92 園島西高校文化祭:親子
「──いいね、上等だ。その勝負……乗った」
野次馬の後ろから聞こえてきた、良く通る声。まだ店内には入っていないどころか、受付も注文も何もしていない状態での宣戦布告。そんな状態でわざわざこの暴力が全てのお店の中に名乗りこんでくるところに、その人物の戦意の高さが現れていた。
「よぉ。ちょっと手合わせ願おうか?」
その人は、とてもとても目立っていた。残虐非道、冷酷無比、鬼哭啾啾なギャングのボスに真っ向から喧嘩を売って、そしてこうして真正面で胸を張っているのだから、ある意味では当然だろう。
しかし、例えそうでなかったとしても、その人物は周りから目立ってしまう物理的要因を持っていた。
「おぉーっと、ここでまさかの飛び入り殴り込みのチャレンジャー! それも……」
「…………」
「背の高いモデルみたいな美人さんだ! ボスと同じくらいあるんじゃないか!?」
「…………」
「もしかして、スポーツか何かやっていたんでしょうか!? ぜひ、その自信のほどをお聞かせいただきたく……!」
レフェリー役の生徒が、ふざけて見えないマイクを傾ける。女性にしてはびっくりするくらい背の高い彼女は、意味深に微笑んだ。
「スポーツ……ね。やってるよ。世の中の親御さんみんなが経験する、子育てっていうきっついのを」
「……えっ?」
──えっ、あの人マジで誰?
──なんかの有名人?
──OBとかの関係者じゃないの?
教室の中にいたお客さんも、華苗との勝負を見守っていた野次馬も、ボスにけちょんけちょんにされた勇者も……誰もが、彼女のあまりにも異質なオーラに圧倒されていた。
生徒でもない、普通のお客さんでもない、何かその筋の有名人でもない。もちろん学校の先生でもない……のに、この威圧感。そして、否が応にも感じてしまう彼女とボスとの特別な因縁。
「あ、あの人……」
「き、来てたんだね……」
そんな彼女のことを、華苗たちは知っている。
「…何しに来たんだよ、母さん」
「あん? 親が子供の顔を見るのに理由がいるのかい?」
──はぁぁっ!?
──嘘だろ、全然似てねえ!
──いや、背の高さだけは……同じか、それ以上じゃないか?
彼女の名前は楠 澄香。紛れもなく、このギャングのボスの母親であった。
「……ったく、気の一つも効かせられない子になっちまうとは……さっきから見てたけどね、アンタ、アレは何なんだい? 女の子相手にやることじゃないだろう? おまけにそのだらしないネクタイに着崩した服! あたしはアンタを服の一つもまともに着られない子に育てた覚えはないよ!」
右腕をまくりながら、澄香は机の上へと肘をついた。この段階ですでに額にはうっすらと青筋が浮かび上がっており、臨戦態勢はばっちりであった。
「…これは、その、演出で」
「だまらっしゃい! 演出もへちまもあるか! 御託はいいから、さっさと腕を出しな!」
有無を言わせず、澄香は楠の腕を取り、半ば無理矢理戦闘態勢を取らせた。そのあまりの早業に、ギャングのボスは反応できていない……というか、今現在の状況を信じたくないのだろう。明らかに、先程まではあったはずの自信にも似た重圧感が揺らいでいた。
「え、ええと……なんか予想外な出来事だけど、まさかの親子対決! さすがのボスも人の子か!? それとも遠慮せずにやっちまうのか!? ……それでは、見合って──!」
世界がしん、と静まり返る。ざわめきはピタリと止み、どこまでも透明な空気が広がった。
誰かがごくり、と唾をのむ。
それが、合図だった。
「──ファイッ!!」
「ふンぬッ!!」
燃え上がるような気合と共に、澄香はその楠を育て上げた偉大なる腕に力を込めた。母の持つ力強さとか、生命力とか、なんかそんな感じの諸々がふんだんに込められた贅沢な一撃だ。
──お……押してる……!?
──いま、確かにボスの腕が倒れかけて……!
──間違いない、拮抗している! めっちゃ震えてるもん!
多少とはいえ、ここにきて初めて楠の腕に動きが見えた。澄香の鬼の形相に委縮するかのように、少しずつ、ほんの少しずつ、小刻みに震えながらゆっくりと倒れつつある。
が、しかし。
「ぬ、この……!」
「…母さん。俺を、いつまでも……子供だと思うな」
──おおおっ!?
ぴた、と腕の動きが止まる。拮抗していたはずの力は、そのバランスを崩した。
「この……! がきんちょが……!」
「……」
澄香の腕が、押し返されている。さっきまでは華苗の所から視認できるほどには傾いていたのに、今じゃもう最初のスタート位置とさほど変わらないところまで戻されていた。
いくら澄香が楠の母親で、今まで何度となく楠を親としてねじふせていたとしても。いくら澄香が一般的な四十代の主婦より背丈に恵まれ、また力があったとしても。
体格に恵まれた男子高校生と真っ向から力勝負をするのは、少々無理があった。
「む、むぅ……!」
「…悪いが、さっさと決めさせてもらう」
ぼつりとつぶやかれた、楠の低い声。その場にいた誰もがぞくりと背筋に嫌なものを感じ、『あ、これヤバい奴だ』と本能で理解してしまった。
楠の腕は、まさに力を込めていますよと言わんばかりに膨れ上がっている。あれが解放されたら、いくら澄香であっても無事では済まない。
「瑞樹ぃ……!」
「…『中途半端なことはしない』。母さんが、俺に言った言葉だ」
「アンタ、夕飯抜きな」
楠の腕が、ピタリと止まった。まるで時その物を止められたかのように、力の脈動さえも無くなった様に見えた。
楠の顔色はうかがえない。しかし澄香が獰猛に笑っていることは、その場にいる誰もが理解していた。
「んん~? この太くて重い腕……まだ力が入っているねぇ?」
「…間違ってもあんたは、そんな真似はしない」
「それでも途中でやめたってのは、一瞬でもそうかもしれないって思ったからだろう?」
「……」
「アンタはそういうやつだ。……でも、その考えは間違っちゃいない。どうせクラスのみんなで打ち上げでもしてくるだろうけど、簡単には作るつもりだ」
「…だったら」
「アンタ、おやつ抜きな」
楠の大きな体が、ぶるりと震えた。華苗が見てもわかるくらいに動揺し、そして狼狽えている。先程までの見事なギャングのボスっぷりはどこへやら、そこにいるのはただただ一人の男子高校生でしかない。
──お、おやつ? おやつでそんなに狼狽える?
──いや、男子高校生にとってはけっこうエグいぞ……!
──さすが母親、子供のことはよくわかってる……!
中央の位置で睨み合ったままの腕。腕力自体は楠の方が上だが、実力は澄香の方が勝っているというこの状況。澄香は楠の腕を押し倒したくとも押し倒すことが出来ず、楠もまた、澄香の腕を押し倒せるのに押し倒すことが出来ない。
いわゆる膠着状態。全力で押し倒そうとする澄香に、負けることはできないが勝つこともできない楠。
いったいこの勝負はどうなってしまうのだろう。
華苗だけでなく、その場にいた全員が等しくいだいた純然たる疑問。
その答えは、唐突にやってきた。
「瑞樹ぃ……!」
「…なんだよ」
「負ける気は、無いんだね……?」
「…俺は俺の、職務を全うしなくちゃいけない」
「そぉか……よぉくわかった……」
「…………」
「その覚悟だけは、買ってやる……!」
「…………なに?」
なかなかに珍しい、楠が驚いた声。
それもそうだろう。澄香はすっかり腕の力を抜いて、もはや勝負を諦めたかのように笑っている。
楠が少し力を入れただけで、二人の握りあった手がゆっくりと傾いていく。ここまで来ればもう、力を入れずとも、その自重だけで勝負がつくだろう。
そんな、まさに親子の勝負の決着がつく瞬間。
澄香は満面の笑みで、息子とは正反対の良く通る声を発した。
「瑞樹、アンタ五歳の頃──」
──ダァァァァァン!!
「わっひゃい!?」
思わず耳を塞ぎたくなるほどの大きな音。その場の誰もの心拍を一律に早めた音。それは例えるなら、素手で机を思いっきりぶん殴ったかのような音であり、実例を持って説明するのなら──楠が、自らの手の甲を全力で机にたたきつけた音だった。
「…審判! 俺の負けだ! 速く宣言しろ!」
「なんだよ、そんな慌てくさって。あたしが負けたところだろ?」
「…審判ッ!」
これでもかと言わんばかりに、楠は母とつないだその手の甲を、何度も何度も机に打ち付けた。もはや奇行の域であった。
「えと……挑戦者、ボスママの勝利! さすがのボスも生みの親には勝てなかった! ボスにも血が流れているみたいで安心したぞ!」
「…『お前の勝ちだ。俺の財宝をくれてやる』。だからさっさと戻ってくれ。お願いだから大人しく帰ってくれ……ッ!」
楠は半ば無理矢理母の腕を取り上げ、ボクシングのチャンピオンを称えるかのようにその腕を突き上げる。形式的にそのポーズを取らせた後は、苦々しい顔を隠そうともせずに、そのまま母を出口へと連れ出そうとした。
が、もちろん。
「なにやってんだよ、アンタ。あたしはまだ、ここで何もしちゃいないのに追い返そうってのかい? 母親がせっかく顔を出したのに、もてなし一つしないのかい?」
「…ちくしょうッ!」
楠の中で、いったいどんな葛藤があったのだろうか。楠はやがて、ギャラリーの注目をほしいままにし、拍手喝采を受ける澄香を華苗の机へと連れてきた。
「…頼む。この人がこれ以上余計なことをしないように」
「はん。失礼な息子だね……ま、今日はこのくらいで勘弁しといてやるか」
そして楠は、鬼から逃げるかのようにして澄香から離れていく。その後ろ姿はまさしく母ちゃんから逃げる男子高校生以外の何物でも無くて、せっかくのギャング風の衣装も、なんだか出来の悪いコスプレのように見えてきてしまう始末だった。
「はー……まったく。いつからあんな奴になっちまったんだが……あ、久しぶり、華苗ちゃん。敵は取ったよ?」
「ど、どうも……」
一息ついたのか、澄香はにこりと笑ってぱちりとウィンクをしてきた。ある意味肝っ玉タイプのカーチャンに相応しい、茶目っ気の溢れる魅力的な仕草。本当に、どうしてこんな明るくて社交的な人からあんなに無口で不愛想な息子が生まれたのか、華苗は不思議でならなかった。
「それにしても、華苗ちゃんってば可愛いカッコしてるねぇ! ……あらやだ、もしかしておばさん、邪魔しちゃったかな?」
「あ、いえ、その、そんなことは……」
「ああ、いいって、皆まで言いなさんな! ちゃんとすぐに退散するから……ね? でも、ウチのバカ息子が迷惑かけたお詫びに、ちょっとここは奢らせてちょうだいよ。……柊くんも、ここはおばさんにカッコつけさせてくれないかな?」
華苗や柊の話を聞くことも無く、澄香は近くにいる店員──要は、佐藤に声をかけた。
「よっ、夢一くん。……やー、改めて見るとホンットにカッコいいわぁ……おばさん、ちょっとファンになっちゃうかも」
「はは、大袈裟ですって。むしろチャラいホストみたいだってみんなに言われてて……」
「やだねぇ、それだけカッコいいってことじゃないか! 瑞樹なんてヤクザとか番長って呼ばれるんだよ?」
「は、はは……」
「それよりもちゃんと食べてるのかい? 遠慮せず、前みたいにうちに夕飯食べに来てちょうだいよ。その方が食卓も華やかでおばさんがうれしいんだ」
「お誘いは大変ありがたいし、僕もぜひともご相伴にあずかりたいんですけど……その、今は妹と一緒に暮らしているので……」
「なんだよ、水臭い。妹も一緒に連れてきちまえばいいじゃないか」
元々話したがりなのか、それとも単純に若い子と喋れるのがうれしいのか。澄香はにこにことほほ笑みながら、文字通り世間話をするかのように語りだす。
そのあまりのパワフルぶりには華苗も柊も狼狽えるばかりだったが、さすがは佐藤と言うべきか、美味い具合に隙をついて──例のスペシャルメニュー、【西の野菜王の秘宝】のオーダーを取り、スタッフに伝えていた。
「とと、そう言えば、結局ここは何を食べられるお店なんだい? さっきから良い匂いはなんとなくするんだけど、食べてる人は誰もいない……よね?」
「あ、それ、私も気になってました」
「パンフレットには書いてある……だろうけど、そう言えば詳細までは見てなかったね」
「ウチのバカ息子はそのパンフレットすらくれなかった……っていうか、あたしに文化祭のこと黙ってたからね。渚ちゃんや詩織ちゃんが教えてくれなかったら見逃すところだったよ」
ほんのちょっぴりとだけ思案した佐藤は、イタズラっ子のような笑みを浮かべた。
「それでは、せっかくだから実物が来るまで内緒にしておきましょう。……実は、こうしてゲームを持ちかけているのも、物が届くまでの暇つぶしの側面がありまして」
「へぇ……でも、さすがに何分も待たせるって感じじゃあないよね?」
「ええ。あっという間にできるものなので……ですが、出来立てが最高に美味しいんです。まぁ、こだわりってやつですよ。……さて、ここでひとつ、提案というかお願いがあるのですが」
「なんだい?」
「物が来るまでの暇つぶしとして……さっきの話の続き、お願いできませんか?」
さっきの話の続き、となると澄香が腕相撲中に楠に最後に語り掛けたアレだろう。アレを聞いた瞬間、楠は尋常じゃなく取り乱し、自ら己が手の甲を反対に押し倒して……というか、叩きつけて負けたのだ。
いったい何が楠をそうまでさせたのか、華苗が気にならないはずもない。親友である佐藤も知らないこととなれば、なおさらである。
「よっしゃ任せろ」
「わぁ……すごくイイ笑顔」
まさに快諾という言葉がふさわしいキラキラした笑顔。澄香は嬉しそうにも、懐かしそうにも見えるような表情で語りだす。
「あいつさぁ、今でこそ無駄に図体がデカくて不愛想な奴だけど、生まれたときはホント……本っ当にすっごく可愛かったんだよ。いーっつもあたしの傍から離れなくてさぁ。アヒルの子みたいによちよちついてきたりなんかしちゃって!」
「へ、へぇ……! 今では考えられませんね……!」
「いやもう、嘘じゃないからね! おめめもくりくりのまんまるなの! あまりにもおっきくてまんまるなもんだから、あたしはあいつが泣く度に……涙と一緒におめめも落ちるんじゃないかって心配したもんさ」
「今じゃ人を竦みあがらせるほどに鋭い目なのになぁ」
「でさ、そんな可愛いあいつだったんだけど……男の子としてはやっぱり【かわいい】ってのは気にくわなかったみたいなんだよね」
「……と、言いますと?」
「ほら、日曜日の朝に子供向けのアニメってやってるじゃん? それで女の子向けの魔女っ娘アニメがあって……その人気キャラの名前が【ミズキ】だったんだよ」
「……ああ! そーいえばそんなのもありましたね! 【花魔女娘のミズキちゃん】! 私もグッズを買ってもらった記憶が……!」
「僕も姉が見てたから、一緒に横で見てたっけ。はは、なんだか懐かしいや」
「だろ? ま、今でも君たちが覚えているくらい当時は人気だったわけで……幼稚園の女の子の間では、【ミズキ】が話題にならない日が無かった。あっちでもミズキちゃん、こっちでもミズキちゃん、猫も杓子もミズキちゃん……ってわけさ」
「ってことは、もしかして……」
「そうそう。だから瑞樹は男の子からはからかわれてたっぽいんだよね。女の子からはかわいいねって好意的だったんだけど……まぁ、可愛いってのは気にくわなかったんだろうねぇ」
「……」
笑い話かと思いきや、なかなかにデリケートな話題であった。途中まではなんとなく楽しんでいた華苗も、果たしてこれは笑っていいものなのか、ちょっと気になってくる。
「で、ある日あいつは先生に言ったんだ。──僕のことは、これからは上の名前で呼べと」
「名字で……楠って呼べってことですか?」
「うん。でも、まだ舌ったらずの子供だったからさ。くすのきって上手く発音できなくて」
「くしゅのき?」
「くちゅのき?」
──ぼくのなまえは、くっきーですっ!
「……って言ったんだよね」
幼き楠は、それはもう元気満々に、誇らしげにその名を高らかに宣言したという。
「しかもあいつは、何を思ったのかそのクッキーって名前を酷く気に入った。今までは【僕】だったのに【クッキー】になったし、あたしに対してもそう呼べって言い出した。挙句、上履きから鞄まで……持ち物全部にそう書けとか言い出した」
「……」
「さすがにそこまで付き合いきれなかったけど、放置してたらあの野郎、クレヨンで書き込みまくりやがった。……今となっちゃ可愛い思い出だけど、当時は本当にブチ切れたよね」
華苗の頭の中に、いつもの園芸部での光景が広がる。
青い空、白い雲、ギラギラと照り付ける太陽。茶色の畑に青々と萌えるたくさんの作物。そんな豊饒の恵みの真ん中には、色黒のガタイの良い大男が一人。
ゆっくりと振り向いた彼は、死んだ魚のように光のない、濁りきった虚ろな目で虚空を見つめ──
──僕の名前はクッキーですっ! よろしくね!
「ゥぐっ!」
「か、華苗ちゃん? だいじょぶ?」
笑っちゃいけないってわかってる。デリケートで繊細な問題だってわかっている。理性ではそんなことで笑うのは人として最低なことだって理解している。
でも、華苗の本能は、今の楠がそんなことを言ったら、例え想像でも吹きだしてしまうと告げていた。華苗にできるのは、せいぜいが笑い声をあげないよう、必死にそれを抑え込むことくらいだった。
「ふ、ふふ……! なんだよあいつ、可愛いところあるじゃないか……!」
「デリケートな話から、なんか一気に笑い話っぽく……これ、僕笑って良いやつなんですかね……?」」
「いやあ、まだ笑うには早いよ?」
幼き楠は、それからクッキーになった。もう女の子みたいな可愛いミズキじゃない。自分だけの誇れるその名を胸に、幼稚園ではもちろん、通りすがりの人にさえ自分の名前を高らかに宣言しまくったそうな。
「いやぁ、ホントに可愛かった! 下の名前で呼ばれるとおっきな声でクッキーですっ! って言うしさ! 下手したらあの時期が一番かわいかったかもしれないね!」
「そうか……! あいつ、ふざけてクッキーって呼ぶとすっごく怒るのはこれが原因だったのか……!」
「あっ、それ……! 秋山先輩も言ってた……!」
「クッキーなんて、それこそお菓子みたいで普通に可愛い名前……ん?」
ここで、柊が何かに気付いた。
「お菓子? クッキー? あれ、何かを思い出しそうな……」
「そう言われると、私もなにかひっかかるような……?」
はて、なんだったかしらんと華苗は記憶の奥底を探ってみる。どこかで聞いたことがあるような、無いような。なんだか懐かしいような気もするが、しかし単語そのものは身近にあふれている取り立てて変わりのないものだ。
その答えは、意外な所からやってきた。
「【お菓子魔女っ娘クッキーちゃん】! 【花魔女娘のミズキちゃん】の後に始まった新番組だね! ──かなちゃんも大好きだったよね!」
「…………自分でクッキーを名乗った俺が、その後どんな目に遭ったか……語ったほうがいいか?」
香ばしい、美味しそうな香り。それと一緒にやってきた、低くおどろおどろしい声と、思わず守ってあげたくなりそうな──ある意味では何よりも安心できて、ある意味では絶対に聞きたくなかった声。
「……げぇっ!」
誰もが見惚れる白ワンピースの少女が、悲鳴を上げた瞬間だった。




