2-17悩み
板倉に無理やり連れていかれた修学旅行でのことだ。
俺は偶然にも西城高校の生徒を見かけた。
紗英も来てるのかと俺は心臓が飛び上がった。
だが、その集団に紗英の姿はなく安心した。
仲の良いその集団を見て、
俺は中学時代の事を思い出していた。
中学のときは俺の周りにもああやってバカ騒ぎできる友達がいた。
どこですれ違ったのか…
俺はその友人達と大きな溝ができてしまった。
今、俺のそばにいるのは板倉だけだ。
今からでも変われるだろうか…?
ついこの間父親から拒絶され、たまに考えるようになった。
考えるようになったところで、実際行動には起こせないのだが…
そしてその集団と離れてしばらく経った時、
板倉が海遊館に行きたいというので向かっていたら、
また西城高校の生徒を見つけてしまった。
俺はさっきの事で耐性がついていたのであまり驚かなかったが、
前の西城高校の集団を見て足を止めた。
そこには翔平の姿があった。
翔平は快活そうな女子と腕を組んで、仲良さげに歩いていた。
紗英は…!?
俺はその集団のメンバーを一人一人見ていって、紗英の姿を見つけた。
隣には知らない男。
あの二人は付き合っているのではないのだろうか。
疑問が過る。
夏休み、あんなに仲が良さそうだったのに
これはどういうことなのだろうか…
俺はその集団から目が離せなかった。
もしかして…付き合ってないのか…?
俺の頭に一つの可能性が浮かんだ。
だとしたら、俺は紗英になんて事を言ってしまったんだろう。
付き合ってると勘違いして、勝手に嫉妬して、
中学の時と同じように傷つけた。
最低だ。
このままじゃ昔の俺と変わらない。
俺はその場で立ち尽くして俯くことしかできなかった。
それが二週間前の事。
俺は学校の特別教室棟の裏で座り込んでいた。
独りになりたいときに来る場所だ。
紗英の事、翔平の事…何か大きな勘違いをしている気がする。
でもそれを確かめる勇気が俺には…ない…。
それに今更紗英に会いに行ったところで
どうすればいいのかも分からない。
大きくため息をついたとき、
ふと地面を踏みしめる音がして顔を上げた。
「あれ…?…君は…?」
白衣にぼさぼさの髪、
黒縁メガネをかけた四十代ぐらいの先生が俺を見ていた。
よく見れば俺のクラスの担任で化学担当の増谷先生だった。
年の割に背が高く、背筋もシャキッとしている。
増谷先生はゆっくり俺に近づいてくる。
「吉田…いつもこんな所にいたのか。」
俺は話したこともない担任の言葉を黙って聞いていた。
いつもだったら一人の時間を邪魔されたと
気分を害して立ち去っただろう…
けどただの気まぐれだったのかもしれないが、
このときは先生の事を鬱陶しいとは思わなかった。
「授業には出ないのか?」
鬱陶しくはなかったが、
答えるのは気に入らなかったので黙っていた。
「もったいないなぁ~。
俺がお前だったらがむしゃらに何でもやりたいことやるのになぁ。」
増谷先生は俺の横まで来ると立ち止まった。
俺と同じ方向を見ている。
植物が生い茂ってるだけで、特に面白いものはないのだが。
「勉強して、恋愛して、遊んで…
悩みがあるなら、周りに相談したりもするかな。」
この言葉に俺は心を見透かされたのかとぎょっとした。
増谷先生を見上げると俺を横目で見下ろして笑っている。
もしかして…俺のため息…聞かれてたか…?
「お前らの年の頃は悩めるだけ悩んでなんぼだ。
一人で解決できないから、周りに人がいるんだろうしな。
家族に友達、俺たち教師もな。」
増谷先生の言葉に聞き入る。
増谷先生は俺に顔を向けると笑った。
「人生の先輩には色んな知恵があるぞ?」
増谷先生の優しげな顔を見て
俺は何を思ったのか、勝手に口が開いた。
「あ……会って話したい奴がいて…
でも、なんて言っていいか…分からなくて…。」
増谷先生は黙ったまま俺の話を聞いている。
「それに…会うのも…怖いし…」
「大丈夫だ。」
増谷先生は俺の肩に手を置いた。
俺は目の前に来た増谷先生を見上げる。
「会いたい奴ってのは友達か?」
俺は頷いた。
「友達なら怖くても会わなきゃな!
何言っていいかなんて、顔を見れば自然と出てくるもんさ。」
他人の言葉にこんなに耳を傾けたのは
いつ以来だろう。
増谷先生の言葉には何か力がある気がした。
「とりあえず会いに行け。
それでまた悩んだなら、また今みたいに誰かに相談すればいいんだよ。」
増谷先生は俺の肩から手を離すと、
その場で息を吐いてから俺に背を向けた。
「もうすぐチャイム鳴るぞ。次の授業は出ろよ。」
俺は増谷先生の背を見つめていた。
すると授業終了のチャイムが鳴った。
少し胸のつっかえが取れたような気分で
久しぶりに晴れた気持ちになれた。
俺は立ち上がると増谷先生の言葉を守るわけではないが
何となく教室に向かった。
***
教室に戻るとクラスの雰囲気が変わるのが分かった。
いつもそうだ。
素行の悪い俺はクラスメイトから敬遠されている。
この空気が嫌でクラスで授業を受けたくないのだが、
なるべくクラスメイトと目を合わせないように席につく。
俺は窓際の一番前の席だ。
チャイムが鳴るまで外を見て、気持ちを和らげる。
そしてチャイムが鳴って教師が教室に入ってきた。
入ってきたのは増谷先生だった。
俺はさっきの事を思い出していた。
だから次の授業出ろとか言ったのか…
俺が驚いて見ているのに気付いたのか、
増谷先生は俺を見て嬉しそうに笑った。
俺は気まずくて窓の外に視線を戻した。
何で…増谷先生に話したんだろ…
自分の心境の変化に戸惑った。
そして増谷先生がプリントを配るために俺の席の前に来た時、
俺にだけ聞こえる声で言った。
「お前は変われるよ。」
俺は増谷先生をじっと見て固まった。
渡されたプリントが手の中を滑る。
変わる…?
後ろの席の奴に背中を突かれて、ハッと気づいた。
急いでプリントを後ろに渡す。
変わるなんて考えたこともなかった。
俺は増谷先生が説明している声を聞き流しながら、
心に自信が芽生えるのを感じた。
やっと竜聖が動き出します。
今後の動きにご注目ください!




