第16話 人として軸がぶれている
私には2人、弟がいる。
まず、下の方の桜海旭。
11歳の小学5年生である。
私が関わる人間の中の数少ない常識人で、何かもう、最近の私の心のオアシスになりつつある。
私の高校に兄姉が通っていなさそうな小学校に通っているので、篠宮先輩のデートサポートの時などにバイト代やらを出して付き合ってもらったりする。
性格はかなりの面倒くさがりだが、どうやら学校ではそれなりに人気らしい。
姉に平気でおばさんとか言っちゃうヤツがである。
クラスメイトの女子たちは、ちょっとワルな男の子に惹かれちゃうお年頃なのだろうか。
ジト目で冷たくあしらわれるとキュンときちゃう感じなのか。
…… まあ、それは置いて置いてだ。
上にももう1人、弟がいる。
私の1つ下で、15歳。中学3年生。
ヤツも旭と同じように兄姉がいないような遠い学校に通っているが、デートサポートなどには1度も連れて行ったことはない。
勿論、受験生だからなどという良心的な配慮はない。旭よりも彼の方が良ければ、受験勉強の息抜きとかの建前で平気で連れて行く自信がある。
つまり、ただ単に、ヤツは私が苦手な人間なのである。
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「どうして文化祭でここまで悩まなければいけないんだろうか」
まず、文化祭ベストカップルコンテストだ。
篠宮先輩から、百合様をデートに誘うために一緒に出場してくれと頼まれたが、その後の学園生活の心配もあり、会長さんと出場してもらうことになった。
だが、百合様からも篠宮先輩と一緒にデートに行きたいからコンテストに出場して、チケットを譲ってくれと頼まれた。
今さら会長さんに出場を取り消して、代わりに私を出場させてくれなんて言えないし、私だって出場はお断りだ。
そもそも、2人から頼まれた今、出場して優勝しても、私はペアチケットを2つ用意しなければいけないことになる。
美形残念兄妹には悪いが、もう1つペアチケットを買うくらいの義理もない。
その次に、文化祭を誰と回るかの件。
篠宮先輩に、百合様に誘われるだろうから一緒に回ってくれと頼まれ、その百合様からも誘われた。
それで、篠宮先輩と百合様と一緒に回ることになったが、ぶっちゃけ私はお邪魔虫のため、1時間くらい回ったところでクラスのシフトだからと抜け出し、シフトが終わっても音信不通を装い、美形残念兄妹の文化祭デートの完成だ。
だけど、問題なのは、会長さんからも文化祭を美形残念兄妹と回る際は一緒に回って良いのかと言われていることだ。確かに、美形残念兄妹とは不本意だが1時間は一緒に回ることになっている。だが、会長さんは私がいなくても、と言うか理想は篠宮先輩とのデートなわけなので、一緒に回るつもりだろう。つまり、篠宮先輩と百合様のラブラブデートを邪魔することになるわけだ。
あの残念な性格で忘れかけていたが、一応は学園の王子様とお姫様だ。あの2人が潰すとは思えないが、それなりにアレなことにはなるだろう。
会長さんには回ることになったとは伝えるが、篠宮先輩と回るのは考えた方が良いだろうと言おう。
…… 本当に、文化祭でこんなに悩んだの初めてだ。
「旭」
「え」
リビングで携帯ゲームをピコピコやっていた旭だが、旭の近くのソファに腰を下ろしてそんなことをつぶやいた私を数秒間じっくりと見ると、急いで2階にある自分の部屋へと避難しようとした。
その服の袖を掴もうとしたが、服が伸びてはいけないので、腰のあたりに手を伸ばすと、旭は私が座っているソファに頭から思いっきりダイブした。
「へぶっ!」
「あ、ごめん」
しかし、携帯ゲームはちゃんと両手で持っているあたり、凄いと思う。
「何なんだよ、本当に何なんだよ! おばさんがオレの近くに来ておもむろに何かつぶやく時は面倒事が起きる前兆なんだよ!」
「まあ待て、これあげるから」
この辺りでは有名の、美味しいと評判のケーキ屋の箱を差し出すと、旭はごくりと唾を呑む。
やはり、旭を釣るには食べ物だ。
小学生なのにグルメなヤツめ。いや、年齢は関係ないけど。
「っ⁉ …… まあ、良い。聞いてやる」
「どうもどうも」
旭と私の分を取り出し、後の家族の分は冷蔵庫にしまおうとソファから立ち上がる。
既にケーキを食べ始めている旭に複雑な目で見ながら、キッチンへ行こうとすると。
「ただいまー」
「え」
今度は、私が声をあげる番だった。
玄関から聞こえてきたヤツの声に、私は旭にケーキの箱を渡すと、急いで2階にある自分の部屋へと逃げようとする。
「っ! 雪音ちゃんのローファーがあるということは……!」
「まずい、部屋に戻る前に気付かれた!」
ケーキを食べている間はデフォルトになりつつあるジト目ではなかった旭だが、ヤツの声と私の様子に呆れたようにジト目に戻って見ていた。
「雪音ちゃん、雪音ちゃん、雪音ちゃーああんっ!」
「唸れ私の足!」
階段を勢いよくかけ上がろうとするが、それは私の腰に手を回した、いや抱き付いた人間によって阻止される。
振り向くと、そこには勝ち誇った笑みを浮かべた旭がいた。
「旭いいっ!」
「いつものお返しだ!」
だから、いつも相談する場合はお菓子を渡しているだろうが!
私は、後ろにいた旭と共に、階段の3段目から思いっきりゆかに倒れ込んだ。
「ただいま、雪音ちゃん!」
「…… お帰り」
旭を下敷きにするように倒れたが、それをヤツに見られるのは癪に障るので、旭をソファに座らせ私もソファに座る。
「っ⁉ 雪音ちゃんが逃げずに出迎えてくれたのは3年ぶりだ!」
「…… そうだっけ」
ヤツは私に抱きつくと、天変地異の前触れかと笑顔で話し続ける。
恨みがましく旭を見ると、計画通り、と某月さんも真っ青な顔で私を見返した。
…… 旭め。
「っ⁉ 雪音ちゃん、その右腕の傷は⁉」
「え、あー、これは」
旭と倒れ込んだ時にぶつけたところか。
見ると、右腕の肘に近いあたりが少し赤くなっていた。
だが、全然痛くないし、彼に指摘されるまでは私だって気付かなかった場所である。
「まさかっ、いじめ⁉ それとも、泥棒⁉ 転んだ⁉」
「いや、学校で机にぶつけた時に出来たやつじゃないかな……」
旭とのことは伏せ、適当にでっち上げたことを告げる。
すると、彼はどこからか救急箱を持ってきて中から消毒液やら包帯やらを取り出した。
「大袈裟すぎるよ! いや、全然痛くないから! と言うか、私もさっきまで気付かなかったくらいだから!」
「それで、痣になったりでもしたら俺はっ!」
「ならないから!」
こんなので痣になるって、どんだけ身体弱いことになっているんだ、コイツの中で。
私は救急箱を押しやり、包帯やらを元に戻した。
「だよな! 人智を超えた存在である雪音ちゃんに傷なんて出来るわけないよな!」
「私は人間だからね」
満面の笑顔を浮かべる彼に、反対に疲れた表情で返すと、何故かヤツはうんうんと首を上下に振った。
「普通なら引かれて終わりなのに雪音ちゃんは引かずに返してくれるよな! やっぱ、雪ちゃんはすげー!」
「勘違いするなよ、これは慣れただけであって、リアルタイムで今引いてるから」
さすがに、15年の付き合いだ。
慣れてなくてどうする。
「そうだよな、うん、姉ちゃんすげーよ!」
「すげーで終わらせて良いのか、それ」
____ 桜海睦月。
私の2人いる内の上の方の弟。
シスコン、とは違うが、何故か姉である私を尊敬、いや崇拝しているらしい。
会う度に私に抱きついてきたりするので、私が苦手としている人間の1人だ。
既に口癖となっている“雪音ちゃん、すげー”だが、私と会話していると特に意味もなく出てくるらしく、使い所がよく分からない。
だが、こんなヤツでも容姿というのは凄いもので、バレンタインのチョコの数と言ったら。
まあ、スポーツが出来るみたいなので、その辺もあると思うが。
スペックは高いのに、性格面で残念なヤツである。
旭はともかく、美形残念兄妹や神永君、睦月たちは性格に難があっても容姿さえ良ければ関係者ないよねっ、という残念な美形の象徴なのだ。
「そう言えば雪音ちゃん、俺、生まれて15年! そろそろ、雪音ちゃん教を作ろうと思うんだ」
「おばさん教なんて作っても信者なんていないからやめといた方が良いと思うけど」
「いやまあそうなんだけど、何か腑に落ちないぞ旭」




