』
「ズズッ……泣いてなんかねぇよ。目にゴミが入っただけだ」
何を言ってるのかな、フェル。
これはそう、目にゴミが入っただけなんだからな。
『泣くなよなー、まったく。男はな、滅多に泣いたらいけないんだぜ』
「ドラちゃん、これは目にゴミが入っただけだって言ってるじゃんか……スンッ」
『それだけボロボロ泣いてて、よく目にゴミが入ったなんて言えるなぁ』
うるさいよ、ドラちゃん。
ここはそういうことにしとくのが人情ってもんだろ。
ん?ドラちゃんは人じゃないからドラゴン情?
まぁとにかく、ここは空気読んで触れないでそっとしておいてくれよ。
ダリル、一家の大黒柱としてがんばるんやぞ。
ダリルとイーリス、エエ子たちやったなぁ。
俺はほっこりした気持ちで、フェルたちを連れ宿に戻るのだった。