第10話 新学期
「桜海雪音さん、好きです。付き合って下さい」
夏休みも明け、9月になった。
今月末には我が校のビッグイベントである、体育祭と文化祭を控え、校内は活気に満ち溢れている、とまでは言えないが、何だか1人1人の生徒のテンションが高い。
私も、6月のデートサポートで無駄に出ていった旭のお昼や映画代をある程度は篠宮先輩におごってもらおうと考えている。
始業式である今日は、午前登校のためか美形残念兄妹は仕事で忙しい父の都合も合ったので、家族4人で久しぶりにお昼を食べに行くらしい。多分、高級レストランだろう。私も1度は行ってみたい。
そんなわけで、今日は相談はナシで早めに帰ろうとすると、校門から出たあたりで見知らぬ男子生徒に引き止められた。
話があるというので、まあファンクラブの会長さんみたいに大人数じゃなくて1人だし良いか、みたいな考えで付いて行ったらこれである。
いわゆる、こ、告白、だ。
「………… え、えーと、あの。念のためなのですが、そこの林あたりとかにお仲間が隠れていたり盗聴器が仕掛けられていたりして、これはただのゲームでしたよバーカ、みたいなことはありませんよね?」
「ありません」
神永慧と名乗った黒髪の少年は、無表情でつぶやく。
学年は私と同じ1年生で、4月に私に一目惚れしたらしい。
人生初の異性からの告白なのだが、漫画にあるような心臓がばくばくいったりとかは不思議となかった。
顔が真っ赤になっているのは自分でも分かるが、どうしよう。
付き合うのか?
でも、私、まずこの人初対面だし、恋愛感情云々の次元ではない。
それに、告白している本人も緊張しているとかそんなような感じではないし。冷めたような目でただ、私を見ているだけだ。
「…… 考えさせていただいても良いでしょうか」
彼の返事は、イエス、だった。
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神永君とはとりあえずメルアド交換だけをして、家に帰って来た私は、まだ夏休み最終日を満喫中の旭を捕まえ、リビングにあるソファに座っていた。
旭が見ようとしていたテレビからはお馴染みのテーマが流れ、画面には1人の玉ねぎヘアーの女性と黒サングラスの男性が写る。
夏休み中に友達と遊ぶ日以外は家でダラダラしていた旭が、毎日の楽しみとして見ていたトーク番組だ。お昼時にやるので、普段は見れないが、明日からの新学期は録画して見るらしい。
こんな主婦くさい男子小学生始めて見た。
いや、面白いけど! 私も出かけない時は旭と一緒に見ていたけど!
「ということで、旭君に相談です」
「…… これ終わったら、ちょっと用事が」
この番組を見てから逃げ出すらしい。
私はテーブルに置いてあったテレビのリモコンを取り、容赦無くテレビを消す。
私からリモコンを奪い取ろうとする旭からリモコンを守りつつ、私は口を開いた。
「旭、録画してあるから大丈夫だよ! 後でゆっくりと見ようじゃないか」
「そういうことじゃなくて、リアルタイムで見るから面白いんだよ!」
旭、割と分かってるな。
だが、ここで引いてはいけない。
それに、今から見たって既に5分は立っているから途中からになるし。
「今日のは年末しか出ないあの人が出るんだよ! 良いからリモコン返せ! 夏休み最終日に、おばさんの面倒事なんてイヤだ!」
「レア回だよ、でももう始まって5分経過してるよ、途中からになるよ!? だから、大人しく後で録画したのを最初から見ようよ! ドーナツあげるよ!?」
ドーナツ、という言葉にピクリと反応した旭が渋々という風にソファに座る。
別に、リモコンを奪われていたって本体に付いている電源ボタンを押せばテレビはつくのだが、やはり旭は良い意味でのバカだ。
私はソファから立ち上がり、旭への差し入れという名の賄賂へと買ってきたドーナツの箱を旭の前に差し出す。
旭はそれにうむうむ、と頷くと冷蔵庫からコーラを取り出してきて、ソファに座り直した。
「旭君はある日、Aちゃんという女の子に告白されました。中々顔立ちは整っていますが、実は旭君とAちゃん、初対面です。さて、旭君は返事はどうしますか」
「おばさんの好みで良いんじゃね」
いや、だから私の好みが自分でも分からなくなりつつあるのだ。
以前なら、篠宮先輩みたいな人で済んだのだが、その先輩が変態ということが分かり、最近は私の好みが私でも分からないのだ。
とりあえず、人は外見だけで判断してはいけないということが分かったくらいだ。
「いやでもな…… 私の好みが私が分からないんだよな……」
「何だよそれ…… ていうか、おばさんってバカだよなー」
思案する私を横目にチョコレートドーナツを食べながら、独り言のように旭が何かつぶやいた。
私はドーナツの箱から苺ドーナツを取り出し、好みについて考えるがよく分からない。
「じゃあ、おばさん、牛若丸と弁慶、どっち派?」
「断然、牛若丸で」
すると旭は、どこからか取り出したのかメモ帳に“弁慶<<越えられない壁<<牛若丸”と書いた。
いや別に、越えられない壁というほどではないけど。
というか、何故旭がそういう用語を知っているんだ。
「なよなよした色白男と細マッチョ色白男、同じ色白ならどっちが好き?」
「細マッチョで」
するとまた、“なよなよ色白<<越えられない壁<<細マッチョ”と書いた。
「落ち着いた人とはっちゃけてる人、どっち?」
「落ち着いた人」
落ち着いていると見せかけてはっちゃけていた篠宮先輩のこともあったので、ここは絶対に落ち着いた人だ。
旭は、“はっちゃけ<<越えられない壁<<落ち着き ※落ち着きは、高確率で歳上”と書いた。
いや旭、落ち着いている人イコール、歳上ではないだろう。
そこは、やはり少女漫画を読み過ぎている証拠なのか。
「高身長と低身長」
「180は越えて欲しいとかそういうのはないけど、出来れば私より身長が高い人が良いかも」
すると旭はため息をつき、“低身長<<越えられそうな壁<<高身長”と書いた。
今までのことからして、何故そこだけ越えられそうな壁なのだ、旭。
まあ、私より身長が高いというのは出来ればの話であってなのだが。
「はい、じゃあ、おばさんの好みは、色白で細マッチョで高身長の歳上好きな。典型的な平安貴族タイプだな。今のイケメンアイドルやおばさんが読んでいる漫画のヒーローによくありそうな容姿」
「だから、歳上は違うって…… まあいいや。旭、ありがとう。じゃあはい、苺1個しかないし、食べかけで良ければあげるよ」
旭が何も言わなかったのでそのまま賄賂ドーナツを食べていたのだが、旭としても全種類のドーナツは味わいたいだろうと半分になったドーナツを渡す。
すると、旭は顔を輝かせてドーナツを受け取った。
なるほど、旭は苺が好きだったのか。
それは、悪いことをしたかもしれない。
そんなわけで私のタイプは、平安貴族みたいな人ということになった。




