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プロローグ

「ああ、今日は暇だ……」


 日用雑貨や保存食の並んだ薄暗い店内で、痩せ型の男が欠伸をした。

やる気なく背を曲げて椅子に座り、ぱらぱらと古びた本をめくる彼の名はジェフリー・カロル。

個人商店にしては妙に広く古びている建物は、天才魔法研究家の名をほしいままにし、その功績で三世代のみ貴族として認められた曽祖父リッチモンドの遺産である。

つまり、父母の代までは領地なしとはいえ公務に携わっていたのだ。

しかし彼らは元々身体が弱く、ジェフリーが結婚するのを見届けてしばらく後、仲良く逝ってしまった。

彼に残されたものはいくつかある。

まずはフレンドリア王国城下町の外れ、田園地帯との境界に建つ一階部分を雑貨屋に改造した二階建ての家と、ぎりぎり商店が営めない事もないわずかな人脈。

そして曽祖父の残した地水火風の四大属性を以前よりずっとわかりやすく体系化した四冊の魔道書、そのオリジナル。

リッチモンド式と呼ばれるこの魔法習得参考書は、大量に複写されてフレンドリアの宮廷魔道士や、各種の荒事を行う組織で使われている。

オリジナルだからと言って特に効果が高いわけでもないが、ネームバリューがあるため売ればかなりの金額となろう。

もっとも愛する家族が死ぬか生きるかの状態にでもならない限りそうする気はない。

彼にも、その程度のプライドはあるのだ。

その時高い声が響き、ジェフリーの背中に軽い衝撃が走った。


「父さん!父さん!見て、飛べるようになったのよ!」


 背後からジェフリーに激突したのは、七歳になったばかりの彼の愛娘、セレスト・カロル。

ジェフリー自身に魔法の才能は全く無く、教育を受けさえすれば殆どの人が使える、主に日常生活に用いるようなものすらもまともに使えない。

彼の父母にも、彼ほどではないが魔法の才能は無いと言ってよく、彼の身の回りで最も魔法が上手いのは元魔物狩りで中級までの火魔法を操る妻ジャネットだった。

……セレストが産まれるまでは。


「おお、さすがだセレスト。

だがもう少しおしとやかにしてくれないと父さんは困るな」


「えー、静かにしてるよ、外では。母さんが、危ない時以外は家の中か庭だけで使えって!」


 宙に浮き、さらさらと自身の栗毛を揺らしつつ頬を膨らませるセレスト。

左腕には昔はジェフリーがつけさせられていた、リッチモンド作の魔法銀(ミスリル)かそれに準ずる謎の金属で出来た腕輪が嵌っている。

リッチモンドの遺言により、カロル家に新しく子供が産まれるたび渡される事になっているものだが、サイズが装着者にぴったりと合うこと以外効果は不明だ。

ジェフリーの父母が、宮廷魔道士かつ魔法研究の権威であるリッチモンド唯一の弟子ポモドーロに調査を依頼した時も、硬い事と多少の魔力が蓄積されている事しか解らなかった。

具体的な効果は無いだろう、と残念そうに告げられた父母の顔が記憶に残っているが、ジェフリー自身はお守りなんてそんなものだろうと思っている。

ともかくセレストは、なかなか子宝に恵まれなかったジェフリー夫妻に、結婚から五年も経ってようやく産まれた一人娘だ。

そして、親の贔屓目を差し引いてなお彼女は天才だった。

鈍いジェフリーにも感じ取れるほどの莫大な魔力を秘めて生を受け、五歳の時には既にリッチモンドの魔道書を読み始める有様。

ジェフリーとジャネットは彼女こそがカロル家の救世主であり、会った事の無い偉大な曽祖父の再来だと思っている。

十歳になれば、城下町の魔法学校の入学試験を受けることが可能になるため、妻ジャネットはそのための教育に必死になっていた。

しかしジェフリーからすると妻のその様子は滑稽に見える。

七歳にして風と水の中級魔法までを覚え、宮廷魔道士でも扱いの難しい特殊魔法、リッチモンドが得意としていたらしい飛行(フライング)を完全にコントロールする恐るべき魔法の才能。

勉強の方もなかなかに出来る。

無論魔法関連以外の知識量についてはまだまだだが、少なくともフレンドリア語の書物を自由に読め、多少の計算をもこなすのだ。

幸いフレンドリア王国はこの大陸で最も古く人口も多い国であり、フレンドリア語ができれば海を渡らない限り困る事はない。

ジェフリーの目の前では、飛行(フライング)を解除して椅子に座ったセレストが水筒の水を飲みながらおやつの干しイチジクをかじっている。

時刻はそろそろ夕方。

もうじき、近くの問屋まで商談に行っている妻ジャネットが戻ってくるだろう。

決して現金に余裕があるわけではないが、何だかんだで幸せな生活だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その夜。

二階の寝室で眠っていたセレスト・カロルは異様な熱気と息苦しさで目を覚ました。

隣には誰も居ないが、両親であるジェフリーとジャネットが遅くまで一階で仕事をしているのは珍しくないのでそちらは問題無い。

だが、息が出来ず身体が動かない。

叫ぼうにも声が出ず、周囲には炎が見える。

風属性のものか何らかの呪いかは解らないが、これは強力な麻痺毒の魔法だ。

リッチモンド高祖父の風魔道書に麻痺息(パラライズブレス)の解説と、他の類似魔法に対する注釈が載っていたのを思い出す。

だが、どうする事も出来ない。

ここまで深くかかってしまうと自力では時間経過以外で解除不能なのだ。

ましてやセレストは七歳児である。

下から複数の男の声が聞こえているが、何を言っているかまではわからない。

父ジェフリーと母ジャネットの魔力が感じられない。

きっと殺されてしまったのだ。

泣きたくて仕方がないが、涙も出ずに意識が薄れてゆく。

男たちの魔力の形を覚えるだけは覚えたが、警備兵や保安官に伝える事も、追いかけて殺す事もできないだろう。

どう考えても助かるとは思えない。

熱い。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 次の朝、焼けたカロル邸を、城から文字通り飛んできた宮廷魔術師と、この地区担当の保安官が調べていた。

野次馬で騒然としている周囲を警備兵がガードしている。

幸いにして隣の家とはある程度離れているため、火災は広がっていない。

焼け跡からは、ジェフリーとジャネットと予測される二人の大人の骨と何かが争ったような跡が見つかった。

店舗部分にあった金目のものと小さな書庫の中身は一通り持ち去られていて、麻痺と炎の魔法の痕跡があったことからリッチモンドの遺産、おそらく書物を狙った強盗団の犯行と思われた。

フレンドリアの家は、例え木造であろうとも耐火の魔法がかけられていて非常に燃えにくいのだが、強力な火の魔道士がいるらしい。

同様の犯行はここ数ヶ月で何度か起きていて、保安官が必死で捜査しているのだ。


「また同じ手口、本当に逃げ足の早い連中だ。そう思わないかジョン」


 眉をしかめて焼け焦げた骨を眺めているのは、宮廷魔術師スミス。

戦闘能力は低いものの魔力の痕跡感知や分析に優れ、数少ない飛行(フライング)のマスタリーである彼はこういう仕事をよく押し付けられている。


「だなあ、それにしても良く下調べしてやがるぜ。

見ろよ、書庫だけは焼けてねえ上に本が一冊もねえぞ。ここがリッチモンドの家系だと解ってて襲撃したに違いねえ。

まあリッチモンドの本は大体が複写されて出回っとるから、原書だからどうだって話ではあるがなあ」


 筋肉質で大柄な、しかしその瞳からは知性の輝きを放つ男、ジョンが溜め息をつきつつ返す。

フレンドリア城下町北西部保安官で、強力な戦士でありながら教養をも持っているスミスの友人だ。


「それでも高い金を出して欲しがる奴はいくらでも居るさ。

何にしろ不幸な事で……ん?」


「どうしたスミス」


「いや、カロル家には六歳か七歳の、可愛らしい栗毛の娘がおったような気がするんだが骨がねえなあと。

ううむ、まさか攫われたなどという事は」


「それはないだろう、この放火強盗は今のところ一人も犠牲者を生き残らせていない。

魔法の炎であるし、子供だと言うなら骨まで焼かれたのでは?」


「俺もまあ同意見っちゃ同意見なんだが、何か怪しいんだよ」


「出来る限り調べてはみたいが、ともかく下手人を始末しないと安心して眠れんぞ」


「だな」


 ジョンとスミスの心配をよそに、放火強盗団はフレンドリアに二度と現れなかった。

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