第5話 おデートしましょ
百合様とデート出来ると知った篠宮先輩の喜び様は、とてもじゃないが言葉には言い表せなかった。
1回だけなら、特別にご奉仕しても良いと言われた。犬がご主人様以外の人間に仕えるのは、かなり屈辱的らしい。だが、マゾにはそれが良いらしい。
丁重にお断りした。
「桜海さん、どんな服を着ていったら良いかな!? やっぱり待ち合わせの1時間前に行かなきゃダメかな!?」
「乙女ですか」
…… 百合様しかり本当、普段の生活ではよく猫かぶっていられるな。
「とりあえず、百合様をデートに誘いはしました。私は、百合様が待ち合わせ場所に着いたあたりでドタキャンし、篠宮先輩に用事の代行を頼んだことにします。そこで、先輩登場です」
百合様も私の頼みとなれば、断りづらいだろう。
あれ。何か本当に私、思考が悪女じゃないか!?
「そ、それでは私はこれで。成功を願います」
先輩に背を向け校舎へ戻ろうと歩き出したところで、1つの不安が頭を横切り、篠宮先輩の元へと急ぎ足で戻った。
「…… 先輩。一応聞きますが、デートコースってどんなところを考えていますか」
一般人とのデートならともかく、2人だと趣味丸出しな会話とかしそうで怖い(そういえば、私は美形残念兄妹が会話しているのを未だに見たことがない)。
先輩、百合様なのを良いことに、いかがわしい店とかに入らないだろうか。
百合様だってあんなんだが、女の子なのだ。
心の片隅では、そういう感情もあるだろう。 …… あると信じている。
「映画とかショッピングとかだよ?」
意外とまともだった。
これなら、百合様もちゃんと楽しめるだろう。
「…… ちなみにですが、どんな映画と店ですか」
いや、安心するのはまだ早い。
もっと深く聞かなければ。
「勿論、そういう」
「あ、やっぱり聞いておいて正解でした」
何度も言うが、百合様だって女の子なのだ。
そういう系では完全に引くだろう。
うん、というか、高校生はそういうところに行っちゃダメなんだよ……
「良いですか、先輩。先輩は、見た目と猫かぶり状態だったら最高なんです。だから、デートでは絶対に本性出さないで下さい」
「いや、ただ隠しているだけなんだけどね……」
篠宮先輩は告白される回数は多いが、本命(つまり百合様)以外は付き合わないタイプだから1度もそういう経験はないのだろう。
私だって、彼氏いない歴イコール年齢だが、幸いなことに女だ!
ということは、女の子が行きたいデートスポットもある程度は分かるだろう。
「先輩。不肖私ですが、今回のデートを成功させるためにもサポートさせていただきます」
「え? ____ あ、ありがとう、桜海さん!」
先輩は、一瞬首をひねると数秒後に納得したように頷く。
百合様に普通のデートを楽しんでもらうためなんだ。2回目以降のためにも、今回は普通、それが目標!
「では、詳しいことはまた後日ということで大丈夫ですか」
「うん、よろしく、桜海さん!」
目をキラキラと輝かせ、私の両腕を握ってブンブンと上下に振る。
じゃ、という言葉と共に何故か敬礼するとどこかへ走り去って行った。
やっぱり、先輩からシスコンとマゾを抜いたら完璧なんだけどな……
私はやけに嬉しそうな先輩の後姿を見ながら、そんなことを考えていた。
………… あれ? シスコンブラコンサドマゾ要素に押されてて忘れていたけど、私、近親相姦推奨してないか!?
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デート当日。
デートプランだけではなく、何故か百合様に気付かれないように付いて来て欲しいと言われたので、仕方なくある程度の距離をとって隠れて観察している。
現在、午前10時ジャスト。
さすがに百合様はまだ来ていない。
篠宮先輩情報によると、百合様は時間に厳しいために最低でも待ち合わせ時間の10分前には着くように行動しているらしい。
それに、今はまだ私とのデートと思っているから1時間前くらいには着くんだとか。
ということで、私は駅前にあるコーヒーショップのテラス席で猪像あたりを観察していた。
「ねー、おばさん」
「お姉ちゃんと呼びなさい」
桜海旭。
私の2人いる内の下の方の弟。小学5年生で、11歳。
私のことをおばさん呼ばわりし、桜海家で飼っている金魚に風早くんと名前を付けた張本人である。
「後でちゃんと買ってくれるんだよなー?」
「500円以内ならね」
それで、何故デートサポートに弟なんかを連れて来ているのかというと。
遠くから付いて行くのは良いのだが、もしトイレ等でその場から離れなければならない場合、2人を見失ってしまう。
そのためには、2人以上で行動した方が良い。
高校の友達だと、皆篠宮先輩と百合様のことを知っているので、美形残念兄妹が変態発言をしてしまった場合を考えてダメだ。それに、2人がデートしている理由も教えなければならないし。
中学の友達も同じ理由で無理だ。
高校には同じ中学の子もいるので、違う高校に通っている人でも美形残念兄妹のことを知っている可能性がある。女子のネットワークって怖い。
ということで、友達関連は無理なので身内になった。
上の弟は、今日部活か何かで家にいないので、必然的に旭になる。
1日中尾行するような感じになるので、500円以内なら何でも買うという約束で承諾してもらった。
「10時15分…… 百合様、来たっ!」
淡いピンクのシフォンワンピースに身を包んだ百合様は、猪像前まで来るときょろきょろと周りを見渡す。
私がまだ来ていないと分かったのか、近くにあったベンチへと腰かけた。
遠くでスタンバイしていた先輩へ使い捨て携帯(先輩とメルアド交換すると何だか怖いことになりそうなので、これを使うことにした)を送り、百合様が私の電話を切ったあたりで偶然通りかかったふりをしてもらうように指示する。
よし、百合様へ電話だ。
「もしもし、桜海です」
『まあ、雪音さん! どうかしましたか?』
数コールすると、向こうも気付いたのか電話に出た。
あからさまに顔を輝かせないで下さい。
「実は、急用が出来まして…… 自分から誘っておいて何なんだ、という話なんですが、また後日で大丈夫でしょうか」
『それなら、仕方ありませんわ。ええ、また後日ということで』
「すみません、本当に申し訳ありません」
『いえいえ、ご用事とならばどうにもなりませんもの。また明日、学校で』
もう一度謝り、電話を切る。
百合様は、これからどうしようかという風にゆっくりと息を吐くと、最新型のスマートフォンをバッグにしまった。
《今です、先輩!》
素早くメールを打つと、篠宮先輩へと送信する。
百合様の死角となる場所から様子を伺っていた先輩はメールを見ると、百合様のいる方へと歩き出した。
百合様が家に帰るか、折角だししばらく街をブラブラするかというような決断をする前に会わなくてはいけない。
百合様、結構決断力あるし、先輩に会う前にしなければ良いけど。
「ん? ____ あれ、百合じゃないか」
先輩が百合様へと後数メートルというところで。
固まっている先輩の目の前で、胸のあたりで切り揃えられた黒髪の女性は親しげに百合様へと話しかける。
身体の線が分かるようなピッチリとした黒っぽい服に、特徴的なツリ目。
凄い美人だなー。
百合様の知り合いか何かなのだろうか。
とりあえず、篠宮先輩に2人に見つからないような場所へ移動するようにメールする。
それを見た先輩は、スマホの前で頷き、近くの建物の中へ入ろうとした、が。
手遅れだった。
「ふっふっふ、そこにいるのは夕斗だな?」
「えっ!?」
百合様と2、3言交わし、いきなり振り向くと先輩の方へとスタスタ歩き出す。
先輩の首あたりと掴むと、有無を言わさずもの凄い握力で百合様が座っているベンチへと引っ張って行った。
「バ、バカお兄様!?」
「あ、あはははは…… 偶然だね」
先輩をベンチの端に座らせると、自分も美形残念兄妹の真ん中へと腰を降ろす。
謎の美人は、先輩が逃げると思ったのか、首のかわりに腕を掴んでいた。
《百合様と先輩のお知り合いですか?》
《うん。あの美貌とスタイル、そして豊満な胸、間違いないよ、彼女はあの明王院佐渡子様だ!》
胸は余計です。
しかし、先輩がメールの文面でエクスクラメーションマークを使うということはよっぽど興奮しているということなんだろう。
けど、明王院佐渡子さんって誰なんですか。
《明王院佐渡子様ってどなたですか?》
《僕と百合の間に座っている美人のことだよ》
そういうことではないんですよ!
《有名人とかなんですか?》
《ああ、そうか。桜海さんは知らないよね》
知らないです。
先輩はそこで、メールの文面を一旦切ると、また送ってくる。
そんなにもったいぶるほどの有名人なのだろうか。
《女王様、だよ!》
………… ああ、そういうことですか。
そりゃ、私が知らないのは当たり前ですね、はい!
女王様お犬様事件の時に教えられた女王様の特徴と、黒髪美人を比べて見ると、なるほど、合致している。
今からデートしようとしたとろへ、女王様乱入。
本当、これからどうしようか。
まだ先輩1人なら良いけど、百合様の憧れというか尊敬の人物なんて出てきたら先輩、百合様からしたら完全に邪魔者じゃないか。
女王様と話している時は、百合様の声のトーンも上がって目を輝かせているのに、先輩の時は何こいつ何でここにいんのみたいな視線を向けている。
結論。先輩に勝ち目ナシ。
「おばさん、携帯と猪像交互に見て何してんの?」
「デートサポートだよ」
今日は、やめてまた今度にした方が良いかもしれない、とメールを送ろうとすると、隣でハンバーガーを食べていた旭が口を開く。
「何でおばさんが他人のデートわざわざ尾行して、サポートなんかしなきゃいけないんだよ」
「色々あるんだよ…… って、え!?」
送信ボタンを押そうとしたところで、手が止まる。
それもそのはず、美形残念兄妹と女王様というグループの中に新たな侵入者が入って来たからだ。
「あら〜。これは珍しい3人組ですねぇ」
栗色の髪を首あたりでまとめ、そのまま流している。緑を貴重としたエスニックワンピースを着た、ほんわかとしたイメージの女性はベンチの前まで行くと、3人に声をかける。
美形残念兄妹、特に兄の方はやけに目を輝かせるとその女性をうっとりと見つめた。
女王様は、彼女を面白そうに見上げると、ほぅ、とつぶやき口を開いた。
「久しぶり、マリア」
「あらあら、お久しぶりね〜。佐渡子ちゃん」
今度は誰ですか。
というか、先輩と百合様のデート、どんだけ前途多難なんですか。
あ、同情の涙が……
「何泣いてんの」
「ごめんなさい」
思わず謝ると、旭はビクッと肩を震わせて固まってしまった。
何故だ。
《今度の方は、どなたですか》
《あのふんわりとした雰囲気、美貌、そして断崖絶壁は間違いない! 狗神舞里亜様だ!》
だから、胸は余計ですし、向こうにも失礼です。
それにしても、狗神舞里亜、どこかで聞いたことのある名前だ。
《もしかしてお犬様、ですか》
今度は逆パターンだった。
女王様の次は、お犬様乱入ですと……!?
これはもう、ダメだ。諦めよう。
《うん、桜海さんも段々こちらの世界のことを知ってくれて嬉しいよ!》
絶対知りたくないです。
「それで、皆さん何故ここに〜?」
「元々百合がここにいて、通りすがりには夕斗がいて、声かけたんだ。マリアも百合のことは知ってるだろう?」
「はい、一応指導させていただきましたから〜」
何をだ。
女王様お犬様コンビの会話はともかく、これから先輩が百合様とまともにデート出来るとは思えない。
また、後日、また後日だ!
「夕斗、百合、これから暇か? どうせマリアは暇だろ」
「酷いです〜。暇ですけどね〜」
くすりと笑い合う2人は、そういう業界のトップを走っているとは思えないくらい、普通だった。
それで、そこの先輩、見惚れてないでこれからのことを考えて下さい。
《関係ないことなのですが、女王様とお犬様って案外普通の人なんですね》
《桜海さん、2人は本物だからね。本気になった時は凄いんだよ》
凄いらしい。
というか、こんなことじゃなくて、デートのメールだ。
「暇なら、これから4人で遊びにでも行きませんか〜?」
《先輩、デートは後日にした方が良いです》
お犬様の言葉と、私が送信ボタンを押したのは同時だった。
先輩、お願いします、デートは後日で!
「行きます!」
「行きますわ!」
どうやら、私の願いは届かなかったようだ。




