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魔法死幼女セレスト  作者: 岡本
第一章 おばけはしなない
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01話 『黄泉からの帰還』

 強力な魔法の炎がカロル邸の中に広がる。

屋内に動くものの姿は無い。

ジェフリーとジャネットは既に物言わぬ骸だ。

火を放った男とその部下も、戦利品を全て回収し逃走済み。

二階の部屋では、煙に巻かれ息絶えたセレストの身体を高温の炎が炙り、骨が見え始めていた。

しかし、様子がおかしい。

彼女のつけていた腕輪が発光している。

その腕輪の名は“リンガーリング”といい、セレストの高祖父である偉大な魔法研究家リッチモンド・カロルの作成した秘密の魔法道具だ。

リンガーリングは理論上は成功作だが、実質的に失敗作という何とも言えない立ち位置にある。

この腕輪を起動するには莫大な魔力、それも所持者の死亡時のものが必要なのだ。

当時のフレンドリアで五本の指に入るリッチモンドの魔力量でも効果を発揮する事は無く、リンガーリングは遺言により“お守り”として子孫に託された。

いつかそれを起動する事が出来る魔道士が現れることを祈って。

しかし曲解した彼の息子により、リンガーリングはカロル家に子供が生まれるたび所有者を変えた。

それでは仮に魔力容量が足りた者にわたる瞬間があっても、通常起動する事は無い。

だが、今偶然にもその全ての条件が揃っている。

巨大な魔力容量を持つ少女セレストの魂と魔力を格納したリンガーリングが、その秘匿された魔法回路を動かしているのだ。

銀色の流体金属と化したリンガーリングがセレストの骨を包み、炎の中を浮遊しはじめる。

しばらくあたりを漂っていたそれがじきに動き出し、消防魔道士の到着と入れ替わりで窓から闇夜へと消えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……っえ、ここどこ?!父さん?母さん?」


 次に目を覚ました時、周りは闇だった。

闇というのは正確ではなく、セレストの瞳はなにやら文様の彫られた石の壁を認識している。

だが、この場所に光が無いと言う事が何故か理解できた。

そこは四方が石壁の狭い部屋で、出入り口もないようだ。

しかし、不思議と恐ろしさはない。

父母も自分も確実に死んだ、腹立たしい事にそれは覚えている。

覚えているが、セレストの心は妙に落ち着いているのだ。

服も肉も何もかも燃えたはずだが、体は五体満足で何やらローブのような服を纏っている。

泣いてみようかとも思ったが何故かそんな気分にならず、とりあえず自分の体の調子を確認し始めた時、何者かの声が石室に響いた。


「お目覚めかい、スゴイ魔道士様。

それにしたってなんか小さい様だが、成長不良か?」


「ふぁああ失礼ね!あれ、まって、だれ、どこ」


「ここだよここ!」


「う、腕輪?」


 父に貰った高祖父の腕輪がセレストの左肩あたりに浮遊し、喋っている!

魔法道具について多少は知っているが、こうも流暢に喋るものは珍しい。


「そうさ俺がリンガーリング!お前のナビゲーターさ、小さい魔道士。

ハハ、まずは説明を聞いてけよ」


 名乗りをあげた腕輪がねじ曲がり、ほつれ、ほどける。

しばらく後、白銀の鱗を持つ目の無い小さな蛇となった。

浮遊したまま体をくねらせている。


「うざ……それとわたしはセレストって名前があるし小さくない!七歳としては普通のおおきさよ!」


「わかったわかった、まあ説明……は?七歳だと?

おいおいおいどうすりゃいいんだ、聞いてねえ、聞いてねえぞ」


「そーよ、悪い?」


「あー、えー、セレスト様に大変残念なお知らせがあります」


 リンガーリングと名乗る腕輪だか蛇だかわからない魔法道具らしきものが、途端畏まった。

と言っても表情などは存在しないし、見た目も小虫めいた蛇のままなので、口調がということであるが。


「なによ、あーもうどーでもいいや、父さんも母さんもいないしお家も燃えたし、狭いし暗いし……あれ?

別に大したことじゃないような気がしてきたわ」


 どんどん沈んでいくセレストだが、口に出すと機嫌が直ってしまった。

何か元気になる魔法でもかかっているのだろうと結論付けて深く考えるのを諦め、目の前のリンガーリングを見る。


「そう、別に大したことじゃねえ……説明を再開しようか。

まず、セレスト様は一昨日の晩に一回死んだ。骨だよ骨。

んでその骨から出る最期の魔力で俺ことリンガーリング、つまりリッチモンド様制作の魔法進化の腕輪が起動して魂と骨から復活したわけだ。

あれだよ、生け贄を使う大魔法に近いもんだと思ってくれればいい。

二度は無理だけどな、今の俺にはもうそういう機能はなくなっちまってる。

今のセレスト様は、そうだな、うん、分類はアンデッド」


「ええー……あの迷宮とか墓地とかにいて、神官に殴られると崩壊するとかいうあれ?!」


 アンデッドは魔物の一種で、自然発生するものと、人に使役されるものが存在する。

様々な種類が存在するが共通しているのは、何らかの死体より発生するということと、他の魔物と違って体内で魔力を結晶化する能力を持たないこと。

結晶は人々の生活の基盤となっているエネルギーであり、その為に魔物を狩ることを生業とする人々が大勢居る。

魔物は人類を襲うことも多いが、同時になくてはならない資源でもあるのだ。

最近では“スクロー”という、結晶と肉を取るために品種改良を受け家畜化された魔物が存在するため、必ずしも戦って手に入れる必要はなくなっているのだが。

ともかく、重要な物質である結晶を出さないということで野良のアンデッドは嫌われ者で、専門の駆除屋が存在する。

それを聞いたセレストが顔をしかめた。

正直、自分や親の死と同じぐらい衝撃的な出来事である。


「落ち着け、大丈夫だ。

セレスト様は普通のアンデッドじゃあない。

伝説の学者リッチモンド様、その本人にすら扱い切れなかった秘術で蘇った、世界で一人しかいない最強種族だぜ。

リッチモンド式魂魄格納型強化精神不滅体、略してリッチだ」


「うれしくないよ」


「最後まで聞けって。まず老いず、劣化せず、餓死しない。

そして巨大な魔力容量を持ってる、生きてたころの数十倍にはなってるはずだ。

それだけじゃないぞ、普通のアンデッドと違って魂が仮想肉体と仮想強化骨格と魔法合金でコーティングされてるから除霊もされない。

他の能力としては、本を読むんじゃなく、食べて知識を吸収することができる。

すっげー不味いっぽいけどな、本は。

更に、精神干渉と毒や呪いに対する免疫を持ってる。

泣きたくなったりしないだろ?メンタル強いのさその身体は。

そのうえ武器や打撃攻撃がまともに効かない、気合を入れれば壁や地面をすり抜けることだってできるぞ」


「ちょっとすごいかも」


「ただ、その不滅の肉体には一つだけ致命的な欠点がある。

残念なお知らせがありますと言ったのはそれだ。

あー、うん、ええとだな、すごく伝えにくいんだが」


「なによー」


「成長しない。まあ、当たり前だよな。真の意味での肉じゃないから。

飯を食べてエネルギーにすることはできる。

でも育たない」


「えー……もしかして、ずっとこれ?」


「……はい、そうなりるますね、いや、なりますね、セレスト様」


「しょっくー」


「まあまあ、セレスト様。んで……次は……それで……」


 七歳の身には厳し過ぎる事実を伝えられたセレストだが、特性である精神攻撃免疫のせいで案外平気であった。

ともかくその後も様々な説明は続けられ、一通り身体能力などの確認を終了したところで、ふとあることを思い出す。


「で、ここからどうやって出ればいいの」


「気合だ」


「ふにゃ?」


「ここは俺が、正確には俺に刻まれてた使い捨ての魔法回路が作った繭みたいなもんさ。

仮想肉体を生成する時間は無防備になるから、その対応策だな。

ちなみに地下深くにある。並みのダンジョンの最下層より深いぞ。

つまり、頑張って上に向かって壁抜けするしかない」


「ええー……あれ、でもわたしが壁抜けで出るならリンちゃんはどするの」


「腕輪に戻れば一緒に壁抜けできるぜ……って何だその呼び方は。

まあいい、とにかく身につけたものや、持ってるものは全て非物質化(ディマテリアライズ)して一緒にいける。

当たり前だよな、裸で壁抜けすんのかって話で。

けど、あんまりでかいモノは大変だ」


 そう言ったリンガーリングがセレストの細い手首に巻きつき、あっというまに元の姿になる。

喋らない。

溜め息をついたセレストは、身体の調子を確かめつつ壁に潜っていった。

しばらく後。


「ぷっはー!疲れた!超つかれた!!

どんだけ深かったのよー」


 地中から灰色のローブに包まれた小さな人影が出現する。

暗い森から飛行(フライング)で脱出すると、日が沈もうとしていた。

遠くに赤く染まったフレンドリア市街が見えている。

どうやら、セレストの復活はかなり離れた場所で行われたらしい。


「違いねえ。まあ深すぎなのはリッチモンド様に聞いてくれ」


「え、高祖父様生きてるの?」


「もちろん死んでいるが、分霊がいる。

地下深くで秘密の魔道書と共に、腕輪を起動させた者、つまりセレスト様を待ってる。

能力は本物に到底及ばないし自力じゃ動く事も出来ないが、きっと役に立つ。

後で案内してやんよ……けど、その前にやりたいことあるんだろ」


「あー、うん、これから何するにしても、父さんと母さん殺した人は殺してからだよね。

わたしも熱くて苦しかったもの。

でも、ほんとに場所わかるのリンちゃん?」


「流体魔法銀(ミスリル)製の俺の記憶力と感知力を舐めんなよ。

あいつらの臭いならフレンドリアのどこに居てもわかるぜ」


「すごいねー。でも、殺すのは全部わたしがやるよ」


「わかったわかった。じゃ、いくぞ」


 腕輪から小蛇の姿に戻ったリンガーリングがふわふわと浮遊する。

しばらく空気の匂いを嗅ぐような動作をした後、ある一方向を目指し加速した。

セレストがローブをはためかせながら飛翔し、それを追う。

日は既に沈んでいるが、霊気の瞳を持つセレストの障害にはならない。

同年代と比べれば発達しているものの、いまだ幼い心がシンプルな復讐の喜びに震えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



暗い山道を大きな影が移動している。

山中とはいえ道自体はよく整備されていて、彼らの乗る中型魔動車は問題なく走れる。

結晶を燃料にして走る新型のそれは、獣や魔物に引かせるより静かで安全だ。

コスト面や速度等にはまだまだ解決すべき点が多いが、十分に便利なものである。

魔道車は途中の宿場町も通り過ぎて進んでゆく。

しばらく後、道の脇が小さな広場になっているところまで到達するとようやく停車した。

車内には灯りがついていて、中にはそこそこの人数がいるようだ。

二人の人影が降車し、警戒するかのように広場の周囲を歩きしはじめる。

その手には魔法の灯り。

彼らはサーディアン王国の特殊部隊であり、ある目的のためフレンドリアに現れたのだ。

そして、どうにか目的を果たし帰途についているところである。

できれば一直線にサーディアンに戻りたいのだが、魔動車の連続稼動限界が近くどうしても休ませる必要があった。

あまり無茶をすると機構が焼き切れ、部品を交換するまで走れなくなってしまう。


「……しかし、ナーベク様は何を考えているのやら」


「わしに言われてもどうしようもないぞ、ブランドンよ。

そもそもあの方の目的はよくわからぬ。

リッチモンドは本当に魔法の体系化以外の研究をしておったのだろうか?」


「そんな事はまあ、知った事じゃねえが。

あれ(・・)に俺達が、いやサーディアンがこれだけのリスクを背負う価値があるとも思えんのだ」


「わからん、がわしらが詮索することでもなかろう」


「そうだなヘクター、とりあえず道側の警戒を頼むぜ」


「……」


 突然、気配が消えた。

ヘクターは炎の魔道士にして体術の達人であり、隊長エイブラムの次に戦闘能力が高いのだ。

ブランドンの背筋を冷たい汗が流れ落ちる。


「ん、おい?」


 振り向いたブランドンは叫ぼうとした。

魔動車の中に居る隊長達に、何かを伝えようとした。

だがそれは果たされぬ。 

世界がスローモーに流れる。

彼の瞳に最後に映ったのは、地中から音もなく飛び出してきた小柄な影の青く光る瞳だった。

立ったままのブランドンの全身が凍り付いている!


「ふぅ……えっと、あと一、二、三、四……五……六人ね。

一人すこしだけつよそー」


 ブランドンの顔を掴んでいた手を離し、ふわりと着地した影が子供のように呟く。

実際に子供なのだが、それ以上に恐ろしい、冷徹な印象を感じさせる。

種族的に後付けされた強い精神力によるものだ。

そこでまた別の囁き。

小さな肩の辺りから発せられている。


「あの箱ごと焼けばいいんじゃねえか、セレスト様」


「だめだよリンちゃん、死んだかどうかわからないでしょ。

それに、何か盗られたものとかあるかもしんないし」


「待ち伏せするのか?ならこの氷も隠そうぜ」


「うん」


 小柄な影、つまりセレストが凍ったブランドンの足を掴み、そのまま地面に潜る。

壁や武器攻撃をすり抜けるのに使用するリッチの特殊能力、非物質化(ディマテリアライズ)

その応用だ。

強制的に存在を不安定にさせられたブランドンの凍った亡骸がセレストに続いて地中に沈んでゆく。

完全に潜ったところでセレストが手を離し、地上へと戻る。

地中で再び実体化した彼の肉体は、土の密度と干渉しあってぐちゃぐちゃに潰れ、大地に塗りこめられた。

強力な戦士であるヘクターを消し去ったのと同じ手段である。

しばらく待っていれば、不審に気付いた中の連中が何人かずつ出てくるであろう。

自身の魔力を隠蔽し、闇夜へと飛翔したセレストが静かに地上を見据えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「うむ、何だ?!」


 魔動車の運転席で、エイブラムが違和感に眉を顰める。

彼はサーディアン王国にいくつか存在する特殊工作部隊の隊長の一人であり、天才的な炎の魔道士だ。

その鋭敏な感覚が、先程見張りに立ったヘクターとブランドンの反応が消滅したのを感知した。

さらに、よく隠蔽され強さまでは不明だが危険な魔力の波動。

間違いなく、強い意思を持ってこちらを消し去ろうとしている。

自分たちの仕事は完璧だった……はずだ。

しかし、どこから漏れたかなどを考える余裕はない。

いつものように殺し返して、落ち着いて引き上げる。

やることは変わらない。


「エイブラム様、私が見てきましょうか?」


 静かにダガーナイフの手入れをしていたエルバートが口を開く。

殺し専門の暗殺者であり、若いが対人戦闘ならばエイブラムの次に優秀だ。

魔力を含めた気配消しにも長け、安定している。


「いやゴードンとリンジも行け、危険な予感がする。

ジョエルは飛行(フライング)で先に戻れ、ナーベク様に収集の成功と今の失敗を報告しろ。

俺とローラも荷物のチェックを済ませたらすぐ出るから」


 彼の忠実な部下達が頷く。

エルバート、ゴードン、リンジがスリーマンセルで車外に出、ジョエルは上部ハッチから飛び上がる。

三人が油断なく警戒しつつ、ジョエルを見送ろうと。


「……っば、馬鹿な?!」


 ゴードンが空に向かって叫ぶ。

直後、爆発音とともに血と肉の雨が降り注いだ!

何らかの罠、おそらく接触で炸裂するタイプの魔法が仕掛けられていたのだろう。

エイブラム隊の伝令役、燕のジョエルはもういない。

そしてゴードン。

鋼の魔法鎧で身を固めた彼が大地に沈んでゆく。

三分の二ほど沈んだところで、遂にエルバート達の前に敵が姿を現した。

軽やかに地中から飛び出して魔法灯に照らされたそれは、灰色のローブを着込んだ女の子。

プラチナブロンドのショートヘアに透けるような白い肌で、見るからに華奢な体格をしている。

しかし青く輝く不吉な瞳と、彼らの魔法的に強化された感覚器官を持ってしても見通せない謎の魔力隠蔽が、その謎の少女こそが犯人であることを示していた。

ゴードンが呻き、身体を地面から引き抜く。


「……あれ?生きてる」


 少女が首をひねる。

ゴードンは幸運であった。

臨戦体勢の彼が纏っていた、地魔法により生成された防御壁が地面の密度に反発し、危険な融合を免れたのだ。

そこで生まれたわずかの隙にエルバートが動く。

直後、少女の胸部を麻痺の呪いがかかった大型のダガーナイフが貫いていた。

エルバートが会心の笑みを浮かべ、ゴードンとリンジが安堵の息をつく。


「うわ、早い」


 何でもなさそうな軽い呟き。

少女がエルバートを見上げている。

彼の表情が凍りついた。 

ナイフから手が外れて少女の胸から抜け落ちる。

確かに手応えはあったはずだが、血が出てないどころか少女の衣類、灰色ローブにすら傷はついていない。

麻痺の呪いを跳ね返されて硬直したエルバートに少女が無造作に手を伸ばし、魔法を放つ。

風の刃により十文字に切り裂かれた彼は、鮮血を振り撒き息絶えた。

振り返りもせずに少女が飛ぶ。

驚異的精度の飛行(フライング)だ。

表情を引き攣らせつつも、少女を殺害すべくゴードンが槍を振るう。

地面の力で覆われたその槍は、精神体であるファントムやゴーストといった相手にも有効打を与える事が可能だ。


水球(ウォーターボール)


 滑るように槍をかわし、ゴードンの顔面に小さな手を当てた少女が簡単なキーワードを囁き、魔力を解き放った。

穴という穴から彼の体内に侵入した魔力が実体化し、莫大な量の水が発生。

彼の防御壁を、その肉体ごと内側から爆発させた。

何らかの神聖魔法の祈りを行っていたと思しきリンジが、鎧と肉と骨の破片が混ざり込んだ水の塊に呑まれ転倒。

次の瞬間には彼の首は胴体と離れ離れになっていた。

エルバートの四分割された肉体が地面に落ちる前の出来事である。


「えー……と……」


「後二人だぜ」


「わかってるわよ……あら?」


 浮遊する少女の周囲が、炎の球体で被われた。

濃密な炎により彼女の霊気の瞳でも先は見通せない。


「行けローラ!車を出せ!止まったら魔道書だけでも持って飛べ!」


 炎を操る魔道士、隊長エイブラムが叫ぶ。

エイブラムとローラが魔動車から飛び出した時には、既に全員が息絶えてエルバートが崩れ落ちるところだった。

彼は躊躇せず、自分が使える中で最も信頼する魔法を放つ。

これで確実に殺せるとは思っていない。

任務は最後の最後で失敗だ。

だが諦めるわけにはいかないし、少なくとも誰か一人は報告に向かう必要がある。

それは自分ではない。

副長のローラが魔動車の結晶炉を唸らせ、最大速度で発進させた。

酷使していた魔動車が後どれほど走れるかはわからないが、最初から飛行(フライング)で進むよりはマシだろう。

生きてサーディアンに辿り着けることを祈るしかない。


「……さてと。

怪物、貴様は何者だ?」


 ほんの僅かの葛藤を振り払ったエイブラムが生み出した火の上位魔法、灼熱球体(ヒートスフィア)に集中する。

彼の炎は、少なくとも“奴”を閉じ込める事には成功していた。

しかし、重い手応えがある。

重いというのは、魔力の消費がということだ。

球体の内部で抵抗されているため、維持に余分なコストがかかっている。

つまり、通常の相手なら一瞬で蒸発する彼の炎ですらまともなダメージになってないのだ。


「う、ぐわ、力が?!」


 火力を上げようとエイブラムが更に魔力を搾り出した瞬間、劇的な変化が起こった。

抵抗どころではない、逆に魔力を吸い取られている!

灼熱球体(ヒートスフィア)を消し去った少女が、膝をついたエイブラムを青く光る瞳でじっと見た。

寒気が止まらない。


「わたしの家と、わたしと、父さんと母さんを焼いたのはお前かな?」


「きさ、ま」


「お前かな?」


 エイブラムの脳裏に三日前襲撃したカロル家での言葉の遣り取りがよぎる。

確かにあの時、二階に子供の反応がある、などという話を副長とした気がした。

既にカロル夫妻を殺害し、小さな書庫からめぼしい書物を運び出し終えていた彼は余分な時間を取られることを嫌い、無視して家ごと焼却する事を選んだ。

なんという因果応報か。


「あ、ああ……あ」


「よかった。これで明日から安心ね、わたし」


 少女が微笑む。

エイブラムの意識は闇に沈んだ。


「セレスト様、もう一人が逃げてるぜ」


「知ってるわよー」


 エイブラムを八つ裂きにし、その魂をも捕食したセレストが軽く伸びをした。

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