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虹の踊り子  作者: 魚の涙
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移動

 オアシスZZZAの象徴である筈の宮殿は綺麗さっぱり消失していた。

 構造物が消失すれば座標も消失する。

 正確にはアクセス制限が掛かり、便宜上その座標は存在しないのと同じ扱いになる。

 建築士はそう言った存在しない事になっている座標にのみ新たな構造物が設置可能だ。

 まさか宮殿を再設置する事になるとは思ってもみなかったが。

 数十分設置可能構造物一覧を見ていたが、宮殿は見つけられなかった。

「構造物設置、12A64D」

 設置可能構造物一覧を最後まで閲覧するのは時間が掛かり過ぎるので、取り敢えず似た構造物で代用する。

 元来オアシスZZZAに設置されていた宮殿は三つの塔が連結した様な形状で、塔の先端は丸みを帯びていた。

 僕が再設置した構造物は三角錐七つが溶融した様な形状だ。

 どちらも内部にある程度広い空間があるのだから問題は無いだろう。

 それにオアシスZZZBになれば元通りになるのだから、この程度の差異は許容して貰いたいものだ。

「再設置は済んだ?」

 石畳に寝転がったルカが退屈そうな声でそう言った。

「再設置はね」

 まだサクの所へ行く用事がある、と言うのは何故か憚られた。

 ルカが露骨に嬉しそうな表情をするからだ。

「どこでもいいから案内をしてくれと言っていたな?」

 僕がそう言うと、ルカは鷹揚に頷いた。

 石畳に寝転がったままそうする様はどこか滑稽であったが、そう言うと面倒な反応を招きそうなので口には出さない。

「……山頂ZZSに案内しよう」

 今思い付いた案内先をさも用意していたかの様に伝えると、ルカは満足気だった。

 山頂ZZS。主に自治団構成員が利用する拠点だ。

 ルカを案内すると同時にサクに会う用事も同時に済ませられるし、山頂ZZSは砂漠Nからは遠い拠点だ。

「どんな所なのそこは?」

 移動を始めた僕に、ルカがスキップしながら着いて来る。

「ダンジョンは大いが難易度は全体的に低め。拠点としては狭い方だな」

 僕の説明にルカは興味深そうな声を漏らして笑った。

「じゃぁさっさと行こう」

 ルカがそう言うのと同時に、周囲に捻じれた魔法帯が出現し始めた。

「待て!」

 思わず声を荒げてしまう。ルカが僕の声に驚いて、出現し始めていた魔法帯は消失した。

 僕が建築士である事が幸いして会話ログを拾える範囲には誰も居ないが、僕が建築士である事が災いして遠巻きに見物しているプレイヤーは多い。

「ルカ、その転送は人目につかない場所で使え」

 驚いた表情のルカは僕の言葉に対して何かを考える様な仕草を見せる。

「まあ、それもそうね」

 たっぷり沈黙を消費してからルカはそう言った。

 異常だと言う認識はあった様だ。

「普通の場合はどんな感じ?」

 僕は一瞬質問の意味が理解出来なかったが、きっと普通の転送はどんな感じなのかと問われているのだろうとやや間を置いて気が付いた。

「普通は転送なんて気軽に使わない物だ」

 ファースト内部での移動は大抵が徒歩だ。大昔には自動移動と言う機能が存在していたらしいが、現在は徒歩がその代わりになっている。

 その為に移動速度補正が付与された装備は稀少品になるし、ほぼ全てのプレイヤーが加速系のスキルを取得している。

 宮殿内での事を思い返せば、ルカはステータスが高そうなのにも拘らずスキルを使った様子は無かった。

 モーションすら使う様子が無いし常識外れにも程がある。

 否、常識と非常識の区別が付かないと言った所なのだろうか。

「始まりの場所と最初の広場の間であれば砦を繋ぐ回廊を利用する手もあるが、それ以外は加速補助を受けて移動する」

「私普通じゃないけど駄目なの?」

 無自覚より質が悪い奴がここに居た。

「ついでに言うとエフェクトも異常だ。そんな捻じれた歪な魔法帯なんぞ、見た人間は普通バグを疑う」

「そうなんだ……でもさっき見られているし手遅れよね?」

 往生際が悪い奴だ。しかし、僕もここは引く訳にはいかない。

 ただでさえ建築士と言う時点で他の職種からは嫌悪と嫉妬を誘う、等と言う事情は知らないのだろうし知った所で理解もしないだろう。

「あれは何とでも誤魔化せる。消失寸前の構造物からの転送なんて前例も無いしな」

 探せばそんな前例もあるのかも知れないが、探さなければ見つからない程度であれば無視しても差し支えないだろう。

「取り敢えず補助魔法掛けるから」

 僕は防具を長衣から法衣へと変更し、補助魔法系統のスキルレベルを最大値にする。

「補助魔法、全体加速」

 ルカの頭上に四対の翼を携えた天使が出現し、その翼でルカを抱擁して消失した。

 天使の消失と同時に僕とルカの周囲に緑色の粒子が纏わり付く様に発生する。

「着いて来てくれればいい」

 僕がオアシスZZZAの出口に向かって移動を始めると、ルカは素直に着いて来た。

「おおっ? おおぉ!」

 その動きはややぎこちない。

 通常の七倍速で動く身体を完全に制御出来ていないのだ。

 だが完全に振り回されている訳では無い。初めてにしては上等だ。

 ルカは適応能力飛び抜けて高いだろうか。

 そんな事では説明のつかない言動も多々あるが、これまで異様ですらある状況を躊躇う事無く受け入れている様はそう考えるのに十分だ。

 そんな事を考えている内にルカは加速状態を制御するコツを掴みつつある様だ。

「あの赤い門から先は拠点の外だ。モンスターも発生するエリアだから、気を付ける様に」

 石畳の先に赤い門が見える。

 門は常時開け放たれているが、ここを潜る事が可能なのはプレイヤーのみだ。

 モンスターは決して潜る事が出来ない。

「戦闘の予感」

 ルカは好戦的に唇を歪ませて弾んだ声でそう言った。

 案外適当なダンジョンに放り込めば満足するのかも知れない。

 あっさり攻略しそうな感じだし、サクにそれとなく提案しておこうか。

 七倍速で接近していた門が気が付けば後方に存在していた。

「あんまり敵いないのね」

 ルカが唇を尖らせてそう言った。

「ダンジョンでも無いからな。精々下位の獣系と、ああ、時折異形が出るか」

 一応異形はモンスターに該当するのだろうか?

「異形?」

 ルカが訝しげな視線を僕に向けていた。

「異様な外見をしたプレイヤーに似たキャラクターだよ」

 顔が無かったり、手が多かったり、足が無かったり。

「……倒せないの?」

 ルカが物欲しそうな顔でそんな事を聞いて来た。

 どれだけ戦闘狂なのだろうか。

 否、僕が異形をモンスターと並列して語ったせいか。

「詳細は記録されていないが、過去にそれを試みて未帰還者になったプレイヤーがいるらしい」

 記録としては非常に曖昧なその記録があるからこそ、異形への攻撃は未帰還者発生の数少ない確定条件として認識されている。

「僕の知る限りそれを証明した事例は無いが、誰だって好んで道路の外に飛び降りたりはしないさ」

「……まあ、そうかもね」

 道路の外へ飛び降りる。

 時折そうやって支都に不正侵入しようとする輩は居るらしいが、そちらも帰還した者はいないと言われている。

「あ。アレがそうだよ」

 遥か前方に異形が居た。

 多数の腕、細長いのっぺらぼう。全体的に桃色。

 僕等の移動速度は速く、彼我の距離はあっという間に縮まって行く。

 異形を見たルカがすいっと僕の後ろに隠れた。

 まるで僕を楯にでもするかの様に。

 ルカは異形との間に僕が位置する様に移動しながら、僕と並んで異形の横を走り抜けた。

 異形が風景と共に後ろへと流れて行くと、何食わぬ顔で僕の前へ移動しつつ走り続ける。

「……ひょっとして怖かった?」

 平原ZZKに出現する顔無しの様な、顔の無い人型に恐怖を覚える者は多いと聞く。

「何でも無い」

 その声はどこまでも平坦だった。

 そしてぷっつりと会話は途切れる。

 先刻までの姦しいルカはどこへ行ってしまったのだろうかと思う位無言のまま、僕等は走り続けた。

 五分程走り続けると平坦だった大地に傾斜が付き始める。

 進むにつれて大地の傾斜は仰角を増し、次第に視線の先に対する地面の割合が増え、その徐々に色彩が白くなって行く。

 途中で一度補助魔法をかけ直して、大地が断崖絶壁の足場になっても尚進む。

 そうやってオアシスZZZAを出発してから十数分が経過した頃、ようやく目的地が見えてくる。

 無数の茶色い円柱で構成された小屋。

 それが拠点山頂ZZSだ。

 一面の茶色の中で赤い門が唯一の色彩であるかの様にその存在感を撒き散らしている。

 その門前にサクが居た。

 サクは僕とルカを見て、諦観のモーションをした。

 そう言えば一人で来いと言われていたなと、そんな事を今更思い出したがまた忘れた事にした。

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