第3話 まさしく受難
更に翌日。
そんなわけで、篠宮先輩の百合様への誤解は解けたのだが。
でも、これ、先輩に言っていいものなのか……
「それで、百合の女性の件は分かったかい?」
はい、あなたのために本職の方に弟子入りしたんです。
…… などと、言っていいものなのか。
「えーと、まあ、そうですね」
「じゃ、じゃあ、その女性の正体を……!」
正体って。
私は、食いついてくる篠宮先輩を手で制す。
シスコン兼マゾという正体が判明し、それからはまったく人の話を聞かなくなった先輩もここは、私の言うことに従っておいた方が得策だと考えたらしい。
渋々ながらも口をつぐんだ。
「その前に質問です。この前の日曜日、百合様を見かけたそうですが、その時、一緒に女の人、いませんでしたか?」
自分以外の女の人と歩く篠宮先輩に嫉妬していた百合様のブラコン疑惑はともかく、まずそれを聞かなければ。
昨日は、女王様とかのことで色々はぐらかしてしまったが。
「うん? いたよ?」
「誰ですか、それ!」
百合様もそうだが、相談している張本人の先輩も同じようなことをしていては、埒が明かない。
「お犬様、だよ?」
「…… お犬様?」
篠宮先輩は、さも不思議なものを見るかのような目で私に告げる。
どこかの犬公方の時代のような呼び名だが、何だそれ。
「うん。マゾヒストの中のマゾヒストだよ。業界の中ではかなり有名な人で、今回、特別に犬のあり方について指導してもらったんだ」
「あ、はい、何となく分かりました。だから、これから次は慎んで下さい」
似たようなセリフを口にした覚えなど、決してない!
百合様情報によると、栗色のストーレートロングに真っ白いワンピース、たれ目のロリ系美人だったと。
ちなみに、貧乳だったらしい。
兄妹揃って見てるところは、同じなんですねぇ!
「………… 良いですか、先輩。実は、百合様も先輩と同じように、先輩がそのお犬様とデートしてるシーンを見ちゃったんです」
「で、デートじゃないよ!? あれは、周囲からの視線を浴びるという羞恥プレイの指導だっ!」
もう頭の中で勝手にエコーするものは、放っておこう。
羞恥プレイ云々はともかく、それ、2人が美人とイケメンだったから、視線を浴びていただけでは……
本人、自分がイケメンって自覚してないからな。
「それで!? 百合が見ていたことはともかく、百合といた女性は!?」
「女王様です」
もういい。もう、ぶっちゃけてしまおう。
百合様は、あなたのために本職の方に弟子入りしちゃったんですよー。
まあ、サドの百合様と女王様が一緒にいる、と聞いたら何となく、分かるだろう。
篠宮先輩は、しばらくうーん、と手を顎に当てて、やけに絵になるポーズをとっていたが、はっ、とした様に目を大きく見開いた。
「まっ、まさか百合は! 僕を罵りたりなく、女王様と一緒にいることで、ご主人様ではなく犬になりたいと思うようになったのかな!?」
何故そうなる。
途中までは合ってるといえば、合ってるんだけどなあ!
「………… ご本人に聞いて下さい」
そうだ、シスコンとブラコン通しなんだから、きっと上手くいく。
まあ、先輩の前だと素直になれない百合様だから、よく分からないが。
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そのまた翌日。
いつもの通り、校舎裏に行くと、案の定百合様がいた。
だけど、一昨日のような恋する乙女の表情ではなく、いつものような獲物を狙う野獣みたいな表情に戻っていた。
「雪音さん! お兄様は、どなたといらしたんですの!?」
「お犬様です」
ぶっちゃける。
そして、仲直りする場でも設けたら、自然に元通りになるだろう。
何ていったって、シスコンとブラコンなんだから!
「お犬様……? それはもしや、狗神舞里亜様のことですか?」
「狗神舞里亜? あ、はい、多分そうです」
苗字に“いぬ”が付いている人だと聞いたし、多分その人だろう。
すると、百合様は鼻息荒く、私の両肩をガシッと握った。
「お知り合いなんですか?」
「いえ、名前だけですわ。わたくし、その世界にはあまり詳しくありませんが、バカお兄様が購読している雑誌にコラムを書かれたり、時には表紙を飾ったりしていますもの」
篠宮先輩、どんな雑誌読んでるんですか。
百合様は私の両肩から手を離すと、右手を頬に当て、ううん、とうなり出す。
しばらくそうしていたが、はっとした様に目を見開いた。
「ま、まさか、バカお兄様っ! わたくしの罵り具合がたりなく、お犬様と一緒にいることによって、そちらの道に目覚めたのでは!?」
「兄妹揃って思考回路やポーズが似てますね!」
……………… 今回の結論。
どっちもどっち。
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まず2人が話し合わなければ始まらないので、篠宮先輩の相談日に百合様を校舎裏へ呼び、私は家に帰るという作戦を考え、実行した。
今日は金曜日だったので、結果を聞くのは明々後日の月曜日だが、あの兄妹なら多分、仲直りしているだろう。
その予想は当たり、月曜日。
朝登校し、先生が入ってくるまで友達と談笑していると、何故か学年もクラスも違う、篠宮先輩が教室へ入って来た。
悪い予感しかしなかったが、私以外の後輩に用があるんだろうと思い、横目で見ながらもそのまま話していた。
まあ、皆篠宮先輩に注目し見惚れたことで、話にならなかったけど。
先輩は、一度教室を見渡すと、私の席の方向へにこっ、と笑う。
それから、ずんずんとこっちへ歩いて来て、周囲の悲鳴など無視し、固まっている私の両手を握る。
「桜海さん、ありがとう! 君のおかげだ!」
そう言うと、ブンブンと上下に揺らし、私の返事も聞かないで教室を去って行く。
ただ、呆然と後ろ姿だけを見ていると、クラスの女子全員と一部男子が私の周りに集まって来た。
「雪音、本当に夕斗先輩の相談係やってたの!? 噂だけだし、2人がいるところ見たことないから、ウソだと思ってた!」
「桜海さん、さっき篠宮先輩に手、握られてたよね! いいなぁ、あたしもやってほしい!」
「雪音ちゃんなら、許せるかも!」
「あ、確かにー!」
何がですか。
クラスの女子から一気に質問攻めにされる。
篠宮先輩が教室に来たことは、注目されたくない私としては嫌なことこの上なかったが、犬とかシスコンとかそんなことを言わなかっただけ良かった。
学園女子の憧れは、壊せない!
そんなことを考えつつ、質問に答えていると、今度は男子と一部の女子から悲鳴が聞こえる。
その声の先にいた彼女は、私の周りに集まった篠宮先輩ファンをただ、「失礼」ということでモーゼの十戒の海が割れるシーンごとく、退かせてしまう。
お嬢様然とした上品の笑顔を浮かべ、ゆっくりとこちらに向かって来る。
「雪音さん、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げたら良いか!」
さらに呆然とする私を後ろに、ギャラリーに優雅に手を振りながら教室を後にする。
それから1日中、私が質問攻めにされたのと、クラスメイトが浮き足立っていたのは良い思い出だ。
………… 良い思い出だ。
それから私は、美形兄妹両方からお礼とスキンシップをされた相手として、さらに一目置かれるようになった。
…… うん、もうツッこむ気も失せた。




