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[第二十話 フー・リヴド・ローヴィン・ロビン]

"Vivons et rions entre les nostres, allons mourir et rechigner entre les inconnuz."

(友人達とともに陽気に生きよう、そして見知らぬ人達のところへ行って陰気に死のう)


                                         ――ミシェル・ド・モンテーニュ


 ある月曜日の夕暮れ時。人で混み合う城ヶ崎市駅のホームに、一人の男が降り立った。彼はいかにも楽しそうな表情で歌を口ずさみつつ、ゆっくりと階段を降り、改札のほうへ向かって歩いていく。


 "Robin was a rovin' boy,(ロビンは風来坊だったのさ)

  Rantin' rovin', rantin' rovin';(陽気に放浪、自由に放浪)

  Robin was a rovin' boy,(ロビンは風来坊だったのさ)

  Rantin' rovin' Robin!"(陽気な風来坊のロビン!)


 行き交う人々はその人物に奇異の視線を向けた。人ごみの中で声を張り上げて歌うという彼の奇矯な行動もそうだが、風体もまた一段と怪しかったのだ。ひょろりと痩せた身体つきをしており、羽織っているオーバーは薄汚れていて、ところどころ擦り切れている。薄い金色をした髪は手入れを怠っているのか、ぼさぼさだった。

 改札の少し前、人の流れが途切れたところで、彼は歩みを止めた。そして持っていた小さな旅行鞄を床に置き、ズボンの尻ポケットに捻じ込んであったステンレス製のウィスキーボトルを手に取り、ぐいと(あお)る。

 彼はウィスキーボトルを尻ポケットに戻して、口元を拭った。それから、旅行鞄に手を突っ込んで、地図を取り出し、じっと眺めた。青い瞳を考え込むようにして細めながら、小さな声で呟く。

「さて、お目当ての彼はどこにいるんだろうな」

 そうして、彼は地図を旅行鞄に収め、改札を抜けた。


     *


陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビンが城ヶ崎市に来ている? あの(・・)ハイランドの魔術師がか? どうして今まで分からなかったんだ!」

 片眼鏡の奥の眼を、剣呑に吊り上げて、力いっぱい机を叩いて叫んだのは、黒髪の男だった。日本魔術組合(ギルド)支部長を務めるこの男の名を芦川賢治(あしかわけんじ)という。魔術組合(ギルド)支部の執務室で、一日のルーティン・ワークを終えようとしたときに、彼はその報告を受けたのだった。ようやく面倒事が片付いた、と思ったときに、彼の耳にこの知らせが入ったのだ。多少不機嫌になったとしても、仕方のないことだろう。彼は問題の報告を持ってきた人物を鋭い視線で睨み据えた。

 彼の眼前に立つのは、漆黒の髪を肩のあたりで切り揃えた女だ。黒の人形師(ブラック・パペッター)綾織絢(あやおりあや)である。彼女は賢治に苛立ちをぶつけられても、その人形めいた表情を微塵も動かさない。絢は淡々とした口調で言葉を口にした。

時計仕掛けの叡智ホロロギウム・サピエンティアエ。いくら私達といえども彼の行動を事前に察知することはできませんよ。彼は転移魔術を使いませんから」

 賢治は眉間に皺を寄せる。しばらくそうした後に、彼はこめかみを押さえて、深く息を吐いた。

「済まなかったな、黒の人形師(ブラック・パペッター)。ただの八つ当たりだった、今のは忘れてくれ」

「いえ、特に気にしてはいませんし」

 抑揚なく告げた絢に、賢治は苦笑する。相変わらず絢の感情は読み辛い。しかし、彼女自身が気にしていないと言うのなら、その通りなのだろう。賢治は顔を引き締めて、絢に尋ねた。

「しかし、一体誰が目的だ。彼の興味を惹きそうな魔術師がこの街にいたか?」

「分かりません。可能性が高いのは、非万能博士ドクトル・インウニウェルサリスあたりでしょうか」

 絢は豊原町に住む錬金術師、高野淵明(たかのえんめい)の通り名を口にする。それを聞いた賢治は考え込むように腕を組んだ。

「ふむ。あのあたりに魔術師を配備しておくことにするか」

「そうしておくべきでしょうね。用心しておくに越したことはない」

 絢は無表情のまま、賢治の言葉に同意する。

「君ももし何かあったら動けるように待機しておいてくれ」

「ええ、そのつもりです」

 頷いて、軽く頭を下げた後に、絢は踵を返して部屋から退出する。

 賢治は絢が出ていくのを見送ってから、窓際へと向かった。窓から沈み行く夕陽をぼんやりと眺めながら思う。どうやらいつも通りの時刻に帰ることはできないらしい。

「今日は残業確定だな」

 賢治は顔全体に濃い疲労を(にじ)ませて、大きく溜め息を吐いた。

 

     *


「だから、UFOと聞いて、金属光沢を持った円盤状の物体を思い浮かべるのは、あまりにも浅はかだと思うのよ」

「古いSF映画とかに出てくるあれはUFOだろ? あれをUFOと呼ばずして、一体何と呼ぶんだ」

 すっかり暗くなった路地を歩くのは、二人の人物である。黒髪の少年、久住肇(くじゅうはじめ)と、彼の幼馴染である茶髪をしたポニーテールの少女、宮地悠(みやじゆう)だ。

 二人が帰宅する時間は普段よりもかなり遅い。肇がこんなにも遅く家に帰るになった理由というのは、放課後に天文部の部室を掃除するよう、悠に頼まれたためだ。ほとんど使われていない部室は埃にまみれていて、片付けをするのも一苦労であった。肇のクラスメイトであり、天文部部長である上野寿人(うえのひさと)と合わせて三人がかりで行っても、掃除を終えるのにこの時間までかかったのだった。

「UFO、すなわち未確認飛アンアイデンティファイド・フ行物体ライング・オブジェクト。その言葉が表すのは素性の知れない正体不明の飛行物体よ」

 今日は師匠の家に寄れそうもないな、と思いながら、肇は滔々(とうとう)と喋り続ける悠の言葉を、ただ黙って聞いている。悠は一呼吸置いて言葉を続けた。

「字義通り取れば、それはIFF、つまり敵味方識アイデンティフィケーション・別信号フレンド・オア・フォウの応答がないか、目視による確認ができない飛行物体のことを指す。だからUFOというのは国籍不明の戦闘機であっても別に構わない訳。逆に異星人が乗っているあの空飛ぶ円盤でも正体が分かっているのなら、UFOと呼ぶのはおかしいことになる」

 そこまで一気に言い切ってから、悠は反応を見るように、肇の顔を覗き込んだ。

「どう、UFOの定義は理解できた?」

「……取り合えず、確認済みかどうかが重要なことだけは分かった」

 どこか疲れた表情でこう答えた肇を見て、悠は満足気に首を縦に振った。

「そう! だからオカルト否定論者のUFOなんて存在しない、っていう言説は間違っていると思うの。人間にとって不可知なものが空を飛んでいても、全然構わないと思わない?」

「……まあ、そうかもな」

 そうこう話しているうちに、二人は悠の家の前へと辿り着く。悠は肇に笑いかけて、別れの挨拶をした。

「今日はお疲れ、肇。じゃあね」

「ああ、また明日」

 肇は軽く返事を返して、悠に背を向ける。今日はもう寝るか、と思って彼が自宅の門をくぐったときに、彼の背筋をぞくり、と悪寒が走った。辺りの空気が突然変容したような、感覚。違和感を感じた肇はその気配の発生源に、目を向ける。彼の師匠、アルファルド・シュタインの家の方角である。

 ――師匠がまた何かやらかしたのか?

 肇は一旦家の中に入って荷物を置くと、急いで身を翻し、アルファルドの家のほうへ向かって駆け出した。


     *


 暗闇濃い住宅街を、肇は全速力で駆け抜ける。足をひたすら前に動かしながら、彼は思考を巡らせる。確かにあれは、魔術的な気配だった。彼はどちらかというと、そういったものに対する感覚が鈍いほうであるということを自覚していた。何しろ精霊だって、碌に見えないのだから。しかし、そんな彼が明確にその現象を知覚できたということは、かなりの規模で魔術が行われたということを示している。

 アルファルドの洋館に近付くに連れて、肇は次第に不穏な空気が高まっていくのを感じていた。気圧が急激に高くなったときとどこか類似する感覚。

 肇がさらに足を速めようとしたときに、彼は驚くべきものを見た。思わず度肝を抜かれる。前方から怪しい格好をした一人の外国人の男がものすごい勢いで走ってきたのである。纏っている服は全体的にくたびれている上に、彼の金髪は一目で櫛を通していないと分かるありさまだった。彼の雰囲気はどこか浮浪者じみていたのだ。その男は肇の前まで来ると、流暢な日本語で叫んだ。

「こちらに来ては危険だ! 君も逃げたほうがいい」

 明らかに怪しげな人物にただならぬ形相を向けられた肇は、気圧されて少し後ずさる。

「えっ?」 

 金髪の男は肇の手を無理矢理に掴んで、言った。

「逃げるんだ! 早く!」

 ぐいっと力強く引っ張られて、肇は数歩たたらを踏む。彼の手を引き剥がして、倒れそうな体勢を立て直してから、眼前の男を睨み付けて、抗議の声を上げた。

「いきなり何なんですか! あなたは!」

「落ち着け! 私達はあれから逃げなければならない」

 その男が指差したのは、星の瞬くはるか上空だった。肇は目を(すが)めて天を仰ぐ。彼は幾つか見える星が、慌しく消えたり現れたりしていることに気付いた。確かに夜空を何か黒いものが飛び交っている。そしてそれはこちらに向かって急速に移動していた。

「何ですか、あの未確認飛行物体は!」

「説明している暇はない!」

 問いかける肇に、その男はただ逃げるように促すばかりだ。勢いに呑まれて、肇は彼の言葉に頷いた。二人は息を切らしながら、住宅街を全力で疾走する。

 追ってくる何かの気配が徐々に強まってくるのを感じて、肇は振り返り、背後の様子をそっと(うかが)う。近付いて来る黒いものの正体が露わになる。鳥だった。無数の鳥が群れを成していたのだ。

「どうして、鳥に追われてるんですか!」

「それを私に聞かないでくれ! 日本に来てまさかヒッチコックもびっくりな目に遭うとは思わなかった!」

 鳥達に追われながら、必死で走り続けた二人が辿り着いた先は、丘の上の公園だった。街灯の薄明かりに照らされて、誰もいない公園はどこか不気味な雰囲気を醸しだしていた。

 ぜえぜえと呼吸を激しくさせて、肇と金髪の男は足を止める。逃げるのも、もはや限界だった。飛来してきた鳥達はいたるところにいた。電線の上に、遊具の上に、木々の上に。鳥達は二人を包囲して、炯々(けいけい)とした鋭い眼光を向けてくる。

「……なぜ、襲ってこないんだ?」

 誰に言うとでもなく、金髪の男は小さく呟く。その問いに答えるように、濃い闇の中から現れたのは、中肉中背の白髪をした男だった。

「観念するんだな。陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビン

 肇は新たに現れた白髪の男をまじまじと見つめる。彼はその顔立ちをどこかで見たような気がしたのだ。しかし、どこで見たのかは正確には思い出せない。白髪の男は唇の端を上げて、肇に向かってにやりと笑いかけた。

「この間は世話になったな、少年」

「ええと、どちら様でしたっけ」

 小首を傾げて肇は白髪の男に尋ねる。肇の様子を眺めた白髪の男は、憮然とした顔をした。

「自分が倒した魔術師ぐらい覚えておけ。全くこれだから最近の若者というのは困る」

 それを聞いた肇は何かを思い出したように、ぽんと手を打った。確か彼は――

「戦闘狂の変態」

「変態言うな!」

 白髪の男は、顔全体をたちまちのうちに紅潮させて、憤然と怒鳴った。

「いいか。全力で耳を傾けて聞け。私は位階II(デゥオ)闇狩人(ナハト・イェーガー)斉藤慎(さいとうしん)だ」

「確か(グラディウム)に捕まったはずじゃないのか。いつ脱獄したんだ」

 肇は訝しく思って首を捻る。綾織絢(あやおりあや)は、彼を拘束したはずだ。

「ちゃんと刑期を満了したわ! っていうかそもそも私は何年も拘束されるような悪事を働いていない!」

 声を荒げて言う白髪の男、斉藤慎(さいとうしん)に肇は呆れた視線を向けた。戦闘狂の癖に、意外に律儀である。

「少年。理由も聞かずにそいつの味方をする気か」

「怪しさでは甲乙付け難いが、お前のほうが悪人面に見える」

 肇の言葉に、慎は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに気を取り直したように、表情を引き締める。

「リベンジを果たすために、再戦を、と言いたいところだが、さすがの私もお前があの災厄(ディザスター)の弟子だと聞いては、手を出す気にもなれん」

 そこで慎は一拍置いてから、言葉を続けた。

「だいたい少年、そいつが誰だか分かっているのか? ハイランドの魔術師こと位階II(デゥオ)陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビン、ロバート・ウォレス。こう見えてスコットランド随一の魔術の使い手だ」 

 隣の怪しい風体をした金髪の男は、どうやらロバートという名前らしい。肇はロバートに向き直って聞いた。

「ええと、ロバートさんは魔術師なんですよね。戦闘狂の彼に襲われる心当たりというのは、ありませんか」

 ロバートは考え込むように、顎を手に添わせた。

「そう言えば、以前私の家に不審な手紙が送られてきたことがあったな。ダイレクトメールかと思って読まずにすぐ捨てたけれど」

「あの果たし状書くのに何時間もかかったんだぞ……」

 慎が半眼で呻く様を見て、なんとまあご愁傷様なことだ、と肇は思ったが、さりとて深く同情する気にもなれなかった。果たし状など所詮無視される運命にあるものだ。呪いの手紙とさして変わりはない。

「ともかく! 陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビン、お前が日本に来たと聞いて、私は決闘を直接申し込みに来た。受けてくれるな」

「嫌だね。私はそのようなくだらないことをしに日本に来た訳じゃない」

 慎はロバートにそう突っぱねられても、平然とした様子である。

「ふむ。噂通りの男という訳か。しかし私と戦わない限り、お前は目的を果たすことは出来ないだろうな。私はお前をここから逃がす気はない」

 慎の言葉に呼応するように、公園中に止まっていた鳥達が、彼の周囲に集まりはじめた。鳥達の激しく鳴き喚く不吉な声が夜気に響く。それを見たロバートは焦って叫んだ。

「今すぐその鳥を引っ込めろ。私は鳥が苦手なんだ!」

駒鳥(ロビン)なんて、呼ばれている癖にか?」

 慎は口角を上げて、嘲るようにせせら笑った。

「放っておいてくれ。幼少のみぎりにフィッシュ&チップスをかっ攫われて以来、トラウマなんだよ! 鳥抜きなら、決闘を受けてもいいから」

 どこか自棄糞気味に言うロバートに、慎は確認するように問いかける。

「本当だな?」

「ああ」

 首を縦に振ったロバートを慎は満足そうに眺める。彼が指をぱちんと鳴らすと、鳥達は一斉に羽ばたいて夜空に舞い上がった。

「魔術師の誓約に二言はないぞ。少年、お前は手出し無用だ」

 そのようにして、斉藤慎(さいとうしん)とロバート・ウォレスの決闘は幕を開けた。


     *


「さて、我が兄弟(フラター)よ。始めるとしようか。まずは結界を張らせてもらう」

 慎は外連味(けれんみ)たっぷりに優雅に一礼すると、呪文を唱えた。

「我が名において、空間を歪曲させ、場を遮断せよ。空間隔離」

 彼の言葉に応えるようにして、公園の内側と外側を隔てる結界が完成した。辺り全体に充溢(じゅういつ)していた魔術的気配が、一層濃くなったのを感じて肇は眉を顰める。それは眼前の男から発せられていた。以前対峙したときには感じられなかったものだ。修業の成果によって、少しは魔術的感覚が研ぎ澄まされたのかな、などと考える。

「闇夜を支配する王よ。愚者に裁きを」

 慎の周囲の空間に亀裂が走り、黒い霧のようなものがそこから漏れ出でる。それはゆっくりと凝集していき、球形をとった。

 ロバートはそんな光景を目の当たりにしても、特に身構えるふうでもなく、どこから取り出したのか、携帯用のウイスキーボトルの蓋を開け、ちびりちびりと飲んでいた。危機感の無い彼の様子に、肇はつい叫んでしまう。

「こんなときにハードボイルドに決めている場合ですか!」

固ゆで卵(ハードボイルド)は好きだな。スコッチエッグにすると最高なんだ」

 論点のずれた答えを真顔で返してきたロバートを、肇は呆れた表情で見やる。ロバートはウイスキーボトルをポケットに収めると、安心させるように、肇の頭を軽く叩き、穏やかに微笑んで見せた。

「大丈夫だ。鳥さえいなければこっちのものさ。君は下がっていろ」

 慎が手を振り下ろすのを合図として、彼の周りに浮遊していた黒い球体は、ロバートに向かって飛んでくる。

 ロバートはそれを真正面から見据えて、小さな声で詠唱した。

「光の弓よ。我が命に従い、闇を切り裂け」

 彼の手に忽然と現れたのは、光で出来た弓矢だった。弓をきりきりと引き絞り、狙い打つ。弦を離れて放たれた矢は、黒い球体に命中した。矢に貫かれたそれは、黒い霧となって空中に四散する。

 ロバートが黒い球体に時間を取られている間に、慎は既に地を疾り、間合いを詰めている。

「甘いな。『ティルフィング』」

 慎の手にあったのは、漆黒の刀身をした一振りの剣だ。慎はロバートに向かって、素早く剣を振り下ろす。ロバートはそれをぎりぎりのところで見切って避けた。だが彼の手にあるのは、矢をつがえていない弓だけだ。彼は舌打ちして、弓を手の内から消す。

「得物のない状態で何ができる!」

 慎は剣を構え直して、ロバートの肩に斬りかかった。慌てて飛び退ったが、その一撃は確かに彼を捉えている。彼は顔を歪めながらも手を前に突き出して、短く言葉を唱えた。

「炎よ」

 刹那。炎が弾けた。

 肇は驚きに目を見開く。詠唱短縮。ここまで効果的に使用するとは。

「ぐあああああ!」

 至近距離で炎の魔術を浴びた慎は、苦悶の表情をして地面に手を付いた。ロバートは肩を押さえながら、自らに治癒魔術を施す。

「光よ、我が傷を癒せ」

 そして、ゆっくりと近付いて、地面に倒れ伏したままの慎を見下ろした。

「この決闘、私の勝ちでいいな」

「次こそは勝つ! 首を洗って待っていろ!」

 慎はがばっと勢い良く飛び起きると、何か印を結ぶ仕草をして結界を解き、三流悪役じみた捨て台詞を残して去っていく。えらく立ち直りが早いな、と感心しつつ、その後ろ姿が遠ざかっていくのを見ている肇に、ロバートは視線を向けた。

「ええと――」

 何か言いかけてくしゃくしゃと頭を掻き、困ったように口篭るロバートを見て、肇はまだ名乗っていなかったな、と気付く。そうして、彼は頭を下げて自己紹介した。

久住肇(くじゅうはじめ)です」

「さっき彼が言っていたのは、本当なのかな。君が災厄(ディザスター)の弟子というのは」

「ええ、そうですけど」

 ロバートの声の響きに、わずかに驚愕が含まれていることを訝しく思いながら、肇は頷く。

「本当に、あの災厄(ディザスター)が弟子を取ったんだな」

 ロバートは感慨深げに呟いて、一つ息を吐いた。

「あの、ロバートさんは師匠の知り合いなんですか」

「いや、直接見知っている訳じゃないんだけど、私の友人からいろいろ聞いていたからね。悪いんだけど頼みがあるんだ。彼のところに案内してくれないか?」

 師匠に何か用でもあるのだろうか、と肇は首を傾げる。

「別に構いませんが」

 承諾の返事を得たロバートは破顔して言った。

「助かるよ。アポイントメントを取ろうと思って、何回も電話をかけたんだが、誰も出なかったんだ。もしかして留守なのかと」

「……師匠は単に寝ているだけだと思います」

 肇の言葉を聞いたロバートは、おかしそうにくっくっと声を立てて笑う。

「彼女の言う通り、まさに眠れる美女スリーピング・ビューティという訳だ。彼女の付ける珍妙な渾名も、彼に関してはあながち間違ってはいなかったな」

 師匠もいろいろな呼ばれ方をしているんだな、と肇は心の中で思った。宇宙根源的恐怖とどっちが酷い呼び名だろう。魔術師として有名になる、というのも考えものである。微妙な表情をして考え込んでいる肇の顔を、ロバートは不思議そうに覗き込んだ。

「どうしたんだ」

「いや、なんでもありません。行きましょう」

 肇はかぶりを振って、ロバートに笑いかけた。


     *

 

 アルファルドの洋館の前に辿り着いた肇は、予想通りの光景に小さく嘆息した。すっかり真っ暗だというのに、どの窓からも明かりが漏れていない。これはもう、絶対確実に寝ている。厄介なことになったな、と肇は思った。起こし方が肝心だ。

 肇は振り向いて、ロバートに注意を促した。

「一応警告しておきます。気を付けてください」

「どういう意味?」

 訝しげな声で聞いてきたロバートに、肇はこう言葉を返す。

「師匠は急に起こされると、たまに猛烈に不機嫌になることがあるので」

 門をくぐり、玄関を開けて入ると、洋館の中は真っ暗闇だった。一度目を瞑り、闇に目を慣らしてから、肇は壁際を手探りするように進み、スイッチを押してシャンデリアに明かりを灯す。後ろを振り向くと、ロバートは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回していた。

「どうかしたんですか?」

「日本にもこんな家があるんだな、と思って」

 一階の居間を覗いても、ソファーの上にアルファルドの姿は見当たらない。おそらくは二階の寝室だろう、と見当を付けて肇は階段を上がる。ロバートも肇の後ろに付いて登った。肇はなるべく音を立てないように、ひっそりと寝室の扉に手をかける。

 寝室の中に入ると、ベッドの上で布団をかぶって寝ている人物がいた。肇の師匠、アルファルド・シュタインである。肇はベッドの側の小さな机に近付いて、そこに置いてあるランプの紐を引っ張った。黄色い薄明かりが枕元を照らす。そのわずかばかりの明るさの変化で、目を覚ましたのか、アルファルドはむくりとベッドから起き上がった。

 二、三度、目を瞬かせた後、彼は肇のほうに視線を動かして、問い掛ける。

「……肇。何か用か」

「ロバート・ウォレスさんっていう人が、師匠に用があるって」

「それは俺の貴重な睡眠時間を削ることのほどか?」

 アルファルドは肇が思わず見惚れるほどの笑顔を向けた。まずい。肇は顔を引き攣らせて、ゆっくりと後退さる。アルファルドが笑うことは非常に珍しい。彼は圧倒的に不機嫌な顔をしていることのほうが多かった。たまに笑うときは、大抵災厄の前兆だ。

「貴様は俺の座右の銘を知っているか? 一撃必殺と」

 金髪の魔術師は宙に複雑に印を描きつつ、言った。

「早寝遅起だ」

 それは格好付けて言う決め台詞じゃないだろう、と肇は一瞬逃げるのも忘れて、内心ついつっこんでしまう。アルファルドの魔術が完成する前に、一歩前に出たのは肇の横に立っていたロバートだった。

「盾よ」

 短縮詠唱で成された光の壁が、ロバートの前に展開される。アルファルドの放った氷の針は、ロバートの眼前で粉々に砕け散った。

「じゃあ、代わりに私の座右の銘を教えてあげよう。たとえ最初は成功しなかったとしても、何度でも試してみることだ」

 愉快そうにロバートは口元に笑みを浮べて、こう告げた。

 五柳先生(ごりゅうせんせい)なら、試行錯誤トライアル・アンド・エラーと言うところだろうな、と肇はなんとなく思う。必殺の一撃を無効化されて気勢を削がれたのか、アルファルドは鼻白んだ表情をして呟いた。

ブルース王の蜘蛛キング・ブルースス・スパイダー、か。いかにもスコットランド人らしい」

 そこで、一つ息を吐いて続ける。

「で、名高いハイランドの魔術師が俺に何の用だ。噂通りなら、貴様が俺のような人間に興味があるとも思えないが」

 傍で聞いている肇は少し不思議に思う。アルファルドは世界最高レベルの魔術師のはずだ。とてもそうは見えないが。そんな彼に、魔術師であるロバートが興味を持たない、とはどういう意味だろう。肇はつい疑問の声を上げてしまった。

「師匠のような人間に興味がないってどういう――」

 穏やかに微笑して、肇の言葉を遮るように答えたのはロバートだ。

(ウーヌス)の連中は、型破りの天才ばかりだ。まるで呼吸をするように魔術を使う。ほぼ全員が実践派と言ってもいい。優れた魔術師になるには、確かに天賦の才(ギフト)が必要だ。彼等のように。でもね――天才と呼ばれる一部の人間だけが使える魔術に、どんな意味がある? 私の研究テーマは、いかに少ない魔力で精霊達を従わせられるか、ってことなのさ」

 そこで一旦口を閉じて、彼は手に持っていた小さな旅行鞄をがさごそと漁る。中から取り出したのは、クリップで止められた書類の束だった。ロバートはアルファルドにそれを渡しながら、こう口にする。

「私は君の魔術の才能には興味はないけれど、君の考え方には興味を惹かれるね。それは君が魔術学院時代に書いていたものだ。精霊魔術の簡略化についてのアイデアは、なかなか面白く読ませてもらった」

 長々と言うロバートを、アルファルドはうんざりした面持ちで見やる。

「そんなものを、今更引っ張り出されてもな……」

「私はそうは思わない。このアイデアを煮詰めれば、もっといいものができそうな気がする」

「貴様はそれを俺に手伝わせるつもりだろう。俺の考えだけなら、勝手に使ってくれて構わないから、俺のことは放っておいてくれ」

「そういう訳にはいかないよ」

 ロバートとアルファルドが、押し問答をしているちょうどその時に、呼び鈴の音が鳴った。アルファルドは片眉を顰めて、忌々しそうに声を上げる。

「誰だ。こんな時間に」

 肇は様子を窺おうと、扉を開けて寝室から外に出た。踊り場の手摺を掴んで、階下を覗き込む。シャンデリアの明かりに照らされて立っていたのは、黒いドレスに身を包んだ一人の女だった。黒の人形師(ブラック・パペッター)綾織絢(あやおりあや)である。彼女は肇のほうをちらりと一瞥してから、階段をゆっくりと上がり、肇の側を足早に通り過ぎた。そして、寝室の中へと入り、彼女は真っ直ぐにロバートを見据える。

「ここでしたか、陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビン

「綾織か。やれやれ、今日は来客が多いな」

 アルファルドは溜め息を吐いて、新たな来訪者を出迎えた。

「この男がさっきからいろいろ五月蝿いんだ。貴様のほうからも、何とか言ってやってくれ」

「あのハイランドの魔術師と共同研究できるなんて、名誉なことじゃないですか。どうせ貴方はいつも寝ているだけでしょうに」

 冷たい視線を浴びせてくる絢を、アルファルドはどこか疲れきった様子で見返す。それまで黙っていたロバートは柔和な笑みを浮べて絢のほうを眺めた。

「ああ、君は災厄(ディザスター)の友人かな? 私のことを知っているとは、光栄だね」

「はじめまして。私は位階III(トレース)黒の人形師(ブラック・パペッター)綾織絢(あやおりあや)です」

「よろしく。心強い味方ができて嬉しいよ」

 ロバートは絢の手を取って、ぶんぶんと振る。絢は無表情にされるがままになっていたが、しばらくしてこう口にした。

陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビン

「何?」

災厄(ディザスター)が逃走を図ろうとしているようですが」

 見ると、アルファルドはいつの間にやら、忍び足で寝室の外に逃げていた。

「しまった!」

 ロバートは絢の手を離し、慌ててアルファルドの後を追った。ばたばたと洋館の中が途端に騒がしくなる。肇は逃げ回っているアルファルドを遠目に見ながら、絢に尋ねた。

「綾織さん。ロバートさんは有名人なんですか?」

「ええ。彼には自分の興味の対象になった研究をしている魔術師の家に押しかける、という悪癖がありまして。よく揉め事が発生するらしいのですよ。魔術を研究している者の中には変わった人間が多いですから。しかし今回の彼の行き先が災厄(ディザスター)とは、私にも予想できませんでしたね」

 絢の言葉を聞いて、私の頭は営業中、という台詞が口癖の数学者の逸話が肇の脳裏に浮かぶ。師匠はエルデシュ数ならぬウォレス数1ということになるな、などと考えていると、絢は何かを思い出したように話題を変えた。

「ああ、そういえば貴方。この間の試験、通っていましたよ」

 一瞬何のことだろう、と肇は首を捻る。そしてわずかな間、思考を巡らせた後に、位階昇進試験のことか、と思い至った。肇がすっかり忘れていたことを察したのだろう、絢は呆れた顔をして、肇の眼をじっと覗き込む。

「結果発表も見に行かないとは、本当に駄目な師弟ですね、貴方達は」

 責めるでもなく淡白に言ってくる絢に、肇は少し辟易する。自分が魔術師として駄目な部類に入るのは分かっていたが、やはり師匠も魔術師として駄目なのか。まあ怠惰だからな、と思いながら、無理矢理笑みを形作って見せる。

「忘れていただけです」

「そうですか。しかし少々面倒なことになりそうです。貴方も早々に退散したほうがいいですよ」

 絢はそれだけ言ってから、身を翻した。

「それはどういう――」

 気が付けば、周囲の空気が纏わり付くように重くなっている。階下でロバートとアルファルドがまさに魔術戦を始めようとしているのだ。あの横を通り過ぎるのは、生命の危険に関わる。これでは家に帰るにも帰れないな、と肇は大きく溜め息を吐いた。


     *

 

 日本魔術組合(ギルド)支部の執務室。一人の黒髪の男が机の前に座り、片肘を突いて考え込むような表情をしながら、書類に目を通していた。日本魔術組合(ギルド)支部の支部長、芦川賢治(あしかわけんじ)である。

 彼は右手の親指で、ページを慌しくめくる。扉が叩かれる音に、賢治はその作業を一旦中断して、顔を上げた。深く息を吐き、片眼鏡の位置を調整してから、扉の外にいる人物に向かって、室内に入るように促す。

「入れ」

 扉が開く。書類の束を抱えてそこに立っていたのは、黒髪をした魔女、綾織絢(あやおりあや)であった。彼女は頭を下げてから、執務室に足を踏み入れる。

「ご苦労だったな」

 賢治は絢に向かって、ねぎらいの言葉を掛けた。それから続けてこう口にする。

「今回の件の報告書はもう読ませてもらった。まさか陽気な風来坊のロビンランツィン・ローヴィン・ロビンの目的が災厄(ディザスター)だったとは」

 絢は賢治の言葉に同意するように、軽く頷いた。

「ええ。けれど被害は最小限に食い止められた、と言っていいでしょう。災厄(ディザスター)の家が全壊しただけで済みましたし」

 真顔で言ってくる絢に、賢治は思わず苦笑を漏らす。

「彼が愚痴りながら、自宅に修復魔術を施している光景が目に浮かぶよ。まあ、一日もしないうちに元通りになるだろう」

 そこで一度言葉を切ってから、賢治は付け加えるように言った。

「この件に関して、闇狩人(ナハト・イェーガー)がまた何かやらかしたらしいが」

「彼も迷惑極まりない魔術師ですが、魔術師規範を破った訳ではないので、裁くことは叶わないでしょうね」

「頭の痛い問題だが、仕方のないことでもあるな」

「こちらが、彼に関する報告書になります」

 絢は抱えていた書類の束から一枚の紙を抜き取り、賢治へと渡した。それから一礼した後に、くるりと踵を返して、足早に部屋から出ていく。今日一日が何事もなく平穏無事に過ぎてくれることを願いつつ、賢治は絢の後ろ姿を見送った。

<蛇足以外の何物でもない何か:PART8>


○日本魔術組合(ギルド)支部の談話室。

   椅子に座って寝ているアルファルド。

   部屋の扉が開いて、ティルが入ってくる。

ティル「お待たせ、アレフ。今日はちゃんと来てるね」

   アルファルドはティルの声に反応して目を覚ます。

アルファルド「貴様にしては、随分遅かったな。どうしたんだ」

ティル「いや、ちょっとある人を呼びに行っててね。今回の特別ゲストなんだけど」

アルファルド「……猛烈に嫌な予感がするんだが」

ティル「では、ご紹介しましょう! 今回の特別ゲストはハイランドの魔術師、ロバート・ウォレスさんです!」

   入口からゆっくりとロバートが姿を現す。

ロバート「やあ、災厄(ディザスター)

   アルファルドは射殺しそうな視線をロバートに向ける。

アルファルド「貴様は人の家を散々破壊してくれやがってからに」

ロバート「何を言っているんだ? 壊したのはほとんど君じゃないのか。私は君の魔術をひたすら避け続けただけだよ」

ティル「……ええと、名言ネタ行っていいですか」

ロバート「どうぞ」

   黙々とペンでホワイトボードに文字を書くティル。


   "Vivons et rions entre les nostres, allons mourir et rechigner entre les inconnuz."

   (友人達とともに陽気に生きよう、そして見知らぬ人達のところへ行って陰気に死のう)


アルファルド「これは冒頭の名言か」

ティル「これは十六世紀のフランス人哲学者にして作家、ミシェル・ド・モンテーニュの『随想録(エセー)』からだね」

ロバート「私は何を知っているのか?(ク・セジュ)で有名な人だ」

アルファルド「ここのところ何故か冒頭の文句はフランス人ばかりだな」

ティル「うん。でも次の名言ネタは普通に英語……かな」

アルファルド「何だ、今の微妙な間は」

ティル「いや、ちょっとね」

   先程の文字を消して、ティルはホワイトボードにさらさらと文字を書く。


   "Robin was a rovin' boy,(ロビンは風来坊だったのさ)

    Rantin' rovin', rantin' rovin';(陽気に放浪、自由に放浪)

    Robin was a rovin' boy,(ロビンは風来坊だったのさ)

    Rantin' rovin' Robin!"(陽気な風来坊のロビン!)


ティル「これは――」

   ティルの言葉を遮るように、ロバートが喋る。

ロバート「説明させてくれ。このために君は私を呼んだんだろう?」

ティル「まあ、今回はスコットランドの話だったからね」

ロバート「これは十八世紀のスコットランド詩人、ロバート・バーンズの詩『Robin』からだ。『Rantin' rovin' Robin(陽気な風来坊のロビン)』というタイトルでも知られている」

アルファルド「貴様と名前が一緒だな」

ロバート「嬉しいことにね。これは彼自身のことを歌った詩だ。ロビンはロバートの愛称だから。バーンズはスコットランドの国民的詩人だ。おそらく彼は世界でもっとも歌われている詩人だろう」

ティル「『Auld Lang Syne(古き昔)』が彼の一番有名な歌だよね」

アルファルド「大晦日のカウントダウンによく歌うな」

ロバート「聴けば絶対誰でも知っている歌だ――なんと言っても『蛍の光』のメロディだから」

ティル「ああ、そうそう、"rantin"はスコットランド英語で、陽気に、とか気ままな、とかいう意味だよ」

アルファルド「彼の詩はスコットランド英語満載だから、ぱっと見て意味不明なことが多いな」

ティル「でもつい口ずさんでしまうんだよね。さて、次行こう」

   ティルは続けて文字を書く。


   "If at first you don't succeed, try, try again."

   (たとえ最初は成功しなかったとしても、何度でも試してみることだ)


ロバート「有名な英語のことわざだね。私の座右の銘だ。調べてみたんだが、初出はどうも十九世紀アメリカの教育者、トーマス・パーマーの『Teacher's Manual(教師のマニュアル)』かららしい」

アルファルド「このことわざは、何故か『ブルース王の蜘蛛』の故事と絡んで引用されることが多いな」

ティル「……ブルース王について知っている人は少ない気がするから、説明したほうがいいと思うよ」

ロバート「十三世紀末から十四世紀初頭を生き、イングランドと戦い続けたスコットランドの王、ロバート・ブルースのことだ」

ティル「彼もまたロバートなんだね」

ロバート「ああ。彼は失意のどん底のときに、洞窟の中で蜘蛛が巣を破られても、何度も張り直す様を見て、再起を決意したのさ」

アルファルド「スコットランド版の臥薪嘗胆な話だな」

ロバート「まあ、そういうことになるかな」

   また文字を消して、ティルはホワイトボードに新たに文字を書く。


   "My brain is open."(私の頭は営業中)


ロバート「何だい、これは?」

ティル「肇を呼ぶべきだったね。今回は彼の代わりに僕が説明しておくよ。これは二十世紀を代表する数学者、さすらいのハンガリー人ポール・エルデシュさんの口癖です」

アルファルド「神のことを冗談を込めて至上のファシストスープリーム・ファシストと呼んだ強者だな。略すとSF(笑)」

ティル「君が彼のことを知ってたとは驚きだ」

   目を丸くしてティルはアルファルドの顔を見つめる。

アルファルド「肇がいつも家にマニアックな本を置いていくからな」

ロバート「これで終わりみたいだね。じゃあ、帰っていいか?」

   去ろうとするロバートをティルが引き止める。

ティル「ちょっと待った!」

ロバート「何」

ティル「今回多かったスコットランドのネタについて、まだ話してないよ」

ロバート「何かあったっけ」

ティル「ほら、食べ物とか」

ロバート「ああ。フィッシュ&チップスは英国でポピュラーなファーストフードだ。白身魚と細く切ったじゃがいもを揚げたものだな。こういった揚げ物を屋外で食べると、鳥に襲われたりするから、結構危険なんだ」

アルファルド「貴様の個人的な体験談は誰も聞きたくないと俺は思うんだが」

ロバート「日本には(とんび)に油揚げを攫われるっていうことわざがあるって聞いたけれど。フィッシュ&チップスはスコットランド人の大好物だよ。スコットランドには漁港が多いから」

ティル「スコッチエッグは?」

ロバート「固ゆで卵を挽肉で包んで油で揚げたスコットランド料理」

アルファルド「ハイランドの魔術師っていう貴様の呼び名についても、一応説明しておくべきじゃないのか?」

ロバート「ハイランドはスコットランド北部の高地を指す言葉で、スコッチ・ウィスキーの名産地だ。ハイランダー(ハイランドの住民)というのは屈強な戦士の代名詞にもなっている。スコットランド中部の低地、ローランドに対してこういう呼び方をするのさ。さて、こんなところでいいかな」

ティル「うん。では、読者の皆様方。長い文をわざわざ読んでいただいて、ありがとうございました」

   ティルが深々と礼をした後、ゆっくりと幕が降りる。

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