第15話 天は人の上に人を作らず
「雪音さん! わたくしは、わたくしは、反対ですわ!」
「…… 何がですか?」
百合様の相談日である今日、いつもの通りに校舎裏へ行くと会った早々そんな謎のことを言われた。
「ベストカップルコンテストですわ! 何故、雪音さんはお兄様と出場なさらないのです!?」
出場したくないからです。色んな意味で。
というか、百合様は何を言っているんだ。
それに何故知ってるのか。
…… うん、罵倒している時にでもばれたんだろうな。
自分で言うのも恥ずかしいが、百合様は私を恋愛感情として好きだ。それを、いくらブラコンで好きだとはいえ自分の兄と一緒に出るのを推奨するのだろうか。
「出場したくないからです」
「何故ですの!?」
そりゃあ、あの篠宮夕斗とベストカップルコンテスト何て言うものに出場したら、私が恋人だと思われるのは必然だ。
ただでさえ、最近は校内を歩くだけで一部の女子たちに睨まれたりするのに。
「冴えないバカお兄様と出場したって、雪音さんはどうにもならないはずですわ!」
「逆に、百合様がそこまでして私を出場させたい理由は何ですか」
と言うか、冴えないバカお兄様って。
そうか、そう言えば本人たちは、自分がモテていることを知らないのか。
校内で割と有名人なのは、成績上位者だからだと思っているみたいだし。
「べ、ベストカップルコンテストの賞品、ありますでしょう……!?」
「賞品? あ、iPadですね。私も欲しいです」
「そちらではありませんわ!」
百合様は途端に頬を赤く染め、もじもじしながら指をつんつんと付き合わせる。
うわー、分かりやすい照れ方だなー。
「鼠王国ペアチケットの方ですか?」
「ええ、そうですわ!」
目を輝かせた百合様は、うんうんと首を大きく上下に振る。
百合様も欲しいのか、ペアチケット。
しかし、百合様も篠宮先輩と同じくお金持ちなわけだし、それくらい自分で買えるだろうに。
「バカお兄様と雪音さんが優勝し、それをわたくしが雪音さんから譲り受け、それをバカお兄様に差し上げようと思っていますの。勿論、お金はお支払いしますわ! それと、当たり前のことですけれど、勘違いなさらないで下さいね! わたくしは、バカお兄様に普段、お犬様の雑誌などの必要経費以外使わないお金を一気に使わせて金欠にして差し上げたいだけですわ! 鼠王国は、それなりに散財させるようですから!」
「そうですか」
心なしか百合様の頬がさらに赤みを増している。
遠回しに篠宮先輩と一緒に鼠王国に行きたい、と言うことだろう。だが、ツンデレな百合様は普通にチケットを買って誘うということは出来ない。
だから、私から譲って貰ったことにして、篠宮先輩にでも突き出すつもりなのだろう。
相変わらず、相思相愛だな、この兄妹。
「…… ふふ、バカお兄様を練習台にしてその後、雪音さんとデートに行くのですわ…… そして、本番では雪音さんを完璧にエスコートして差し上げるのです。雪音さんも、きっと、わたくしと付き合うことを許してくれるはずですわ! 最後は観覧車で、花火の最中に灰かぶり姫城を見ながらの告白。我ながら完璧な計画ですわ!」
百合様、本音ダダ漏れですが。
最後の方はつぶやきにもなっていないし。
だが、ここでツッこむと本当にデートに行くことになりそうなので、聞こえないふりをする。
それと百合様、鼠王国に観覧車はない。
「………… えーと、まあ、はい。考えておきます」
「よろしくお願いしますわ!」
だから、その純真なキラキラ笑顔はやめて下さいうんと言ってしまいそうです。
まあ、鼠王国ペアチケットは、ちゃんとお金を払ってくれるみたいだし、私から百合様に譲ることに意味があるわけなので、普通に買って行く予定がパーになったのでどうぞ、みたいな感じでも良いんだろう。
と言うか、私、百合様の頼み事は全部考えておきますだな。
告白、文化祭を一緒に回る、鼠王国ペアチケット。
告白だけはお断りしますだが、文化祭だけは今言ってしまおうか。
それを考えたのは百合様も同じだったらしく、そう言えば、とつぶやいた。
「そう言えば、この前の文化祭を回る件ですが、考えていただけましたか?」
「あ、それなんですが」
いえいえ、と微笑む百合様。
ここだけ見れば、儚げ美少女なんだけどなあ。
中身は、百合でブラコンでサドでツンデレな残念なお方だから何とも言えない。
「篠宮先輩も一緒に、と言うことではいけませんか」
「バ、バカお兄様も、ですか!?」
百合様と2人で文化祭を回るとなると、必ず噂されること前提となる。
単に百合様は今日もお綺麗で、というものが殆どだが、私に対する悪口、そして何より私たちの関係を疑うものもある。
と言うのも、私は、女王様お犬様事件、篠宮先輩百合様デートサポート事件でお礼を言われたり抱きつかれたりしている。
百合様は表では、あまり人と関わらない成績学年トップの病弱儚げミステリアス美少女、みたいなイメージなため、人に抱きついたりはしない。
だが、人前でいきなり私に笑顔を向けたりハグしたりしているため、残念なことに私たちの百合疑惑の噂が流れている時期があった。
今は、落ち着いたとは言え、文化祭を回ったりしたら大変なことになる。
しかも、3日間もだ。
そこで、篠宮先輩だ。
運良く篠宮先輩からも百合様目当ててで一緒に回るのを誘われている。
前に先輩に説明した様に、まずは3人で回って途中で私が上手く抜けるという方法なら、何とか平穏に回れるかもしれない。
美形残念兄妹と回るのはかなり不安だが、それも1時間くらいだ。
3日間でも、3時間。
…… うん、頑張ろう。
噂の件は、3人でいれば、私が2人を案内している構図に見えないこともないよね!
「この高校って大きいから校舎たくさんあるじゃないですか。だから、授業で使わないところとかだと、全然行ったことないんですよね! そのくせ、大体の教室が使われてますから、迷うかなと。そこは学校慣れしている2年生の篠宮先輩がいた方が心強くないですかね!」
自分で言っておきながらめちゃくちゃだな、この考え。
しかし、百合様はこれに思うところがあったらしい。
なるほどど考えこんでしまった。
…… ちなみに私は、入学して友達が出来たころに校内探検をしているために、殆どの教室は把握出来ている、つもりである。
すみません、百合様。
「ええ、確かに、バカお兄様は経験だけはありますものね……」
せめて、成績と容姿くらいは入れてやって下さい。
「分かりました、今夜、バカお兄様とお話してみることにします」
「よろしくお願いします」
多分、今夜の罵倒と言うかプレイは、強烈なものになるのだろう。
何だかんだ言ってブラコンの百合様、承諾して下さい。
「____ 雪音さん。これから大事なお話がありますの」
「え、何ですか」
それなりに大事なお話を2つした気がするが、まだ何かあるのか。
百合様は今までに見たことのないようなシリアスな顔付きになり、口を開いた。
「雪音さんのクラス、文化祭は何をしますの!?」
「…… 喫茶店、ですが」
大事という割には、雑談で済ませられそうな内容だった。
特に隠すこともないため、事実を言う。
万が一に百合様にクラスに来られたら困ると言うことがあるが、そんなの文化祭のパンフレットで一発で分かってしまうので仕方ない。
「き、喫茶店!? 喫茶店ですの!?」
「喫茶店ですよ」
だから、何故そんなに興奮する。
何度も聞き返して来る百合様に若干引き気味になりながら、告げる。
「その喫茶店、の前には何か言葉が入るんですよね!? メイド喫茶とか、中華喫茶とか、戦国喫茶とか和風喫茶とか動物喫茶とか…… ええ、男装喫茶というのもありですわね! それで、何喫茶ですの!?」
………… そんな期待に満ちた瞳で言われても。
私のクラスの喫茶店は百合様が言うようなコスプレ系の喫茶店ではなく、ただの喫茶店である。衣装は、男子が漫画とかの執事が着てるような燕尾服、女子がメイド服なので、実態はメイド・執事混合喫茶みたいなものだが。
「メイド・執事混合喫茶みたいなものですかね……」
「つまり、メイド喫茶ですのね!」
執事が抜けてますが。
まあ、百合様が興味があるのは女の子だけなので仕方ないかもしれないが。
「それで、メイド服はどのような感じですの!? ヴィクトリアンメイドですか、それともフレンチメイドですか!?」
だから何故、目を輝かせるんですか、百合様。
「それは、個人個人ですね。衣装係の人が、着る本人に決めてもらいたいということで、ヴィクトリアンメイドの人もいればフレンチメイドの人もいます」
ヴィクトリアンメイドとは、19世紀のイギリスのヴィクトリア朝時代のメイドたちが着ていたメイド服のことで、ロングドレスでシンプル、装飾が少ないものが多い。言わゆる、正統派メイド服というヤツだ。
それに反してフレンチメイドというのは、レザーやラバーなどの素材を用いたボンテージ系のメイド服である。袖はノースリーブかパフスリーブ、スカート丈はミニのものが多い。アキバ系のメイド喫茶とかでは、ほとんどこのメイド服を着ているところが多い。
衣装係の人がコスプレ趣味のある人だったらしく、衣装作りはすぐ出来るのでということで、着る本人にロングかミニかを選んでもらうこととなった。
ただし、色まで変えると生地代がかかる上に統一性がないので色は黒1色だが。
「なるほど……! では、雪音さんはどちらをお召しになるんですの!? ………… フレンチメイドの雪音さんもお似合いですが、やはり雪音さんはヴィクトリアンメイドですわね。長い黒髪にロング丈、雪音さんの美しさをより引き立たせますわ! ふふ、ふふふ、別途料金やジャンケンなどで勝てばツーショット写真を撮れますかしら……! ああ、今から楽しみですわ!」
心の声がダダ漏れですが。
と言うか、百合様、写真撮影何てものは本格的なメイド喫茶、いやメイド喫茶でもない私のクラスはしていませんが。
そもそもだ。
「あの、私、そもそもフロア担当じゃないんですが……」
「____ はい!?」
私の担当は、フロアではなく厨房でのお菓子などの食べ物作りである。
だから、厨房の私はメイド服は着ない。
「雪音さん、今、今何とおっしゃりました!?」
「ですから、私は厨房担当なのでメイド服は着ませんと」
血走った目で私を見ないで下さい。
百合様は、しばらくジーザスとか天はわたくしを見捨てになったとかつぶやいていた。
出会った頃の綺麗な百合様が懐かしい。




