初恋は実らずに・・・・・・
月も星も雲さえ無い夜空を見ながら俺は思った。
『・・・あの二人は今、幸せだろうか?』
かつて自分の胸に抱いていた女は他の男と一緒に遠い所に行ってしまった。
否、俺があいつを手放したんだ。
ずっと俺の中に閉じ込めていたかった初めて愛しいと思った女。
悪の限りを尽くした俺が神の教えである愛に目覚めるなど馬鹿馬鹿しいと思っていた。
だが、愛に目覚めてしまった。
初めて会った時に身体に鋭い痛みが走った。
何なのか解らなかった。
それから彼女に接すると痛みが来た。
それが何度も来ると理解し始めた。
・・・・・彼女に恋をしたのだと・・・・・・
彼女が初めてだった。
今までの女は皆・・・・俺を恐れていた。
化け物である俺を恐れて命乞いか媚を売ってきた。
だけど、彼女は他の奴らとは違っていた。
俺に優しく接してくれた。
その時、俺の心は埋められた気がした。
何をしてもどこか空しかった心が埋め尽くされた。
それから彼女に執着した。
些細な理由を付けて傍に置いて放さなかった。
彼女は困ったが決して逆らったりせずに俺の傍に居てくれた。
そして彼女を欲した。
心を彼女の全てを欲した。
俺の浅ましい欲望を彼女は叶えてくれた。
だけど、彼女は俺がもっとも欲したものは叶えてくれなかった。
・・・・ずっと、傍に居て欲しい。
俺の欲した願いは彼女が傍に居てくれる事だった。
しかし、彼女はそれだけは無理だと言った。
自分を捨てた男を今だに愛していると言っていた。
それを聞いて俺は怒りを我慢できなかった。
身体は捧げても心は捧げない。
これほど悔しくて悲しい気持ちはなかった。
だから、何度も何度も抱いた。
自分の物だと何度も刻み付けた。
しかし、それでも俺の物にはならなかった。
悔しさで胸が押し潰されそうになった。
どんなに望んでも決して手に入らない宝。
俺が今まで否定し続けて下らないと嘲笑った“愛”であった。
・・・・・そして、俺の目の前に現れた男。
女を捨てた、かつての男。
こいつにだけは渡したくなかった。
俺が死んでも、こいつにだけは渡したくなかった。
だから、戦った。
必死に宝を護るために戦った。
しかし、負けた。
死力を尽くしたのに負けてしまった。
俺が男に止めを刺そうとした時に女が出て来たのだ。
それに気を取られて敗北した。
俺を鎖で縛り財宝を奪うと女は男と一緒に消えてしまい俺は再び一人になった。
それから飛天と出会うまで俺は軟禁状態で二人がどうなったか分からなかった。
解放されてから直ぐに二人の行方を捜した。
見つけると二人は既に死んだ後だったが、女の書いた手紙が残されていた。
その手紙にはこう書かれていた。
『貴方を裏切ってごめんなさい。この手紙を貴方が読む頃には私は死んでいるでしょう。次は必ず貴方の傍にずっと居ると誓います』
最後まで読み終えると俺は涙を流した。
産まれて初めて流した涙だった。
彼女は男と一緒に逃げた後も俺を気に掛けてくれていたんだ。
自分が死んだ後も残る手紙で謝罪し来世では俺の願いを叶えてくれると言った。
そんな彼女の優しさが嬉しかった。
彼女との恋は俺の心の中に刻まれた。
人間でいうなら、初恋だ。
初恋は実らないとは言ったものだ。
この邪龍として恐れられた俺が恋などと馬鹿げた事だが今なら分かる。
恋は誰にでも出来るもので想いは誰にも止められない事という事に・・・・・・