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2015年/短編まとめ

赤い抵抗

作者: 文崎 美生

ガサリ、と持っていたビニール袋が揺れる。

中身は薬とかスポーツドリンクとか、コンビニと薬局のものだ。

お金に関しての心配はしてないが、そろそろ毎月毎月面倒になってくる。


慣れた手付きで自宅の鍵を取り出し、鍵を開ければ無音。

揃えて置かれている薄汚れた白のスニーカーが、持ち主がこの家にいることを証明していて、俺は小さな溜息を吐き出しながら家の中に入って行く。


目的の部屋は二階で、階段を上がって一番奥の部屋。

扉にはシンプルなプレートが引っ掛けられていて、その部屋の主の名前がローマ字で書かれている。

二回ノックをしてからすぐに扉を開けると、鉄さびの匂いがした。

思わず顔を顰めたが、その部屋の主は部屋の隅の壁に背中を預けて、虚空を眺めている。


「……お前、犬や猫じゃねぇんだからそのまま部屋ん中歩き回るんじゃねぇよ」


フローリングに点在する赤。

それは部屋の主の足元まで続いていて、毛の長いラグマットにも赤い液体がこべり付いている。

見た感じ付いてから時間が経っていて、洗い落とすことは難しそうなのだが。


部屋の主である俺の妹は、俺のワイシャツを着て、ブカブカのままワンピース状態で、足の間が当たる部分を赤く汚している。

本人は俺の言葉に、ゆっくりと視線を向けてから、緩く首を動かす。

どう考えても俺の話なんてまともに聞いていない。


妹は当然女だ。

女だから俺の妹なのだ。

女じゃなかったら妹じゃなく弟。

だが、目の前にいる俺の妹は正真正銘俺の妹で、女で、毎月のそれに悩まされている。


「取り敢えず薬飲んで寝るか?」


俺の問い掛けに、ゆったりと焦点を合わせて頷く妹。

ぽわぽわと花でも咲いているんじゃないかってくらいに、ぼんやりしているのは、きっと体の中に熱が溜まっているからだろう。

毎月来るそれのせいで、始まる前から体温が上がり現在ではピークに達している。


血を避けて妹に近付けば、鉄さびだけじゃない独特の匂いが鼻につく。

何と表現していいのか分からない、生々しい匂いは何度感じても慣れることはない。

本人は大して気にもしていないようで、金魚のように口をパクパクさせて薬を待つ。


月に一回のそれは、女特有のものであり、一週間ほど続くらしいもの。

妹の場合は一週間過ぎても続く場合があるが、そこは個人差なのだろう。


そうしてその症状は多岐に渡り、妹はひたすらにぼんやりしていて、平熱が上回り微熱状態が続く。

泥のように眠るとは、正にこのことと言わんばかりに、一日の半分近くを睡眠に費やする。

痛みもあるらしいが、それよりも熱っぽさが上回り虚ろで幼い妹。


「掃除とか俺がするんだから、汚さないようにするとかしてくれよ」


ビニール袋の中から、薬とスポーツドリンクを出して手渡せば、のろのろと薬の箱を開ける。

指先にまともな力が入っていなさそうなので、スポーツドリンクの蓋を開ければ、へにゃりと締りのない笑顔を向けられたが、これはこの月の時にしか見れない。


背中を壁から離した瞬間に、妹の足元にある赤い液体が広がった。

服も変えさせなくてはいけないので、タンスを開けて服を引っ張り出す。

俺のワイシャツが全面的な被害を受けているが、もう新しいのを買えばそれでいい。

毎月毎月何でワイシャツを買っているのか、疑問にも思わなくなってきた。


下着と一緒に服とナプキンも出して渡す。

それを見て、大いに顔を顰める妹は、自分が女である自覚に欠けている。

いや、自覚に欠けているのではなく、どちらかと言えば自分が女であることを認めていないのだ。


幼少期からずっと俺にくっついて来た。

幼少期と言わずに生まれた頃から、と言ってもいい。

俺の後ろに引っ付いて来た妹は、俺と同じように育ち、性別という概念を持たなかったのだ。

自分は俺と同じだと、兄と同じだと信じて疑わなかったために、この現状。


妹は今でも自分が女であることを疑っているのだ。

だからこうして、月のそれには抵抗を見せるように自分で処理をしない。

下着も履かずに猫や犬のように歩き回る。


「お前は女の子なんだから、こういうのも大切にしないと駄目なんだぞ」


「……いや」


とろりと溶けかけの声のくせに、目元はギラギラと獣みたいに光っていて、それを認めないという意思が込められていた。

どうしようもない妹。

俺の妹。

これでも可愛い妹なのだ。


ぽたり、床に出来た赤い水溜り。

ぽたぽた、と音を立ててそれを広げていき、じわりと妹の着ているワイシャツを汚す。

妹の抵抗は、一体いつまで続くのだろうか。


ぼたり、落ちた赤の塊に、妹は顔を歪めた。

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