赤い抵抗
ガサリ、と持っていたビニール袋が揺れる。
中身は薬とかスポーツドリンクとか、コンビニと薬局のものだ。
お金に関しての心配はしてないが、そろそろ毎月毎月面倒になってくる。
慣れた手付きで自宅の鍵を取り出し、鍵を開ければ無音。
揃えて置かれている薄汚れた白のスニーカーが、持ち主がこの家にいることを証明していて、俺は小さな溜息を吐き出しながら家の中に入って行く。
目的の部屋は二階で、階段を上がって一番奥の部屋。
扉にはシンプルなプレートが引っ掛けられていて、その部屋の主の名前がローマ字で書かれている。
二回ノックをしてからすぐに扉を開けると、鉄さびの匂いがした。
思わず顔を顰めたが、その部屋の主は部屋の隅の壁に背中を預けて、虚空を眺めている。
「……お前、犬や猫じゃねぇんだからそのまま部屋ん中歩き回るんじゃねぇよ」
フローリングに点在する赤。
それは部屋の主の足元まで続いていて、毛の長いラグマットにも赤い液体がこべり付いている。
見た感じ付いてから時間が経っていて、洗い落とすことは難しそうなのだが。
部屋の主である俺の妹は、俺のワイシャツを着て、ブカブカのままワンピース状態で、足の間が当たる部分を赤く汚している。
本人は俺の言葉に、ゆっくりと視線を向けてから、緩く首を動かす。
どう考えても俺の話なんてまともに聞いていない。
妹は当然女だ。
女だから俺の妹なのだ。
女じゃなかったら妹じゃなく弟。
だが、目の前にいる俺の妹は正真正銘俺の妹で、女で、毎月のそれに悩まされている。
「取り敢えず薬飲んで寝るか?」
俺の問い掛けに、ゆったりと焦点を合わせて頷く妹。
ぽわぽわと花でも咲いているんじゃないかってくらいに、ぼんやりしているのは、きっと体の中に熱が溜まっているからだろう。
毎月来るそれのせいで、始まる前から体温が上がり現在ではピークに達している。
血を避けて妹に近付けば、鉄さびだけじゃない独特の匂いが鼻につく。
何と表現していいのか分からない、生々しい匂いは何度感じても慣れることはない。
本人は大して気にもしていないようで、金魚のように口をパクパクさせて薬を待つ。
月に一回のそれは、女特有のものであり、一週間ほど続くらしいもの。
妹の場合は一週間過ぎても続く場合があるが、そこは個人差なのだろう。
そうしてその症状は多岐に渡り、妹はひたすらにぼんやりしていて、平熱が上回り微熱状態が続く。
泥のように眠るとは、正にこのことと言わんばかりに、一日の半分近くを睡眠に費やする。
痛みもあるらしいが、それよりも熱っぽさが上回り虚ろで幼い妹。
「掃除とか俺がするんだから、汚さないようにするとかしてくれよ」
ビニール袋の中から、薬とスポーツドリンクを出して手渡せば、のろのろと薬の箱を開ける。
指先にまともな力が入っていなさそうなので、スポーツドリンクの蓋を開ければ、へにゃりと締りのない笑顔を向けられたが、これはこの月の時にしか見れない。
背中を壁から離した瞬間に、妹の足元にある赤い液体が広がった。
服も変えさせなくてはいけないので、タンスを開けて服を引っ張り出す。
俺のワイシャツが全面的な被害を受けているが、もう新しいのを買えばそれでいい。
毎月毎月何でワイシャツを買っているのか、疑問にも思わなくなってきた。
下着と一緒に服とナプキンも出して渡す。
それを見て、大いに顔を顰める妹は、自分が女である自覚に欠けている。
いや、自覚に欠けているのではなく、どちらかと言えば自分が女であることを認めていないのだ。
幼少期からずっと俺にくっついて来た。
幼少期と言わずに生まれた頃から、と言ってもいい。
俺の後ろに引っ付いて来た妹は、俺と同じように育ち、性別という概念を持たなかったのだ。
自分は俺と同じだと、兄と同じだと信じて疑わなかったために、この現状。
妹は今でも自分が女であることを疑っているのだ。
だからこうして、月のそれには抵抗を見せるように自分で処理をしない。
下着も履かずに猫や犬のように歩き回る。
「お前は女の子なんだから、こういうのも大切にしないと駄目なんだぞ」
「……いや」
とろりと溶けかけの声のくせに、目元はギラギラと獣みたいに光っていて、それを認めないという意思が込められていた。
どうしようもない妹。
俺の妹。
これでも可愛い妹なのだ。
ぽたり、床に出来た赤い水溜り。
ぽたぽた、と音を立ててそれを広げていき、じわりと妹の着ているワイシャツを汚す。
妹の抵抗は、一体いつまで続くのだろうか。
ぼたり、落ちた赤の塊に、妹は顔を歪めた。