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虹の踊り子  作者: 魚の涙
2/19

建築士

 ケイに揺さぶられて覚醒する。

 それは接続を遮断された時とは全く異なるどこか曖昧とした知覚の変化。

 特に異なる点は身体の感覚を戻す時間が不要である事だろうか。

「おはよう」

 半身を起こした僕にケイが微笑みながらそう言った。

 僕はケイが笑いに属する表情以外を貼りつけているのを見た事が無い。

 何がそんなに楽しいのだろうか? 僕には理解出来ない。

「……おはよう」

 一応挨拶を返してから、僕は起き上がる。

「停車手順は済ませてあるから、もう数分で停車するわ」

 毎度の事だがケイは準備が良い。

 僕は何も言わずに立ち上がり、降車口に向かって歩き出す。

 後ろからケイのいってらっしゃいと言う声が聞こえた。

 降車口は指定された停車駅に到着すると自動的に開く。

 タイミングが悪いと数十分待たされる事もあるのだが、今回は数分待つだけで降車口は開いた。

 互い違いに幾重にも重なった板が左右上下に格納され、僕は軌道車両から降りる。

 降りる場所はいつも決まっていて、乗る場所から数キロ離れた供食管の前だ。

 僕の眼前で灰褐色の筒が下層から伸びて先端はドームの外へと突き抜けている。

 有機物の摂取は接続主義者に取って娯楽でしかないのだが、現実主義者は重要な行為だと考えているらしい。

 何でも肉体の強化に深く寄与するのだとか云々。

 今も供食管の前には規律監視員十数人と無数の群がる人々でごった返していた。

 愚かな。

 喉元までその言葉が出掛かって、何とか呑み込んだ。

 現実世界では現実主義者に喧嘩を売るべきでは無い。

 僕等接続主義者は自らの器が非常に軟弱である事を自覚しているからだ。

 供食管に群がる現実主義者を横目に通り過ぎる時、ふとケイはどうやって補給しているのかが気になった。

 合理的に考えれば僕が接続している間に起動車両を降りて補給していると考えるのが妥当なのだろう。

 けれど僕とケイが保有する八式接栓座は極めて希少な型式であり、この区画で僕とケイ以外で八式接栓座を保有する者は居ない。

 加えて八式接続施設はこの区画に一ヶ所しか無いのである。

 しかも、僕が限界まで接続し続けている上に、僕が軌道車両内に居る時は常にケイが一緒だ。

 いくら睡眠中であっても軌道車両が停車する衝撃を受ければ僕は覚醒してしまう為、僕の睡眠中にこっそり抜け出す事も不可能だ。

 他の補給手段を利用している、と言うのも現実的ではない。

 有機物系の供食管は現実主義者が管理しているし、二液性化合液は薬楽主義者の領分だ。

 そもそも接栓座に関連する器官を遺伝する僕等は、接続供給以外の方法で補給しても補給量に対する活動効率が低過ぎるのだ。

 噂では汎用食なるどの様な人にも同じ活動効率が確認されている供給方法が存在するらしいが、それこそ粘性有機物や二液性化合液を利用する方が遥かに現実的だ。

 そこまで考えた所で僕の脳が警告を発した。

 処理能力が不足している。

 早くファーストに接続したい。

 そこから僕はあまり思考しないようにして接続施設を目指した。

 十分程歩くと体育館の喧騒がはっきりと聞こえる様になって来る。

 浮橋で繋がれた薄ぼんやりと光る六面体に対して不安定さを感じる。

 僕は身を縮めながら小走りに道路を進み、そこに併設された接続施設に潜り込む。

 僕しか利用しない八式接続器に身体を納めると、僕の四肢を拘束してから空圧式機構により外壁が閉じられる。

 首筋の接栓座に異物感が挿入され、同時に身体にエネルギーが満ち渡るのを自覚する。

 そして僕の意識はネットワーク上へと移転する。

 脳の奥で何かが切り替わる音が響き、次の瞬間僕は砂漠Nに居た。

 虹の踊り子が踊っている。

 黒髪がふわりと舞い、扇情的な装備が白くなびく。

 くるりふらりゆるりと舞う虹の踊り子の向こうに、珍しく他のプレイヤーが居た。

「久しぶりだなヤヤ」

 赤い重装鎧に身を包み長柄の刃物を携えた典型的な自治団風の男がそこに居た。

 男の灰色の長髪と顔面を飾る赤い歯車の化粧に見覚えがあった。

「サクか」

 反射的に舌打ちしてから男の名前を口走った。

 そしてこれ見よがしに嫌そうな表情を作ったが、サクがその程度の事を気にする筈が無いのは分かっている。

「ヤヤは大体ここに居るから探し易くて助かるよ」

 そう言って鷹揚なモーションをするサク。

 何を頼まれるのかは分かっている。

 サクは自治団のメンバーで僕の職業は建築士なのだ。

「ちょっと保守作業を頼みたくてな」

 その気さくな口調とは裏腹に、声は有無を言わさない威圧感を伴っている。

 威圧のスキルを発動させているのだろう。

「僕じゃなくて他の建築士を当たってくれよ。それともあれか? 僕を指名する程の巨大施設の撤去なのかい?」

 毎度の事だ。どうせ僕の居場所が掴みやすいと言うだけの理由で真っ先にここに来たのだろうとそんな嫌味を言うと、サクはいつもの様な軽薄な返事を返してこなかった。

 軽薄な返事の代わりに沈黙が返って来る。

「……どこだ?」

 いつもと違うサクの様子に、僕もいつに無く真剣な表情で仕事場を問う。

「オアシスZZZAの宮殿だ」

 思いもしない場所に僕は軽く息を呑んだ。

 オアシスZZZAの宮殿。

 現在のファーストで最も栄えている拠点の、象徴となる構造物だ。

「僕の記憶が正しければ、あそこは再生成されてから百年以内の若い拠点だった筈だが?」

 拠点の崩壊に至る時間がその繁栄と比例して短くなるとはいえ、オアシスZZZAが崩壊するのにはまだ早すぎる。

「崩壊し始めている事以外は俺には分からん」

 サクはどこか疲れた声で頭を振った。

「崩壊を始めたのは今から約七時間前だ。宮殿以外の小規模施設が一切の兆候を現さない状態で突如宮殿にグラフィック異常が起きた」

 何と言う事だ。それが本当ならば全てが異例尽くしだ。

「ノイズも無しにいきなりか? 知る限り前例が無いな」

 普通は拠点内の至る所にノイズが発生し、それからグラフィック異常が起きる物だ。

 目立ったノイズ無しにグラフィック異常が出現するなんて事例は聞いた事も無かったが、サクは過去にも例があると教えてくれた。

「記録が残っている中では砂漠Mで同様の事例が起きている。三千五百年程昔の記録だが」

 サクの話に僕は何だか嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 拠点として絶大な人気を誇るオアシスシリーズと、過疎の代名詞である砂漠シリーズ。

 その両方で同様の現象が起こったと言うのならば、それはファーストのどこで起きてもおかしく無いとは考えられないだろうか?

 嫌だ。厭だ。何かが気に食わない。

 否、正直に言おう。酷く不安だ。恐ろしい。

 この拠点が僕の生きている内に崩壊する可能性がある事が、とても怖い。

 他のどの拠点が消えようと構わない。僕の手で消そうとも何も感じない。

 でもここだけは、砂漠Nだけは嫌だ。

「流石にあの規模だとヤヤ以外には頼めない」

 僕の心境を知りもせず、サクはアイテムの取引を求めて来た。

 取引ウィンドウを開くと、サクのスタックに遁走の覚悟と記録済み転移スフィアが表示された。

 詳細情報を開くと転移スフィアの記録先はオアシスZZZAとなっていた。

 僕が自分のスタックに何も設置せずに承諾を申請すると、取引は即座に完了した。

「先に行く」

 リボン状の魔法帯がうねりながらサクの周囲を舞うと、次の瞬間サクは足元から転移した。

 僕は移動する前に装備を変える。

 武器を素手から杖へ、アクセサリに混沌系統の指輪を十本装備し、防具を防砂衣から極長衣に変更する。

 次に常駐スキルを全て起動させると僕の周囲に二十五種類の魔法陣が出現する。

 この仰々しい演出が嫌いなので普段は常駐スキルを起動させる事は無いのだが、今回ばかりは仕方が無い。

 久しぶりのフル装備によって僕のステータス補正は上限に達した。

 転移スフィアを使用する前に、虹の踊り子に視線を向ける。

 虹の踊り子は相変わらず踊り続けていた。

「いってきます」

 返事は無い。

 僕は溜息を吐くと転移スフィアを起動させた。

 最初に気持ちの悪い浮遊感。追って強い眩暈。

 しかしそれらは一瞬の事だ。

 次の瞬間僕はオアシスZZZAの宮殿内へと転移した。

 砂漠Nの殺風景に慣れ親しんだ僕には、宮殿の絢爛豪華な内装がとても煩く感じる。

 床には緑色の絨毯が敷き詰められ、装飾品の宝石がそこかしこでぎらぎらと輝いている。

 先に転移したサクは揃いの防具に身を包んだ自治団の構成員達に指示を飛ばしていた。

 総勢十八人。二小隊か。

「準備は出来ている、やってくれ」

 隊長と思しき人物が挨拶も無く僕を急かした。

 自治団構成員達は落ち着かない空気を共有している様に見える。

 僕はゆったりと杖を構えて建築士固有のスキルを発動させる。

 これから行う一連の作業を自治団では保守作業と呼んでいるが、僕は個人的に解体作業と呼んでいる。

 解体作業を簡単に説明するなら、グラフィック異常やノイズを内包する構造物をそれごと消去する作業だ。

 但し、その過程でプレイヤーが巻き込まれると帰還不能者となってしまう。

「構造物属性変異、ダンジョン化」

 宮殿内に突如BGMが流れる。

 それはモンスターがポップするエリアでのみ流れるBGMだ。

 僕の周囲に幾つもの魔法陣が出現し、そこからモンスターが生成される。

 ざっと見渡す限り発生しているのは人骨系の上位階級ばかりだ。

 自治団の構成員が連携してそれらのモンスターを屠って行く。

 連続使用に制限が付くのは同系統スキルなので、僕も戦闘に参加する事は可能だ。

 面倒なので毎回自治団に任せているが。

「よし、我々以外のプレイヤーは居ない!」

 サクが探知を発動させてダンジョン化した宮殿内にプレイヤーが居ない事を確認した。

 モンスターがポップするエリアへの転移は不可能な為、これで他のプレイヤーを巻き込む心配は無い。

 そして僕の連続使用制限も解除された。

「構造物属性変異、消失」

 宮殿が白化し、モンスターは新たに出現しなくなる。

 きらびやかな宝石も色彩豊かな絵画も、大理石の壁も緑色の絨毯も、全てが色を失った。

 次にそれらの白が徐々に黒ずみ始める。

 その色彩が完全な黒へと変化すると、構造物は消失する。

 残存していたモンスターを狩り終えた自治団構成員が魔法帯を纏うと次々にダンジョン外へと転移して行った。

 最後にサクも僕の視線の先で転移を始めていた。

 僕自身も脱出を開始する。

 遁走の覚悟を使用する為にウィンドウを開いて、その作業を止めた。

 僕とサクはいつの間にか現れていた黒いドレスのプレイヤーを凝視していた。

「馬鹿な! 誰も居なかった筈だ!」

 サクが大声で叫んだ。

 叫びながらも発動した転移を止める事は叶わず、足から消えて行った。

 サクの残した大声に黒いドレスのプレイヤーがびくりと肩を震わせた。

 そのプレイヤーは白磁の肌と青緑の髪を持つ女だった。

 装備は見た事も無い黒いドレス。

 白磁の肌と周囲の白の中で、その黒だけが浮き上がる様な存在感を醸し出していた。

 しかし黒いドレスが放つ存在感は徐々に消え、代わりに白磁の肌が際立って行く。

 周囲が黒く変色し始めているからだ。

「そこで何をしている!」

 焦りから思わず恫喝する様な声を発してしまった。

 黒いプレイヤーは怯えた表情で、僕に背を向けて駆け出した。

「馬鹿っ!」

 その言葉は逃げ出したプレイヤーに向けた物だったのか、はたまた逃げ出す様な声を掛けてしまった僕に向けた物だったのか。

 そんな事を考えるよりも速く、僕は黒いプレイヤーを追い駆ける為に駆け出した。

 黒いプレイヤーがどこか虹の踊り子に似ているなと、そんな場違いな事を考えながら。

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