風邪は幸福と災難の元?
天涯窓が垂れる豪華なベッドに寝込み私は頭痛がする額を抑えた。
バール王の城で花嫁修業中に倒れ医者に見てもらうと疲労からきた風邪らしい。
「ただの風邪ですから一日ずっと安静にしていれば完治しますよ」
薬を渡しながら話す医者の言葉に安堵の息を吐く。
ただでさえ飛天様との結婚でバール様には迷惑を掛けているのに、これ以上の迷惑は掛けられない。
医者が退出してから私は渡された薬を飲んだ。
飲むと急激に眠気が来て瞬く間に私は意識を手放した。
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どのくらい寝ていたのか分からない。
不意に額に冷たい感触を感じて閉じていた瞳を開けた。
「起きたのか?」
低い少し枯れた声は私の愛する飛天様の声。
「・・・・飛天様?」
焦点の合わない眼差しで声の方向を見る。
唇に微かな感触を受けて意識が覚醒した。
「お目覚めかな?眠り姫」
悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見つめる飛天様。
「飛天様っ」
私は寝顔を見られた恥ずかしさで直ぐに起き上がろうとしたが、やんわりと押し留められた。
「風邪を引いているのに無茶をするな」
幼子に諭すように喋る飛天様。
「腹は減ってないか?」
言われてみればお昼ごはんを食べていない。
私の状態を表したかのように
グゥー
大きな音がお腹から出てきた。
恥ずかしくてシーツを頭から被った。
「ははははっ。そうか。腹が減っているか」
愉快そうに笑いながら飛天様はシーツを退かした。
「こんな事もあろうかと、粥を作ってきた」
温かい湯気を出しながら美味しそうな匂いを放つ陶器に入った粥。
「飛天様が作ったんですか?」
「あぁ。少し厨房を借りてな」
質問に答えながら飛天様はスプーンで粥を救うと息を吹きながら私の口に運んできた。
「ほれ。口を開けろ」
「え?い、いいえっ。自分で食べられますっ」
「遠慮するな」
私に催促する飛天様の顔は意地悪な顔であった。
「ほら、あー」
「あ、アーン・・・・・・」
パクリ
と一口すると中で温かい感触がした。
「どうだ?美味いか?」
粥を食べ終えてから私はゆっくりと頷いた。
「はい。とても美味しいです」
「そうか。ほら、もっと食べろ」
スプーンで粥を掬い私の口元に運ぶ飛天様。
「あ、あの、もしかして、また・・・・ですか?」
恥ずかしくて顔が赤くなりながら飛天様を見る。
「当然だ」
ニヤリと笑う飛天様に私は白旗を挙げた。
それから粥を食べ終わるまで熱ではない熱さが私を困らせた。
「食後のデザートだ」
粥を食べ終えると兎の形を模った林檎が出された。
「これも飛天様が?」
「あぁ。不器用な出来栄えだがな」
苦笑する飛天様に私は被りを振った。
「いいえ。とても可愛いらしいですよ」
飛天様の愛情が籠められて食べるのが勿体ない位に。
「ありがとよ。ジャンヌ」
飛天様はフォークで林檎を刺すと私の口に運んだ。
「・・・・・アーン」
恥ずかしかったが嬉しさもあり抵抗が薄くなった。
そんな嬉しい気持ちで過ごしていると飛天様が不意に立ち上がった。
「それじゃ俺は帰る」
「もう、帰っちゃうんですか?」
熱のせいか少し寂しげな声だった。
「あぁ。長く病人の部屋に居るのは悪いからな」
飛天様が言っているのは正論で何も言えずに押し黙った。
「しょうがないな」
私に苦笑して飛天様は部屋にあった椅子を持って来て腰を降ろした。
「お前が寝るまで一緒に居る事にしよう」
満更でもない様子の飛天様を見て私は笑顔になれずには入られなかった。
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翌朝、私が眼を覚ますと飛天様は部屋を出て行った後だったが、微かに残る煙草の残り香は数分前まで居た証拠。
「ずっと、傍に居てくれたんだ・・・・・・」
きっと私が寝てからも傍に居てくれたんだ。
「ありがとうございます。飛天様」
ここには居ない飛天様に私は礼の言葉を言った。
もう熱も下がりベッドから起き上がると待っていたように私付きの侍女たちが入ってきた。
正確には雪崩れこんで来たと言った方が正しいのかしら?
「貴方が羨ましいわよ!!ジャンヌ!?」
仲の良い一人が私を睨んで来た。
城に居候する前から何度か交流のあった侍女たちをバール様が付けてくれたのだ。
「そうよそうよ!!夜叉王丸様にあんなに優しく介抱されるなんて!!」
もう一人の侍女が皆の不満を代弁するように言った。
「昨日、突然に夜叉王丸様が現われたと思ったら『厨房を貸してくれ』って言われて粥を作って更に林檎を器用に兎に切って貴方の部屋に持って行ったんだから!!」
「それだけでも羨ましいのに、アーン!なんてして貰ってさっきまで傍に居て貰ったなんて羨まし過ぎよ!!私たちにも幸せを分けてよ!!」
怒り心頭の侍女たちに圧倒され私は数時間も説教と言い訳をし続けた。
更に噂を聞き付けたヴァレンタインさん達が城に押し掛けて来て説教と八つ当たりを受ける事になった。
風邪は万病の元と言うが、万病だけでなく災難の元でもある事が分かった。