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第14話 出場することに意義がある

「なるほど、そういうことですか」

「そういうことなんですよ…… え、というか何当たり前のように家に上がりこんでるんですか」



篠宮先輩と別れ、自分の欲望を取るかその後の学園生活を取るかを悶々としながら下校していると、いつのまにか隣に神永君が立っていた。

近くに知り合いがいたら気付くくらいには気配は分かるつもりなのだが、考え事をしていたからか。それとも、神永君が気配を消すのが上手いからか。

神永君は、ただ無言で私の歩調に合わせて歩く。

…… 特に話をするつもりはないらしい。

私もそれを理解し、同じように無言を貫き、ついには家に着いてしまった。

無言で鍵を出し、無言で鍵を開ける。ドアを開け、無言で中に入ろうとする______ と。


「雪音さん、これは何か少しおかしくありませんか」

「神永君が特に行動を起こさなかったので、私も何もしなかっただけです。というか、ドアノブから手を離してもらえます?」


ドアを閉じようとすると、今まで門の前で突っ立っていた神永君が慌てたようにドアノブを握る。

私はそれに抵抗し、ドアを閉じようと内側に必死に引っ張る。

というか、神永君、最初から私の家に入るつもりだったのか。それに、怖いから無表情でダッシュして無表情で引っ張るのは止めて欲しい。


「何故、ドアノブを握っているんですか、神永君。それを離してくれたら…… えーと、何かあげます」

「分かりました、では、早々に篠宮さんか篠宮先輩と周囲が引くくらいにラブラブイチャイチャなカップルになって下さい。そして、俺が略奪します。今のままだと俺もすることがないので困ってるんですよ」

「お断りします」

「なら、家に入れて下さい」

「お断りします」


ドアに中と外で繰り広げられる攻防戦。

何だろう、これ、終わる気がしない。


「………… おばさんたち、何やってんの」


そんな時、神永君の後ろから聞こえた声は関わりたくないオーラが滲み出て、心底嫌そうな顔をした我が弟、旭だった。



____________________



「…… 桜海旭、おばさんの弟です」

「神永慧です。雪音さんとは同学年です。よろしくお願いします」


学校から帰ってきた旭を家に入れ、その間に滑り込んできた神永君も仕方なく家に入れ、ひとまずリビングに案内した。

旭は自分の部屋から携帯ゲーム機を持ってくると、ソファに座ってピコピコとやり始める。

普段ならそのまま部屋に入って夕食まで出てこないのに、もしや神永君に出す茶菓子目当てか。

神永君はそんな旭を無表情ながらに面白そうに見て、旭のソファの斜め向かいにあるソファに座った。

私は神永君には紅茶、旭にはジュースを用意し、買い置きのドーナツとクッキーを出した。


「それで、神永君。何か用ですか。家に来る必要ありますか」

「あります。雪音さんが学校では俺を見ると避け、メールには返信しないので仕方ありません」

「学校では1度だって会ったことはないですし、メールは1日100件以上とか怖いでしょう。後それ、返信しましたよ」


神永君は、美形残念兄妹の秘密を中学から守っているとはいえ、万が一人前で何か口走ったらいけない。

私の勘違いかもしれないが、こう、神永君からは空気が読めないオーラが感じるのだ。

人がいる校舎で早く百合様とくっっけとか言われたら噂が大変なことになる。

メールの件だが、神永君と今までまともにしたことはないし、一昨日(おととい)、神永君が略奪愛者だと判明して、その夜に延々と美形残念兄妹との進展具合をメールで聞いてきたくらいだ。

深夜2時から始まり、朝5時までに150件。

起きて、着信履歴を見た時には驚いた。

それから既読をつける作業をしているが、その間もメールは絶えず来るメールについに返信した。

そんなことから、私は神永君をあまり信用していない。


「なー、おばさんとその神永? さんってどんな関係なの。彼氏?」

「旭、冗談でもそんなことは言ってはいけないと思うんだ」

「未来の彼氏です。ああ、俺のことはどうぞお義兄さんとでも呼んで下さい、義弟」

「は!?」


こっちをジト目で見ていた旭が疲れたように口を開く。

神永君と彼氏などとは絶対に誤解しないで欲しい。それならまだ、百合様と彼女にされた方がマシだ。

ちなみに、篠宮先輩は神永君よりも彼氏にされて欲しくない人間だ。

先輩とはこの前のデートサポート時、女王様やお犬様、挙句に旭にまで彼女と疑われた。あれは、色々ときつかった。


「おばさん、ここは普通、照れたりするもんじゃないの。何でそんな達観してんだよ」

「…… いや、ないから。神永君が彼氏とか、とにかくないから……」

「…… おばさんも苦労してんだな」


私の顔を見た旭がしみじみとつぶやいた。

やめて、小学5年生に哀れみの視線を向けられる高校生って何かアレだからやめて!?

神永君に顔を向けると何故かドヤ顔だった。


「それで、雪音さんは何に悩んでいるんですか」

「別に、悩んでいるというまでは…… いや、悩んでいるのか」


神永君でも良いアドバイスをくれたりするのではないかと、少しは期待して話してみることにした。

神永君は、無言でドーナツを食べながら私の話に耳を傾ける。


「…… 文化祭ベストカップルコンテスト、って知ってますか」

「はい、 生活が充実している人たちが出るものですね」


神永君の認識もリア充の巣窟なのか。

いや、だが、ここで侮ってはいけない。

神永君のことだから、多分、これに出場するんだろう。そして何かしらの略奪愛的な行為をするとか。


「はい。それに、篠宮先輩に一緒に出場してくれないかと頼まれまして」

「篠宮先輩、とうとう行動に出ましたか。雪音さん、俺は全力で出場を推奨します。最終選考あたりまでは残って下さい。そして、後数問で優勝という時、新たな登場人物が……! 現れた美男子は、雪音さんの現恋人、神永慧。実は、雪音さんは篠宮先輩に脅されて出場していただけでした。決して自分に振り向いてくれない篠宮先輩の次第に偏る愛。外堀から埋めてしまおうと、出場しただけだったのです! そこで、本当の愛を貫く俺と雪音さん。周囲の祝福されながら、俺たちは文化祭ベストカップルコンテスト優勝カップルとなるのです」

「神永君は、昼ドラの脚本でも書いたら良い仕事すると思うんですよ」


後、最後のは何だかしょぼいのでやめて下さい。

…… うん、神永君に普通のアドバイスを求めた私がバカだった。1人でゆっくりじっくり考えよう。


「現実的に考えても、雪音さんは出場しても大丈夫だと思いますが」

「iPadは欲しいです。ですが、これからの平穏な学園生活も大事です」


iPad2台は欲しい。

だが、iPadはお金を貯めれば買えるものだ。

平穏な学園生活の方が大事だ。

…… うん、出るのやめよう。


「雪音さんは、篠宮先輩と付き合いたくば絶対に倒さなければいけないと呼ばれる、強敵。言わばラスボスの第1勢力、篠宮夕斗ファンクラブ会長、佐藤先輩を手懐けてしまっていますからね。それに、妹である篠宮さんとも表向きは仲が良い友人関係を築けていますし。言わば、雪音さんは無敵です。ということで、出場して下さい。そして、さらに仲を深めるところに俺が登場____ 燃え上がりますね!」

「ますます出場したくなくなりますね!」


というか、会長さんってそんなに凄かったのか。ラスボスとか言われるほどに。

神永君の言うことにもっとツッこみたいが、どうやら、私は出場しても、一応、やっかみ的な何かは受けないらしい。


「そうだ、こういうのはどうでしょう! 私の代わりに会長さんが出場する」

「よく分からないけど、もうおばさんの論点外れてないか」


それまで、何故かむすっとしながらピコピコとゲームをしていた旭がテーブルの中央に置かれたクッキーをかじりながらつぶやいた。

言われると、私の出場というより、篠宮先輩が誰と出場するかということになっている。

だが、出場すると会長さんを手懐けてるとか篠宮先輩とLOVE的な関係に近いだとかに加えて不名誉な噂をされることになる。

会長さんだったら、ファンクラブ会長だから下手には逆らえないだろうし、本人が篠宮先輩とくっつきたがっているのだ。



「出場しません。会長さんに譲ります!」

「イベント起こす気ゼロですね、雪音さん」


篠宮先輩と一緒に回る時間が少なくなるせめてものお詫びだ。

会長さんに誘いのメールを送る。

そして、一旦自分の部屋に行き、パソコンを立ち上げる。アドレス張から篠宮先輩のアドレスを探すと、それをクリックした。

ちなみに、篠宮先輩とは何か怖いのでメルアド交換はしていなかったのだが、夏休み前のある日の熱烈なアピールで仕方なくパソコンメールだけ交換した。ちなみに、スマホのアドレスは死守した。

お詫びと会長さんの紹介メールを書いていると、スマホがブーッと連動し、会長さんから返信がきたことを知らせる。

相変わらず、篠宮先輩関連だと返事早いな。


『やるわ! むしろやらせて下さい! 』


よし、こっちは順調だ。

それにまた、返信を打っていると、今度は篠宮先輩から返信がきた。


『いや、桜海さんじゃないと困るんだ』

『何故ですか』


私じゃないとダメとか、やめていただきたい。

出来れば、その台詞は私が篠宮先輩のシスコンマゾということを知る前に言って欲しかった。

まあ、恋愛関係ではないことだけは分かるのだが。


『桜海さんじゃないと、百合にチケットの言い訳が出来ないのと、僕が百合を愛しているということを知っているから楽なんだ!』


つまり、私と出場しないとデートに誘えなくなるのか。

…… どうしよう、篠宮先輩の方は良いとして、会長さんに申し訳が立たない。


『では、こういうのはどうでしょうか。優勝したら、先輩がiPad、会長さんがペアチケットです。それで、会長さんが私にチケットを譲ってくれ、そして私が篠宮先輩にチケットを譲る』

『それは良いかもしれないけど、前提として佐藤先輩が桜海さんにペアチケットを譲るということがあるんだけど……』


そうか、忘れていた。

会長さんが篠宮先輩にチケットを譲ると、会長さんがもらえるものがなくなる。

篠宮先輩はまあ、百合様からのデートが優勝賞品ということで我慢してもらおう。


『ありがとうございます。…… ところで、優勝賞品の件なのですが、篠宮先輩が病弱な百合様を少しでも楽しませようと、鼠王国ペアチケットを譲って欲しいらしいです。そこで、iPadを会長さんに、ペアチケットは篠宮先輩にとのお話なのですが』


…… う、嘘はついてない、うん。

百合様は表の顔だけで頑張れば、野山に咲く一輪の花のような可憐さもあるし、触ったら折れそうなくらい華奢だ。毎日学校に来ているしどう見ても病弱そうには見えないが、そんな儚げなイメージも出せるだろう。


『夕斗様、何てお優しい……! 雪音、アタシは一緒に出場出来るだけでもご褒美なんだから、優勝しても賞品なんて望んじゃいないわ。iPadも夕斗様に渡しなさい。アタシ、絶対優勝するわ!』

『ありがとうございます』


賞品というより出場することに意義があるらしい。

会長さんは、敵に回すと怖いが、味方にすると頼もしい人だと思う。姉御肌というか。



『会長さんから許可を得ました。iPadもチケットもいらないそうです。その代わり、絶対優勝しましょうねと言っていました』

『…… 佐藤先輩に明日、お礼を言おうと思う』


あ、篠宮先輩の会長さん株が少し上がった。

ベストカップルコンテストに出場するカップルは、ほとんどが彼氏彼女関係だし、周りから見れば篠宮先輩と会長さんはカップル。

会長さん、外堀から埋めてはどうでしょうか。

…… こりゃ、本当に文化祭でくっつきそうだな。

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