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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
序幕 四源のアナザポリス、あるいは新世紀の新しき価値観
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0-1 其の名は幻幽都市

 都市は犯されていた。


 万物を凍結させるかの如く、猛々しく吹きすさぶ烈風。幽々たる寒空を覆い尽くすは、邪悪が極まりし暗黒の叢雲。ちらつく煙雨は白雪へ変化し、都市を淑やかに濡らし始める。


 島国・日本。その心臓部。遥か昔に『東京都』と呼ばれ親しまれていた大地に、それはある。


 先進技術(サイバネティクス)怪呪奇譚(オカルティズム)に満ちた異形の都市。宙を穿たんと高々しくそびえ立つ、円環状の巨壁群に囲まれた大都会。


 それが、幻幽都市である。


 幻幽都市の西部地域に連なるは、薄墨色の岩肌を剥き出しにした山峰である。切り立った山々の麓には、アマゾンのジャングルなど比べ物にならない程の、広大で複雑怪奇な森林が自生している。


 それゆえに、都民の居住区は都市の東部地域に集中していた。ご覧になるがよろしい。再開発された土地に乱立する超高層ビル群の数々を。その窓という窓から煩く漏れる極彩色に満ちたネオン光の、何と豪奢で毒々しい事か。


 だが、虚無と栄光に満ちた人工の輝きも、昼間になると一転して消え失せる。光を喪ったビル群の佇まいたるや、死者を弔う鉄の卒塔婆か。はたまた銘無き墓標の群れか。


 路傍に満ちるは、風雨に晒された揚句の果てに、大地と一体化した骸の山々である。嘗ては人間の一部だったそれらの頭骨類も、今では有害獣(ダスタニア)の根城と化して久しい。


 神も魔も眠りにつき、吹きすさぶはカオスの暴風。道端に斃れた遺骸の山の頭頂部に、何らかの意図を以てそこへ突き立てられたるは十字のシンボル。機械製義肢を直角に組み合わせて作られし、人工の十字架。


 戦場と化しているのは(うつつ)のみにあらず。ヴェーダ・システムが構築する超現実仮想空間(ネオ・ヴァーチャルスペース)もまた、第二の現実たる仮想世界の支配権と、量子海洋の領海権を巡る情報戦争の真っ只中にあった。


 肉体と言う名の檻に囚われた魂と精神を、仮想の世界へ解き放つ。それは新世界への旅立ちと、新たな戦争の火種が撒き散らされた事を意味していた。


 そうして事実、仮想世界は量子の戦火に包まれている。


 電子兵装を伴いし神算鬼謀の大渦は、仮想の世界に新たな秩序をもたらすか。あるいは増々の混迷に陥るか。超現実仮想空間(ネオ・ヴァーチャルスペース)の行く末を知る者は、唯の一人もいなかった。


 一方の現実世界もまた同じく、混沌の極致にある。


 歯車が、鋼が、電子が蠢く。心霊工学(スペクター・エンジニアリング)亜生物工学(オーク・エンジニアリング)、ナノテクノロジー――その他諸々の最先端科学技術の限界突破は、都市の歪な発展と共にあった。


 方々で、暴力と略奪の限りを尽くす外道の悪党達。最先端科学兵器で武装する者。新たな力に目覚めた者。彼らに共通していることと言えば、人の身には大きすぎる怪物じみた力を振るい続けるという点だけだ。


 容赦なく暴虐をまき散らすその姿は、まさに、悪鬼羅刹を冠するに相応しい。生の肉体を宿していながら、手から炎を、指先から雷を、口から光撃を。体を膨れ上がらせ、拳を振るいて、大地へ絶撃を放つ。


 悪党どもは魔改造単車(キングオブ・ハーレー)に乗り込み、濁流の如く押し寄せ、街々を燃やして征く。無辜の人々は縊り殺され、女達は総じて滅茶苦茶に犯された。妻も、母も、恋人も、姉も、妹も、娘も、幼女も、その全てが。


 屈強な犯罪者共に力づくで組み伏され、無理やりに体を開かされる女たち。彼女らの傍に横たわるは、内臓が弾けた男たちの遺体。光を失いし瞳から漏れた涙の雫が映すのは、まごうことなき地獄絵図。


 神の不在を証明するかの如く暴走を続ける悪党たちの暴力を前に、しかし、黄金に輝く矛を向ける者達あり。それこそが、都市の治安維持を担う特務組織・蒼天機関(ガルディアン)の精鋭なり。


 目には目を、歯には歯を、悪には正義を、超常なる力には、超常なる力を――蒼天機関(ガルディアン)が抱える精鋭達の、見よ。縦横無尽に地を駆け、空を征き、摩訶不思議な技を繰り出す、その雄々しき姿を。


 彼らは『正義』の名の下に、触れもせずにビルを傾かせ、視界を欺き、血を操り、原子を使役し、次元を切り裂く刃を繰り出して悪党共を狩り続ける。手を翳し、都市の半分を覆い尽くさんばかりの半透明防壁を展開して人々を守護する一方で、十六の光熱球から放たれる無数のレーザーが、枯れた大地に熱痕を穿ち、悪党どもの命を絶つ。これら物理的破壊活動の最中にあって、敢えて精神破壊の呪術めいた詠唱を吐き連ねる輩と言ったら、凶相を浮かべて禍々しい。


 何時終わらんとも知れぬ異常能力発現(ジェネレート)。その超力応酬の数々よ。


 ジェネレーター同士の激闘に次ぐ激闘を尻目に、人々へ安らぎを与えんと行脚するは、聖光に満ち溢れた僧枷の一団である。木蘭色の法衣で身を護り、釈迦に帰依して十大弟子を讃え、八正道を説く彼らの前に立ち塞がるは、不定形の悪霊なり。


 突き進むは聖者すら躊躇う茨の道。されども、彼らは怯まない。持ち前の法力で怨霊死霊の軍勢を打ち砕いたる暁には、都市に平穏が訪れんと信じて疑わない。過酷な現実を受け入れられずに信心を捨てた僧者は、すべからく破戒僧へと堕ちていった。


 今日も僧者は、気狂い寸前の修行に汗を流す。


 東に死魂霊(マーラー)の目撃報告を受ければ、我先にと法力を練って馳せ参じ、西にて要請があれば、手錬れを率いて六波羅散華爆撃(ダーマ・ブラスター)を敢行した。北に赴けば、祈祷弾精製の為に夜が更けるまで真言(マントラ)を唱え、南では常に最終解脱システムの構想を説いた。


 そして、最も恐ろしきは都市西部。雄々しき山々の彼方より轟くは、異類異形の叫喚よ。およそ生命の機能美から外れし化生の怪物が、暗き森の陰で虎視眈眈と構え潜んでいた。


 都市西部に猛々しく君臨するは、魔境の獣王・ベヒイモス。額に紅煌の石を宿した獣の群れは、巨躯を超えた巨躯を揺らし、人々を貪り尽くさんと、人里に降りては暴威を振るう。大気を震わせて地鳴りを響かせ、都市を崩さんと進撃する。


 滾々と湧き出るその悪意と獰猛さといったら、地獄の魔獣を思わせるに十分過ぎた。言語は勿論通じず、生態のディティールは不明の一言に尽きる。


 その正体は、幻幽都市誕生の直接的要因となった大禍災(デザストル)の魔力により、進化の枠組みから外れも外れた動植物の成れの果てである。





 人々は怖れ慄く。

 あれこそが、神魔の居城。

 幽玄の世に揺蕩う魔の都だと。


 人々は嘆き悲しむ。

 あれこそが、嘗ての東京。

 そのなれの果てであると。


 人々は毅然と断じる。

 あれこそが、世界の特異点。

 人類の理解が未だ以て及ばぬ渾沌の神域だと。





 決して、四源(よげん)を忘れるなかれ。

 幻幽都市に、幸よあれ。

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