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第12話 彼氏彼女の事情

「………… え、すみません、もう1回お願いします。ワンモアプリーズです」

「ですから、俺は略奪愛者ですので、あなたが好きです」

「訳が分からないんですが!?」


百合様の相談が終わり、帰ろうとしたその直後。

神永君にばれた私は、何故かこんな状況に陥っていた。

______ 話は、30分前にさかのぼる。



____________________



「…… え?」


校舎の角から、神永君が出てくる。

相変わらずの無表情で何を考えているのかさっぱり分からないが、そういうこと、とは百合様が私を好きなことを知ってしまったのか。


「____ さっきの百合様との話、聞いてましたか」

「はい。さすが篠宮さんから抱きしめられた桜海さんですね。彼女との噂は嘘ではないことが分かりました」


…… まずい。ばっちりばれてる!

どうしよう、百合様のイメージが崩されてしまう。それとも、脅しをかけられるだろうか。


「つまり、こういうことですか。篠宮さんはブラザーコンプレックスでレズビアンであると。そして、彼女は桜海さんが好き、と。俺と三角関係ですね」

「ええ、そうです正解ですよ…… って、はい!?」


今、神永君何て言ったか。

百合様が百合なのは、今の話を聞いていれば分かる。だけど、ブラコンとまでは分からない。

いや、バカお兄様を発言する時だけ好き好きオーラ出てたけど!


「何故、分かるんですか!? 百合様がブラコンなの」

「元々知っていたからです」

「え」


それから、数分に及び神永君の説明によるとこうだった。

神永君は、美形残念兄妹と同じ中学で、2人のことを高校入学前から知っているという。

中学でも今のように人気で、相変わらず学園の王子様お姫様をやっていたとか。

ある日、放課後に空き教室前を通ると、百合様が篠宮先輩を踏みつけにしながら罵っているのを偶然見てしまったらしい。

2人の人気は知っていたが、別に好きでも何でもなかったので、そのまま見なかったことにして通り過ぎた、と。


「あのー」

「何ですか」


言っていることは理解出来る。

むしろ、知っていてなお、何もしないでいてくれるのはありがたい。

だけど、こういうの普通、言わないか?

本人たちに口止めされてもいないのに、脅さず無干渉。

意味が分からない。


「誰かに言ったりしないんですか」

「しませんね、言って俺に利益があるわけでもないのに」


神永君もそれなりの顔立ちなわけだし、美形残念兄妹を変態とバラしたら第2の学園のアイドルくらいにはなれそうだが。

まあ、噂の根源が神永君と分かったら終わりだが。


「は、はあ。そうですか。じゃあ、何故、さっき“そういうことでしたか”と言ったんですか」

「演出です」

「…… そうですか」


何だろう、神永君のキャラが上手く掴めない。

それとも、最近は掴みやすいキャラの人間としか接触してないからか。


「ということで、桜海雪音さん、改めてあなたを好きになりました。付き合って下さい」

「すみません、話の流れからまったく理解出来ません」


その場で跪き、私の手を取る神永君。

それこそ旭が好きな少女漫画や少女小説だとよくありそうなシーンで、少しは私も憧れたりもしたが、何だろう。

神永君にされてもまったく嬉しくない。

というか、逆に怖い。

何だ、その無表情ながらも輝いた顔は。


「三角関係ほど燃えるものはありません」

「はい?」


いやまあ、恋愛系の漫画だと必ずと言っても良いほどあるが。

実際は、関係がこじれるし私は好きではない。

というか、まず神永君が言っていることが分からない。

すると、私の訝しげな視線に気付いたのか、神永君は軽く嘆息すると口を開いた。

何だろう、この態度凄くイラっとくるのだが。



「まず、最初に言っておきます。俺は、略奪愛者です」



略奪愛。

結婚していたり、恋人がいる人間に対して2人を引き裂く形で恋愛することだ。

…… ちょっと待て。

今、神永君は何て言った?


「あの、略奪愛ですか」

「他人から恋人を奪って自分のものにする略奪愛です」


そう、無表情で平然と言わないで欲しい。

美形残念兄妹の件があるおかげで、何とか表情には出さないものの、内心はまあ、あれだ。

若干、引いている。

若干、というのは以前にもっと引く要素を持った人間と出会っていたからであり、お察しの通り例の変態兄妹のことである。


「それで、何故私が好きなんですか」

「篠宮さんに惚れられているからです」


…… ちょっと待て。

神永君が私に告白したのは、1週間前の始業式の日であり、その時はまだ私が百合様から好意を持たれているということは知らなかったはずだ。

だったら、何故私に告白したんだ?


「でも、1週間前に告白しましたよね?」

「ああ、あれは言わば試しにです」

「はい?」


それからまた神永君の説明を聞くと、彼の頬を引っ叩いてやりたくなった。

5月の私の告白から美形残念兄妹の変態ぶりが分かり、私が相談係みたいなことをやっている噂を聞いた神永君は、私たち3人を観察し始めたらしい。

何でも、あまり人と関わりを持たなかった百合様や、女性とはあまり触れ合わなかった篠宮先輩がいきなり私なんぞの無名の人間と関わり始めたのが不思議だったとか。

普通、無名なのが当たり前なのですが。

私が篠宮先輩とでも良い関係や、そんな匂いを醸し出していたら即刻私に告白し、略奪しようと考えていたらしい。

だが、一向にそんな雰囲気にならなかったのでとりあえず告白だけしておいて、様子を見ていたのだ。

乙女の純情を弄んで、何てことは言わないが、割と最低、と言うか外道だなとは思った。

何だろう、私は高校で関わった男運がない気がする。

小学校、中学は告白とかそんなことは一切なかったし。


「ですが、篠宮先輩が篠宮さんになっただけですので、変わりありませんね」

「変わりないんですか……」


私は別に同性愛に偏見を持っていたりはしないが、そういうのを苦手な人もいる。だが、神永君は性別など関係ない人らしい。


「略奪愛は素晴らしいです。彼女が俺に惚れ、相手をフった時の彼の醜く歪んだ表情といったら……! あれは、やめられませんね。相手が女性の場合は初めてですので、これから楽しみです。学校1の美人の悔しがる顔は、さぞ面白く美しいでしょうね。そういえば、篠宮先輩は彼女に好意を抱いているんでしたっけ? そうすると、彼からも何かしらされるでしょうね。学園の姫と王子から取り合われる平凡少女、そして新たに表れる強敵! …… 今ならはっきり言えます、雪音さんが好きです。愛しています。付き合って下さい」

「お断りします」


何だ、私はこの高校に入ってからの変態との遭遇率の高さは。

後色々ツッこみたいことはあるが、まず、篠宮先輩は私のことが好きではないし、というか私もまったく好きではない。

それに、さらっと名前呼びされたが気のせいか。強敵でもないし。

というか、神永君はさっきの口ぶりだと、過去に何度か女性を略奪したみたいだが、毎回毎回略奪したい人にこんなことを話していたのだろうか。

そうだとしたら、よく振り向いてくれたな、神永君の籠絡した人たち。

普通なら…… いや、私ならこんな話されたら好きでも冷めてしまうと思うのだが。

略奪される私ってステキ、というあれか?


「何故ですか! この俺に断るダメな部分などないというのに!?」

「性格ですよ」

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