第13話 恋敵だけど欲望さえあれば関係ないよねっ
「桜海さん、文化祭、一緒に回ろう」
咄嗟に出た言葉は、“お断りします”であった。
神永君が略奪愛者だと判明した翌日の放課後。
篠宮先輩の方の相談日で、校舎裏へ向かうと珍しく先輩が先に来ていた。
目を輝かせ、また面倒な相談をされそうだということが分かる。
「いやいや、誘う人間違ってますよね。私じゃなくて、百合様ですよね」
「っ!? さ、さすが桜海さん…… 僕の意図がよく分かっている」
いや、分かるも何も常時本音ダダ漏れでしょうが、先輩。
まあ、とりあえず良かった。誘う相手は私ではなく、百合様で合っていたようだ。
「正攻法で行っても百合は僕と一緒に回ってはくれないだろう。多分、百合は愛している桜海さんと一緒に回るんだと思うんだ」
「はあ、まあ、そうですね」
先輩だって考えているのか。
でも、百合様はツンデレでブラコンなので何度も頼めば、仕方ないなあという態度を装い内心は喜んでいて、回ってくれるだろうに。
それにしても、まだ文化祭まで2週間あるのにもう百合様が私に文化祭を一緒に回ろうと誘っていると考えるとは凄いな、先輩。
「だから、百合と回るためには桜海さんもプラスアルファとして付いていてもらわなければないない! QED!」
「証明になってない証明終了、おめでとうございます」
何だ、そのお荷物感半端ない言い方は。
私としても単体ならともかく、揃っていると色々と大変なので回りたくはない。
…… だが待て。
篠宮先輩には6月の女王様、お犬様乱入で失敗に終わったデートサポート時に旭のバイト代を食べ物で返してもらうという密かな野望がある。
先輩と回らなければ、おごってもらえないかもしれないぞ。
「…… では、篠宮先輩。こういうのはどうでしょうか。まず、3人で文化祭を回ります。1、2時間くらい回り、私はクラスのシフトとかで抜けます。私のクラスのは、1人でも最低1時間はやらなくてはいけないので、それまで先輩と百合様の2人っきりです。百合様が私のクラスへ来ようとすれば、何としてでも阻止して下さい。それで、クラスのシフトが終わり、百合様は合流しようとするでしょう。その時、先輩は出来るだけ私のクラスから遠い場所にいて下さい。私は合流しようというふりで、クラスよりもっと遠いところへ行きます。校庭でステージ組まれて人が多いところですかね。電話で何度か話しますが、電波の関係で居場所が分からないまま、終了。それからは、2人で回って下さい。私も、出来るだけ接触しないように移動します。どうですか?」
百合様の前だと先輩だって見栄を張るだろうし、500円分くらいおごってくれるだろう。
そして、クラスのシフトで抜け、そのまま会えずに終了。
クシフトの時間を早くしてもらえば、私と3人で回っている時間も減るだろうし、先輩と百合様、2人で回っている時間の方が多い。
何となくドヤ顔でいると、先輩は感動したように目を見開いていた。
「凄いよ、桜海さん! ありがとう、本当に! お礼としてだけど、1度なら桜海さんの犬になっても……」
「いえ、大丈夫です。それなら、文化祭で何かおごって下さい」
あ、本音言っちゃった。
先輩の様子を伺うと、犬っぽくしょぼんとしていた。さすが、別の意味での犬。
そして、切り替えたように息を吸い込む。
「じゃあ、桜海さん。もう1つお願いがあるんだ」
「…… 内容によって返事は変化します」
何だろう、嫌な予感しかしない。
先輩は、また目を輝かせると、どこから取り出したのか1枚のチラシをどこかの黄門さまの様に高々と私に見せた。
「文化祭、ベストカップルコンテスト……?」
いわゆる、リア充の巣窟である。
学内の全ての男女カップルに出場権があり、文化祭開始1週間前までにエントリーすれば出場可能だ。
文化祭実行委員会と新聞部により調べ上げられた彼氏・彼女クイズや、2人の息がどれだけ合うかを確かめるミニゲームをステージで行い、観客からの投票で結果が決まる。
私は、去年、この高校に学校見学ついでに文化祭に行ってこれを見たが、まあ、ものすごくアレだった。
とりあえず、観客をイラつかせないほどにいちゃついて、後はカップルに容姿さえ良ければ優勝出来る。
「これに、僕と一緒に出場して欲しいんだ!」
「お断りします」
いや、先輩、これこそ百合様と出ようよ。
先輩たちなら容姿はバッチリ合格、性格も表向きは良し、いちゃつきもほとんど相思相愛なんだから優勝でしょうよ。
「それこそ、百合様と出場したらどうですか?」
「兄妹は出場権がないって言われたんだよ……」
ああ、そういうことか。
確かに、2人がシスコンとブラコンなのは私と神永君くらいしか知らないわけだし、それゃあ実の兄妹は出られないのか。
だが、百合様と出られないと知って、何故私と出たいんだ?
百合様と出るから意味があるんであって、言ってみれば恋敵みたいな私と出るなぞありえないと思うのだが。
「百合様と出られないなら、何故私と?」
「それは、この優勝賞品にある!」
チラシの右上の方をバーン、と叩くと私に示す。
そこに視線を向けてみると、こう書いてあった。
“優勝商品:iPad2台、鼠王国ペアチケット”
な、何という豪華賞品。
iPadは、欲しい。
「先輩、iPad欲しいんですか? 軽く10台くらいは持ってそうですけど」
「さすがにそんなには持ってないよ…… いや、桜海さん、注目する点はそこじゃなくて、ここだよ」
先輩は、鼠王国ペアチケットの部分を指差す。
それこそ、篠宮家はお金持ちと噂なのでそれくらい簡単に買えそうな気がするが。
後、そんなに持ってないってことは、複数は持っているってことなのか。
「先輩ならチケットくらい、いくらでも買えそうな気がしますけど」
「そうなんだけどね、桜海さん……! そうじゃないんだよ」
じゃあ、どういうことだよ。
先輩は訝しげな私の視線に気付いたのか、ああ、と口を開いた。
「まず、百合をデートに誘う時、正攻法では断られることは桜海さんはよく知ってるよね」
「ですから、6月のデートの時も私が誘ってドタキャンしてデートしたんですよね」
あえなく、失敗に終わりましたが。
すると、篠宮先輩はうんうんと大きく頷いた。何だか共感しているみたいだ。何がだ。
「それで、またデートに誘おうと思っても、あの方法は2度もやれば絶対に分かるだろうし、使えないんだ」
確かに、あれはもう使えない。
やり口も百合様にバレているし。
「だから、普通にチケットを買って誘っても断られるんだ!」
いやだから、何度も誘えば行ってくれるだろうに。
篠宮先輩は拳を握りしめ、熱く語る。
「だけど、このコンテストで優勝すれば、合法的に誘える。桜海さんから譲ってもらえたから行こう、特に桜海さんの名前を出せば成功率アップだよ! もし出場してくれたら、ペアチケットの変わりにiPad2台は桜海さんの自由で良いから!」
「着々と百百合様の扱いに慣れてきてますね……」
だが、確かに。
私から譲ってもらったと言えば、あるから暇だし行こうぜー、みたいな軽い感じで合法的に誘えるではないか!
それに、私はペアチケットよりiPadの方が欲しいし、これは良い取り引きなのではないだろうか。
いや、だけど、篠宮先輩と出場するということは、篠宮先輩に憧れる学園の女子たち全員を敵に回すことになる。
「桜海さん、お願いします、僕と文化祭ベストカップルコンテストに出場して下さい!」
「いや、土下座しなくて良いですから! …… 1日だけ考えさせていただけませんか」
先輩が土下座しようとするのを慌ててやめさせる。
美形残念兄妹に気を使って、ファンたちが放課後、校舎裏に近付かないでいてくれるのはありがたいが神永君みたいな例外もあるかもしれないし。
目先の欲望か、これからの学園生活か。
すぐには、決められない。
「良い返事を期待してるね!」
そうすると、満面の笑顔で片手を上げてどこかへ走って行った。
何だろうか、このデジャヴ。
去り際まで同じってどれだけ仲良いんだろうか、美形残念兄妹。




