2-4切れない糸
「もー!!あんた達なにやってんの!?」
私は弟たちのケンカを仲裁していた。
そんなときに母に呼ばれた。
「麻友!紗英ちゃんから電話よ!」
「紗英!?」
私は弟たちの頭をしばくと、電話機まで走った。
上がる息をおさえて電話に出た。
「もしもし?紗英?」
『麻友。久しぶり。』
久しぶりに聞く紗英の声は何だか元気がないように思えた。
『ごめんね。こんな時間に。』
「ううん。それはいいんだけどさ…。どうかした?」
『…あのね…、今日…吉田君に会って…』
「吉田!?」
かなり久しぶりに紗英から聞く、吉田の名前に驚きを隠せなかった。
『うん…それで…麻友、同じ高校だし、何か吉田君のこと知ってないかと思って。』
紗英からの申し出に、私は学校での吉田を思い出して言葉につまった。
素行の悪い姿、暴力的な行動。
正直紗英には近づけたくなかった。
「紗英…今、家?」
この話は電話でせず、直接会って話した方が良いと判断した。
『うん…?そうだけど…』
「今から行く。待ってて。」
『え!?麻友?』
置いた受話器から紗英の驚いた声が聞こえたが、
構わずに切ると、母に「少し出てくる」と言い残して家を出た。
私の家から紗英の家までは徒歩10分、走ればすぐだ。
私は高校から始めた部活動のおかげで、足が速くなった。
陸上部で教え込まれたフォームで颯爽と走る。
紗英の家の前まで来ると、息を整えてインターホンを押した。
押すと待っていたのか紗英がすぐ出てきた。
紗英は私に駆け寄ると申し訳なさそうに言った。
「麻友。ごめん。わざわざ…。私、気になるような態度とったからだよね…」
私は大きく息を吸い込んだ。
「紗英。すぐ自分のせいにするクセよくないよ!
今日は私が来たかったから来ただけ!!気にしないで!」
私の言葉に面食らった紗英だったが、何度か瞬くと目を潤ませた。
「麻友~…。」
紗英は私にもたれかかると静かに涙を流した。
私は紗英が吉田に会ったことで、何があったのかは分からなかったが
紗英が泣き止むまでポンポンと頭をなでていた。
そのあと、紗英は泣き顔を親に見られたくないとのことで
私たちは近くの公園まで移動した。
「落ち着いた?」
私が声をかけると、紗英は目の周りと鼻の頭を真っ赤にした顔で頷いた。
「あのね、今日吉田君に会って…もしかしたら前みたいに話せるかもって思ったんだ。
それで…声をかけたんだけど…」
紗英は何かを思い出したようで、急に暗い表情になってしまった。
私は紗英の言いたいことはなんとなく分かった。
ただ、あいつには絶対に近づかせたくなかった。
「吉田さ…変わってたでしょ?」
私の問いかけに紗英はおそるおそる頷いた。
それを見て続けた。
「きっと紗英が望んでる、前みたいにってのは無理があるのかもしれないよ。」
「…え…?」
「紗英にも高校に入ってからの生活があったように、吉田にもあったわけじゃん。
その知らない時間をすっとばして、前みたいに…なんて、私は綺麗ごとだと思うな。」
紗英の吉田に会いたいという気持ち、何があったのか知りたい気持ち
痛いほど理解できるけど、紗英には今のまま笑って過ごしてほしい
「分かってる…けど…。」
紗英がうつむいて膝の上の拳を握りしめた。
「でも、今日会ったとき、吉田君は私を見てくれた…少しだったけど…。
目が合ったんだよ…だから、私…」
「紗英!!」
紗英が続けようとするのを遮った。
驚いたように私を見つめる紗英を私も見つめ返した。
「紗英。一回会っただけで吉田のこと、抱え込みすぎだよ。
そんなに気になるなら、私が学校での様子見とくから。もう考えるのやめよう?」
紗英の瞳が震えるのが分かった。
「私…昔の吉田君に会いたかった…。」
紗英は下を向いて弱々しく言った。
握りしめた拳に涙が落ちる。
紗英は色々話してくれたが、きっとこれが本音だと思った。
紗英はただ悲しかったんだ。
自分の好きだった人が、あまりにも変わっていて
きっとずっと夢見てたんだろう
あの頃のように話せる日が来るって
そして現実に打ちのめされた。
私は紗英の中の吉田の存在の大きさに内心驚いていた。
吉田と話さなくなって二年以上
私は紗英は吹っ切ったものだと思ってた
今更吉田が何してこようと紗英は大丈夫
その考えは甘かった。
たった一回会っただけでこれだ。
紗英と吉田のつながりは断ち切ろうとしても
断ち切れないのかもしれない。
私は紗英の横顔を見つめて、
明日吉田に会いに行こうと心に決めた。
***
次の日、
私は学校で休み時間のたびに吉田の姿を探した。
サボることが多い吉田はいつ登校してくるか分からない。
ましてや登校していても、教室にいるとは限らない。
ほんっと、世話のかかるやつ!!
私は見つからない吉田を探しながらイライラしていた。
足音を立てながら廊下をずんずん歩いていると、階下から怒鳴り声が聞こえてきた。
若干舌の巻いた話し方、吉田の取り巻きだと思った私は階段を駆け下りた。
下の階に行くと、予想通り吉田の取り巻きが下級生に詰め寄っていた。
吉田は後ろでぼーっとしていた。
私は勇気を出して吉田の横に立つと、声をかけた。
「話があるんだけど。」
吉田は冷たい目で私を品定めするように見ると、不敵に笑った。
「俺は用はない。」
そう来ると思ってた私は、挑発するように言い返した。
「紗英の事で伝えたいことがあったんだけど…
あんた興味ないんだ?じゃ、いいや。」
不敵に笑い返して、立ち去ろうとする私の腕を吉田が掴んできた。
私は驚いて振り返ると吉田の顔を見た。
その表情は少し中学時代の幼い姿を思わせた。
「何?用、ないんでしょ?」
「す…少しなら聞いてやるよ。」
なんだその上から目線!!
私はムカムカする感情をおさえて、
人気のない非常階段の踊り場まで吉田を連れ出した。
そしてまったく目を合わせてこない吉田を見つめた。
「昨日紗英と会ったんだって?」
単刀直入に切り込んだ。
吉田の冷たい瞳がこっちを向いた。
「だったら?」
「それは別にいいんだけど。紗英があんたの事心配してて。」
私の言葉に吉田の表情が変わった。
冷たい瞳に光が宿った気がした。
「紗英は昔みたいにあんたと話がしたいみたいで…」
「紗英が本当にそう言ったのか…?」
信じられないという顔で吉田が私を見た。
私はその反応に戸惑った。
え…? 何、こいつの表情…
振った相手に興味持つのも変だと思ったけど、
何…この期待に満ちた目…
「…そうだけど…。」
私の返答に吉田はしばらく考え込むと言った。
「わかった…。」
それだけ言い残すと、吉田はサッサとその場を立ち去ってしまった。
私は予想外の反応に、その場に足が張り付いて動けなかった。
もっと言いたいことがあったはずなのに、その言葉すら出てこなかった。
そして、吉田の去っていた方向に目をやると
ある一つの可能性が私の脳裏をかすめていった。
読んでいただきありがとうございました!
麻友視点でした。




