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第8話 お約束のアレ

短編版「シスコンもブラコンもサドもマゾも百合もツンデレもまっぴら御免です!」の部分に当たります。

ついに来た。

篠宮先輩や百合様と付き合うようになって1ヶ月近く立つし、それまで一向にされる気配はなかったので、安心していたのだが。


ついに、ファンクラブに呼び出された。


「確か桜海(おうみ)、さんだっけ? アタシは、第1勢力、篠宮夕斗(しのみやゆうと)様ファンクラブ会長の3年、佐藤鈴乃(さとうすずの)

「は、はあ…… 1年、桜海雪音(おうみゆきね)です」


校舎裏の壁際に立たされ、会長さんを先頭に私を囲むようにしてファンクラブの人たちが立っている。

その表情はお世辞にも穏やかとは言えない。


「桜海さんさぁ、最近夕斗様とよく一緒にいるわよね? 特に、ほ・う・か・ご、ねー」

「そう言われればそうですね」


何故この会長さんは、わざわざ人の神経を逆なでするように言ってくるのか。

ああ、わざとか。


いつもなら放課後、校舎裏ともなれば篠宮先輩か百合様の相談係とならねばならないのだが、今日は2人ともいない。

というのも、百合様が風邪で学校を休んだからである。

それを噂で聞いた時、百合様LOVEな先輩なら学校休んで看病しているのかなと思っていたが、どうやら先輩は律儀に学校に来ていたらしい。

お昼休みになると、校舎裏に呼び出され、今日は直帰して百合様の看病をしたいと言っていたので、元々先輩の相談日であった今日はナシになった。

一応、これでも百合様との多少の交流はある私もお見舞いに行った方が良いのかと聞いたら、一言で却下された。

なるほど先輩、熱で火照っている百合様を目の前にあんなことやこんなことですか。

というのは冗談で、私を好きな百合様のお見舞いに私が行ったりでもしたら、風邪のせいで理性より本能が勝っている百合様に襲いかかられる確率100パーセントらしい。

確率じゃなくて確実だよね、それ。

そんなわけで、久しぶりの早くに下校をしようと思ったら、校舎裏で呼び止められコレである。


「何で、夕斗様に1日置きに呼び出されてんのかなー? あまつさえ、百合様まで」

「…………」


…… 言えない。

神性のシスコンマゾ、同じく神性の百合サドブラコンツンデレのノロケ話を聞いているなんて言えない!

だけど、ここで何か言わなかったら更に困ったことになる。


学園の王子様とお姫様と名高い先輩と百合様は、当然ながらファンクラブがある。

ミーハーな友達に聞いたところによると、ファンクラブは1つではなく、複数存在するらしい。

数100人単位の大規模なものから、同好会みたいな数人のもの、色々ある。

そして、15あるファンクラブの中で会員が多いものから順に第1勢力、第2勢力という風に呼ばれている。

特に違うファンクラブ同士の争いは凄いらしく、泥沼化しているみたいだ。

というのも勢力が大きいファンクラブの地位が高い人間は、それだけ篠宮先輩と触れ合える機会が多くなるんだとか。

触れ合える機会、と言っても、例えば篠宮先輩がハンカチを落としてそれをファンクラブの誰かが拾った場合、そのファンクラブの会長が先輩に届けるんだとか。

…… 同じ人好きなんだからもうちょっと仲良く出来ないのか。

でもそう言うと、私がどこのファンクラブに目を付けられもしなく、先輩に告白出来たのって奇跡に近いんじゃないだろうか。


それで今、私の目の前の挑戦的な目の少女、彼女こそが篠宮先輩ファンクラブの最大手のトップ、佐藤鈴乃ということだ。


「まあ、色々ありまして」

「…… ふぅーん? 色々って何かな?」


だからノロケ話だよ!

適当に切り上げて、 早く家に帰りたい。


「色々は色々です。別に、先輩にお話する義務はないでしょう」

「あるわ」


あるんだ!

私が驚いているのが分かったのか、会長さんは満足そうにくすりと笑う。


「そうですか。では」

「そうなのよ______ って、何帰ろうとしてんのよ!」


私を取り囲んでいたファンクラブ会員たちの間をすり抜け、校門の方へ向かおうとすると会長さんが慌てて私の腕を掴んできた。


「いや、帰りたいので」

「帰りたいのでじゃないの! まだ用事は終わってないわ」

「用事って、篠宮先輩と百合様との関係のことですか」


私は篠宮先輩に惚れていた。

だけど、先輩のシスコン発言で私の初恋は1ヶ月で崩れたし、あの残念な態度を散々見せつけられている今では惚れる箇所など微塵もない。

安心して下さい、ファンクラブの皆さん。

美形兄妹に近い人間だからといって、全員2人に惚れているわけじゃないんです。


「それなら、ご心配なく。私が先輩を好きになる可能性は0パーセントです」

「そ、そんなの誰が信じるって言うのよ! それに、百合様のことだって、あ、あやしいって……」


もごもごと口ごもる会長さんの態度に、思わず首を傾げる。

そして、百合様に関する私が知る限りの噂を思い出してみると、あることに辿り着いた。

……百合様との百合疑惑のことだ。

普通、女の子だって人前でハグなど早々にしない。百合様だって人前でしないだけで、プライベートではしているだろう。多分!

でも、百合様がハグする相手となると彼女の犬である先輩くらいしか浮かばないから不思議である。

だが、やっぱり犬にハグなんてしてプライドが許さないとかあるんだろうか。

でも、本人の前以外でしかデレないブラコンのツンデレだからな、百合様。

ハグしたくても出来ない、とかそういう状況なのだろう。


「大丈夫です、会長さん。私、ノーマルですから! 普通に男の子好きですから!」

「そこだけ聞くとあなたが男好きに聞こえるから不思議よね」


会長さんが真面目にツッこんでくれるが、これ、もう最初の目的とか完全に忘れてますよね。

この機を狙って、早く帰ろう。うん。


「ですから、会長さんとファンクラブの皆さんは遠慮なく先輩を狙って下さい! 何なら私、紹介しますよ」

「は、はあ!? _____ え、遠慮しておくわ。何かウラがありそうだし」


私の言葉は想定外だったのか、会長さんは素っ頓狂な声を上げると一度、ファンクラブの人たちと円陣を組んでコソコソと話し合う。

その間に帰ってしまおうと思ったのだが、そこはちゃんと考えているようで、腕はバッチリと握られたままだった。


「そうですか。それは残念ですね」

「残念なの!?」


ああ、本当に残念だ。

私としては百合様との近親相姦警察エンドは出来ればやめてほしいので、先輩には実妹以外の血縁関係がない、まともな女の子と付き合って欲しいと思っている。

仮にも実家はお金持ちらしいので、そこの子息令嬢がそういうことになったらある程度はニュースになるだろう。

テレビや新聞とまではいかないが、ネットのニュースとかセレブ芸能人たちのゴシップ紙くらいは乗りそうだし。

会長さんはこの嫉妬深い性格を直せば、見た目は良いわけだし、十分先輩に釣り合うだろう。

………… いやでも、シスコンがなくなったとしてもマゾな部分は残っているだろうし、そこを受け止められる人間じゃないとな。

というか私、子供の結婚相手をスペックで勝手に選ぶ親か仲人のおばちゃんみたいじゃないか!?

そうだ、このご時世、恋愛は自由!

私は、先輩のシスコンとマゾを直すことだけに専念しよう。

いやでも、恋愛は自由って言った割には百合様とくっつくことは良くないと言ってるしな。

それに、シスコンとマゾを直したら個性潰しとかになるんじゃないだろうか。

でも、これは良い方の個性なのか? 悪い方の個性なのか?

先輩のマゾやシスコンがなくなったら悲しむ人間とかいるのだろうか。

…… うん、やめよう。


「アタシ、夕斗様に近付く人間は徹底的に排除してきたけど…… 全員、夕斗様に下心大アリで、逆に紹介するとか言われたの初めてだわ……」

「まあ、普通あんまりありませんよね」


何故かしょぼんとしている会長さんだった。

その態度に、何か私が悪いことをしたような気分になり、思わず励ましてしまう。

あれ、私、下手したらこの人に暴力振るわれそうになっていたんだけど。


それから1時間、私は最終下校時間までよく分からない流れで会長さんやらファンクラブ会員たちの篠宮先輩と時々百合様のノロケ話を聞かされた。

結局、相手が先輩や百合様じゃなかっただけで、内容はいつもとほとんど変わらない放課後だった。

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