2-3俺とあいつ
俺は部活の練習を終えると、紗英を探しに校舎内にいた。
音楽科のピアノの担当教諭に会ったので尋ねてみると
とっくにレッスンは終わったとのことだった。
帰っちゃったか…
俺は残念な気持ちで帰路についた。
最近の紗英は俺に気を許してくれているのが分かる。
名前で呼んでも良いか聞いたときに、
あいつの事を思い出してしまうかもと思って恐かったが、何気ない顔で「いいよ」と言ってくれた。
俺の事も名前で呼んでほしいという要望にも応えてくれている。
それに何よりよくグラウンドに足を運んでくれるし、期待してもいいのかと思っていた。
でも、どうしても俺はこの関係を前に進めることができなかった。
ふとしたときの紗英の横顔が、
誰かの事を想っているのではないかと思うほど切ないときがあるからだ。
紗英はたまに遠くを見つめる目をする。
その目を見たときに、俺の隣にいたはずの紗英がすごく遠くにいる気持ちになる。
その表情が消えない限り、俺は自分の気持ちを隠し通すことに決めていた。
これは俺の償いなのだ。
自宅の最寄り駅を降り、しばらく歩くと道端に茫然と立ち尽くしている紗英を見つけた。
ぴくりとも動かない後ろ姿に俺は駆け寄った。
「紗英?」
彼女の顔を覗き込むと、彼女の顔色は病気かと思うほどに真っ白だった。
「紗英!!どうしたんだよ!!」
俺が肩をゆすって声をかけると、彼女の顔に色が戻ってきた。
彼女の目と俺の目が合った。
「しょ…翔君。」
彼女の言葉にひとまず安心した。
「大丈夫か?心配だし送っていくよ。歩ける?」
彼女は思いつめたような表情で頷いた。
俺は彼女の鞄とコンビニの袋を持つと、彼女を先導しようと歩き始めた。
すると背中に重みを感じて振り返ると、紗英が俺の制服の裾をつかんでいた。
俺は何か言いたいのかと思い振り返ると、少ししゃがんで目線を合わせた。
「あ…あのね…」
「うん?」
彼女は何か言いたげに悩んでいた。
すると首を横に振って言った。
「ごめん。何でもない。…ありがとう。」
その時の彼女の表情、雰囲気に覚えがあった。
嫌な予感が脳裏をかすめた。
俺の不安が伝わらないように、笑顔を作って頷いた。
そして彼女の手を握ると歩き出した。
手を握った瞬間、紗英が戸惑ったのが分かったが気にしないことにした。
手をつないでいないといけない気がしたからだ。
紗英がどこかに行ってしまいそうな…そんな予感が…
紗英の家に着くころには紗英もいつも通りに戻っていて、ほっと一息ついた。
「また明日」と手を振って別れると、俺の足はまっすぐ行くべきところに向かっていた。
俺の予想があたっていれば、あいつはきっと家にいる。
自分の考えが当たってなければ良いと願いながら
俺は自分の家から2ブロック先にある、吉田竜聖の家へと向かっていた。
インターホンと一度押して、誰も出てこないのがわかると
門を開けてドアに手をかけた。
カギは空いていた。
やっぱり…
俺は勝手に家の中に入ると、玄関に無造作に脱ぎ捨てられたスニーカーを見て
靴を脱ぎまっすぐ二階のあいつの部屋に向かった。
俺はあいつの部屋の前で一息つくと、ノックもせずに入った。
ベッドに寝転んでいたあいつは、俺の顔を見て驚いて飛び起きた。
「なっ…!!」
突然の事に驚いたんだろう。
あいつは俺を指さして抗議しようとしていたが、声になってなかった。
「邪魔するぞ。」
俺はそう言うと、ドアを閉めて入り口付近に腰を下ろした。
そしてまっすぐあいつを見据えて言った。
「お前、今日紗英に会ったか?」
あいつは肩を震わすと俺から目をそらした。
表情からイエスだとわかった。
「紗英に何言った。」
紗英をあんな顔にさせるのはこいつしかいない。
中学の事にこりずに、また傷つけたんなら許すわけにはいかなかった。
「何も言ってねぇ!!」
あいつは横を向いたまま怒鳴った。
「だ…っ、だいたいお前に何の関係があるんだよ!!
俺が紗英と会ったとして、何言ったかなんてお前に話す必要なんかねぇだろ!!」
あいつは肩で息をしながら顔をしかめていた。
「確かに。俺には関係ない。
でも、俺は紗英を傷つけるやつから守ろうと決めて今まできたんだ。
それがお前なら俺は放っておくわけにはいかない。」
横を向いたまま答えないあいつを見て、俺はため息をついた。
「まぁ、何もしてないならいいさ。」
俺はこのままいても仕方ないと思い、鞄を背負って腰を上げた。
「せいぜい紗英に会わないよう、気を使ってくれよ。…じゃあな。」
部屋を出るときにあいつの呟きが聞こえた。
「俺だって会いたくなかった…」
俺はあいつの家を出ると、外からあいつの部屋を見上げた。
中学卒業以来、久しぶりに会ったあいつは変わってしまっていた。
昔はもっとまっすぐ俺にぶつかってきていた気がする。
しんと静まり返ったあいつの家を見て、中学の友人である山本竜也が言っていたことを思い出した。
あいつの両親はあいつが高校に進学したときに離婚した。
今は父親と暮らしているらしいが、この様子じゃあまり帰ってこないんだろう。
竜也は心配していた。
高校に入ってから、あいつは暴力を振るうようになったと。
元々持っていたカリスマ性で悪のトップにまでなってしまい、自分には止められない…と
俺に言わせれば、あいつは弱いからこうなっただけだと思うのだが
中学のときにあいつより紗英をとった俺には、何を言う資格もない。
けど、今日あいつに会って確信したことがある。
あいつはまだ紗英が好きで、過去にとらわれていると…
そして俺はあいつの家を背に歩を進めた。
まっすぐ前を向いて、自分の気持ちを確かめた。
俺は紗英が好きだ。
たとえまだ二人が想いあっていようとも、臆病者には渡さない。
中学時代から変わらない思いを胸に、決意を改めた。
親友だったはずなのに…書いてて切なかったです。
読んでくださり、ありがとうございます。




