第2話 相談係のお仕事
短編版「シスコン兼マゾと百合兼サド兼ブラコン兼ツンデレの兄妹に挟まれて困ってます。」にあたります。
「昨日、駅前で百合が見知らぬ女性と楽しそうに笑い合いながら歩いているところを見たんだ」
月曜日。
今日は、兄の方に呼び出された。
昨日、というからには日曜日。
多分、友達と遊びにでも行ったんだろう。
「別に、おかしくないと思いますよ? 百合様だって、お友達と遊びに行くくらいはするでしょうし」
すると、篠宮先輩は言うことを聞かない子供をあやすベビーシッターのような目で私を見る。
何ですか、その目。
………… 私、本当にこの人が好きだったんだろうか。今でも疑いたくなる。
「違う! そうじゃないんだ! こう…… 好きな人を見るかのような、幸せに溢れたような笑顔! 何でだ、百合は君のことを好きなのに!? ああ、でも僕は百合のことが好きで…… どうすれば良いんだ!」
「いや、知りませんよそんな事」
こんな言葉、前にも聞いたな。
…… あぁ、百合様が前に相談してきた時か。
何げに仲良いんだよなー、美形“残念”兄妹。
例え、百合様がその女の人のことを好きだったとしても、単に恋愛対象私からその人に変わっただけだ。
私としても、断るのは嫌だし、自然に私からその人を好きになってほしい。
「それで、篠宮先輩はどうしたいんですか。百合様とその女の人を引き離したいんですか?」
「え? あ、あー、えーと…… まず、彼女の情報を知りたい」
核心的なことをズバッと言うと、先輩は戸惑ったのか頭をぽりぽりとかく。
シスコンでマゾな上にヘタレ、と……
うん、もうこれはダメだ。末期だ!
「では、百合様にお聞きなさればどうですか?」
「ぐ………… そ、それは」
聞く勇気がないんですねー、このヘタレめ。
まあ、犬になりたいとか言ってるし、犬の方からそういうことは聞きづらいか。
………… あれ、何考えてるんだ、私!?
いかんいかん。毎日、シスコン兼マゾヒストと百合兼サディストと話しているせいで、脳が2人の常識に侵されそうだ。
しっかりせねば。
「…… 仕方ない。僕は、決めた主人にしか言う事を聞かない主義だが…… 百合に、その女性のことを聞いてくれたら、君に1回だけご奉仕しよう」
「いや、いらないですからね!?」
何が罰ゲームで、フラれた男兼変態にそんなことされなきゃならんのだ。
「分かりました。私が百合様にそれとなく、聞いてみますから」
「ありがとう! 君は、面倒見が良いご主人様になるね! 百合がいなかったら、僕は君の犬志望だったよ!」
ブンブンと右手を強引に掴まれ、思いっきり上下に振られる。
…… 過去の自分に聞きたい。
本当に何故、この人に惚れてた、私。
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翌日。
今日は、百合様の呼び出し日である。
いつもの通り、校舎裏に向かうと、案の定、百合様がいた。
しかし、何かいつもと違う。
いつもは私を見ると目を輝かすのに、背後に近付いてもまったく気づく様子はない。
むしろ、誰かに恋慕しているように、時々切なそうにため息をついている。
これは、昨日の篠宮先輩の言うことも、間違いではないかもしれない。
「百合様」
「きゃっ!? ま、まあ、雪音さん!? いらっしゃったんですの!? わ、わたくしったら、気づかずに申し訳ありませんわ!」
顔を覗き込むようにして声をかけると、百合様は心底驚いたように悲鳴を上げる。
………… 間違いない。
これは、恋をしている乙女の表情だ!
私もつい最近までは、そうだったんだから。
「こっちこそ、驚かせてしまいすみません。____ あの、いつもの相談の前にお聞きしたいことがあるんですが」
百合様のノロケ話というか、一方的な先輩への愚痴は話し出すと止まらない。
今日は、どうか分からないが、用心して先に聞いておいた方が良いだろう。
「申し訳ありませんわ、今回だけはわたくしも聞いてほしいお話があるんですの」
いかなる時もレディファーストを心がける、百合様が珍しい。
女の人のことは、話が終わってからでも良いので、同意の意として軽くうなずく。
すると、百合様は意を決したように、息を吸った。
「先日、バカお兄様がわたくし以外の女性と楽しげに笑っていたのです!」
…… いたのです、いたのです、いたのです……
あーれー? こんな話、つい最近、どこかで聞いたことあるなあ!?
はい、昨日ですね。その問題のバカお兄様から、同じような相談受けましたね。
…… 篠宮先輩、結局あなたも同じことしてるじゃないですか。
思わずため息をつきそうになるが、百合様の前なのでグッとこらえる。
「先日っていつですか?」
「一昨日の日曜日ですわ」
しかも、同じ日というね!
…… あれ、同じ日?
同じ日といえば、百合様は女の人とデートをしていたはずだ。
「百合様。その時、女の人と一緒にいませんでしたか?」
「はい? ………… ま、まさか、雪音さん…… 見ましたの!?」
その問題のバカお兄様から聞いたんです。
などとは、死んでも言えない。
「友達から聞いたんです。ほら、百合様って学園内では有名ですから!」
本人たちは、裏で美形兄妹やら王子様やお姫様呼ばわりされていることは知らないので、あくまでもオブラートに包む。
百合様の成績は、学年トップなので本人には、そう言っておけば納得するだろう。
「よ、良かったですわ…… 雪音さんに知られたら……」
「私に知られたら何か都合が悪いんですか?」
上品に口元に手を当て、目を見開いていた百合様だったが、安堵のため息を共にゆっくりと手を離す。
私に知られたらまずい、ということは、本当に好きな人が出来たんだろうか。
「正確には、私の趣味を知っている方、ですわね…… バカお兄様に知られたら殴り飛ばすが自殺級のことでしたが、愛する雪音さんの頼みとなれば仕方ありませんわ! お話致しましょう!」
「いや、頼んでないですからね!?」
百合様は、そんな私のつぶやきなど聞こえなかったように、口を開く。
「実は…… わたくし、弟子入りしましたの」
「その人に、ですか?」
何かの師範とかなのだろうか。
とりあえず、恋人とかではないのは分かった。
「ええ。女王様、ですわ!」
「あ、はい、何となく分かりました。だから、嬉々としておっしゃらないで下さい」
つまり、本職の方か。
………… 百合様、もう、戻れないところまで行ってしまってるのではないだろうか。
そういえば、篠宮先輩情報によると、黒髪でツリ目、身体の線が分かるようなピチピチのスーツに身を包んでいたと。
ちなみに、巨乳らしい。
百合様には後で、先輩に存分に罵っていただきたい。
まあ、それは置いておくとして、本職の方と聞くと、イメージ通りというか。
「不躾かもしれないんですけど、何故、弟子入りを?」
「え? ええ、それは……」
その質問をした途端、百合様は頬を赤らめ、身体をくねくねとくねらせる。
それだけ見たら、微笑ましい恋する乙女なんだどな……
「最近、バカお兄様を罵る時に、ハリがないんですの! わたくし、スランプかもしれないのですわ!」
何のスランプですか。
というか、うん、もう、百合様は引き返せない、はるか遠くにいるのかもしれない。
決して、追いつきたくはないけど。
「え、ええと、まあ、頑張って下さい……」
「ええ! 雪音さんにそうおっしゃられたら、わたくしももっと頑張らなければいけませんわね!」
そんなキラキラした目で言わないでほしい。
「じゃあ、恋人さんとかでは……」
「当たり前ですわ! わたくし愛しているのは、雪音さんただ1人! ………… ふふ、でも、雪音さんが嫉妬してくれるとは嬉しいものですわ」
百合様は、照れ隠しのように頬をかく。
え、もしかして、私、百合様にジェラシー的なものを抱いているように見えるのか!?
「いや、違いますから、違いますからね!?」
「ふふ、そういうことにしておきますわ!」
いや、真剣でそうです。
私は、決して百合趣味などないですからね!?




