第7話 失敗ですよ
「世界って、広いなー」
映画館を出た途端、放心状態の旭がようやく口を開いた。
分かった、お姉ちゃん分かったよ…… だから、そんな悟ったようなオーラ出さないで!?
あの内容なら、まだ旭を2時間ロビーで待たせて文句を言われた方がましだった。
とにかく、あれは酷かった。
2列前のどこかの変態たちは、興奮したように鼻息の音が聞こえたが。
《面白かったね、桜海さん!》
《…… そうですね》
私には先輩のツボが分かりません。
何なんですか、そういう人たちにしか分からない何かがあるんですか!
「次、どうします〜?」
「時間的には昼か?」
お犬様の言葉に女王様が捕捉するように言う。
そういえば、もう午後1時だ。
猪像の近くのコーヒーショップで腹ごしらえしたせいでお腹が空いてなかったので、まったく気付かなかった。
「旭、お腹空いた?」
「空いてないけど」
ですよねー。あなた、ハンバーガーやらケーキやら色々食べてましたもんねー。
女王様、お犬様がいるからにはファーストフード店とかそういう軽食の店ではないだろう。
それに美形残念兄妹、お金持ちという噂なので金銭的には余裕だろうし。
…… 本格的なところから、外で待ってるか。
「夕斗、百合、腹減ってるか?」
「僕はそこまで……」
「わたくしもですわ」
お昼時にポップコーンやら食べていたし、向こうもお腹空いてないのか。
お犬様はうんうん、と頷くと口を開く。
「じゃあ、どこか行きたいところある人〜」
「じ、実はわたくし、1つありますの…… よろしいですか?」
百合様、くれぐれもそういうところはやめて下さい。
主に弟の教育的に。
「ペットショップ、ですの!」
「ペットショップ?」
女王様がそれに聞き返す。
うん、分かりますよ、それ。普通、友達というか師匠(?)と遊びにペットショップは行かないですよね。
「わたくしのお慕いしている方がデートに誘って下さいましたの。それで、彼女の飼っていらっしゃるペットの風早くんさんのエサを買うことになりまして」
「百合、それデートなのか?」
じょ、女王様鋭い……!?
後百合様、頬を染めながらはやめて下さい。
…… これは、ますますデートしなきゃいけないことになってきたな。
というか先輩、こっちを睨まないで下さい!
ばれたらどうする。
「な、何故あの美少女が我が家のペットの名を!?」
動揺していたのは、あっちだけじゃなかった。
旭は4人の会話を聞いていたのか、顔を真っ青にしながらロボットみたいな不自然な動きで私に顔を向ける。
ところで風早くんの威力で、百合様の百合発言はスルーされたみたいだ。良かった良かった。
「じゃ、そのペットショップとやらに行くか」
え、行っちゃうんだ。
まだトラウマ再生中の旭に声をかけ、地面にしゃがみこんでいたのを立たせる。
「ふふふふ…… 皆さん、それはこの私への挑戦状と受け取っても良いのですね!?」
何故そうなる。
お犬様は、さっきまでののんびりとした口調はどこへいったのか聞いたこともないような低い声で笑い出す。
それに先輩もハッとしたように目を見開くと、口を開いた。
「ペッ、ペットショップ………… それは、犬としての力が試される時!?」
「ええ…… そうです、仮にもこれは犬界のトップとしての私の実力を試される時では!」
「そして仮にも、そのお犬様から直々に犬としてのあり方を教わった僕も試される時だ……!」
頼みますから、そういうことは大声で言わないで下さい。
後、女王様も百合様も止めて下さい。何、微笑ましげに見てるんですか!
「何あの人たち。変態?」
「おー、ようやく旭も分かったか」
無表情でつぶやく旭に、私も悟ったように返す。
もう、諦めた。
「ねー、おばさん。帰りたいんだけど」
「ダメだよー、バイト代出さないよ」
もう既に背を向け、歩き出そうとしている旭の肩をがしっと掴む。
しばらくその場で足を上下に振っていた旭だったが、諦めたようにそれをやめた。
「………… あーもう! 大体、何なんだよ!? 何で尾行しなきゃいけないんだよ!? あんな映画まで見せられて! オレもう帰りたいんだけど!」
「なっ!? だって、承諾したの旭だよね!? 私だってこんなことはしたくないよ! こっちは旭と違ってバイト代も出ないしね。理由はまあ、うん、色々あるんだよ……」
「何哀愁漂わせてるの!?」
旭が逆ギレした。
というか、私だって悪いけど旭、そんな大声出したら____
「まあ、雪音さんではありませんか!」
………… ほーら、見つかった。
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それからはもう、大変だった。
まず、先輩と百合様には私がショタコンだと疑われ(百合様はともかく、悪いのはどっちだ)、バイト代とか言っていたせいで、更に私が旭と援助交際をしていると思われたらしい。
完全に嘘なので、思いっきり否定しておいた。
そうしたら、何故か先輩が百合様とのデートを私がサポートしようとしたことがバレた。
百合様の怒りは、全部先輩に向かっていった。
先輩は、怒られるのかと思いきや、凄く甘やかされていた。
頭を撫でられ、良い子良い子ー、とか言われていた。
それがお仕置きになるのかと思ったが、よく考えたら先輩はマゾだった。
殴る蹴る踏みつける、そして罵倒がご褒美になる人だった。
逆にこういうことをやった方が、お仕置きになるのか。
確かに、先輩は泣きそうだった。
うん、今度先輩が何かした時のために私も覚えておこう。
そんなわけで翌日、月曜日。
百合様が教室にやって来た。
「雪音さん、本当に何とお礼を申し上げたら良いか!? ありがとうございます!」
またもやクラス中の視線が私たちに注がれ、今回は何だ何だという風に好機で満ち溢れている。
他クラスからも野次馬が来て、クラスは大にぎわいだった。
私の席は窓際なので、窓に張り付いてまで百合様を見たいという人までいた。
この教室、3階ですよ。
「え? あ、ああ、いえ別に……」
「ご謙遜なさらなくても結構ですわ!」
さりなげなく、百合様を遠ざけようとした私の思惑はどこへやら、百合様は私に思いっきり抱きついた。
百合様、衆人環視の前でそんなことやったら、どうなるか分かってるんですか。
案の定、百合様との関係を聞かれ、その日1日中私は単独行動が出来なかった。
皆、女王様、お犬様事件の時も同じような質問してたよね。
「ごめん、桜海さん!」
更には放課後、いつもの校舎裏へ向かうと篠宮先輩に会うと早々、土下座をされた。
百合様に何か言われたのか。
………… まあ、誰も見ていなかっただけ良しとするか。
そんなわけで、今まで誰とも深くは関わらなかった百合様にハグされたせいで、しばらく学校には百合様と私の百合疑惑の噂が流れた。
その噂を聞く度に百合様は、ドヤ顔だったと いう。




