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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
99/129

98 園島西高校文化祭:閉会式


 それは、華苗が今まで経験した中でも一番奇妙に思えた朝だった。


 昇降口へ向かうみんなはきっちり制服を身にまとっている。辺りは確かにお祭りの名残があるのに、そこに満ちる空気は間違いなくいつものそれだ。あれだけ熱く盛り上がったお祭りの形が確かにそこに残っているのに、そこにいる自分たちはいつも通りであることが、たまらなく奇妙でちぐはぐな感じがする。


 昇降口で上履きに履き替えて、教室に向かう間もそうだ。昨日と同じく、校舎内とは思えないほど様変わりしたその空間に、いつも通りまばらに生徒が歩いている。怪しい研究所、海賊船、ギャングのアジト……そんな場所を、白いワイシャツ姿の高校生が眠そうな瞳をこすってあくびしながら歩いているのだ。なんだかもう、色々な意味で感覚がおかしくなってきそうな気さえする。


「おはよー」


「おっはよう!」


 教室。いつも通りに挨拶を交わした華苗は、客席の一つに腰掛けた。いつもだったら自分の席に座り、教科書なんかを机の中に入れていくのがルーティンワークなのだが、しかし今は自分の席そのものが無いのだからこうするしかない。


「……」


 本当に、本当に不思議な感覚だった。力を入れて造った豪華な内装なのに、今ここにいる自分たちはどこまでもいつも通り。昨日は確かにあったあの熱気はどこにもなくて、どこか寂しい感じがする。


 昨日だったら、おそらく浮いていたのは普通の格好している人たちの方だっただろう。あれだけのお祭り騒ぎの中で、一人だけそんなのがいたら嫌でも浮くに決まっている。


 でも、今日は違う。浮いているのは人ではなくて、お祭りの名残たちの方だ。普通の日常の中に紛れ込んだ非日常が、どうにも溶け込めていないのだ。


「……終わったんだね」


 おそらく。


 華苗の中の文化祭は、今この瞬間に終わったのだろう。閉会式の時でも、後夜祭のクライマックスのダンスでもない。役目を果たしたそれを見たことで、華苗はより一層その思いを強くしてしまった。


「あ! 華苗ちゃん、おはよう!」


「おはよ!」


 一人黄昏ていたところ、清水がやってきた。いつもよりちょっと遅いところを鑑みるに、やはり昨日は興奮が冷めずになかなか寝付けなかったのだろう。その気持ちは華苗にはとてもよく分かった。


「はー……なんか、こうしてガランとしているのを見ると、終わっちゃったんだって実感するよね」


 なんかもったいないから、ちょっと回り道しながら来たんだよね──と、清水は言った。最後にもう一度、文化祭としておめかしした学校の全てを見ておきたかったらしい。遅れた理由が自分の想像と違ったことに、華苗はほんの少しだけ赤くなった。


「どのクラスも普通に客席に座っていたり、床にそのまま座っていたりしてさ! なんかもう、違和感が本当にすごいの!」


「そ、そうだね」


 どうやら、清水と同じような考えの人間はそれなりに多かったらしい。いつもよりもちょっと遅れて教室にやってくるクラスメイトがチラホラいて、これは少しばかり選択を間違えたか……と華苗は少しだけ思った。ほんの十五分でも早起きして学校に向かっていれば、もう少しだけ祭りの余韻を楽しめたかもしれない。


「よお、みんなちゃんと来ているか?」


「……」


「なんだよ、なんかその……露骨に残念そうな顔は」


「だってぇ……」


 そんな感じでしばらく喋っていれば、あっという間にホームルームの時間になった。教室にやってきたゆきちゃんはいつも通りの先生スタイルで、お化粧もヘアセットもいたっていつもと変わらない。昨日あれだけおめかししていた人間がこうも変わってしまうことに、華苗たちは悲しみを隠せなかった。


「昨日のゆきちゃん、すっごく可愛かったんだもん……」


「もう少しだけ……! 可愛いゆきちゃんを見ていたかった……! あわよくば、可愛い系おねーさん先生の授業を受けたかった……! 先生と生徒と言う合法の関係の中、ドキドキした距離感で勉強を教えてもらいたかった……!」


「悪かったな、可愛くない先生で……あと、先生と生徒でそういう関係になるだなんて漫画の中だけだぞ。私たちから見ればお前らなんて手のかかる子供でしかないし、なにより……」


「なにより?」


「……もし本当に生徒のことをそういう目で見ている先生がいたとしたら、マジでヤバいから速やかに然るべき機関に連絡しろ」


「ああ……いつものゆきちゃんだ。乙女な考えが持てないせいで売れ残っていたゆきちゃんの思考だ……」


「余計なお世話だ」


 軽口をたたきながらもゆきちゃんは出欠を取っていく。昨日あれだけ騒いだからか、お疲れ気味の人はいるものの休んでいる人はいない。


「よし、今日も全員いる……と」


 ポン、と出欠簿を叩いたゆきちゃんは、高らかに宣言した。


「少々名残惜しいが……これからクラスの片づけだ。午前中までにケリをつけるから、各々全力を尽くすように」



▲▽▲▽▲▽▲▽



 文化祭の片づけ。お祭りの空間を元のお勉強の空間に戻すための復旧作業。作るよりも壊すことの方が簡単とはいえ、華苗たちの場合はビフォーアフターでなかなかの変身をさせている。当然、元に戻すための作業だって気の抜いていいものじゃない。


「まさかここまでしっかりジャスミンが根付いているとは……」


「除草剤とか使わないと、また生えてくるんじゃないかコレ……」


 レストラン仕様の机を戻すのは簡単だった。インドの遺跡を模すために作った内装をどうにかするのも簡単だった。前者についてはテーブルクロスを外すだけで大体どうにかなったし、後者についても細かい小物を片付けて、岩壁として張り付けていたそれらを景気よく剥がしていくだけでよかったのだから。


 自分たちの手で自分たちが作り上げたものを壊すという一抹の寂しさこそあったものの、作業としては大したことが無い。人が数人もいれば、あっという間に元の日常がその下から見えてくる。


 問題だったのは、もっと別の方。


 具体的には──教室中を覆っている、ジャスミンの方だ。


「すごいよね、何気なくスルーしていたけど……朝から普通に満開でいい匂いだったもん」


「水とかあげてないのにね」


 クラスみんなが一丸となって、ジャスミンの葉やら花やらを毟っていく。咲き誇る花を摘み取っていくのはなかなかに心苦しいことではあるが、しかしこればっかりはどうしようもない。


「……あっ」


「ほら! 口よりも手を動かす!」


 そして幸か不幸か、このジャスミンはただのジャスミンじゃない。園島西高校の園芸部が全力をこめて咲かせたジャスミンだ。


 何が言いたいかって、つまり。


「摘んだ傍から芽吹いてきた……」


「やるなら根こそぎ一気にやらないと、いくらでも復活するからね!」


 誰かが一息に摘んだジャスミンの花。しかし、その大本(・・)までは引っこ抜かなかったのだろう。この空間に満ちるまごころ──おそらくは文化祭の時のそれの残滓を受けて、ジャスミンは瞬く間に新たな花を咲かせていく。


 摘んでも摘んでも、ジャスミンが咲いていく。毟っても毟っても、緑の下にあるはずの壁が出てこない。華苗たちが今している作業は、そういうものだ。


「ううう……ごめんねえ……!」


「や、華苗ちゃんが悪いわけじゃないから……こうなることを考えていなかった、クラスみんなの責任だから……」


 ぽん、と華苗は女子の数人から肩を叩かれた。なんだかそれだけでもう、華苗としては申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。


「お、お詫びってわけじゃないけど……摘んだジャスミン、好きに持ち帰っちゃっていいから!」


「それはもちろん、そのつもりだったんだけど……」


「全員で山分けしても、なお余るよね」


「……」


 ジャスミン以外は、既にあらかた片付いたのだ。段ボールや木材類はきっちり分別して、今は男子が総出でゴミ捨てに行ってくれている。聞くところによると、一部のメンツは中庭にいって竈の後始末もしているらしい。


 つまり、あとはジャスミンを処理するのみで、それは華苗たちの他にやれる人はいない。


「……とりあえず、花とそれ以外にわけようか」


「うん……集めるだけ集めておけば、ジャスミンティーにもポプリにもできるでしょ。適当なところにおすそ分けしまくろう」


「葉っぱは燃えるゴミ?」


「どうなんだろ……そのまま外に捨てれば自然に還りそうな気もする」


 そうやってジャスミンの処理をしていく中で、華苗の目にあるものが映った。


「ねえ……」


「ん?」


 どうしたの、と言わんばかりにその場にいた女子全員の顔が華苗の方へと向き直る。


「あれ、そのままでいいの?」


 つい、と華苗はその小さな指を教室の後ろの方へと向けた。


 そこにあったのは……例の、【インドっぽいから】という理由だけで作られた象の置物。華苗が普段使うゾウさんじょうろにあやかり、「華苗」と名付けられたそれであった。


「あれはね、いいの」


「だって、全部片づけちゃうのは寂しいじゃん? 一つくらい、思い出に残しておいてもいいでしょ」


「むぅ……」


「端の方においておけば授業の邪魔にはならないし、なんだかんだで長椅子代わりに使えるし」


「そうだけどぉ……」


「それとも華苗ちゃん……イヤなの? 捨てちゃった方が……いいの?」


 別に、華苗とて思い出のあるそれを捨てたいとは思っていない。この象の置物とはせいぜいが一か月程度の付き合いだが、毎日ずっと見ていたこともあって少なくない愛着を抱いている。そんな「華苗」が他の調度品と同じく処分用に解体されてゴミ袋に詰められたりなんてしたら、きっとすごく悲しくなって泣きそうになることだろう。


 ただまぁ、自分と同じ名を持つそれが当たり前のようにそこに在るというのも落ち着かないわけで。


「どのみち二年生になるときには処分しなきゃいけないかもだけど、だったらそれまで残しておいてもいいじゃん?」


「そうそう。それに……ちゃんと人間のほうのかなちゃんも毎日ぎゅ! ってしてあげるからね!」


「……じゃあ、許す」


「んもう! ホントそういう所可愛いんだからっ!」


 別にそういう気持ちがあったわけじゃないが、オトナな華苗はそういうことにして女子たちにされるがままになった。最近はもう、下手に抗うよりも相手が満足するまで抱きしめられていたほうがよほど楽で早く済むということを、華苗は学んだのである。


「やっぱりさ」


 誰かが、ジャスミンの花を摘みながら言った。


「思い出の形は……あんなに楽しかった文化祭の思い出は、一つでも多く残しておきたいもん。たぶん、みんな同じ気持ちだと思うけど」


 ──そんなの、わざわざ答えるまでも無い。


 それからずっとずっと、華苗たちは文化祭の名残をかみしめながら、黙々とジャスミンの花を摘み続けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 なんだかんだで午前中の間に片付けも終わり、そして午後。そこそこの達成感とそれなりの疲労感と共に訪れた体育館で、華苗たちは体育座りをしながらまだかまだかとその瞬間を待ち望んでいる。


 形式としては、いつもの集会と変わらない。これといった飾り気も無ければ、サプライズの気配も感じない。これが文化祭の閉会式だと事前に言われていなければ、これからまた堅苦しい話を聞かされるのだと辟易していたことだろう。


 しかしながら、周囲に満ちるざわめきは期待に満ちたそれだ。緊張しているようにも、興奮しているようにも思える。それは一年生も三年生も例外なく、その場にいる全員が──もちろん、華苗だってそうだ──同じ様相であった。


「閉会式かぁ……なんか、別の日にやるって言うのはちょっと不思議な気分かも」


「あは、なんかわかる。運動会とか合唱祭とか、普通最後の締めにそのままやるもんね」


「そうそう。それも無駄に長くてつまらないやつで……。逆に、ここまで楽しみな閉会式は初めてかな?」


 上から順番に、華苗、よっちゃん、清水である。高校生は中学生までと違って、集会の時も名前順や背の順で並ぶ必要はない。だから、仲のいい人たちで固まっていても問題ないのである。高校生と中学生の間にある良いほうの違いとして、華苗が挙げることのできる一つであった。


「僕の学校、それなりの頻度で先生の話中に保健室に行く人がいたっけ」


「おれの所もいた。夏場は特にひどかったぜ」


 華苗たちのすぐ隣でそんな声があがる。言うまでもなく柊と田所だ。どうやら二人とも、なかなかに過酷な中学校であったらしい。毎回誰かしらが途中で抜けていたよね……などと当たり前のように話しているのを聞いて、華苗は自分の中学校はまだマシであったのだと認識を改める。


 が、あえてそんなことは口にしない。いや、できない。いつもなら何気なく加われるその会話でも、今だけは無理だった。


「あたしのところ、貧血で倒れる女子生徒が多かったなぁ」


「皆川さんの所も? やっぱりどこの中学校も似たような感じなんだね」


「おれはむしろ、高校に入ってから誰も倒れていないことに衝撃を覚えた」


 こほん、とよっちゃんがわざとらしく咳ばらいをする。この場にいる若干二名の心臓がどきりと跳ね上がった。


「かっちゃん、田所。あのね……」


 よっちゃんは、にんまりと笑っていった。


「ウチの子二人とも、未だに昨日のことテレて恥ずかしがっちゃってるの。さっきからずっと会話に参加していないけど、そういうことだから気にしないでね……きゃんっ!?」


 華苗と清水の息の合った渾身の肩パンがよっちゃんに決まる。あの瞬間、確かに華苗と清水の心は一つになっていた。


「なんだよぅ……せっかく二人のために話しやすい雰囲気を作ってあげたのによぅ……」


「よ、余計なお世話っ!」


「そんなことしなくても大丈夫だもんっ!」


「ホントぉ? ……華苗も史香も、今日は一度もかっちゃんたちと喋ってないでしょ」


 華苗も清水もぴしりと固まった。ついでに柊も落ち着かない感じで目を逸らした。平常運転なのは田所だけである。


 その理由は、あえて語るまでも無い。ウブでおこちゃまな華苗にとって、昨日のアレはあまりにも刺激的すぎたのだ。そりゃあまあ、めちゃくちゃに楽しくてめちゃくちゃに嬉しくて、昨日は五分おきにベッドの上できゃあきゃあと足をジタバタさせたものだが、なんというか実感が追い付かなくて、どうしたらいいのか華苗にはまるでわからないのである。


 普通に話しかけるのは、なんか違う気がする。かといって特別な感じで話しかけるのもなんか違う。結果として、華苗は今まで普通に出来ていた「柊に話しかける」というそれが出来なくなってしまっていたのだ。


 そしてそれは、柊の方から見ても同じであった。


「はー……ホントに思いやられるわぁ……。ま、このウブなところがかなちゃんの可愛い所なんだけれども」


「あの……皆川さん、割と結構な範囲にダメージがあるので、その辺にしておいてもらえると……」


「んじゃ、かっちゃんの方からいつも通りに喋りかければいいじゃん。……何があったかは(・・・・・・・)知らない(・・・・)けどさ?」


「おっと、そろそろ話が始まるみたいだ」


 逃げたな、コイツ……と、華苗、清水、よっちゃんの三人の思考が一致した。


『あー、これより第四十八回園島西高校文化祭の閉会式を行います』


 体育館、壇上。演台に立った教頭先生が厳かに話し始める。辺りに満ちていたざわめきは教頭先生がそこに立った瞬間にぴたりと止んで、いっそ奇妙と思えるほどの静寂が体育館の中に満ちた。


『文化祭、お疲れさまでした。今年の文化祭も、皆さんにとってかけがえのない思い出になったであろうことを私は確信しています。さらになんとも喜ばしいことに、本年の来校者は例年の倍近い程の人数で、これも今までにない盛り上がりであった証拠の一つになるんじゃないでしょうか』


 さらっと教頭先生が告げた来校人数は、なるほど確かにたかだか一高校の文化祭のそれとは思えないほどのものであった。しかもこれはあくまでわかっている範囲での数字であり、アンケート未記入者や団体で訪れた小学生たちのことを鑑みれば、実際はもっといるだろう……という話だから驚きである。


『長年ここに勤めている私たちから見ても、今年の文化祭は例年と一味違うように思えた……と、これは毎年言っているからあまり信用ならないかもね』


 遠慮がちな笑い声が一年生から、そこそこ大きめの歓声が二年生から、テンションマックスの雄叫びが三年生から上がった。


『さて、文化祭は二日とも特に大きなトラブルもなく終了することが出来た。例年より賑わっている中でそれを成せたのは、君たちの努力の賜物と言っていい。普通、あれだけの人数が一時に集えば大なり小なりトラブルというものは起きてしまうものだが……そこもまた、私は誇らしく思う』


 きっとおそらく、本当に小さいトラブル自体は起きていたのだろう。ただ、それが表面化することなく、その場にいた人間だけで対応できた……否、お祭りの関係者として、生徒自らが問題の解決に動いたということである。教頭先生が誇りに思うとわざわざ口に出したのも、暗にそういうことを示しているのだ。


『そして、本日の片づけについてもすべてのクラスで無事に終了したと確認が取れた。ゴミの分別もばっちりで、遅れたクラスも無い。あとはもう、業者がゴミを運び出すだけ……対応してくれた委員の皆さんには、ここに改めて感謝を』


 裏方の人間の功績もきっちり認め、はっきりとわかる公の場で感謝を告げる。松川教頭先生は、その辺のところを特に気にするタイプ……古い言い方をすれば、仁義を通すタイプであった。


『私も少しばかり見回ったが、教室の復旧も完全に出来ていた。ちょっぴり寂しいが、もう文化祭の名残はどこにもない。それこそ、この後すぐにでも授業を始められる状態になっている。ただし……』


 すう、と教頭先生はたっぷりとタメを作った。


『──みんなお待ちかね、最後の結果発表。これがなくては、文化祭は終われない』


 とうとう、その時が来た。体育館にピリッとした緊張が走る。みんな思うことは同じなのだろう、どこかの先生が意味ありげに持ち出して教頭先生の手元に置いたトレー……おそらくは表彰状の類が入っているそれに釘付けになっている。


『さて、逸る気持ちもわかるが一応ルール説明をしておこう。知っての通り、この文化祭では来校者アンケートがあってね。そのアンケートでは、出し物の中で気に入ったものを上から三つだけ選んで投票できるようになってる。その投票によって得られた得点数で、この文化祭の総合優勝が決まる』


 一位が三点、二位が二点、三位が一点。全てのアンケートの得点を集計し、上から順番に順位を決める。そんなの華苗たちはとっくの昔に知っているから、あえてわざわざ説明されるまでも無い。


 そう、文化祭を華々しく終われるかどうかはこれにかかっている。これがあるからこそ、華苗たちは事前準備の段階での情報漏洩に細心の注意を払ったし、やってきたお客さんたち全員に口酸っぱくアンケートの投票を忘れないように促したのだ。


『……あらかじめ言っておこう。確かにこれにより明確な優劣がつくことになるかもしれない。だが、選ばれることが誇りになったとしても、選ばれなかったものが劣っているわけでは決していない。事実、今年もまた……ものすごい接戦だった』


 一日目も、二日目も。先生たちは生徒たちが学校から帰った後に総出でアンケートの集計をしたのだという。公平を期すために生徒の手は借りることはできないし、そもそもとして枚数が枚数だ。他の案件もあることを考えると相当な労力ではあったが、それでも先生たちはやりきった。


 それはひとえに、教え子たちの努力の成果に真摯に報いたいという心があったからだろう。万が一の数え間違えもあってはならないと、あれだけの量のアンケートをダブルチェックまでしたのだという。


 なお、最終的な集計は教頭先生がやるから、前日の段階で悔しいネタバレ(・・・・)を食らうことはない。この結果発表は先生たちにとってもドキドキなものである。教頭先生だけはすでに答えを知っているが、そこはまぁ先生だからしょうがない。


『さて……前置きも長くて、そろそろ堪えきれなくなったかな? それでは例年通り、第三位から発表していこう。呼ばれたクラスの代表者は壇上に来るように』


 ぎゅ、と華苗は両手を組んで眼を瞑った。いわゆるお祈りのポーズである。いまさらそんなことしても無駄だってことはわかっているが、それでもそうしないと心臓が持ちそうにないのだ。


『第三位』


 早鐘を打つ心臓。妙に静まり返った体育館。教頭先生が大きく息を吸う声が聞こえて、そして。




『──二年D組、【クスノ・キッチン】!』




 二拍おいて、華苗たちの後ろの方から大きな歓声が上がった。男子も女子も関係なくみんなが立ち上がって、喜びのままに腕を振り上げてハイタッチをしている。それはもう、文明的に喜びを示しているというよりかは、原始人がマンモスを仕留めて喜んでいるような……野生の本能染みたそれに近いものであった。


「ほらさっさと行けよ楠ィ!」


「ウチのボスはお前だろうが! お前が行かなきゃ誰が行くんだよ!」


「最後までボスの貫禄見せてみろーっ!」


 クラスメイトにもてはやされて、珍しく少々困惑した顔の楠がのそりと壇上へと向かっていく。みんなに背中を叩かれたからか、白いシャツには結構な皺ができていた。


 そんな楠は、所在なさげに演台の前に立つ。身長が高くてガタイもいいものだから、見方によっては教頭先生にカチコミに来た不良のように思えなくもない。事実、それほどまでに楠の顔は強面で、そして無言で教頭先生を見下ろすその姿には妙なプレッシャーがあった。


 しかしながら、教頭先生の顔はどこまでも穏やかで、にこにことした笑みは崩れていない。真横に置かれていたトレーから一番上の表彰状をすっと取り出し、まるで卒業式のようなあのスタイルで楠にそれを渡す。


『文化祭総合三位、おめでとう。これは私の私見だが……ニンジンの素揚げが実に美味しかった。あと腕相撲、ちょっと手加減していただろう?』


「…っす」


『ギャングのボスにしては、ずいぶん優しくてびっくりしちゃったよ……次は負けないからね!』


「…っす」


 笑顔の教頭先生。相変わらずよくわかんない顔でそれを受け取る楠。ぼそぼそ、と何かしらのやり取りが二人の間でなされた後、楠はくるりとこちらを向いた。


 いかにもギャングのボスっぽく、表彰状を片手で大きく掲げて。


 楠は、体育館が震えるほどの雄叫びを上げた。



「……獲ったぞお前らァァァァァ!!!」



 ──オオオオオッ!!



 耳が潰れるほどの雄叫びが、再び華苗を襲う。流れでみんながしている拍手なんて、もう全然聞き取れない。誰もがあんなにも手を打ち鳴らしているというのに、たった一クラスが出している歓声の方がはるかに大きいのだ。


『さて! 盛り上がったところで次にいこうか!』


 ややあって、仕切り直しとばかりに教頭先生が声を上げる。こうでもしないと、いつまでたって収拾が付かないと判断したのだろう。それはたぶん、間違っていない。


 喧騒が収まり……いや、ほんの小さなざわめきだけが辺りには残っている。三位発表が終わったということは、残りの枠は二つだけ。それも、次に呼ばれたら……いや、呼ばれてしまったら、その時点で総合優勝は無くなってしまう。


 みんな、本気で優勝を狙っている。それは一年生も変わらない。だからこそ、さっきの楠たちのクラスも歓声を上げるのにいくらかの間があったのだと、華苗はここにきてようやく思い至った。


『第二位』


 再び静寂。華苗は思わず、隣にいたよっちゃんの手をぎゅっと握ってしまった。




『──三年A組、【海賊船:園島丸】!』




 三拍おいて、天も割れんばかりの叫びが体育館に反響する。なんかもう、何て言っているのかもわからないような有様だ。先ほどの楠たちのクラスは何だったのかと言うくらいに、その三年生たちは喜びを全力で表していた。


「どーすんだよ、俺ら船長たくさんいるぞ!?」


「誰でもいいから行け! なんかこうパフォーマンスできるやつ!」


「あの後行くのはだいぶハードル高いぞオイ……!」


 そしてある意味予想通り、その三年生たちの真ん中から秋山が壇上へと向かっていく。楠とは違い、この段階からファンサービス(?)がたっぷりであちこちに手を振り返していた。二年生からも一年生からも声援が上がっているところに、秋山と楠の普段の交友関係の広さの違いが見て取れた。


 演台の前に立つ姿も、秋山は結構決まっている。サッカー部長を務めるだけあって、この手の舞台にも慣れているのだろう。


 特に緊張した様子もなく、秋山は教頭先生と目を合わせた後にぺこりと一礼をした。言わずもがな、楠はしていなかった行為である。


『文化祭総合二位、おめでとう。これまたやっぱり私見になるが、あのカチワリ氷は実に綺麗で素晴らしかった。……今度こっそり、作り方を教えてくれないかい? あんな風に澄んだ色にはなかなかできないだろう?』


「や、それは海賊の秘密なんで! でも、もしも宝の地図から読み解ける合言葉を知っていたのなら……!」


『ぬ!? そんなのあったのかね!?』


「半分ウソです!」


 答えを待たずに、秋山はくるりと振り返る。楠と同じように表彰状を天高く掲げ、そして思いっきり叫んだ。



「やったぞお前らァァァァァ!!」


 ──っしゃあああああ!!



 そしてやっぱり、最初の時とは比較にならないほどの歓声。いい加減華苗の耳はマヒしつつあり、大きな声のはずなのに相対的に小さな音にさえ思えてくる有様だ。


『さあ、それでは最後にお待ちかね……』


 教頭先生の一言で、緩んでいた空気がぴりっと引き締まった。さっきまでの喧騒が何だったのかってくらいに静まり返っている。その理由は、もはや語るまでも無いだろう。


 既に名前の呼ばれた楠と秋山のクラスを除いて、その場にいる全員が必死に祈っている。男子生徒は手を強く握ってごくりと喉仏を動かしているし、女子生徒は互いに寄り添って肩を抱き合っている。


 無論、華苗もそうだ。いつの間にか清水と両手を握り合っているし、肩に感じるそれはよっちゃんもの。どうやら緊張に耐えきれず華苗をぎゅっと抱きしめてしまったらしい。


 ドキドキと、悪い意味で高鳴る心臓。これが自分のものなのか、果たして別の人のものなのか。


 やれるだけのことは、華苗たちは全部やったつもりだ。一年生と言う一番経験の少ないメンバーでありながらも、他のクラスに引けを取らない出来であったと自負している。正直な話、華苗たちのそれが楠や秋山の所と比べて大差があったとも思えず、すなわちそれは優勝する可能性が確かに存在しているということでもある。


『第一位、文化祭総合優勝』


 みんなで作り、みんなで盛り上げた文化祭。


 それでもやっぱり、ただじゃ終われない。獲るのだとしたら、一番以外ありえない。


 そのために華苗たちは今まで努力して、全力を尽くし、そして優勝することをゆきちゃんと──クラスみんなで誓ったのだ。


 教頭先生が息を吸う。誰かがひゅっと息をのむ声が聞こえ、そして。






『──お菓子部、【Petit bonheur】!』






 きゃあ、と高く黄色い声が上がる。華苗の手に感じられていたあったかい感触がパッと無くなって、ふわっと何かが風を切る感じが頬に届いた。


 後ろの方で、女の子たちが集まってはしゃいでいる感じがする。それはもう本当に嬉しそうに。今までに比べたら全然大きな声じゃなかったけれど、滲み出るそれは間違いなく今まで以上に大きなそれだった。


「部長、やったね!」


「よかったぁ……! ホントによかったぁ……!」


「あーもう、泣くな泣くな! 晴れ舞台なんだから笑えって!」


 聞き覚えのある声。確認するまでもなく双葉だろう。人目も憚らず泣いたり笑ったりしているのはお菓子部のみんなで、その中にはさっきまで華苗の隣にいて手を握っていた清水もいる。


 みんなで集まって、きゃあきゃあはしゃいで。文化祭総合優勝と言う喜びを誰よりも噛み締めて。何十年にも続く文化祭一位の座を今年も獲得できた彼女らの努力は本物だ。もしもダメだったら……というプレッシャーもあったことだろう。いったいどれだけ心が震えているかなんて、もう想像することすらできない。


 当然のごとく、その女子たちの真ん中から壇上に向かったのは部長である双葉だ。満面の笑みを顔いっぱいに浮かべて、幸せであるということをこれでもかと表現していた。


『文化祭総合優勝、おめでとう。残念ながら私は食べられなかったが……あの幸せそうな顔を見れば、それがどれだけ素晴らしいものであったのかは簡単に想像できる。伝統を引き継いで今年もまた見せつけてくれたことが素直に嬉しくて……ああ、やっぱり今回食べられなかったことが悔しくてならない』


「えへへ! こればっかりは門外不出で、あの時だけしか食べられないので! お願いされても作れないので、最初にごめんなさいって言っておきますね!」


『ははは、お見通しか。……正直な話、結構プレッシャーもあっただろう? 私も結構複雑と言うか……園島西の文化祭はやっぱりお菓子部に優勝してほしいと思う反面、今年こそは無敗のお菓子部を破る傑物が登場しているのも期待している……ホントに不思議な気分だ』


「まったくプレッシャーを感じていない……って言ったらウソですけど、それでも私たちがやるのは受け継いできたレシピをそのまま伝えていくだけですから! 私たちは先輩の力を信じるだけです!」


『うん、実に園島西の生徒らしい答えだ……改めて、おめでとう!』


 表彰状をきゅっと胸に抱いて、双葉は感慨深そうに目を閉じた。いったい何を思っているのかなんて華苗にはわからない。きっと、それは歴代のお菓子部長にしかわからないことなのだろう。


 ややあってから、双葉も表彰状を高く掲げて、よく通る声ではっきりと宣言した。


「みんな、先輩……! 見て、やったよ!!」


 歓声の代わりに、万雷の拍手が送られた。一年生も二年生も三年生も、男子も女子も生徒も先生も関係ない。その場にいる全員が、もはや無意識的に手を叩いてしまっている。この文化祭で偉大な業績を成し遂げた彼女に、心からの賛辞を送っている。


 照れくさそうに笑う双葉の目の端には、きらりと光るものがあった。


「……終わっちゃったね。やっぱり優勝はお菓子部か」


「うん……」


 少しだけ……いいや、残念そうな心をなるべく隠すようにして柊がつぶやいた。結局のところ、あれだけ頑張った華苗たちは入賞することすらできなかったのだ。教頭先生が言っていた通り、選ばれなかったからと言って出来が悪いというわけではないのだが、しかし頭で理解しても心が納得するわけじゃない。


「あー……でもあたしたち、みんな頑張ったじゃん? 三年生とかお菓子部が強すぎるだけだって」


「よっちゃん……」


「んもう! なんでこの子は泣きそうな顔してんのさ!」


「よっちゃんだっでぇ……!」


「気のせい! 絶対気のせい!」


 泣きたい気分じゃない。泣いちゃダメだ。それにこんなの、自分のガラじゃない。今までにこの手のイベントで華苗は泣いたことが無いし、小学校の時も中学校の時も、卒業式で泣いたことは無かった。そんな自分が、たかだか文化祭で……それも、ほぼ負け戦と決まっている勝負で負けたところで、心動かされるはずがないのだ。


 華苗は必死に、自分にそう言い聞かせる。言い聞かせれば言い聞かせるほど、きゅうっと心が締め付けられるような気がした。今は祝福しなきゃいけない時なのに、どうしてもその気持ちが止められない。




『さて、これで一位から三位までの表彰を終えたわけだが』




「……ん?」


 そんな中、教頭先生が発した意味ありげなセリフ。はて、いったい何が始まるのやら……と華苗が思っているうちに、教頭先生はどんどん続けていく。


『先ほども言った通り、今年もまた大接戦だった。その中でもお菓子部が頭一つ抜けていたのは事実だが、まぁやはり単純に点数だけですべてを決めてしまうのはあまりに早計に過ぎる』


「……むむ?」


 華苗はぽんこつだ。だから、文化祭のことなんて下調べもまるでしていない。


 ただし、これに限って言えば。


 よっちゃんも柊も田所も知らない。それどころか、一年生は全員知らない。


 知っているはずの上級生は……自分たちも一年生の時に同じ目にあったから、あえて誰も教えないようにしている。いや、聞かれないから答えていないだけだと言い張るものもいるだろう。実際、そいつの存在はパンフレットの類には一切載っていないのだから。


『この様子だと、やっぱり一年生は知らなかったみたいだね。……本当に、園島西高校の気風が良く受け継がれている』


 教頭先生は苦笑し、そして告げた。


『園島西高校文化祭、特別賞(・・・)。惜しくも入賞こそできなかったものの、アンケートの感想や先生方の所感から選ばれる、キラリと光る何かを持っていたクラスに送られる賞だ』

 

「え──」


 それは十数年前の園島西高校文化祭より取り入れられたものらしい。今までの単純な得点形式の表彰はもちろんだが、それだけですべてを終わらせてしまうのはあまりにももったいないのでは──と言う声から生まれたものだ。


 一般受けしないながらも、全力で振り切ったパフォーマンス。まだまだ拙くて粗いながらも、今までにない革新的なアイディア。そう言った、直接的な得点にこそならないが十分に評価の対象となり得る要素を評価するため、特にアンケートの感想を参考として選ばれるのが特別賞である。


『知っての通り、ポイントが評価対象というわけではない。特別賞はあくまで特別賞だ。極端な話、ポイントがゼロだったとしても……感想がびっしり書き込まれたアンケートが十枚もあれば、十二分に狙えるものである。そういう意味では、普通の賞との比較にはならない』


 が、それでも賞であることに間違いはない。どれだけ誰かの心を動かしたかを示すものに間違いはない。それすなわち、この園島西高校の文化祭でどれだけ目立っていたのかを示すものに他ならない……と、言ってもいいものなのかもしれない。


『そんな特別賞は──』


 祈る間もなく。


 その名前は、極々あっさり告げられた。






『──一年A組、【はらぺこゆきちゃん! ~Nan・Cool・Nice!~】!』





 何を言っているのか、華苗にはわからなかった。実感がわかなかったと言ったほうがいいだろう。


「え……今、なんて……?」


 確かめるようにして、よっちゃんの肩を揺さぶる。よっちゃんもまた、口をぱくぱくとして呆然としていた。


「か、克哉くん……!」


「は、はは……!」


 柊だって似たような感じだ。自分の耳が信じられなかったのだろう、華苗にシャツの裾を引っ張られているのにも気づいていない。


 クラスの大半がそんな感じで、誰一人として歓声を上げていない。周りのクラスが何事かとこちらを見ているのがなんとなくわかるが、それでもなお、突然のことに華苗たちは何をすればいいのかまるで理解できていなかった。頭がショートしていた、と言ったほうが適切かもしれない。


 そんな中、ただ一人。


 何があっても平常運転な田所だけが、いつも通りの落ち着いた声で、淡々と事実を告げた。


「特別賞、おれたちだってよ。やったじゃん」


 クラスメイトから、はっきりと言われて。


 ようやく……ようやっと、華苗たちはそれを実感することが出来た。


「や……やったあああああ!」


「やった、やったよ! 特別賞だよ!」


「あああああああっ!」


「ゆきちゃん! 見てるよねゆきちゃん! 私達、やったよ!」


 立ち上がって、ハイタッチをして。腕を振り上げて、全身で喜びを示して。


 気づけば華苗も立ち上がっていて、よっちゃんと抱き合っている。いつの間にかこっちに戻ってきていた清水が、よっちゃんと一緒に挟むようにして華苗を抱きしめている。


 そして、クラスのみんな、全員が──これ以上に無いくらいの、輝いた顔をしていた。


『あー、おほん。気持ちは実にわかるが、一年A組は誰か一人壇上まで来てくれるかな?』


 苦笑いする教頭先生。真っ赤になって顔を押さえるゆきちゃん。きっと人目が無ければ真っ先にすっ飛んできて、照れくさそうに笑いながらみんなの頭を優しく叩いたことだろう。


「だ……誰が行く!?」


「委員長的にかっちゃん!? マスコット的に華苗ちゃん!?」


「それとも夫婦で行かせるか!?」


 無理である。華苗は基本的にチキンでビビりである。こんな大舞台で……それも突然のことに対応できるはずがない。


 とりあえず、ふざけたことを抜かした男子に華苗は渾身の肩パンをした。たぶんと言うか絶対、まるで効いていない。


「ちょ……ちょっと僕も、パスしたいかな……。な、なんかその……情けないけど、まっすぐ歩ける自信がない……」


「何言ってんだよ柊ィ! てめえが行かなきゃ誰が行くんだよ! お前がヤバいってのに八島さんに歩かせる気か!?」


「──ここは一つ、さりげなく裏方でサポートしてくれた田所に任せたい。行けるか?」


「任せろ」


「信じてたぞ田所ォォ!」


 ふわりとした動きで田所が壇上へと向かう。気取った様子も無ければ、特別喜んでいる様子も無い。が、付き合いの長い華苗たちだけは、田所の動きが妙にご機嫌であることに気づくことができた。


『特別賞、おめでとう! ……いやはや、あのジャスミンの海には驚かされた。ナンもボリュームたっぷりで、カレーもミートコーンも実に美味しかった。アンケートにはやはりその二点が多く書かれていたほか、特に子供たちから……優しいお兄さんやお姉さんたちから、花飾りの作り方を教えてもらって嬉しかった……と、そんな意見が多かったよ』


「お褒めにあずかり恐悦至極」


『あとはやはり、君たちの装いだろうね……すごく、すごく目立っていたんだ。白い花を惜しげもなく使っているのはもちろん、そのいい香りが印象に残ったと。君たちは気づいていないだろうけど、食べ物のお店以外の大半で、そのジャスミンの残り香があったんだよ。君たちが歩いただけで、学校中が良い香りに包まれたんだ』


「それはマジに気づきませんでしたね」


『だろう? アンケートにはジャスミンのことがたくさん書かれていた。可能であれば譲ってほしい、ジャスミンティーのメーカーを教えてほしい……なんてものがたくさんね。園芸部でも売られていたそうだけど、時間は短かったから』


「今まさに、教室に呆れかえるほどありますよ」


『おっ、じゃあ後で個人的にもらいに行くとするか……んん! 改めて、特別賞おめでとう!』


 いっそ不気味なほど流麗な動きで、田所はその表彰状を受け取った。まさしくお手本として百点満点の、非の打ちどころのない動作。いきなりのこの大舞台で苦も無くそれをやってのけるからこそ、田所は侮れない。


 そんな田所も、先人にあやかって表彰状を大きく掲げて見せた。他のものとは違い、その表彰状は横長ではなく縦長だ。こうしてみると、確かに規格外の別枠の表彰であるということがはっきりとわかった。


「やった……! やったね、克哉くんっ!」


「うん……! こんなことになるなんて……!」


 田所が掲げているそれが、まさしく華苗たちの成した証明だ。この園島西高校文化祭という舞台で、華苗たちが全力を出したという一つの形。それは、思い出を形作るものとして十分すぎるものであり、同時にまた、華苗たちの誇りと自信につながるものでもある。


「いやぁ~! 笑いが止まらないね~!」


「ひひ……! 私なんて一位で特別賞の二冠だもんね!」


 よっちゃんも清水も、ほっぺがゆるゆるなのを止められない。男子も女子もみんなが肩を叩きあって健闘を讃えている。それは、華苗がこの園島西高校に入学する前に夢見ていた光景の一つだ。


『いやはや、本当に素晴らしかった! 一年生で特別賞を取ったのなんて何年振りやら……!』


 教頭先生のコメントは続く。


 華苗たちは、喜びすぎてそれすら耳に入らない。


 重要なのは、みんなで頑張って、みんなで勝ち取った特別賞がここにあるという事実だけ。


 ──そしてやっぱり、田所はどこまでもマイペースであった。



「見たかァァァァァッッ!!」



 ギン、と鋭い声。単純な音量としては先ほどまでのそれと劣るものの、妙に印象に残る声質をもって田所は叫んだ。真顔で、直立不動のままどうしてあれだけの大声を出せるのか、その場にいた全員が不思議に思ったのは間違いない。


「ゆきちゃんッッ! トップは取れなかったけど、栄誉は勝ち取ったぞッッ!!」


 ゆきちゃんはもう、びっくりするくらいに真っ赤だった。隣にいた深空先生がニヤニヤしながら肩を小突いても、反応すらできていない。もしこれが公の場でなかったのなら、顔を押さえて蹲っていたはずだ。


 そして。


「お前らァァァ!! まさかこれで満足しているわけじゃねェよなァァァ!?」


「「えっ」」


 華苗たち全員、思わず口に出した。


 たぶん、体育館にいた全員が同じことを思った。


 いったいどうして、先輩たちが華々しく成果を告げていたその舞台で、そんなにも……そんなにも不敵なことを言えるのかと、華苗たちも他の人たちも、全員が田所の据わり過ぎた肝に戦慄した。


 そう、田所はあくまで任務に忠実だ。目的に忠実で、そのためならどんな手段も労力も厭わない──超技術部としての在り方を、体現してしまっている男だ。



 ──後にも先にも、あんな宣言をする子はいないだろうね。


 ──あいつを登壇させた選択があっていたのか、私は今でも葛藤する。


 ──元々いろんな意味で有名だったけど、あれであいつ知名度めっちゃ上がったよな。



 後々、先生たちにそう語らせた田所の宣言。それは、華苗たちと言うそよ風が、新しい園島西の風として力強く流れ出した瞬間であった。


「だってそうだろォ!?」


 バン、と田所から特有の破裂音が響いた。何をどうやってその音を出したのか、華苗たちにはわからない。


 重要なのは──それにより、すべての注目が田所に集まって、体育館がしんと静まり返ったという所だ。


「はは……そうか。そういうことか。……うん、田所に任せて正解だったや」


「克哉くん?」


 す、と田所が息を整える。


 叫ぶでもなく、訴えかけるでもなく。


 ただ、淡々と事実を告げるように──それにしては体育館の奥にまで響くゆったりと落ち着いた口調で、田所は断言した。



「これはただの始まりだ。──次は、おれたちが天辺を取る」



 ──っしゃああああああ!!



 どこか遠くに指を突き付ける田所。響く歓声。どこかしんみりとした落ち着いた空気ははるか彼方へと吹っ飛び、文化祭直前のような滾る気配が体育館に満ちた。


 この瞬間から闘争心をむき出しにする二年生。気持ちを新たにする一年生。嬉しそうにも、寂しそうにも思える表情をしている三年生の胸の内は、いったいどんなものなのか。


「そういうわけなんで、来年も楽しみにしていてくださいね」


『は、はは……た、頼もしい限りだね』



 ──この日。田所は新たな伝説となった。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 こうして園島西高校文化祭は終わりを告げた。これも間違いなく、華苗の一生の思い出として心に強く刻み込まれたことだろう。


 無論、このような『一生の思い出』はこの後何度も作られることになる。華苗もとっくに気づいているが、今のこの生活は、華苗が心より望んでいた”マンガのような高校生活”とは比べ物にならないくらいに素晴らしいものであるのだから。


 もちろん、マンガを超えたこの学園生活は想像以上に突拍子もなく、これから紡がれる学園生活は、それと同じくらいに素晴らしいものになるだろう。華苗はすでに、そのことを確信しているのだ。

 長くなったけど、文化祭編終了! 実に三年もかかっちゃったぜぇ……!

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